4、別れは突然来ました
「ふむ……相変わらず海斗には女難の相が出ているようじゃな」
「女難の相っていうか呪いなんだけどね……」
河岸に二人で腰掛けながら、他愛もない雑談が繰り広げられる。
じいちゃん曰く、僕の体はまだ死んではおらず、何かしらのショックで精神だけが彼岸送りにされたらしい。世間一般で言う臨死体験のことなんだろうけど、まさか自分が経験することになるとは。
肉体が死んでいない状態で精神だけが彼岸に来ると、体が精神を頑張って引っ張り戻すので、しばらくすると僕は元の世界に戻れるんだとか。
で、それまで少し時間が掛かるので、暇つぶしも兼ねてこうして数年振りに、逝去してしまった僕の師匠とお互いのその後についての話をすることにしたのだ。
「小学校の時点ですでに軽い暴動のようなものが起きておったのは知っておったが、中学では明らかに血で書いたであろう手紙やらが散々届き、あげく高校では拉致と監禁……いったいどうすればそんな状況に持っていけるのやら……」
「父さんのときはもっと軽かったらしいんだけど……同じ親子なのにどうしてここまで差が出てきちゃったんだろうかってたまに思うよ」
まぁ気にしても仕方ないんだけね、と心の中でつけたし、僕はいつも以上に大きなため息をついて体を地面に倒した。
昼とも夜ともつかない空には、青白い光を放ついくつもの人魂が浮かんでいて、とても幻想的な雰囲気を醸し出している。日本はもちろん、モスカルでもここまでのものは見た事がないね。
「まったく、相変わらず難儀な生活を強いられているようじゃの……して、今はいったいどんなことになっておるのじゃ?」
じいちゃんは懐からココアシガレットを取り出し、そのうちの一本を咥えて僕と同じように空を見上げた。
昔から『煙草は肉体を壊す、肉体が壊れれば次第に精神も壊れる』っていって、煙草は吸わずにいつもこの砂糖菓子を加えていたっけ。まさかあの世にもあったとは、驚きだ。
……さて、じいちゃんの質問に対してはどう答えたものか……
「えっとね……その、なんていうか……ちょっとした事故で異世界に飛ばされちゃった、みたいな?」
「……はっ?」
うん、我ながら今のはかなり頭の悪い言い方だった。じいちゃんのほうも要領を得ないとばかりに呆けた顔で僕の顔を見てきていた。それでもココアシガレットはちゃんと咥えているあたりさすがだと思うけど。
「なんかいろいろと逃げてる最中に飛び込んだ穴が異世界に通じる物だったらしくって……そこから創造神やら王様やらと顔見知りになったり、姉さんたちがみんなこっちの世界に来ちゃったり、義理の子供がたくさん出来たり、学園の先生になったり……まぁその、いろんなことがあったんだ」
「…………」
うぅ、じいちゃんの無言が厳しい。絶対に『こいつ、ついに二次元と現実の境目が崩壊したか』とか思われているよ。全部本当のことだっていうのに……
はぁ……なんか妙に恥ずかしくなってきた。今目の前を流れている川―――おそらく三途の川―――を産卵期の鮭の如く逆流したい、というかさせてください!
「……く、くくく……くぅはっはっはっは!」
入水自殺を図ろうと悶々としていると、隣に座っていたじいちゃんが高らかに笑い声を上げながら自身の膝を叩いた。
なんだ、そんなに僕の話がおかしかったのだろうか。そうか、これはきっと僕の自殺を促しているに違いない!
わかったよじいちゃん、僕は決めたよ。とりあえず靴を脱いで飛び込み選手のように華麗に飛び込めば美しく死を飾ることができるよね!
