6、限界まで頑張りました
あぁ……なんて惜しいことをしてしまったのでしょうか。せっかく勇者様との甘いひと時を堪能していたというのに……
いえ、これもすべて近い私たちの幸せのため。苦しくても今は耐えるべきでしょう。
彼らの報告によれば、水面下で動きが出始めているとのこと。まだ10日目だというのに、なんという行動力……是非とも我が親衛隊に加えたいものですが。
それとも、やはりこれも一塩に勇者様の魅力あってこそなのでしょうか。さすがは私の婚約者……どんなに下賤な者にも手を差し伸べるその広い御心、とっても素敵ですわ。
……でも、いけません。その優しさは本来、すべて私に注がれるはずだったもの。これ以上勇者様からの愛を貪欲に貪ることは、たとえ勇者様が許してもこの私が許しませんわ。
そして器を失った勇者様の愛はすべて……すべて私に流れ込んでくる!私も勇者様にすべてを捧げる!!
心も、体も、財力も、知恵も、名誉も!すべて、すべて差し上げますわ!
そのかわり、どうかあなた様の愛を……甘くとろけるような愛を!私に……私だけに注いでくださいまし!!
「さぁ、宴を始めましょうぞ……」
◆◆◆◆◆◆
コポコポと音を立てながら、薬品が熱で混ざり合っていく。
暗い部屋を不気味に照らす緑光は、やがて黄、紫と絶え間なく色を変えていく。
額に浮かぶ汗を拭い、渇く喉に水を荒く流し込んで潤す。そしてふたたび書物片手に大釜の中身をかき混ぜる。
今までに経験したこともないような疲労感と空腹感が体を蝕んでいるけど、そんなことはあまり気にならなかった。目的がはっきりしていると何事も継続できるという話は本当だったみたいだ。
「えっと……このタイミングでこのワンダーマッシュを投入して……あれ、青の中和剤どこにやったっけ?」
虹色に輝くキノコを片手で入れながら、体を伸ばして戸棚をもう片方の手で漁る。ほどなくして出てきた『中和剤(青)』と私の字で書かれたラベルの貼られた瓶を手に持ち、素早く釜の中に空ける。
青い液体が釜の液体と混ざった瞬間、むせ返るような強烈な反応臭が噴き出し、危うく足場から落ちそうになった。も、もうちょっと気をつけないと危ないかな……
「くぅ~ん……」
「えへへ、大丈夫だよフェンちゃん。まだ動けるから」
心配そうに私のことを見つめてくるフェンちゃん。昨日からずっと手伝ってくれているから、私としては自分のことよりフェンちゃんのことのほうが心配だ。
肉球のある手で器用に持っている薬品を受け取りながら、私はフェンちゃんに休むように促してみる。一緒に手伝ってくれていたクーちゃんやロウちゃんも、今は暖炉の近くで二人仲良く眠っている。
けど、フェンちゃんは首を横に振るなり、また薬品の整理をし始めた。二人が回復するまで手伝う、ということだろうか。
まだまだ元気と言わんばかりに活発に動いてはいるものの、やはり足取りはおぼつかなく、目も何度も閉じては開けてを繰り返していた。
(やっぱり、無理させちゃってるよね……)
その姿があまりにも痛ましすぎて危うく泣き出しそうになるのを必死に堪える。
そしてまた釜に向き直り、薬品作りを続行する。頬をパシンと叩いて活力を注入し、調合書とレシピ片手に再び薬品を混ぜ合わせる作業に戻った。
早く終わらせることが、今できる一番の恩返しだと信じて。
―――――ポーン、ポーン
作業に戻ってしばらくすると、今度は頭の中に小気味よい音が響き渡った。通信が入った事を知らせる、通知音だ。
「念話……誰からだろう」
私は液体をかき混ぜる手を止めて、右耳に手を当てた。
ザザザッとノイズが掛かっていたが、やがて音がクリアになっていき、通話相手の声が聞こえてきた。
『……あー、あー』
あ、この声は……
「大丈夫ですよミコトさん、ちゃんと聞こえています」
『……ん、了解』
独特のクールさを醸し出すトーンで話す通話相手……ミコトさんは少し前から私のお店のほうの常連さん。そして、カイトさんと共に過ごすメンバーの一人だ。
カイトさんが学園で教師をする前は、よくお仕事の帰りにカイトさんと一緒にお店のほうに来てくれて、いろいろとおもしろい話を聞かせてくれた。今では掛け替えのない友人と化している関係だ。
