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1、拉致されました

いよいよ終章!

ようやく……ようやくこのときが来たのね……


長くて、辛い時間はもう終わり。これからは幸せだけを享受してゆける。


ずっと……ずっと夢見てきたことが、もうすぐ叶う。全部叶う、叶えられる!


あぁ、こんなに幸せな気持ちになってしまって良いのだろうか。


……いや、これだけ長いこと待たされたんだ。少し余る位の幸せ……もらっても罰は当たらないはず。


もしそんなことになっても、今のわたしならなんだろうと跳ね除けられる……


さぁ我が愛しの君……今(わたくし)が会いにきますわ……








◆◆◆◆◆◆






「おいみんな、飯の時間だぞ!」


眩しいくらいの朝日が窓から差し込み、冷たい部屋をじょじょに暖めていく。


今の季節は冬くらいだろうか。雪こそ降っていないが、この寒さはなかなか体に堪えた。


俺|《孝》はそんな体に鞭打ち、今なお眠り続ける怠け者たちのために朝飯を作り、配膳まで完璧に済ませた。


『は~い……』


『起きたよ~』


妙にとろんとした声が聞こえたと思えば、別館へと続く扉から次々と子供連中が流れ込んできていた。まだ眠いのか、着替えはおろか、枕まで抱いてる奴もいる。


俺は内心苦笑いしつつ、寝ぼけた連中の前に立って両手をパンッと小気味よく叩いた。


「そんなぼーっとした状態じゃダメだ。ちゃ~んと顔を洗ってから来い」


『え~っ』


「え~っ、じゃない。ほれ、さっさと洗ってしゃきっとしてこい!」


少し強めに頭を撫でてやると、少しだけ満足そうな顔になってみんな顔を洗いに洗面所へと駆けていった。


……撫ですぎたせいで全員の寝癖がさらにひどいことになってしまったのは、正直悪かったと思う。


「ふふっ、お疲れ様ですタカシ様」


後ろからふわりとした何かを首に掛けられた。手で取ってみると、白い洗い立てのタオルだとわかった。


「おはようイリア。そっちこそ、お疲れ様」


「ありがとうございます♪」


振り返らずに礼を言うと、いつの間にか目の前に俺の思い人であり専属メイドのイリアが暖かい笑みを浮かべて立っていた。


イリアも俺と同様、朝食の準備をしていたのだが……この気の利き方はさすがというかなんというか……


……それに、この笑顔が見られるだけで一日頑張れるんだから不思議なものだ。


「あの……その……そんなに見つめられるとその……」


「え、あ……す、すまん!」


「あ……」


指摘されて思わず顔を逸らす。


その際、なんだか残念そうな声をイリアが上げていたのが聞こえてしまった。


……やってしまった。この空気が一番気まずいってわかっていたはずだっていうのに……


はぁ、俺もまだまだだな……さっさとこの気持ちを伝えれば楽になれるのかもしれないが……


「……今日も、子供たち以外はお部屋から出てきてくださいませんね……」


一瞬だったか、はたまた長かったのかわからない沈黙を破ったのはイリアだった。


俺はここからは見えない、二階の面々に視線を向けた。








◆◆◆◆◆◆








――――今から数日前、海斗が学園で行方不明になったという報せを受けた。


それを伝えに来たのは、妙にボロボロな格好をした……確か『ラルフ』とかいう中学生くらいの赤毛の男だった。


最初にあいつが来たときは侵入者だと思って思わず銃を構えたが、弱りきった様子を見てそれはないと判断して、とりあえず屋敷に上げた。


そして屋敷の重鎮をすべて集めた上で俺たちはラルフの話に耳を傾け、そして唖然とした。


ラルフの話を要約すると、『海斗が生徒を庇って撃たれ、一瞬で敵に連れ去られた』とのこと。


俺はそのとき、ガラにもなくそいつを怒鳴ってしまった。『そんなわけがない』『何かの間違いだろ』と。


当時の俺の頭の中に浮かんだのは、その日の朝の光景。いつものように全員で朝食を済ませ、とりあえず一騒動起こしてから逃げるように仕事に向かう海斗の姿。


あんな男なのか女なのかよくわからない奴だが、実力は確かだ。強すぎて、海斗が誰かに負ける姿を想像することは今の俺にはもうできない。


仮に誰かを庇ったとしても、その程度で後れを取るような奴ではなかったはずだ。


俺の怒声を皮切りに他のみんなもラルフの発言に対して怒りをあらわにした。


しかしそれでも怯えたり反論することもなくただうつむくばかりのラルフの姿が、余計にこの話の信憑性を高めた。


涙を流し、床に両手をついて『ごめんなさい、ごめんなさい……』と謝り続けるラルフの姿はとても痛ましく、見ていられなかったのを今でもはっきりと覚えている。


