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10、迷宮に迷い込みました

『も、もうちょっとだけいてくれてもいいんじゃないの?』


『そうだよ、そんなに慌てて出て行かなくても……』


『お急ぎでないのなら、今しばらくここにいていただいてもよろしいのですが』


食堂のみんなと作った最高の食事を終え、さて移動するかと思って扉の前まで行くと、弟子(仮)三人に引き止められた。


みんな表面上では冷静さを装っているけど、明らかに挙動不審だったり扉の前で両腕を広げたりと、

行動の面で焦りを表現していた。


一番声色が落ち着いているミラも、僕の袖を万力の如き力で掴んで離そうとしない。一番言動と行動がチグハグなのはおそらくこの子だろう。


そんな中でもライラさんだけは椅子から立ち上がることなく遠巻きにこちらの様子を伺っていた。コーヒーの入ったカップを傾けるどこか大人びた様子が妙に似合っているのは、おそらくその整った顔立ちと男勝りな鋭い眼光故だろう。


……それにしても、これは少しばかり困ったなぁ。


ミラの言うとおり、別に急ぎの用事などというものは囚われの身である僕にはない。食堂からさっさと出ようとしているのも、ただ単に早く建物内を探検してみたいからというだけだし。


だから別にここにもう少しいても構わないんだけど……


やっぱり、知的好奇心には勝てそうにないや!


「ごめん、僕は……己の中にある男心を満たすために、走り出したいんだ!」


僕はミラの手をそっとはずし、包囲網をかいくぐって扉から廊下へと飛び出した。


シャンデリアの明かりが照らす真っ赤な廊下は、僕の興奮をさらにあおり、自分でも信じられないくらいの速さで未知なるエリアを目指してひた走りさせた。


『し、しまった!?』


『早く追いかけないと……って、もう見えない!?』


『……カイト師匠』


すでに小さくなりつつある食堂から三人の悲痛な声が聞こえてきた。少し罪悪感が沸いてくるけど……この場はどうか許して!









『……まったく、なんでそこまで必死に引きとめようとするかねぇ。サクヤ様のお客人である間はどうせまたすぐにこの食堂に来るってのにさ』


カチャンと、コーヒーカップが置かれるような音が最後に響き渡った……そんな気がした。






◆◆◆◆◆◆







バジンッと何かが爆ぜる音が風に打たれる僕の耳をつんざく。まるで地獄絵図の情景を体験しているかのような錯覚に陥るほどの、人の叫び声のような魔物の咆哮。それらが雷鳴と一緒に僕をあらゆる方向から圧迫してきた。


「……まさか、本当にこんな場所があるだなんて。夢ならなにかとよかったんだけど、そんなわけないんだろうなぁ」


どうやらここは建物内にある中庭らしい。まわりを塀で囲まれてはいるものの、上を見上げれば、さっきまであったシャンデリアどころか天井すらない、どこまでも続くような空が広がっている。


しかしそこに広がる空は爽やかな青空ではなく、魑魅魍魎ちみもうりょうの飛び交う、紫電しでんまとった曇天どんてんだった。


「一度も太陽の光なんて入ったことがないんじゃ、ってくらい曇っているけど……」


僕はツタが絡み合って出来た緑のアーチにそっと触れる。少しだけひんやりとしていて、瑞々(みずみず)しさのある感触は、この植物がしっかりと根を張って生きていることを教えてくれた。少しだけ眩暈がしたけど、たぶん走り回って疲れたんだろうなぁ。


この環境じゃまともに光合成なんてできないと思うけど……こうして植物は健康に生長しているんだから不思議なものだね。


そんな色々と自然の法則を無視したこの庭園……実はどうしてこんなところにいるのか、僕自身はさっぱりわかっていなかったりする。


食堂を出てからただひたすらがむしゃらに走り回り、いくつも無限ループを突破したことまでははっきり憶えている。ただあまりにも夢中になって走りすぎたせいで、どのルートを通ってここに辿り着いたのかはさっぱりわからない。


「ま、結果オーライってことでいいのかな?」


ゆっくりとあたりを見渡せば、そこに広がっているのはまさに楽園だった。趣味良く咲き誇る色とりどりの花は僕に癒しを与え、まるで迷路のようになっている緑の道は焦燥感を植えつけ、光合成によって澄んだ空気は僕に更なる活力をみなぎらせる要因となった。


……ん?


