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9、弟子が…そして料理ができました

『師匠と呼ばせてください!』


そう言われて、最初何のことだかさっぱりわからなかったけど、だんだんと頭の中がすっきりしてきて、まるで少しずつパズルのピースが組み合うかのように言葉の意味を理解できるようになった。


だけどそれによってさらにわからないことができてしまった。


「(なんでそんな展開になるの!?)」


わからない!どうしてあんな勝手に暴走した奴(悲しいことに僕のこと)に弟子入りしようとしているのこの子は!


ふつうだったら張り倒すなり、凍るような白い目で見てきたりするはずなのに、なんでそうなるの!?


『あの包丁(さば)き……相当の手練れだと私のようなものでもわかりました!どうか…どうか私にも、その料理の極意を伝授してください!』


さっきまでののほほんとした雰囲気はどこへやら。信じられないほどの気迫で懇願するモモコに、僕はつい後ずさりしてしまった。


というか、僕が熟練の料理人だって!?じょ、冗談じゃないよ!僕なんてただある程度の家事がこなせるだけであって、料理の腕なんか大したことないんだよ!?


ここはしっかりと説明して断らないと!


「えっとねモモコ、別に僕は料理人とかじゃなくて―――――」


『ダメじゃないのモモコ!』


『はい、さすがにそれは私もどうかと……』


僕の言葉を遮って、キラとミラが僕らの間に割って入ってきた。即効で言葉がかき消されて少しだけ虚しい気持ちになった。


きっと『こんな頭のおかしい自意識過剰野郎に弟子入りするなんて将来絶対後悔する』という旨を伝えてくれるのだろう。


僕のお豆腐メンタルはおそらくその一言で粉々に砕け散るだろうけど、変な誤解をさせたままよりは何倍もマシだ!


さぁ言うんだ二人とも!僕のメンタルを犠牲にして間違った妄想を打ち砕くんだ!!


キラはモモコの右肩を、ミラは左肩を掴んでモモコの目を覗き込んだ。文字通り息ぴったりな様子で深呼吸し、二人はモモコの肩を掴んだまま叫ぶ。


『『抜け駆けは、許さない!!』』と。


……あれあれあれ~?どういうことですかキラさん、ミラさん?抜け駆けってなんですか?


どうして二人はモモコを突っぱねて僕の手を取ってるの?なんで掲げてるの?なぜに僕のことを崇めてるのぉ!?


さっきの流れからして、ここは僕に対する罵詈雑言を吐いたあと、まるでゴミでも捨てるかのように僕を食堂から追い出すはずだよね?そこまでひどくなくても、こんな展開には絶対にならないはずだよね?


『私、料理って自分が得意なものだけ作っていればいいんだって思ってた。だけどさっきの勇者様の包丁技を見て、その考えがなんて愚かだったのかわかったの!』


『苦手だからこそ積極的になる必要がある……そんな言葉が込められているかのような、大変素晴らしい剣技……御見それしました』


『『どうか、私を勇者様の弟子にしてください!』』


だからどうして二人までそんなことになるの!?


特にミラ……なんだかいろいろと話が飛躍しちゃってるけど……ないから!そんな意味を込めるほどのことしてないから!あと剣技でもないからね!?


絶対におかしい……どこかいろいろと間違っちゃってるよこれ……


そ、そうだよ……これってきっと罰ゲームとかドッキリなんだよね!きっとこのあと大きな文字で『ドッキリ大成功』とか書かれたプラカードが出てきて、浮かれている僕を罵るつもりなんでしょ!!


わかったよ、もう降参だよ。いくらでも辱めくらい受けるよ。


だから……お願いだからそんな尊敬の眼差しで僕を見ないで!


『なははははっ、こりゃ傑作だ!まさかこの三人を従えられる奴が、あんただったとは!』


まな板を叩きながら大笑いするライラさんは、目じりに涙まで浮かべていた。


だからなんでライラさんまでそんなに余裕なの!?


見ず知らずの男に自分の部下がかしずいているだよ?怒ったり悲しんだりするのならわかるし、むしろ当たり前の反応だけど……そんな楽しげに笑うような展開ではないはずだよ!?


あれ、もしかして僕の常識がおかしいの?料理人の師弟関係って、まさかこんなにあっさりとできたりするものなの?