……その後、俺たちは冷静になり、海斗救出のための緊急会議を開いた。無論、もっとも有力な情報を持っているであるラルフも強制参加だ。


だが会議の結果、海斗の居場所はおろか、撃たれた際に海斗が生きていたかどうかすらわからなかった。ムラマサも連中に連れ去られてしまったとのことだった。


唯一わかったことは学園を取り仕切っている『風紀委員会』という連中が海斗を襲ったということだが、どうやらアテにはできないらしい。


なぜなら学園内にいた風紀委員の連中も忽然こつぜんと姿を消したとかで、捜索そうさくをしようにも、もう手がないらしい。


……会議が終わってラルフも帰り、後に残ったのはどうしようもない絶望感だけだった。


特に師匠|《志穂》や優奈のように海斗に依存していた連中はかなりひどい有り様だった。


魂が抜けてしまったかのような光の灯っていない目、止めどなく流れる涙、震える体、何かをつぶやく口元……


あまりにもた(たま)れない気持ちになった俺は気の抜け切ってしまった体を無理やり起こし、重患をそれぞれに宛がわれた部屋へと運ぶ作業へと移った。


そんな俺を見て、イリアとダドリーも協力してくれたが……


力の抜けきった人間を運ぶのがとんでもなくきついということを、俺はこのとき身に染みて理解した。







◆◆◆◆◆◆







……朝食はちゃんと味付けをしたはずだったが、やはり味をほとんど感じなかった。


俺はあまり感情に左右されにくい人間だと思っていたが……やはり堪えるものがあるな。


唯一救いなのは、子供たちが笑顔で日々を過ごしてくれていることだろうか。


もっとも、海斗の現状を伝えてしまえば、それすらきっと無くなってしまうのだろうが……


「タカシさん……僕のほうはもう準備できました。いつでも行けます」


朝食の片付けを終え、玄関前に出ると、一人の少年が厳しい表情でたたずんでいた。


その格好はさながら戦場へおもむかんとする兵士のようだ。


この屋敷でまともに動ける貴重な人材の一人で子供たちの兄貴的存在であるダドリー。


ここ最近は俺とともに情報収集に当たっている。無論、その情報とは海斗……そして連れ去った連中のことだ。


普段の俺なら「そんなに気を張り詰めるな。もっと肩の力を抜かないと怪我するぞ?」くらいの軽口は言えるはずなんだが……


「わかった。俺もすぐに準備するから、もう少しだけ待っていてくれ」


今の俺はそう言って、駆け足で自室に駆け込む事しかできなかった。


後ろ手に押さえた自室の扉に寄りかかり、荒くなった呼吸を整える。


――――何を焦っているんだ俺は……らしくない――――


ふぅ……と肺の中の息をすべて出し切ってから思いっきり空気を肺に押し込む。


扉から体を離し、ジャケットを着込み、机に転がっているグリムを適当に袋に詰めて腰に括り付け、ベッドに無造作に置かれたホルスター付ベルトを装備して、最後に壁に立てかけられている俺の得物の双剣銃ダブルガンソード『マッドクッカー』をホルスターに差し込む。


ふと、得物の名前の由来を思い出した。


(確かこいつの名前は海斗が付けたんだっけか。俺がこいつを使って料理やらケーキやらを作るから、とか)


最初は『お前そりゃあないだろ』と反論したものだが、今じゃもう完全に馴染んでしまった。


(……やっぱ、お前がいないと張り合いがないんだよな……)


……俺は拳を握り締めて、部屋を後にした。


――――バカで能天気で女難の相が出まくっていて……どこか憎めない自分の悪友を助けるために。









◆◆◆◆◆◆







「…………っ………うっ……くっ……」


自分のうめき声が聞こえる。


氷が解けるように、ゆっくりと意識が回復していき、やがてまぶたがゆっくりと開いていく。


「…………ここ……どこだろう……」


まったく持って記憶にない光景が目の前に広がっていることに、僕は戸惑うことしかできなかった。


……大丈夫だ、記憶障害はないから庇って撃たれたところまではちゃんと覚えてる。だからお酒を飲んでふらふらとここまで来た、なんてことはないはずだ。


そもそもお酒なんて飲んだことないんだけどね。


「……って、そんな一人漫才してる場合じゃなかった」


僕は自分に覆いかぶさっている布団を剥ぎ、ゆっくりと絨毯じゅうたんの敷かれた床に足を下ろす。


「うん、足元に違和感はないね」


靴がなく、肌が露出している自分の足を見る。


足がちゃんとあることを確認したあと、今度は自分の頬を軽くつねる。うん、痛い。


足があり、痛覚があるというこの事実。これはつまり……


「よかった……死んではいないみたいだね」


とりあえずこれで一安心だ。死んでしまっていては何かしたくても、もうどうしようもないからね。


いやぁ、生きてるって素晴らしい!!