迷路?焦燥感?


後ろを振り返れば先の見えない緑の小道。前を見れば先の見えない緑の小道。


右には植物の壁。左にはボディービルダーのように生き生きとした植物の壁。


そして上には網状に掛かるツタ製の天井が、フタをするように背の高い植物の壁に覆いかぶさっていた。


「……あれ?僕、さっきまでアーチの前に立っていただけのはずなのに……」


間違いなくここは中庭のどこかではあるはずなんだけど……つい数分前まで見ていた景色とはまったくの別物になっている。


さすがにこの短時間の記憶をなくすほど僕は年老いていないし、ある程度興奮も治まっていたから記憶がぶっ飛ぶほど走り回ったということもないだろう。


「って、また変わってない!?」


今度は目の前に新緑の壁、T字路のように続く三本の道が左右と後ろに伸びている。植物の種類は変わっていないけど、明らかに回りの様子は変わっている。


でも僕自身には何かある感じはしない。幻覚の魔法ならまだわからなくもないけど、触れるってことはこの壁は幻覚なんかじゃなさそうだ。


転移させられた……というのならわかるけど、もしそうだったらあまりにも移動が早すぎる。


「なら、こうすればどうなるかな?」


僕はポケットから先ほど食堂でもらってきたビスケットを取り出し、目の前の植物の壁に刺し込んだ。


別にあまりにもおかしなことが続いたせいで、植物相手におままごとを始めたわけじゃない。まして『この植物はきっと……女の子に違いない!』などと現実と妄想の境がなくなってしまったわけでもない。


ならこれはなんなのかというと、それは――――


「……やっぱり。思ったとおりだ」


またもや回りの情景が変わっている。さすがに三度目ということもあり僕は慌てずにあたりを見渡し、ひとつの結果を見つけた。


その結果とは、僕の正面左の壁に刺さった(、、、、、、、、、、)一枚のビスケットだった。


さっき刺したビスケットはこの実験をするためのもの。


別に『お花さん、ビスケットあげるね』という風に幼児退行してしまったわけじゃないからね!


そ、そんなことはおいといて……この結果から何がわかるか。


最初に僕はビスケットを自分の『目の前』の壁に刺した。


そしてそれから少ししたときには正面から壁はなくなり、代わりにどこまでも続く一本の道と『左側』の壁に刺さったビスケットが出現した。


もちろん僕は一歩も動いていないし、体も捻っていない。それなのにビスケットの刺さった壁は僕の正面ではなく僕の左に隣接している。それはつまり……


「この壁自体が動いている……てことか」


しっかり根を張っているだなんてとんでもない、動物よりも機敏に動き回る植物はもはや『植物』という分類ですらないよ。


これに似た植物……たしか『ウォールプラント』っていうまんまな名前の植物があったと思うけど、あれは普通に生垣として使われるような植物であって、こんな風に動いて人を迷わせるようなものではなかったはずなんだけどなぁ……


コロコロと変わる回りの風景を見て、僕はふぅっとため息を吐いた。


「このまま動かずにいるのはあんまり得策じゃなさそうだし、とりあえずゴール目指して歩いてみますか」


腰のあたりがいつもより軽いことに少しだけ不安を感じつつも、僕は先の見えない『道なき道』を、一歩一歩確実に進んでいく。


耳に入ってくるのは、ツルの天井越しに聞こえてくる雷鳴と魔物の奇声、そして僕の歩く音のみ。それがなんだか寂しくて、心に穴が開いてしまったかのような虚無感に襲われる。


……いけない、こんなところで弱気になっていたら冗談抜きで死にかねない。気をしっかり持たないと!


この迷路、どうやら僕が気を抜いたときに一瞬で道が変わるらしい。いつまでも呆けていたら、永遠に出口には辿り着けない。


ぐっ、と腹部に力を込めて気合を入れる。それに伴って全身に血が流れ込み力が入る。


「よし、いくぞ!」


クラウチングスタートでその場を飛び出し、ゴール目指してひた走りする。








正面正面右左右左ループ左左右ループ右左ループ休憩してループ左に行ってまたループ……








「なんだよこの迷路!そんなに僕をこの場所に誘導したいのか!!」


僕は目の前の壁に向かって思いっきり叫ぶ。柔らかい葉をつけた動く緑壁には、少し前に僕が実験と称して刺したビスケットがまったく同じ様子でそこにいた。


ビスケットに描かれたスマイルマークが、息を切らしている僕を嘲笑っているように見えて余計にイラッとした。こいつ……おいしくいただいてしまおうか?