そんなミコトさんが例の話を持ってきたのが5日ほど前、私がカイトさんのことを知ってひどく落ち込んでいるときだった。
カイトさんがいなくなってしまったショックで何にも手につかなくなってしまった私は最初、ミコトさんの言葉を理解できなかった。どうしてこの人はカイトさんがいなくなってしまったのにいつもどおりなのかと、自分らしくもない強烈な怒りも覚えた。
だけど、そんな気持ちもノイズ越しに聞こえてきたミコトさんの小さな嗚咽で掻き消えた。口調だけはいつもどおりだったけど、よく聞くと、その言葉の端々は少し上擦ったり、鼻をすすったりする音が混じっており、私と同じかそれ以上に苦しい思いをしているとわかった。
何か声を掛けたかったけど、まるでしゃべり方を忘れてしまったかのように、言葉が出てこなかった。
彼女はあくまでいつもどおりの口調で、最後まで話しとおした。
『私は海斗を助けに行く』
『だけどそれには強大な力が必要』
『だから、あなたに協力してほしい』
相変わらず感情を感じ取らせない話し方につい苦笑いしてしまったが、私はそこに力強さを感じ、内容も知らないまま無条件で承諾した。
今思えば危ない選択だったのかもしれないけど、何かがそのときの私を突き動かした……のだと思う。
……協力してほしいという内容は、とても想像できる範囲を超えていた。
『魔力を半永久的に増幅させる存在』の生成、それの譲渡。それが今回のお仕事の内容だった。
たぶんそれを聞いた私はしばらくの間呆けていたと思う。
魔力を増幅するアイテムはいくつか知っているし、生成することもできるけど、あくまで一時的なもののみ。『半永久的』などというとんでもない力を持つものの存在は初めて知ったし、まして作ったことなどなかった。
いつもだったら絶対に断るような内容だ。けど、なぜか私はそのお仕事を二つ返事で承諾してしまったのだ。
理由はなんとなく想像できる。確証はないけど……それがきっと、カイトさん救出の鍵になるとわかっていたからだろう。
それからと言うもの、わたしは寝る間も惜しんで伝説級の魔道具の生成に全力で取り組んでいる。
まず生成するレシピがないとどうしようもないので、何パターンものレシピを書き出して、一つ一つ試していくことにした。今までの経験と知恵と勘を総動員して……
王立図書館の禁書区域から関係のありそうな書物を片っ端から薬師権限で借りてきたり、保存していた超レア素材を引っ張り出してきては使い込んだり……他にもいろんな無茶をこの5日間でしてきた。
そして現在作っているのはレシピNo.42。一番素材数が多く、難度もかなり高いレシピだ。少しでも素材や薬のタイミングを間違えるとただの水になってしまう。
貴重な素材ばかりを使用するので、失敗は許されない。
何度も失敗しそうになるのを気合と特製回復薬で乗り切り、そして今日、ようやくここまで完成間近まで迫ることができた。
「ミコトさん……あと少し……あと少しで完成します」
『!そ、それは本当?』
初めて聞くミコトさんの慌てぶりに顔がにやけるのを堪えながら、注意は釜に向け続ける。
釜の色はすでに虹色と化し、部屋の中を摩訶不思議な光で彩っている。
「シャー……」
「マリネ……コレハ……?」
いつの間にか起きてきていたクーちゃんとロウちゃん。
その後ろにある暖炉の前に、今度はフェンちゃんが丸くなって寝ており、内心安堵のため息をついた。相当疲れていたはずだから、どうかいい夢を見てほしいなぁ。
二人は部屋を見渡しながら、なんだか不安そうにしている。妙な煙が出たり、青い光があたりを照らしたり、軽く爆発や召喚魔法が発動したりと、かなりいろんなトラブルに巻き込まれたけど、この現象は初めてだったからかな。
「大丈夫だよクーちゃん、ロウちゃん。この虹は失敗したわけじゃなくて順調に進んでいる証だから」
踏み台の上から微笑みかけると、二人の目から不安の色が失せいつものような快活さを取り戻してくれた。
やっぱり幼馴染の子には笑顔で傍にいてもらえるのが一番うれしいなぁ。
『……大丈夫マリネ?なんだか注意が逸れてしまっているみたいだけど……』
「はにゅ、しまった!」
慌てて釜の中を覗き込む。まだタイミングは逃していなかったけど、もうあまり時間はない!