いやいや待つんだ僕、そんなことよりもっと重要なことがあるはずだ。


「ライラさんはこの子たちの師匠的な存在じゃないんですか?」


厨房での上下関係は、必然的に師弟関係にも繋がると思っているんだけど……


『あ?いやいやまさか。こいつらは俺と一緒にここで働いているだけだ。コック長っていうのもこん中で一番料理ができるからなっているだけであって。上司なんて肩書きはあってないようなものだしな』


「そ、そうだったんですか……」


『おお。しかもこいつら、サクヤ様以外は同僚として扱うか、見下すかのどっちかだからなぁ。まして、他の誰かにひざまずくなんてこと、今までになかったんだけど……なかなかどうして、やるじゃないか旦那!』


ばしばしと自分の膝を叩きながら再び笑い始めるライラさんを僕はきっと絶望の眼差しで見ていると思う。


スカートに開いているのであろう穴から飛び出す尻尾を切れんばかりに振り回す三人は、相変わらず惚けた面持ちだし……本来止められるはずのコック長はあの有様……


ちょっとの失態が、まさかこんな結果を生み出すことになるだなんて……想像の範囲外だよ!!


はぁ……これからどうしたらいいんだろう……僕もこんなところでグズグズしているわけにはいかないから、やっぱり師匠になるわけにはいかないし。かと言ってこのまま何もかも無視して飛び出すのはさすがに無責任だし……


あれ、そういえば僕……何か忘れているような……?


『って、おい!鍋が吹きこぼれてんじゃねぇか!!』


し、しまった!そういえばまだ調理の最中だった!


……料理をそのままにして出ていくのはさすがに忍びない。お腹も空いているし、さっさと済ませてしまおう!


「ライラさんはそっちの肉料理に集中してください!スープのほうは僕が担当します!」


『お、おう!任せとけ!』


「モモコさんとキラさんは火を通すのが苦手らしいからサラダを!ミラは僕の捌いた魚をフライパンで焼いて!それなら触れると思うから!」


『了解だよししよー!』


『このキラさんに任せといてよ師匠!』


『カイト師匠の優しさが身に染みるようです……このミラ、全力で行きます』


こうなったらもう意地だ!あとのことはあとで考えればいい!


今は目の前の敵(スープ料理)に集中するんだ!!






◆◆◆◆◆◆






「……そして今に至る、か……」


すでに完成間際まで来たコンソメ風オニオンスープをぼぅっと眺め、過去から今に意識を戻す。黄金色に輝くスープからは食欲をそそる香りが絶え間なく漂い、僕の空腹をさらに刺激してくる。


先に入れた野菜も柔らかくなり、今すぐにでも飲み干してしまいたくなる。


『うんしょ、うんしょ……ふぅ……ねぇ師匠、こんな感じでどうかしら?って師匠、ちゃんと見ててくれたの?』


背中越しに聞こえた不機嫌そうな声にはっとしてすぐさま後ろへ振り替える。


案の定、そこには腰に手を当てて頬を膨らませているキラの姿があった。小さな体に大きなエプロンがなんだか微笑ましくて、少しだけほっこりした気持ちにさせられる。


そうだった、さっきまでキラに美味しいパンの作り方を教えているんだった。長い間回想に浸っていたからすっかり忘れてた。


キラの背後にある白い塊は、小麦粉を水で溶いて練ったものだろう。見た感じ、色も形も完璧だ。


えーと……最後に僕がキラに言ったのは確か『力強く、それでいて空気を含むように練るのがコツだよ』だったかな。それからキラがパン生地作りに夢中になっちゃって、暇になった僕は途中だったスープ作りを再開した、と。


はぁ……簡単に思い出せるほど僕の行動って単純なんだなぁ。


などと思っていると、身長差のせいかキラはの顔を下から覗き込むようにして、僕の胸を軽く突いた。


『まったく、ちゃんと見ててよってさっき言ったのに!』


僕にもやらなきゃいけないことがあったから断ったはずなんだけど……とはさすがにこの状況では言えない。


ご機嫌斜めな様子で僕をパン生地のところまで引っ張っていこうとするキラ。それもしょうがないかと思っておとなしく従っていると、ガシッとキラの細腕が誰かに掴まれ、僕の体も強引に腕から離された。


『ダメだよキラ、ししょーはキラだけのものじゃないんだから』


『そうですよキラさん。一人で独占しようとするのは、いささか傲慢ごうまんというものではありませんか?』


いつの間にか集まってきたモモコとミラは威嚇するようにキラを睨み付ける。


いきなりの出来事に一瞬だけ呆けたキラも、負け時と歯を見せながら毛を逆立てた猫のように『う~っ』と低く唸る。


子供の喧嘩のような軽い緊張感があたりに漂い、僕は深いため息を吐いた。


……まだ僕が厨房に立ってから1時間程度しか立っていないというのに、どうしてこういう展開になるのか、もう僕には理解することができないよ。


最初のうちはライラさんも注意してくれていたが、途中から完全に料理の世界に入り込んでしまったので、注意どころか僕らの声すら聞こえていない。


よく言えば職人、悪く言えば現実逃避。どちらにせよ、僕にはその状況がなんとも羨ましくて、恨めしかった。自分だけ悠々としていて……う、羨ましくなんてないんだからね!!


