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8、乱れ切りしました

『……すまない、急な出来事に気が動転してしまっていたようだ』


『私はなんだかいい匂いがしたから飛び掛ったんだけど……おかしいねぇ』


わいわいと話し込んでいる少女たちを、僕はおそらくとても不機嫌そうに見ていると思う。


急に襲われるなんてことは日常茶飯事なのでこれくらいでいちいち気にしたりは、いつもだったらしない。


だけど、今日だけは空腹もあってか頭があまり冷静になってくれない。


……本当にそうなのか?


いや、違う。その程度の事でイライラするほど、僕はヤワには鍛えられていない。空腹時も冷静な判断ができるようにと、じいちゃんに叩き込まれただけはあるはずだ。


じゃあなぜ僕は現にこうもイライラしているのか。


それはだね……


「あの……いい加減この縄を解いてくれませんか?」


僕が簀巻すまきにされたまま、さっきから床に転がされているからだよ!


そうしてこんなことになったのかはさておいて、どうしてそのまま和気藹々(わきあいあい)と団欒を楽しんでいるのさ!


なんか縄が的確に僕の弱い部分をついてきて正直かなり苦しい……床もかなり冷たいし……どうしてこんなことになるんだろう……僕にそんな特殊性癖はないのに。


『はっ、しまった!申し訳ないお客人、この御無礼、どうかお許し願いたい』


片目に眼帯をしたかっこいい女性がすぐに僕の声に反応して、縄の結び目を解き始めた。


よかった、わざとこの状態にさせられていたわけじゃなかったんだね。もしこれで反応してくれなかったらここから芋虫のごとく撤退する必要があったからね。


少しずつきつくなっていく縄の感触がなんとも僕の生命的危機を象徴しているようで痛みが骨にダイレクトアタック!?


『あれ、おかしいな……くっ、こうか……あれ、あれ?』


「痛いイタイいたい!?どうして解いているはずなのにどんどんきつくなっていくの!?」


わからない……どうしてここまで縄をきつく縛る必要があるのだろうか。僕を絞っても果汁も脂肪も出ないっていうのに!!


あ、あれおかしいな……なんだか足先の感覚がなくなってきている気が……


『何やってるのよコック長!』


『コック長は料理と戦い以外は何もできないって忘れたのですか!』


『し、仕方ないだろ!私は私のすべてを料理と戦場に捧げているのだから!』


『なんでその二択だけに人生捧げてるんですか!バカですか、バカですか!?』


すごいぞこの子たち、上司にも平然と暴言を吐いてるよ。


この眼帯の女性がコック長だとすると、それより小さなコック帽を被っている子たちはみんな部下とかってことだろうか。さっきはコック長さんにさんざどやされていたのに、いったいどういう関係なんだろうか。


などと考えているうちに、いつの間にか体の自由が戻っていた。どうやらコック長と他の子が言い合いになっている間に、別の子が縄を解いてくれたみたいだ。


『申し訳ありませんお客様、この度は大変ご迷惑をおかけしました』


水色の髪が特徴的な少女が僕の目を見ながら伏し目がちに謝罪してきた。雰囲気がずいぶんと穏やかで、なんだかほんわかとした気持ちになるなぁ……


あっちの黄髪の子とピンク髪の子はまだコック長と言い争っているし……もしかして一番まともな子はこの子かもしれない……


『それから……皆さん、お客様の前ですよ?いつまで喧嘩をしているおつもりですか?』


微笑みながら喧嘩を諫める水髪少女。だけどその目は見ただけで斬れてしまいそうなほどの殺気で満ちていた。


『『『ひぃ!?』』』


あまりの恐怖についさっきまで喧嘩をしていた三人は短い悲鳴を上げたあと、お互いに抱き合いながら震え始めてしまった。


前言撤回、この子が一番恐ろしいや。


「と、いつまでもここに寝そべっているわけにもいかないね」


よっ、と反動をつけて一気に起き上がった僕は、改めて食堂を見渡す。


さっきまで床に転がっていたときも感じていたけど、やっぱりこの食堂、清潔レベルがかなり高い。


テーブルやチラリと見える厨房はもちろん、床や天井にまで埃がない。床に関してはまさに舐めても平気なレベルにまで磨かれているようだ。


壁や床はすべて木製だけど、汚れもカビもないし腐食している箇所も見当たらない。


もっと細かく確認すれば何かしら出るのかもしれないけど、少なくともこの場から見た限りでは落ち度は一つもない。


「(ここまで完璧な仕事振り……行動や言動とは裏腹にこの人たち、相当な実力者なんじゃ……)」


ようやく立ち直った三人とそれを少し呆れた様子で見る水髪少女。とてもそうは見えないけど、百聞は一見にしかずとも言うし、たぶんそういうことなんだろうな。


『あ、そうだ』


はっとした様子でコック長が僕の元に駆け寄ってきた。いったいどうしたんだろうか。


がしっと僕の肩を掴んで鼻息を荒くするコック長は、さながら獲物を狙う野獣のような荒々しさがあった。


なんだ、僕はこれから食料にでもされるのだろうか。服を剥いでいただきますとか言われても困るのですが!?


