3、彼岸に渡りました
ついに正式再開です!
「お前ら、頼むから少し落ち着け!」
張り詰めた空気の漂う教室に、ラルフの隊長然とした声が響き渡る。
しかしその様子はどこか疲れているような、それでいて焦燥感に煽られているようだった。
そんなラルフの目の前に立つのはマイ&マヤを中心とした小隊『カイト先生救出隊(仮)』。
全身を各々の持てる最大火力で武装した姿は、まるで今から戦場にでも行くかのようだ。
「ラルフ君、お願いだからそこをどいて。私たちには、やらなくちゃいけないことがあるの」
「せっかく仲良くなれたのに勝手にどこかに行っちゃうなんてこのマヤ様が許すと思う~?……さすがのわたしも今回だけは本気でいくよ…」
いつになく真剣なマイ、いつもの能天気さが嘘のような恐ろしい空気を纏うマヤの様子に、他の小隊メンバーやクラスメイトは息を呑んだ。
そんな中、ラルフだけは眉一つ動かさずに、入り口の前で仁王立ちしたままだった。
「……例えどんなにその熱意を伝えられても、俺はお前らを通したりはしない」
これまたいつもとは違い、淡々と告げるラルフ。いつものお調子者で明るい様子とは打って変わったその姿にクラスメイトは言葉を失った。
「どうしてそこまで……ラルフ君は先生のことが心配じゃないの!?」
そんなラルフの態度についに怒りが頂点に達したマイがラルフに詰め寄った。
そこにはラルフに対する失望と落胆も、怒りと一緒に含まれているようであった。
他のクラスメイトや小隊のメンバーも思いは同じようで、各々思いつく限りの言葉をラルフに浴びせかけた。
体を震わせ、必死に耐えるラルフ……だが、耐えても耐えても飛び交う勝手極まりない言葉に、溜め込んでいた何かが爆発した。
「……心配に決まってんだろうがっ!!」
バガンッと大きな音が教室に反響する。
息を荒げて立つラルフ、壁に開いた拳大の穴…それらが教室内に静寂をもたらした。
「俺だって何度武器を携えて捜索に行こうとした!ただがむしゃらに、センセーを助けたいっていう一心でモスカルの地を駆けずり回りたかったさ!」
けど!と言葉を区切ってラルフはゆっくりとした動作で息を整える。
「……相手はあのセンセーを、不意打ちとはいえ連れ去った連中だ。風紀委員にあんな芸当ができるとは思えねぇ…つまり相手は俺たちの想像を遥かに超えた奴らだって考えられる」
きつく締められた拳から、いくつもの赤い筋が流れ出しては冷たい床に吸い込まれていく。
「おまけにセンセーがどこに連れて行かれたのかもわからないこの状況で、ただ滅茶苦茶に動き回っても返り討ちに遭うのが関の山……最悪、この中から死者が出る可能性もあり得る……死ぬほど悔しいけど、今の俺たちだけじゃあ連中を倒してセンセーを奪還することなんて、できない」
床に膝をつき、静かに男泣きするラルフの様子に、先ほどまで騒ぎまくっていた者はただ俯くことしかできなかった。
「そんなこと!やってみなくちゃわからな――――」
唯一そんなラルフに抗おうとするマイも、マヤの手で制される事によって止められた。
「どうして止めるのマヤ!あなただってカイト先生を助けたいんでしょ!」
「そりゃあ私だって今すぐ先生のところに行きたいけど、ラルフっちの言っていることも事実だしね~」
さっきの殺意がなんでもなかったかのようなのほほんとしたマヤの声が、張り詰めていた空気を一気に穏やかにしていく。
部屋にいたものは一様に深いため息を吐いてゆっくりと体を机や床に預けた。
いつもどおりの平穏が、数日振りに舞い戻ってきた瞬間だった。
「……わかった。とりあえず特攻するのはやめる……けど、これから私たちはどう行動していくの?まさかこのまま指を加えて待ってるなんてことはないわよね?」
体に付けた武装を剥がしながらマイはいつの間にか教壇に上っていたラルフに少しだけ苛立たしげにそう言った。
そんなマイの言葉を来ると予想していたかのように、ラルフは毅然とした態度でその質問に対する答えを告げた。
「一応そのあたりは考えてある。というかもうすでに一部では実行している」
「何か作戦があるってこと?」
「あぁ。センセーほどかっこいいもんじゃないが……」
「とりあえず、全校生徒と教師陣を巻き込んでみた」
◆◆◆◆◆◆
――――ピチョン
……なんじゃ、水の音?
―――ピチョーン
……寝起きに水の音、それも響くほど澄んだものを聞くとはなかなか縁起がよいかもしれぬのぉ。
―――ピチョン
……それにしても、今朝は妙に冷えるのじゃな。これは、主に肌と肌で温めてもらう必要があるの、ぐふふ……
……ん?ちょっと待つのじゃ妖刀ムラマサよ。わしはいつ寝床についたのじゃ?
