28、フラグを回収しました
ついに第三章完結…?
長い、とてつもなく長い廊下を僕は少し足早に進む。
心の中に浮かぶ感情は焦り……そして未知への体験に対する興奮。
その浮ついた気持ちも相まって、僕の足取りはさらに速くなる。
……目的地の目印が視界に入った途端、僕の足はさらに前へと動き始めた。もはや走っているといっても過言じゃないだろう。
ドタドタと大きな地響きを鳴らしながら、目的地へと通じる扉を真横に引いて中に入り込む。
『あ、カイトせんせーだ!』
『もー!ちこくだぞ!』
『待ちくたびれたぞー!』
それと同時に響くのは童の声。その声に僕は思わず苦笑いしてしまった。
◆◆◆◆◆◆
「センセー、さすがに慌てすぎッス」
「はい、ごめんなさい」
授業が始まる前に、とりあえずラルフ君から軽いお説教を食らう羽目になってしまった。もちろん、正座である。
まわりからは相変わらず裏表を感じさせない元気な笑い声がところ構わず響いてくる。
……今日の午後の授業は、僕にだけ宛がわれている特別授業。いつもの中・高等部ではなく、初等部で行われるものだ。
特にこれといって名前はないけど、とりあえず僕は『交流会』と呼んでいる。
『交流会』では、初等部の小さな子に、異世界――――つまり僕の元いた世界――――についてわかりやすく教えていく。
……というのは建前で、まぁぶっちゃけてしまうとただのお遊戯会なのだ。
異世界人と積極的に触れることで、今後の教育にプラスになるのでは……とかなんとかエルが言っていたのを思い出す。
これが果たしてプラスになるかはわからないけど、子供と遊ぶのは嫌いではないし、むしろ好きな部類に入るから僕としてはむしろ「やらせてください!」と懇願するような内容なので、まったく問題はない。
べ、別にロリコン&ショタコンってわけじゃないからね!
「なに一人でぶつぶつ言っているんですか?」
「真顔だと思ったらいきなりニヤけたり、急に真っ赤っかになったりでおもしろいね~」
顔を上げると、そこには先ほどまで僕を説教していたガタイのいいラルフ君ではなく、双子の魔術師マイ&マヤだった。
怪訝そうな視線と眠そうな視線……どう反応したらいいんだろうか。
……なぜラルフ君やマイ&マヤ……いや、『3-D』の子がこの場にいるのか。
理由は単純。この『交流会』のメインだからだ。
この授業は僕だけでなく、中等部の先輩たちと交流を深めるという大きな目的があるのだ。
初等部の子は先輩と触れ合うことで憧れや交流などを持ち、逆に中等部の子は幼子に対する接し方を学ぶ。
これが一回や二回程度ならあまり大した効果が得られないのだけど、この企画は僕が来る前からずっと行われているらしいので、ちゃんと良い結果が出ているみたい。
まぁ僕がこの授業を『交流会』と名づけたのはむしろこれがあったから、っていうのが大きいんだけどね。
『それじゃあカイト先生、あとはよろしくお願いしますね』
「あ、はい」
このクラスの担任の女性教師が僕に一言告げ、その場から消えるようにしていなくなった。
……いろんなクラスを回ったけど、あの先生だけ謎が多すぎる……
忍者の末裔なのか……あるいは―――――
『とつげきー!』
『たぁー!』
「ちょ、おぶぅ!?」
妄想を膨らませていると、背中にとんでもない大きさの運動エネルギーが加わり、僕は顔面から教室の床にダイブした。
痛い……ものすごく痛い……
顔の皮、剥げてたりしてないよね?大丈夫だよね?
『せんせぇだめだよ~』
『そこは男なんだからちゃんと受け止めないと』
いやいや君たち、さすがに男でも小学生くらいの子が背中に数人がかりで飛び掛られたら、こうなっちゃうのは必然だから!
そう、遠くから聞こえてくる中等部の女の子たちに向けて非難の念を送る。無論、届くわけなんてないんだけどね。
『いや、先生はむしろこっちから強引に行ったほうがいいのかしら?』
『それは……そそるわね!』
『悪くないわね……あんた頭いいじゃない!』
『いやぁ……』
何恐ろしいこと言ってるのこの子たち!
これでも僕は気が強いんだぞ!仮に強引に迫られても余裕で回避できるくらいの余裕は持ち合わせてるんだからね!
あと、まだ穢れを知らないような子がいる場でそんな危険な会話をしないでよ!
『カイトぉ、いつまでねてるんだよぉ』
『はやくこの前の続きやろうぜ!』
ぐふっ、これ以上背中に衝撃を与えないで!
どうやら背中に乗っているのはこの前来たときに一緒に遊んであげた男の子たちみたいだ。僕の背中の上で早く早くと催促しながら飛び跳ねている。
前は確か……魔王を倒しに行く勇者の真似事をやったんだっけ。で、そのときの僕の役は――――
『ほぉら!〝おひめさま〟がこんなところでねてちゃだめだろ!』
『そんなんじゃ、すぐに悪いやつのおよめさんにされちゃうぞ!』
……そうだった。この前の僕は攫われたお姫様の役だったんだ。
男がやってどうする、って一応抗議はしてみたけど『一番カイト先生が似合ってる』と押し切られてしまい、終始どこかの配管工が助けに行きそうなお姫様の役を演じることになってしまったのだ。
どうしよう……ものすごくやりたくない。
いくら『ごっこ遊び』と言えど、服まで着替えさせられて行うアレはさすがにきついものがあるよ。主に精神的な意味合いで。
かと言ってここで断るのは教師としていかがなものか……
『ちょっと、カイト先生からどいてよ!』
『そうよ!今日はあたしたちがカイト先生たちとあそぶ番だよ!』
「そうじゃそうじゃ!」
そこに助け舟とばかりに女子の大群が僕と僕の上に乗っている男子を取り囲んだ。その輪の中には和服で黒髪の、どこぞの妖刀も混ざっていた。
……ムラマサ、君はそれでいいのかい?その輪に入っていて、まったく違和感を感じないのですが?
