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5、荒ぶりました

――――様――――返事を――――


……誰だろう、なんだか聞いた事のあるような声が聞こえてくる。


―――者様―――目を――てくだ―――!


ところどころよく聞き取れないけど……なんだろう、ずいぶん昔にも同じ声を聞いたことがあったような……


あぁだめだ、なんだか頭がボーッとしてうまく働いてくれないや。目も閉じているみたいだし、いったいどういうことだろう。


――者様!勇―――様!


それにさっきから聞こえてくるこの声。少しずつ聞き取れるようになったと思ったら、なんだか悲痛そうに叫んでるじゃないか。


僕に呼びかけているのだろうか、それとも別の誰かに叫んでいるのか。どちらにせよ、このまま放っておくのはさすがに忍びない。


(なんだかまだ眠気が取れないけど、頑張って起きるとしますか)


そう思い立ち、気力を振り絞って目を開ける。思いのほか瞼が重く、予想よりもゆっくりと開いたことに少々驚きつつも、なんとか意識を覚醒させていく。それに合わせて、何か物陰のようなものが自分に覆いかぶさるように鎮座しているのが視界に移った。


最初はぼんやりとだった影が少しずつ鮮明になり、やがてそれが涙で顔を濡らしたサクヤであることが理解できた。


「……!ゆ、勇者様、ようやく目を……!」


ワナワナと震える手で僕の顔を挟みこみ、ゆっくりとした動作で体を僕に預けるサクヤ。綺麗な黒髪と金髪の間から伸びる二本の黒角がちょうど僕の首を挟む形になり少しだけ体が強張る。


その緊張感がさっきまでの僕の状況をはっきりと思い出させてくれた。


(そうだった、実は僕、さっきまで生死の境目を彷徨ってたんだ)


サクヤの寝返りに巻き込まれて一発K.Oをくらい、彼岸に渡って死んだじいちゃんと出会って……


あれ、そのあとどうしたんだっけ?なんだかものすごく重大な事実が発覚したような気がするんだけど……


だめだ、まるでノイズでも掛かってるみたいにその部分だけ思い出せない。


誰かに記憶を操作されたとか、夢特有の忘却か、あるいは脳が拒絶反応を示しているのか。この事象がどうか二番目の理由が原因で起きたものだということを信じたい。


「ぐすっ……目を覚ましたら勇者様が隣に寝ていてとてもドキドキしたのに、話しかけても揺さぶっても起きなくて……体も冷たかったからもしかしたら死んじゃったんじゃ、って考えたら怖くなって、それで……!」


そんな僕をよそにサクヤは僕が起きるまでの過程を独白していく。どうやら相当心配を掛けちゃったみたいだ。


まだあって数時間しか経ってないけど、この子は結構寂しがり屋で泣きやすい子なんだなぁ、などと呑気に考えている僕はすでにいろいろと末期なんだろうか。


あとサクヤの独白にはひとつだけ間違いがある。『死んじゃったんじゃ……』ではなく多分僕はすでに一回死んだんだと思う。ほら、臨死体験っていう字にもあるように『死』って入っちゃってるからね。


……考えたら僕、実はかなり危なかったのかな……あともう少し遅かったら二度と肉体には戻れない、なんてことになっていた、とか?


あはは、まさかそんなわけないよね。もしそんなことだったら、じいちゃんが『また来いよ』なんて言うわけないもんね!


あれ?『また来いよ』なんて、じいちゃん言ってたっけ?というか僕、どうやってこっちのほうに戻ってきたんだろう。


…………


ま、今はそんなことはどうでもいっか。


僕の体に掛かっている毛布を握り締めて泣きじゃくるサクヤの背中に手を回し、赤子をあやすような気持ちで軽く、ゆったりとしたリズムで撫でた。相手の体全体を、自身の体と腕で包み込むようにしながら撫でるのが、小さい子をあやすコツ、らしい。なんでも、安心感があるんだとかなんとか……


「…………」


しばらく撫でていると、サクヤの嗚咽が収まり、何もしゃべらなくなってしまった。嫌がっているのかと思って腕をどけようとすると無言で僕の腕を掴んで、わざわざ自分の背中まで持っていった。