「まぁ待つのじゃ海斗よ、別にわしは今の話が妄想の産物じゃと笑ったわけではない」
「え、そうなの?」
「うむ、じゃからほれ。そんな風に靴を揃えて水練の練習をしようとしなくともよい」
ぐいっと服の裾を引っ張られて、飛び込みの姿勢だったのに再び岸に座らされた。勢いが強すぎてお尻をっ強打してしまった……めっちゃ痛い。
でもよかった。さっきの笑いが嘲笑とかじゃなくて。もしそうだったら僕はもう恥ずかしすぎて死んでも発言を後悔していただろう。
「それにしても、まさか海斗がモスカルにのぅ……やはり、なんだかんだで親子というのは似るものなのじゃな」
「え?」
なんでじいちゃんが僕のいる異世界の名前を?さっきの会話で僕はその名前を出した憶えはないんだけど……
それにやっぱり親子っていったいどういうことなんだろうか。何か僕の知らない何かをじいちゃんは知っている気がする。
「じいちゃんは何か異世界のこと、それに父さんや母さんのことについて知っているの?」
なんだか聞いてはいけないような気がしたけど、知的好奇心と自分の中にある疑問を解決できないかという淡い期待に突き動かされて、いつの間にか僕はそんなことを口走っていた。
だけどじいちゃんは僕の質問に答えるそぶりは見せずに、出もしない煙があたかも見えているかのように、ココアシガレットを咥えていた口から天に向けて盛大に息を吐いた。
その様子はなんだかカッコよくて、それでいてある種の鋭さのようなものもある気がして思わず背筋に冷たいものが走った。
「わしが知っていることを話すことは簡単なことじゃ。が、それは本当に海斗にとって有意義なことかの?きっと海斗のことじゃ。自分の力で知り得たほうがきっと楽しいぞぇ?」
口元を柔らかく歪めて、空を仰ぎながらじいちゃんは楽しそうに、本当に楽しそうに笑った。
「それに、己が本当に必要としている物は向こうから近づいてくるものじゃ。慌てなくても、時が来ればいずれ知る機会があるじゃろうて」
そして川の先、うすぼんやりとしていてよくわからない先をじいちゃんは愛おしそうに見据えながら、咥えていたタバコモドキを噛み砕いて飲み込んでしまった。
……あぁ、少しだけ思い出した。確か昔もおんなじやり取りをしたことがあったっけ。
当時の僕は両親が逃亡生活でいなくなってしまって、何かと不安定な状態だった。姉さんや妹もいたから寂しくはなかったけど、たまに心に穴が開いてしまったかのような虚無感に襲われて、よく一人で泣いていた。
そんな頃に、両親の代わりを務めてくれたじいちゃんに僕が似たようなことを質問したことがあった。
『どうして僕はいつも人に好かれるの?どうして僕のお父さんとお母さんは僕のまわりからいなくなっちゃったの?』
前半に関しては自慢にしか聞こえないけど、後半に関しては当時の僕としては必然的な質問だったのかもしれない。無論、前半も僕にとっては大変つらい悩みなのですがね。
前半も後半も言葉としての理由はわかっていた。だけど、理由はわかっていても怖いものは怖かったし、悲しいものは悲しかった。
明確な答えなんてあるはずもないのに、僕はじいちゃんに無責任にもそんな質問をぶつけていたのだ。
普通だったら答えに困るか、冷たくあしらうかの二択しかないと思う。
それでもじいちゃんは少しだけ考えるように顎に手を当てたあと、先ほどと同じようなことを言ってくれた。
悪く言えばその場しのぎの言葉だったのかもしれない。だけど当時の僕はその一言で小さな自信のようなものが生まれ、それ以来一人で悲しさに暮れることはなくなった。
うん、なんだかとてもなつかしくて、温かいものを思い出したみたいだ。動揺していた心が、まるで波が凪いでいくかのように落ち着いていくのがわかった。
「じいちゃん……その台詞、前にも言ってたよ?」
「あれ、そうじゃったかの?」
にやけそうな顔を誤魔化すために、ちょっとだけおどけた様子でそういうと、じいちゃんはまた大口を開けて豪快に笑って見せた。
ほんと、じいちゃんってすごいなぁ……
やっぱり僕にとってじいちゃんは僕の肉親の一人であると同時に、人生の師匠なんだ。
「……してカイトよ、異世界に行ってからは平穏無事に暮らせておるのか?」
「うっ……」
さて困ったぞ。僕が必死に流そうとしていた質問が人生の師匠の手によってあっさり舞い戻ってきちゃった。
さっき恥を掻きたくない一身で、断片的にとはいえ、いろいろと話してしまったから内心焦っていたのだ。このままだと僕のとんでも異世界生活の内容を僕自身の口から話すことになってしまう。
……しかもその内容のほとんどが僕の脱衣と女装だから余計に嫌になる。
ここはなんとかして流れを変えたい……!