「……あれ?背中の痛みもないな……というか傷が完全に塞がってない、これ?」


背中のあたりを手で軽く撫でる。が、痛みや違和感はまったく感じられない。


あのときの出血量からして相当深く矢は刺さっていたはずなんだけど……誰かが治癒魔法でも掛けてくれたのだろうか。


……まさか、ね?


「服はある。髪の結い紐はない。インデックスは……やっぱり開けない」


ひとつひとつ現状を確認していく。トラブルに巻き込まれたときに大事なのは、やっぱりこういった地道な確認作業だ、って僕は思うね。


ふと、腰まわりが妙に軽いことに気づき、左手で自分の腰まわりを触診していく。


「……やっぱり。ムラマサがどこかに行っちゃっているみたいだ」


あのときは武器化していたはずだから……僕の武器だと判断して回収されちゃったのかな?


とりあえず髪紐の代わりに、服の裾を細く破いていつものように一本に纏め上げる。


(……もう少し判断材料を集めたほうがいいかもしれないな。)


そう思い、裸足のまま部屋の中を歩き回ることにした。


箪笥たんすや引き出しには……日用品がいくつか。部屋の隅には小部屋……なるほど、トイレ・水道・お風呂か」


尋常ではない広さの部屋を、すこしずつ探索していく。


見た目で絶対に僕の部屋でないことはわかっていたけど、誰もいない、尚且なおかつまったく知らない部屋のベッドに寝ていたら、まずすることと言えば家捜やさがしだろう。


……普通だよね?僕がおかしいわけじゃないよね?


だってどこかの勇者は知らない村についたら、とりあえず人の家の箪笥とかを漁るじゃないか!そ、それを習って僕もだね……


……一人で問答していても虚しさが倍増するだけだね。


「窓には鉄格子……外の光景は……うわぁお」


鉄格子越しに見える風景に、思わずアメリカンな反応をしてしまった。


黒雲に包まれ、紫電がそこかしこで舞い、見た事もないような翼を持った者たちがそんな空を徘徊している。


小説やゲームなどでしか見た事のないような混沌とした空間がそこには広がっていた。


……何これ。ここってそんなに悪魔チックなところなの?なんで僕がそんなところにいるんだろう?


「お、落ち着くんだ僕。ここは異世界『モスカル』だよ?これくらいで何だって言うのさ。別に囚われの姫ってわけでもないんだし、いろいろと手段はあるは……ず……」


稲光が部屋の中を白く染め、思わず目を逸らした先にある物が、僕の声を呑み込んでしまった。


さっきは暗くてよくわからなかった真っ暗な空間。


そこには、豪奢で気品のあるこの部屋にはあまりにも不釣合いな、無骨で堅牢そうな鉄格子。窓に付いていたのが玩具だったのではと思わせるほどの、大きな……それこそ僕の身長の10倍はある冷たい格子が僕のことを嘲笑っているかのように構えていた。


「……日用品やらバスルームやらがあるせいで断言できなかったけど、これで僕の現状がはっきりとわかった……」


僕はすっと自分の拳を持ち上げ、天井を見上げた。ものすごく手入れが行き届いているであろう輝きを放つシャンデリアが僕の姿を照らしている。


「僕は……拉致されたんだね!!」


「今さらですか!?」


なっ!?


何だ今の透きとおった声……僕が拉致された宣言をした途端に聞こえてきたけど……


この部屋はくまなく探したから誰かがいれば気づくはず。けど、人影なんてどこにもなかったし、まして今の声は間違いなく女の子……


ま……まさか幽霊とかじゃ……


「何をオロオロしているのですか?わたしはここにいるというのに!」


ぐいぐいと服を引っ張られ、強制的に視線が下向きになる。


……ん?


「はじめまして勇者様。お会いできて嬉しく思いますわ」


……誰だろう、このゴスロリっ子は。


スカートの裾を軽く持ち上げて、優雅な仕草で礼をする少女に、僕はただ目を丸くすることしかできなかった。


結構この展開を予想していた方は多かったかもしれません。やっぱりこんな感じで平和(なんだろうか?)な展開が一番好きですね。


感想・評価、風邪にうなされつつ待ってます!


インフル怖い……

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