表情は顔を毛布に埋めてしまっているからよくわからないけど、一定のリズムで背中が上下しているので安心はしているみたいだ。


羽毛を掴む力が心なしか強くなっている気がする。その姿はさながら親に甘える子のようだ、なんて考えるのはさすがに不謹慎だろうか。


「ははっ……こんな監禁生活、今までに経験したことないよ」


何気なしに見つめた窓辺に移る空は、相変わらず紫電を四方八方に放ち、通り過ぎる影はどれも異形ばかり。


部屋の隅に置かれた小物や高価そうな調度品、日常生活に支障が出ないように配慮された各種小部屋。


なぜか僕と一緒にこの部屋にいる角の生えた美少女。


そして、決して逃すまいという雰囲気を醸し出す、あまりにも大きく堅牢な鉄格子。


今までの監禁部屋の中で一番贅沢で、一番奇怪で、一番脱出困難なこの部屋は僕に軽い諦観を味合わせるのにそう苦労はしなかった。


(誰が何の目的でどこに連れてきたのかもまったくわからない現状。気配を探ろうにも、外にいる魔物の気配が濃すぎて他の生き物がいるのかどうかすら……おまけに――――)


僕は淡い期待を抱きながら久々の念話を試みる。


が、結果は案の定『圏外』。妨害電波のようなものがそこかしこに張り巡らされているのかもしれない。


何か害があるわけじゃないから、自分のことだけを考えれば別に慌てるような話でもない。けど、このままだと別のところが大変なことになりそうな、そんな気が―――


「……出て、いっちゃうんですか?」


「え?」


いきなりの問いかけに思わず気のない返事をしてしまう。


まるで心の中を読んでいたかのようなサクヤの発言に、軽く戦慄するものの、止まっていた手をふたたび動かしながら軽く笑いかけた。


出て行かないよ、とは言わない。僕はずっとここにいるわけにはいかないから。


だけどそれを言ってしまえばサクヤは悲しむだろう。


かといって出て行かないなどと言えばそれは嘘になるし、最終的にサクヤを裏切る結果になることは明白だ。


だから何も言わない。怒ったり泣いたりと行動に出るわけでもない。


ただ笑う。下心も邪さも欲も完全に抜いた、ただの微笑み。


そこには何の意味もないのかもしれないけど、今はこれで十分だ。


サクヤは少しだけムッとした表情になったものの、また先ほどと同じように顔を毛布に埋めて丸まってしまった。


(僕も、少しずつズルイ大人になってきているのかなぁ)


僕らしくもない行動と思考に我ながら軽く引いたけど、この場合は結果オーライということで無理やりにでも納得しておくとしよう。


一定のリズムで撫でる背中は、人肌に温かく、サクヤの息遣いとも相まってとても気持ちを落ち着かせてくれた。イメージとしてはそう、まるで実家で飼っている猫を撫でているかのような……


(まぁ脱出に関しては現状、何もできなそうだし。少しだけここでのんびりと過ごしますか)


そう自分の中で結論付けて、再びサクヤの背中を撫でようとして、違和感を感じた。


「あれ、サクヤ?」


いつの間にか目の前からサクヤの姿は消えており、代わりと言わんばかりに一枚の紙切れが沈んだ毛布の中に置いてあった。


手に取って読むと、なるほど、どうやらこれは置手紙のようだ。


えっと、なになに?





◆◆◆◆◆◆






『勇者様、こんな形で本当に申し訳ありません。


実は急な用事が入ってしまいまして、すぐさま行かねばならなかったのです。ご挨拶もなしにいなくなってしまったこと、この命で償っても足りないでしょうが、どうかご容赦くださいませ。


代わりと申しましては少々物足りませんでしょうが、牢屋の出入り口の鍵をお渡ししておきます。これで牢以外のフロアを自由に行き来することができます。


お部屋にある衣類や小物はすべて勇者様のご自由にしてもらって構いません。


また、この牢を出てすぐのところに食堂がございます。お腹が空きましたら、どうぞそこでご自由にご注文してください。給仕のものがすぐさま勇者様のご注文に応えます。


注意として、一階にある巨大な門にはどうかお近づきにならぬようお願い致します。大変強力な結界が施されておりまして、いくら勇者様といえど大変危険にございます。


自由を制限していることに変わりはありませんが、どうかお許しくださいませ。


追伸:勇者様の慈愛に満ちた治療と撫で撫で、一生の思い出にさせていただきます。

                                あなた様の許婚にして黒角の魔王 サクヤ・パナム』








◆◆◆◆◆◆







「…………」


謝りすぎだとか、そんな簡単に牢屋から出しちゃっていいのとか、僅か数秒で消えたり手紙を書いておいたりはどうやったのかとか、いろいろとツッコみたいことがあったけど、僕は無言でその手紙をたたんでポケットに突っ込んだ。