「そ、そういえばじいちゃんは死んじゃったあとはどんな生活してるの?そもそもあの世ってどんな場所なの?」
「む?そうじゃの……」
じいちゃんはそういいながら腕を組んでうなり始めた。
よし、うまく話を逸らせそうだぞ。
「わしはどうやら生前、かなりの善行を積んでいたらしくての……なぜかあの世の管理人の補佐役のような立ち位置におる」
「何そのおかしい展開!?」
話は逸らせたみたいだけど……なんか聞いてはいけないものを聞いてしまった気がするよ。
僕のおじい様はいったい今までどんなことをしてきていたんだろうか。いったい何をすればそんな裏技みたいなことができるのやら。
「まぁ補佐役といっても閻魔ちゃん……あの世の管理人の愚痴やら悩みを聞いてあげとるだけなんじゃがの」
「今なんか変な単語が聞こえた気がするけど、気のせいだと僕は信じたいよ」
もしこれで父さんだけでなくじいちゃんにまで『呪い』のようなものがあったとしたら、その娘の息子である僕には二重でスキルが発動していることになる。
……もしそんなことが発覚したのならば、僕は華麗に滝つぼへダイブする覚悟ができるよ。
「あとは……天界の住人や地獄の鬼やらに剣術の指導をしておるの。連中、実力は確かなのじゃが、力の使い方がまるでなっとらん!せめてお主くらいの身のこなしが身につけばと思っての」
まさかあの世に行っても剣術の指導をしているだなんて……どんだけ熱血なんだろうか我が祖父は。
でも、死んで鬱々としてしまっているよりはよっぽどマシだ。もうすでに死んじゃってるからこれ以上の心配は杞憂なんだけど……やっぱりじいちゃんには落ち込んだ表情は似合わないや。
天使の奴はまだ手先が器用なんじゃが、鬼より力で劣っていて……と何やら語り方に熱がこもり始めた師匠を見ながら、僕はきっと軽くにやけていると思う。
「って、んん?」
ふと三途の川の対岸を見ると、ぼんやりと人影のようなものが見えた。霧ではっきりとした姿は見えないけど、なんだかふらついているような気がする。時折風に乗って『ゲ…さん……ンさん……』と弱々しい声が聞こえて来るような……
やがてその影は僕らのちょうど対面に位置する場所で止まったかと思うと、こちらのほうに顔を向けてきた……気がした。
影はじっと動かずに、ただただこちらの様子を伺っているかのようにその場に佇んでいる。その姿はまるで亡霊のような……そう、ちょうど心霊写真に写っている悪霊のようなあやうさで……
「って、じいちゃん!?なんか向こう岸に怪しい何かがあるんですけど!?」
「であるからして、連中はもっと連携を大切に……ってなんじゃ今いいところじゃ…た、の…に?」
熱く語っていたじいちゃんの顔が、一気に動揺の色に染まっていくのが見えた。あのじいちゃんがここまでの反応をするなんて、僕が自我を持ってから初めてのことだ。
そんなじいちゃんの様子に反応するかのように、影から何やら触手のようなものが伸びてきて、あっという間にじいちゃんの体をグルグル巻きにしてしまった。
「う~む……どうやら時間切れのようじゃったのぉ。すまぬな海斗、今日のところはこのあたりでお開きじゃ」
「いやお開きじゃって……そんな落ち着いていて大丈夫な状況じゃないと思うんだけど?」
と言っても実は僕のほうも意外と落ち着いている。
理由としては、じいちゃんがまったくの抵抗を示すことなくあっさりと捕まったことにある。普段だったら僕でも避けられそうな束縛攻撃で、こうも簡単にあのじいちゃんが捕まるはずがない。
だとしたら、この触手を放っているのはおそらくじいちゃんに害をなさないものだということだろう。
「……安心せい海斗。あそこからわしを捕まえんとしているのは、あの世の管理人である閻魔……もとい、わしのカミさんじゃ」
なるほど、閻魔でじいちゃんの奥さん、つまり僕のばあちゃんか。行方知れずとか言ってたけど、なるほどこういうことだったのか。
「って、じいちゃんって閻魔様と結婚してたの!?なんで!?どうすればそんなファンタジーな状況になるのさ!!」
「はっはっは、まぁその理由についてはまた今度の機会にの」
そんな一ヵ月後に会うくらいのノリで言われても困るんですが!
あれか、僕はまた一ヵ月後くらいに臨死体験をするということなのか!?こんな体験、もうコリゴリしているのですが!?
「ではまたの!今度会うときは海斗の話も聞かせておくれ」
「あ、ちょ、待ってよ!いろいろとツッコみたいことが満載なんだけど!」
とんでもない速さで対岸に連れ去られていくじいちゃん。その顔には一遍の曇りもない笑顔が輝いていた。
……認めない、僕はとんでもない血の間に生まれただなんて、絶対に認めないぞ!!
「こんなの……絶対に認めないんだからね!じいちゃぁぁああああん!!」
僕の悲痛さの篭った叫びは、突如体から溢れ出した光に包まれて掻き消えてしまった。
あれ、流せたと思っていた話が結局先延ばしになっただけのような?
……り、臨死体験しなければ言いだけの話だよね?
というわけで今回はおじいちゃん回でした!まさかこんな形で出演してもらうとは思っていませんでしたが、思っていたよりいいキャラに仕上がってくれたので、結果オーライでした!
まだ話は伸びそうですが、きっちり最後まで書ききるつもりです。
感想・評価、艦これ改をプレイしつつ待ってます。
いやぁ、レベル上げやすいですね♪