というかこの感覚、どうやら今は刀の状態のようじゃな。いつも床に就くときは人の身になってからじゃと言うのに、はて?
そういえば、確かわしは主とともに学園で童たちと『かくれんぼ』なる、遊びという名の戦闘訓練をしておったはず。あれはなかなかにおもしろ――――いや、有意義な鍛錬じゃった。
そのあとよくわからぬ連中と遭遇してそれで――――
「はっ、主!あーるじー!!」
すぐさま擬人化してあたりを見渡す。が、愛くるしい我が主の姿はどこにもない。
あるのは冷たい石室の壁と床、そこかしこに転がる業物の武器や堅牢な防具の数々。それからいくつかの呪われし存在と、人の骸。
……どうやら連中に主共々拉致されてしまったようじゃ。もっとも、わしはあのときすぐさま刀の状態に戻ったことで『人』としてではなくあくまで主の武器として扱われたみたいじゃが。
主と離れ離れになってしまったのは体が引き裂かれるよりつらいが、『人』として厳重な監視の置かれた部屋に閉じ込められるよりは幾分かマシかのぉ。
「さて、ここからどう主の下まで行くか……」
部屋についた出入り口はわしの前にある薄っぺらい鉄の扉ただ一枚。わしの切れ味なら豆腐を切るがごとくすぱぁっと切れるじゃろう。
じゃがこういう安易に突破できるようなものは大抵罠である事が多い。あまり下手に動くのは返って自分の首を絞めることになるもの、決して油断してはいかん。
「扉を突破した瞬間に爆発、あるいは鳴子に鈴が響くなどということがあるやも知れぬ。ここでの得策は―――」
右腕のみを刀身にし、わしは大きくその刃を振りかぶった。
目標に刃が入ると同時に返し刃でさらに二太刀目、三太刀目と斬りつけてゆく。
「……よし、特に罠などはなさそうじゃの」
慎重に確認をして、安全を確認したわしはすぐさまその場から離れ、忍び足の改良版、忍び走りで目的地を目指して疾走。冷たい石廊下の風が心地よいのじゃ。
「しかしさすがはわしじゃな!扉からではなくその横の壁を切り崩して抜け出るとは……主もきっと褒めてくれるに違いない!」
~以下、ムラマサの妄想~
『主!無事かの!!』
『ム、ムラマサ?どうしてここが?ここまでにはいくつもトラップがあったはずなのに……』
『そんなもの、主とわしの絆の前では些細な障害じゃ』
『ムラマサ……』
『それに罠の解除もわしの手に掛かればあっという間に解除可能、余裕のぽいっなのじゃ』
『あぁムラマサ、僕は君みたいな優秀で知的で、それでいて美しい刀を持てて誇りに思うよ』
『主……』
『ムラマサ……』
~妄想解除~
「そしてそのまま二人は暗い寝床で一つに……ひゃぁぁぁあああ、良いのじゃ主、そのまま優しく抱きしめてほしいのじゃぁぁあああ!!」
自分の体を抱きしめ、床に転がる姿は傍から見れば滑稽かもしれぬ。が、今はそんなものは些細な事。
こうでもしないとわしの精神が快楽の渦に呑まれて壊れてしまうかもしれぬ……
「はぁ…はぁ…はぁ…あるじぃ…いまお傍に行くのじゃ~」
鼻から赤い雫が絶え間なく流れ落ち、息が荒くなっても、足取りだけはしっかりと、主のもとへと進んでいく。
その一歩一歩が主とわしの幸せへの一歩だと思うと、身体がどうしようもないほど火照る。心臓も早鐘を打ち、妄想の快楽で意識が朦朧とする。
苦しくも、心地良い現状を愉しみながら、ゆっくりと主のもとへと歩き続ける。
まるで、焚き火に飛び込む夜の蛾のごとく。
◆◆◆◆◆◆
「うっ……あれ、ここはどこだろうか……」
目を開けると目の前には見知らぬ景色が広がっていた。
この世のものとは思えないほど綺麗な花畑、どこまでも続いているのではと思わせる河、薄っすらと掛かった霧……とても幻想的でどこか恐怖心を煽る光景に、思わず息をすることを忘れてしまった。
「確か僕は拉致されたあと、サクヤって子が来て、紆余曲折あってなぜか一緒に寝ることになって……」
……駄目だ、そこからどうしてこの場所に倒れていたのかの理由までまったく繋がらない。
誰かがここに連れてきた?拉致された人間をこんな屋外に簡単に、しかも僕一人にしてまで連れ出すだろうか。
ワープしてきた?アルぐらいの実力者ならそれくらいはできそうだけど、ここに飛ばした理由がまったくわからない。
勝手にここまで歩いてきた?拉致&監禁の状態の僕にそんなことができるわけがない。
じゃあいったいこれはどういう――――
『―――い、―――斗やーい…』
「へ?」
今、どこか聞き覚えのある声が聞こえてきたような……
いやぁ、まさかそんな……空耳だよねきっと。
『おーい、―――斗やーいっ!』
まただ。しかもさっきより少しだけはっきりと聞こえてきた。
確かに聞き覚えのある声だけど……そんなことありえるわけないよね、ははっ……
『おーい、海斗やーいっ!』
そう、これは空耳なんだ。おそらく僕の不安の産物によって生み出された幻聴であり妄想であり、危険信号なんだ。
だから気にしちゃいけない、気にしてはいけないんだ!