見ていない、僕は最後の行なんか絶対に読んでない。


許婚とか黒角の魔王とかよくわからない単語は恐らく、『いい撫で撫で』『黒髪のマロン』の誤字だろう。まったく、サクヤもなかなかお茶目なところがあるじゃないか。


…………


まさかこの拉致騒ぎの首謀者って……


いやいや何を考えているんだ僕は。あんなに純粋そうな子がこんなことするわけがないじゃないか。


たぶんあの子とはまったく違った奴が何らかの理由で僕をここに連れてきたに違いない。


うん、そうだ、そういうことにしておこう。


「えっと……鍵っていうのは……ん、これかな?」


いろいろと頭の中に残ってしまったが、とりあえず忘れる事にした僕は、手紙の置いてあった場所の近くに白金しろがねで出来た綺麗な鍵を見つけた。持ち柄の部分に深紅の宝石が嵌められたそれは、調度品としても十分な価値を発揮する代物だ。


あっさり入手出来てしまったけど、これは文字通りこの牢屋を脱出する鍵。早速この部屋から出て探索に出るとしよう。


そう思い、毛布を一気に跳ね除けて「さむっ!なんでこんなに寒いのさ!?」すぐにまた被り直した。


危なかった、もう少しで寒すぎて動きたくない症候群に悩まされるところだった。


しかし、なんであんなに寒かったんだろうか。さっきまでは全然感じなかったのに……


あ、そうだった。


「服が……もうほとんど残っていないんだった」


上着はすでになく、下もだいぶボロボロになってしまっている。治療やら髪紐で使ったとはいえ、さすがにこれでは服を着ているとはお世辞にも言えない。


「……仕方ない、ここはサクヤのお言葉に甘えるとしますか」


ベッドから立ち上がり、毛布を巻きつけたまま妙に立派なクローゼットに近づく。靴は履いていなかったが、下がふかふかの絨毯だったので足裏は特に寒くはなかった。


しかし足元がふらついてしまって、思うように歩けない。


「そうだった。こっちに来てからまだ何も食べてないんだった……」


これは、着替えたあとの行動が決まったも同然だね。


この後の算段をしながら、ようやく辿り着いたクローゼットの中身を漁る。


……残念、どうやら和服はないみたいだ。他にある服も、背中部に羽のような装飾があったり、妙にメタリックな装飾品で彩られていたりと変わり物すぎてなかなか着る勇気が湧いてこない。


こういう服は見るだけならいいんだけど、いざ着るとなると、ね。


「う~ん、この中で一番マシなのは……これかな?」


とりあえず裾を通して、クローゼットに備え付けられていた鏡に映る自分を見る。








そこに映っていたのは、全身黒タイツで覆われたただの変態だった。







「なんでこのチョイスにしたんだ!?」


わからない、数分前までの僕の思考回路がわからない。


何が『この中で一番マシなのは……これかな?』だよ!これを着て歩き回るくらいなら、さっきの半裸状態のほうが何倍もマシだよ!


何か、何か他にいいのはないのかい!?


僕は着ていた黒タイツをすぐさま脱ぎ捨て、下着姿のままクローゼットの中を再び漁り始めた。


もうまわりの目なんか気にするもんか!少なくともあの変態黒タイツになるより断然マシだ!!


ある種、熱に浮かされたかのような気分でがむしゃらに服を引っ掴んでは投げ捨てていく。少しでも気に入れば傍に置き、そうでなければベッドに放り投げる。


普段だったらこんな乱暴な、しかも自分のでもない服を扱ったりはしない。それほどまでに僕の心は黒タイツによってかき乱されてしまったみたいだ。


一心不乱に服を選別していく僕を、窓越しに魔物たちが奇異の目で見ていた気がしたけど、それすらも今の僕には何の障害にもならなかった。







……結局、僕の服は黒いはかまのようなズボン、白と黒の生地で出来たベスト、妙に裾の長い深緑のコートで決まった。なんだかベルトがごつくて悪魔チックな感じがするけど、たぶんこれが現状もっとも地味なセットだと思う。


かっこいいといえばかっこいいんだけど……なんだか厨二病になったようだ気分だよ。


乱れたそのほかの衣類を綺麗にクローゼットにしまい、白金の鍵を使って僕はため息まじりに牢と抜け出た。


途中妙なポエムのようなものが混ざりこんでいましたが、どうかツッコまずにそっとしておいていただけるとありがたいです。どうしてこうなった……


感想・評価、スマブラで友達にリベンジするべく練習しながら待ってます!


ちくせう、2対4とかさすがにきついお……(泣)

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