『あんた、腹減ってるよな?なぁそうなんだろ?』


目を爛々と輝かせ、立派に生えた犬歯をちらつかせながらコック長は僕に詰め寄る。


言っていることとやっていることが明らかに矛盾している気がするけど、なぜかばっちり合っているから不思議だ。


『何をやっているのですか、ライラコック長?』


などと呑気に思っているといつの間にかコック長の後ろに回りこんでいた水髪少女……ミラはその白魚のような指をピンと立ててコック長のライラさんの首に添えた。


ただ手を添えているだけなのに、僕の目には研いだナイフのように見えるから不思議だ。


『ミ、ミラ?い、いや別に深い意味はないんだ、うん。ただ勇者様も腹が減ってるんじゃねぇかな~と思ってだな?』


ライラさんも同じように見えるのか、だらだらと冷や汗を流し続けている。体の震えが掴まれた肩を伝って僕にまで届いてくるのでこっちまで体が強張ってきてしまった。


でも、さっきのライラさんの言っていたことからすると、どうやら僕のことを気にかけていてくれたらしい。言動によらず、もしかしたらとてもいい人なのかも。


「えと、実は僕、かなり空腹で……それで、何か食べるものを用意してもらえるとサクヤから聞いていて……」


『ほ、ほらな!そうかそうか、やっぱ腹減ってたか!うんうん、そうだろうと思ったんだよ!』


ライラさんは明らかに挙動不審だけど、そこはあえてツッコまないことにした。こういうことはツッコんじゃいけないのがお約束だからね。


少し……いやかなり納得していない様子だけど、ミラも承諾してくれたようでライラさんの首から鋭利な手刀を離した。ライラさんの口から安堵のため息が出て、僕の顔に思いっきり掛かった。あ、熱い……


『こほん……それでは勇者様、こちらへどうぞ。キラさん、モモカさん、すぐに料理の準備を』


『りょ、了解したわ!私に任せといてよ!』


『はーい、モモカさんの本領発揮だね!』


黄髪のキラ、ピンク髪のモモカは慣れた様子で厨房へと駆け込んでいった。そのときチラリと猫の尻尾のようなものが見えた気がしたけど、おそらくそういう類の魔物なんだろう。


『そいじゃ、私たちも調理に取り掛かるとすっか』


『そうですね。それでは勇者様、少々お待ちくださいませ』


ライラさんは腕を捲くりつつ、ミラは深々とおじぎをして厨房へと入っていった。


もうすでに厨房からは油の跳ねる音が聞こえ始め、調理が始まっていることを僕に伝えてきた。


はぁ~どんな料理が出てくるんだろう。これだけ厨房をきれいにできるほどだから、料理の腕もかなり期待ができそうだ!


それにサクヤがここを勧めたというのも、僕の期待をさらに膨らませていった。


などと期待を胸にあたりをそわそわと見回していると、何かチリチリと焼けるような音が聞こえた気がした。


その刹那、耳をつんざくような轟音とともにキッチンが爆ぜた。


…………ん?


『あちゃ~またやっちゃったよ~』


『ちょ、あんたまたお鍋爆発させたの!?今日これで何回目よ!?』


『そういうキラさんも、そろそろ物を焦がさないようにする技術を身につけましょうか』


『わ、わたしはサラダ担当だから仕方ないのよ!そういうミラだって、まだ生魚とか触れないじゃない!』


『……今はその話は関係ないはずです。それにあれはただ粘液と感触と臭いが苦手なだけです。なにも問題はありません』


『それで問題ないなんて言うなんて……あんた、ある意味すごいわね……』


『むしろ問題しかないわね、それ……』


『いいからてめぇら仕事しろや!結局作ってるの俺だけじゃねえか!!』


……どうしよう、もう不安しか残ってないよ。


今の会話の様子からすると、まともに調理ができるのってコック長しかいないんじゃ?


特にあののほほんとしたモモカ……姉さんと志穂のコラボ級で嫌な予感がするよ。主に生命的な危機感で……


どうする、厨房に突っ込む?いやいや、僕はあくまでお客としてここに来ているのであって、そんなことをすればむしろ失礼だ……


いやでも待つんだ新井海斗。もしこのまま放置すれば、またじいちゃんに会う危険性が伴うぞ!?


人のプライドか自身の命か……どっちを優先すべきだろうか……


人のプライドを傷つける選択なら……命は助かるし、間違っていることは本来正しいことだけど、僕はあくまでお客だ。向こうにも譲れない一線があるはずなのに、それを客という立場を利用して勝手に踏み越えるのは絶対にあってはいけないことだ。


ならば自身の命を捨てるか?姉さんの料理で鍛えられた自身の胃袋を信じて耐え切ればまだ希望はあるけど……自分の命を掛け金にギャンブルをするほど僕はまだ人生やり切ってない。


逃げるべきか、この食堂から?