「(でもこの三人、なんだかんだで仕事はキッチリこなしているんだよね……)」


睨み合いながらも、その手は休まることなく僕の指示したことを黙々とこなしていき、料理のほうも順調に完成へと近づいてきている。


僕は尊敬半分呆れ半分で三人を見つつ、自分の仕事に戻る。もうスープは完成しており、あとは細かいものを作って盛り付けて軽く飾るだけだ。


後ろから漂ってくる雰囲気がだんだんと張り詰めたものになり、言い合いも少しずつ過激になる中、僕は淡々と調理を続ける。


「醤油ベースのスープは……あとでライラさんの茹でてくれた麺と合わせて。で、こっちのチョコソースはあとでシャーベットにかけるから少し多めに」


食材を切って砕いて、溶かして煮て、加熱して冷却して……あらゆる方法を用いて目的の物へと姿を変えていく。


「鶏肉には軽く塩とコショウで味付けするだけ……フライパンにオリーブオイルを引いて、油にニンニクの香りを染み込ませるようにして、さらにそこにさっきの鶏肉を投入……」


肉料理は基本的にはライラさんの十八番おはこらしいので任せたけど、ニンニクとなぜかオリーブオイルがあったので、せっかくだしということで僕もひとつだけ作ることにした。


鶏肉の皮から脂が流れ出し、厨房の匂いにさらなる色をつけていく。匂いが付かないようにと、出来た料理はどんどんテーブルのほうへ運んでいく。


……フライパン片手に、横目でライラさんの様子を伺う。


先ほどまでの豪快さはそのままに、まるで手足のように調理器具を操りながら肉を調理している。その姿はどこか垢抜けていて、つい見惚れそうになった。


ぼ~っとしそうになる意識を必死に繋ぎ止めて、自分の仕事をこなすことに集中する。


集中の合間に回りをみると、いつの間にか言い合いも終わっており、みんな各々のすべきことを確実にこなそうと動いていた。


キラはパンの入ったかまどを食い入るように見つめ細かい火加減の調節をし、モモコは野菜の味を最大限に生かせるように試行錯誤し、ミラは苦手意識を克服した魚を自分で捌き一尾一尾丁寧に焼いている。


つい1、2時間前までだらけていたとは思えないほどの成長ぶりに、いろんな意味で涙が出そうになる。


あっという間にコツを掴んでくれたり、苦手を克服してくれたことは教えた僕としても嬉しい。


「(けど、何十年も修行して技術を身につける人を思うと……なんだか……)」


努力することを知っている人間としては、こうも簡単に力をつけられる存在がなんとも羨ましくて納得がいかないと思う。


だけど、そんなことでめげるほど僕ら人間だってヤワじゃない。


パンッと軽く自分の頬を叩いて喝を入れる。完成まで残り僅か、僕だって頑張らないと!


「サラダには軽く彩りを持たせるようにトマトっぽいこれと……さっきの鶏肉で使ったニンニクのオリーブオイルをかけて香ばしさをつけたせば……うん、バッチリだ!」


肉の旨味とニンニクの香りがいい具合に混ざり合ったオリーブオイルをドレッシングとして使う。予想よりも臭みがなく、かなりいい味に仕上がった。


出来たサラダをボウルに盛り付けてテーブルに運ぶ。すでにテーブルには色とりどりの料理が並び、僕の食欲を最大まで掻き立ててきた。


こんがりと焼けた鳥の丸焼き、ふんわりと焼けたパン、脂ののっている大振りの魚の塩焼き、まわりの料理を最大限に生かす瑞々しいサラダ……


い……いけない、よだれが溢れ出しそう……


なんとかそれを飲み込み、すぐに厨房に駆け戻る。


まだだ……まだ最後にやるべきことが僕にはある!


この世界では珍しい……というかなんであるのか疑問な文明の機器『冷蔵庫』からシャーベットを取り出し、生クリームの載ったスポンジ生地に飾り付けていく。赤いシャーベットがまるでイチゴのように白い生クリームを彩っていく様子は、我ながら中々いい情景だと思った。


仕上げと言わんばかりに先ほど増し増ししたチョコレートソースをふんだんにかけて……


「『『『『できたー!!』』』』」


ついに、すべての料理がテーブルに集結した。


ライラさんも含め、全員やりきった表情でお互いに笑顔を向けあっていた。


僕も自分の頬を触ってみると、自然と笑っていることに気が付き、さらに笑みが零れた。


「さぁ、みんな……食べようか!」


『『『『『おー!』』』』


なんだか料理物になりかけていましたが、問題なく書くことができました!

意外と書くのが難しかったですが、結構楽しい描写が書けました!


感想・評価、自宅から500km離れた地点で小説を書きつつ待ってます!


ツナ缶、現在旅行中です。

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