手に持っていた書物を下に落として、ポケットから最後の素材の入ったビンを取り出す。チャポンと中で液体が跳ねる音がし、その存在感が少しだけ私の心を落ち着かせてくれた。
右手に先ほどまでとは別の棒を握り締め、一定のスピードで虹色液を回す。この混ぜ棒はどんな薬品にも耐えられるように特殊な金属で出来ているため、やはり片手で回すには少しだけ大変だった。
腕の筋肉が悲鳴を上げているけど、しっかりと両足で踏ん張って耐える。
クーちゃんとロウちゃんがこちらの様子をじっと見つめている。もしかしたら手伝いたいのかもしれないけど、今回のばかりは混ぜる速さも重要なため、残念ながら任せられない。
(ごめんね、今はどうかそこから見守っていてね)
やがて釜の中の液が放つ光が一際強くなり、部屋の中を煌々(こうこう)と照らし始めた。焼けそうなほど眩しいが、キッと目を見開き、最後の仕上げに取り掛かる。
右手が使えないので口でビンの栓を取り、中身を一気に流し込む。
瓶の中身はホーリーエルフとダークエルフの混血児の鮮血……ただでさえ数の少ないエルフ族の中でもさらに希少な二種族の間で生まれた子から採取した血は、計り知れないほどの魔力を封じ込めているという。
私の知るかぎり、もうこの素材を手に入れる手段はない……
「お願い……どうかうまくいって……!」
両手で混ぜ棒を握り、祈りながら液を混ぜていく。
自分の知る、創造神アルティナをはじめとするすべての神様。素材を提供してくれたすべての生き物・人々。そして―――
(お願いカイトさん……どうか私に力を!!)
グッと腕に力を加えて一混ぜ。それを最後に、私は混ぜ棒から手を離した。
もう腕は動かない、体も足も……まるで心臓の鼓動以外すべての機能が止まってしまったかのような、そんな気がした。
踏み台から体が落ちる。ここまで薬で持たせてきた副作用か、かなり精神・肉体ともに磨耗してしまっているみたい。
妙にゆっくりと落ちていく感覚に襲われながらも、目だけはしっかりと釜のほうを見ている。まるで光が釜に飲み込まれるかのように収束していった。
「アブナイ……!」
そんな声が聞こえたと思うと、私の体にくるべき衝撃はなく、かわりに妙に落ち着く慣れ親しんだ香りが私を包み込んでくれた。
「アマリ、ムリシナイデ……」
「……うん……ごめんね、心配…かけちゃって……」
どうやらロウちゃんが翼で私を受け止めてくれたみたい。心配そうに見つめるロウちゃんと、その肩越しからやはり同じように見つめてくるクーちゃん。
はぁ……心配かけないようにしなくちゃって思ってたのに、思いっきり心配かけちゃったなぁ。
『……マリネ?大丈夫なの?あまりキツイようなら無理しなくても……』
ミコトさんのほうにも念話越しにこちらの様子が伝わったのか、こちらを気遣うような言葉を掛けてくれた。
ふふっ、私って本当はかなり幸せ者なのかしら。こんなにも気を遣ってくれる友人たちがいるのだから。
「大丈夫ですミコトさん。体力はかなり消耗しちゃいましたけど、命に別状はありませんし……」
ミコトさんは何も言わない。が、なんだか空気の抜けるような音が聞こえてきたので、あえて何も聞かないことにした。
……心配してくれてありがとう、ミコトさん。
「ごめんなさいミコトさん。たぶん生成は成功したと思うのですが、体がもう言うことを聞いてくれないくて釜の中が見れないんです……」
『……わかった。どうかゆっくりと休んで…………ぁ………ぅ…』
そう言うと頭の仲のノイズが消え去り、ミコトさんとの念話が切れた。
「ふふっ、まったくミコトさんったら照れ屋さんなんですから……」
思わず笑いが込み上げて、私はロウちゃんの羽の中で丸くなりながら笑った。
「シャ~?」
「ナニカ……オモシロイコトデモアッタノ?」
「ううん、な~んにも」
「「??」」
二人とも不思議そうに見詰め合って、お互いに首を傾げた。
その様子がなんだかおかしくて、私はさらにクスクスと笑い続けた。
(ミコトさん、『ありがとう』はもうちょっと大きな声で言って言ってくれないと。なんだか可愛いじゃないですか)
というわけで今回はマリネ回でした。うまくまとめられた気がします!
感想・評価、ブラタモリを見つつ待ってます!
いやぁ、やっぱりこの番組はおもしろいですねぇ!!