『おいミラ、旦那はちゃんといるかい?』


『問題は……はい、とても優雅なたたずまいで座っています。さすが勇者様です』


『そうか。ま、もし本当に空腹なら、あのトロール級の扉のせいで満腹になるまでこの食堂からは出られないからなぁ。あの様子じゃ、どっちみちここできっちり俺の飯を食ってからじゃねぇと出られそうにねぇな!!』


……ダメだ、逃げるなんて選択肢は端からコマンドウィンドウに存在していないみたいだ。


どうするんだ僕、もうグズグズしている時間はないぞ。


このままここで座して待って鉄の胃袋を持って勝負に出るか、それとも動いてのうのうと永らえるか……


いやいや、まだ諦めるのは早い!まだ見つけていないだけで別の選択肢があるはずだ!


足りない脳みそは気合で補え!何か……何か別の道が存在するはずなんだ!


僕の命の灯火が消えることはなく、かつ誰のプライドも傷つけることもなく、その上スマートに片付けられるものが……


『あぁ!ちょっとモモコ、そんな適当に野菜切っちゃだめだって!!』


『えぇ~いいんだよこれで~』


『見事なほどバラバラですね……さすがといいますかなんといいますか……』


……え?


野菜が……バラバラだって?


「(バラバラ……野菜がバラバラだと、火が均一に通らなくなるのに……え、え?)」


プツンッ


そこで、僕の中で何かが音を立てて切れた。


『おいモモコ!そんなことしちまったら火が――――』


「そんなのダメだよっ!!」


『――――通らないって、え?』


いつの間にか駆け込んだ厨房は、思ったとおりとても清潔で、ここの管理人の料理に対する真剣さが伝わってくる。久しぶりの感情の奔流ほんりゅうに意識が飛びそうになる。


けど、今は感動に浸っているわけにはいかない。


僕はモモコが握っていた包丁をさっと引き抜き、横目で食材を確認する。


相手は……人参系食材2本、大根系1本、葉物数種……鍋に掛かっている鍋には水が中頃まで張られていることからおそらくスープの具と判断。


それを確認したあと、すばやく切りかけの食材をすべて均一に揃え、脇に小山を作る。すでに小さめに斬られてしまっていたものはペーストにして器に移す。


葉物は食感がある程度残るように大きめに、根菜は千切りにして味が染み込みやすくする。


すぐに人参系含める根菜はすべて水鍋に投入、すぐさま火をつけて煮込む。あとは葉物を入れるだけ……


「食材を均等な大きさに切ることは……料理のキホンッ!!」


包丁を握っていないほうの手を高らかに掲げて、心に残った感情の昂りを爆発させて……


「あっ……」


僕は自分を殺したくなった。


「ご、ごめん!つい体が勝手に……」


咄嗟に謝るが、僕の心の中は爪で掻き毟られたかのようにぐちゃぐちゃなままだった。


やっちゃった……その場のノリでまた出しゃばるような事をしちゃったよ。


最悪だ……たぶん今までの中でも一・二位を争う愚かさだよ。


で、でもしょうがなかったんだ!具材の大きさがバラバラのときに痛い目に何度も遭ってきたせいで、それだけは許容できなくなっちゃたったんだから!


……なんて、言い訳にもならないよね。


『し……し……』


ちらりと伏し目がちにとなりを見ると、案の定みんな体を奮わせて怒りをあらわにしていた。


土下座……程度じゃたぶんすまないなぁ、これは。


足一本程度で許してもらえるだろうか、それとも足一本以外全部だろうか……どちらにせよ何かしら体の一部を捧げるしかないかな。


肩を奮わしていた子の一人が僕に近づく。僕はゆっくりと頭を下げて来るべき痛みに備えながら天明を待つ。


手に温かい感触が伝わる。どうやらまずは手首より先を取るみたいだ。きっと死ぬほど痛いんだろうけど、できるだけ叫ばないように耐えよう。


片手が軽く持ち上がり、何かが床を擦れる音がする。


『師匠と呼ばせてください!!』


そして厨房に響き渡る第一声。モモコと呼ばれた子の柔らかくもどこか凛とした声色だ。


……それが僕の骨が折れる音ではないことに気づくのに数分掛かったのは言うまでもない。



まさかここまで延びてしまうなんて思いませんでした……もうちょっと綺麗にまとめられればよかったのですが……

こ、このままでは終章だけ妙に長い、なんてことに!?


も、もうちょっと頑張らないと!


感想・評価、オタ友とカップリング談義しつつ待ってます!


やっぱりカップリングはNLノーマルラブが一番ですね。

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