「なんじゃ、久しぶりに会えたと言うのに、冷たいのぉ」
「うわぁっ!?」
急に顔を誰かに覗き込まれて、思わず尻餅をついてしまった。あぁ、お尻がぁ…お尻が痛すぎるぅ……
って、今の顔、そしてさっきの声といい、まさか、いやそんな――――
「……師匠?」
「うむ、久しぶりじゃのぉ海斗。五年振りくらいじゃな!」
かっかっか、と笑い飛ばす僕と同じような髪型の老人。裾から伸びる腕やしっかりと大地を踏みしめる足にはしなやかな筋肉が見て取れる。
そして何より、誰よりも笑顔の似合う厳しくもどこか優しさを含んだ顔つき。
僕の武術の師匠でありもう一人の育ての親でもあり、そして僕の実の祖父、母さんの父である『草影源次郎』が、そこに立っていた。
「それにしてもわしは少し悲しいぞ。せっかく久々の再会じゃというのに、孫のこの冷たい態度……昔みたいに『おじいちゃ~ん』って言いながら飛び込んでくればよいのに……」
「いやいやいや、それたぶん僕が幼稚園児くらいのときの話だからね!?今そんなことしたらいくら師匠……じいちゃんでも危ないって!」
「な~に、まだまだ若い者には負けぬさ。それに、今はそんな心配をする必要はないしのぉ」
そう言ってじいちゃんは自分の着ている服を片手で摘んでみせた。
それは所謂、この世からいなくなってしまった者が着る白装束であり、じいちゃんがすでに死んでいることを物語っていた。
「やっぱり……じいちゃんは死んじゃったんだね」
「うむ、どんなに鍛えても所詮は人間。病や怪我は防げても、寿命にだけは抗えぬものじゃ」
「普通の人間は鍛えただけですべての病や怪我を防ぐことはできないんだけどね……」
そう、じいちゃんは数年前に寿命でこの世を去ってしまったのだ。
110歳というとんでもない歳にして、死ぬ寸前まで僕と同じかそれ以上に動き回れる超パワフルおじいちゃんだったのだ。
まだじいちゃんに武術の極意を教わっていた頃の僕はじいちゃんが死ぬなんて微塵も思っていなかったから、寝床で冷たくなっていたときはただ寝坊しているものだとばかり思っていた。
成長するに連れてあれが人の死だということを理解して、ようやく僕は涙を流すことができた。
それでも本当はどこかで生きているのでは、などとよくわからない期待をしていたのも事実。
だからこうして死んだじいちゃん本人からそう言われて、悲しくもどこか晴れやかな気持ちにもなった。
……ん?
「ねぇ、じいちゃんはもう死んじゃったんだよね?」
「うむ、そうじゃな」
「だからこうして僕と会うことも、まして話すことだって本来はないんだよね?」
「そのとおりじゃ」
「……じゃあ、なんで僕は今、じいちゃんとこうして面と向かって会話をしているのかな?」
「……(ひゅ~ひゅ~)」
じいちゃんは吹けもしない口笛を吹きながらそっぽを向いてしまった。
その姿が僕に更なる不安を募らせた。
寝る前に起きたこと、目の前で起きている奇跡が僕にひとつの答えを提示してきた。
「まさか……いやそんなだって……」
これは人としては必ず通ることであり、神聖さと恐怖心の象徴でもある出来事。
「僕、もう死んじゃったの!?」
享年16歳、なかなかできない経験の波が僕を襲った。
……いや、僕までいろいろとやらないといけないことがあるんですけど!?
今回は第三者視点を含めた三場面でお送りいたしました。最後のカイトがどうしてあんなところにいたのかは、前話を見ていただければ理由がわかると思います。
大丈夫です、カイト君はそんなにヤワに生きていませんから!
※皆さん、長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした!
ツナ缶は三月九日に入試に臨み、長かった受験勉強生活にとりあえずの終止符を打つことができました。
まだ合格判定が出ていないので油断はできませんが、とりあえず小説の執筆は無事に再開する事ができました!
今年に入ってから何かと止まったり、小説の投稿スピードが一週間に一回などになってしまいましたが、これでようやく今までどおりに書く事ができそうです!!
これからツナ缶は高校生となり、いろいろとまたご迷惑をお掛けすることになるでしょうが、どうか温かい目で見守っていただけると嬉しいです!
今まで本当にありがとうございます!そして、これからもどうかよろしくお願いします!
感想・評価、寝床で一息つきつつ待ってます!
はぁ~、終わったぁ…