「それにしたっても……なんでここまでループするんだろう。どのルートに行っても確実にここに誘導されている気がする」


ただのループ……にしてはさすがにループさせる場所が中途半端すぎる。普通だったら入り口に強制送還のはずなのに、どうしていつもこの場所なんだろうか。


……もしかして、ここに何かあるとか?例えば、隠し通路……とか。


「まさか、ねぇ」


僕はポケットの中に手を突っ込み、手に握ったそれをゆっくりと取り出して目の前まで持ち上げる。


取り出したものは、サクヤからもらった詳細不明のアイテム『白金の鍵』。メイド長代理であるあのメイドさんはこの存在を知っているようではなかったから、おそらく極秘レベルの重要アイテムなんだろう。


なんでそんなものをサクヤは僕に渡したのかはさっぱりわからないけど……こっちはなんだかんだで囚われの身、使えるものはとことん利用していかないと!


「あれ?この鍵って、こんなんだったっけ?」


改めて鍵を見てみると、鍵歯の形が少し変化しており、ぼんやりとだが青白い光も放っていた。


「どこかで見たことあると思ったら、あの扉を開けるときとおんなじ光だ」


もやのように出続ける柔らかくおぼろ気な光は、やがて地面へと伝い、そのまま目の前にそびえ立つ世にも奇妙な動く壁へと移動していった。


するとどうだろうか。なんと目の前の壁に、光で扉のような形が浮かび上がってきたではないか。


……なんだろうか、この胡散臭い仕掛け……まるでどこかの創造神が暇つぶしに創ったような、妙なRPG感が異様なほどするんだけど。あの駄神なら本当にやりかねないからなぁ。


『(はっ、今カイト君に罵られた気がする!?ろ、録音は出来てるかしら!!)』


一瞬念話が繋がった気がしたけど、絶対に気のせいだろう。


「さて、と。やっぱりこれって、開けたほうがいいんだよね?」


鍵とは違い、少し眩しいくらいに発光している光の扉。その中心部、ビスケットの刺さっているあたりが特に輝いているのは、おそらくそういうことなんだろう。


僕は鍵を左手でしっかりと握り締めながら、おそるおそるその光に右手をかざす。


スウウゥゥゥっと何かが抜けていくような音と共に光が霧散していき、光がなくなったと同時に、今度は壁がまるで生きているかのように僕の目の前でうごめいた。


それは王に向けてこうべを垂れる兵士のごとく、植物たちは静かに動き、僕の前に『扉』を形成していく。


そして、人が余裕で通れるくらいの隙間が出来たころ、植物たちの整列も完了しその動きを止めた。


出来た隙間は小さなトンネルのように続き、蛍のような光がその暗がりをほのかに照らしている。


「……行くしかないのか」


僕は地面に落ちたビスケットを拾い上げ、光を失った鍵とともにポケットにそっと仕舞い込んだ。


口内に溜まった唾液を静かに呑み込む。なんだか知らないけど、もう後戻りができないような展開みたいだ。


ドンと軽く自身の胸を叩く。心臓は少しだけ早鐘を打つものの、冷静さを欠くほど緊張していないことも僕に伝え、少しだけ安心感をもたらしてくれた。


もう、覚悟はできた。


僕は暗く照らされる植物のトンネルを潜る。蛍火の明かりが僕の顔を照らし、やがて溶けるように消えていく。後ろはすでに真っ暗で、もう道が正面一本しかないことを教えてくれた。


やがて見えてきた先ほどまでとは比べ物にならないくらい明るい光が、目を刺して入ってきた。


「……もしかして、ゴールかな?」


期待に胸を膨らませ、僕は両手を振って光を目指して走る。理由は特にないけれど、ゴールだと思って全力で駆ける。そこにあるのは、助かりたいという深層心理か、単なる好奇心なのか……


そしてついに長く暗いトンネルを抜けて……


「な、なんだろう……ここ」


僕は言葉を失った。



ちょっと最後の展開が早くなってしまいましたが……情景描写はうまく表現できているでしょうか?


感想・評価、友達とボカロ談義しつつ待ってます!


最近、ボカロも名曲が続々出てきましたね!

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