しかしこれは好機かもしれない。もしこれで今日の予定が『お姫様』ではない何かになれば、きっと僕の心は折れずにすむだろう。
背中に乗っている男子の数は7人ほど。大してそれを取り囲む女子の数はおよそ13強。
悔しそうに呻く男子のリーダー格。勇者様ご一行には申し訳ないけど、今日のところは別のお姫様……ちゃんと性別が『女性』の方と遊んでもらおう。
さぁ、今日はいったいどんな遊びが待っているのだろうか。お人形遊びかな。それとも折り紙やお絵かきかな?
『お、お前らは先生となにしてあそぶつもりだよ!』
男子リーダー君が勇気を振り絞って精一の虚勢を張る。うんうん、僕も小さいときによくやったのを思い出すよ。
……即効で見抜かれて(姉さんに)ひどい目に遭わされたことまでは思い出したくなかったよ。
『ふふん……教えてあげるわ!カイト先生にはね、『おままごと』の―――――』
ふむふむ、『御飯事』か。なら僕は『お父さん』か『お兄ちゃん』、あるいは『弟』や『息子』の役か。
ちょっと疲れそうだけど、おとなしくモルモットになるとしますか。
『―――――『お母さん』の役をやってもらうのよ!!』
なぜだ……なぜその地点に不時着したんだ……
どうして普通に着地すればいいところを空中で全裸になるような真似をしたんだ!そんなことすれば大怪我するに決まってるじゃないか!
まずい、どちらにしろ僕の精神がガリガリ削られるのは間違いないじゃないか。
「しかも主げふんげふん……先生には≪絶賛子作り中の新妻≫を熱演してもらうのじゃ!無論、相方はこのわし!!」
さらにハードルをあげてとんでもないことになってるだと!
というかそれはもはや可愛らしい御飯事じゃない!そんな穢れた御飯事、僕は絶対に認めないぞ!
あと何気に最後の付け足ししたのってムラマサじゃん!なに勝手なこと言っているのさ!ガッツポーズしながら言っても押し切れる内容じゃないからそれ!
ほら、まわりの子も何のことかさっぱりわかってないし!駄目だからね、勝手なこと吹き込んじゃ!!
ああもうなんなんだろうか、この究極に面倒くさい状況は……
「いやぁなかなか熱い展開になってきましたねマヤさん。この状況、どうなると予想しますか?」
「そうだねぇ~……男の子のほうは数が少ないけど道徳的にはセーフだし、女の子のほうは数が多いけど内容がえっちぃからなぁ~」
そしてそこの二人!なにをのんきに実況なんかしているんだ……って、他のみんなまで観戦に回っちゃっているじゃないか……
あぁ、どっちが勝つか賭けてる子までいる……
おかしい、子供との交流って、こんな生々しいものじゃなかったと思うんだけど?
もっとこう、心温まるような、『きゃっきゃっ』ていう擬音が似合いそうな風景が広がる……そんなのじゃなかったっけ?
……あれ、どうして嬉しくなんかないのに、目から涙が出てくるんだろう……
◆◆◆◆◆◆
「ふぅ…ふぅ……よし、これで全員だね!」
『ああくそ、もうちょっとだったのに……』
最後となった子を捕まえてとりあえず一段落、と言ったところだろうか。
……結局あの後、「みんなで仲良く遊ぼう!」と言って無難な『鬼ごっこ』を提案して、どうにかいろんな危機を無事に回避した。
さすがに(ムラマサを除いて)全員が賛成し、しかも終始ノリノリだったのは意外だったけど、みんな楽しめたようでよかったよ。
……僕も女装やらナニやらをしないで済んだし本当によかったよ。
「センセ、そろそろ終業のチャイムがなるッスよ?」
「え、あ、もうそんな時間なんだ」
見ると、確かに太陽の位置がまもなく山脈の頂上に辿り着こうとしている。僕もいつの間にか夢中になっていたことに気づかされた。
うん、まぁなんだかんだで結構楽しかったからなぁ。
「よし、それじゃあそろそろ帰るとしま………っ!ちょ、このタイミングでっ!?」
僕は目の前にいる初等部の子を抱えて前方に飛び込む。
……一瞬の間を置いて、僕のいた場所に無数の矢が突き刺さった。
「なっ!?」
「む……」
「あれって……まさか!」
まわりにいた中等部の子が狼狽する。あののんびり系のマヤでさえ、少しだけ眉を潜めた。
それを狙っていたとばかりにまわりの草むらから大勢の人影が飛び出す。
胸元に縫い付けられた紋章には……もう見慣れてしまった『黒獅子』が描かれていた。
「全員すぐに初等部の子を連れて学園内に戻って!」
まだ学園に通じる道は塞がれていない。まだ間に合うはず!
僕の声に反応し、すぐさま『3-D』の生徒は避難行動に移った。武術訓練を受けているだけあるか、その動きはなかなか目を見張るものだった。
しかし、それでも10人ほどの生徒がこの場に残ってしまった。少ないが、初等部の子も何人か残ってしまっているみたいだ。
「センセ!大丈夫ッスか!」
後ろからラルフ君の声が響いてきた。どうやら残され組のほうにいたらしいけど、正直ありがたい。
ラルフ君の実力はなかなかのものだ。他の残っている生徒も学園きっての実力者ばかりだけど、彼はその中でもかなり逸脱している。
これで子供たちの守りに関しては安心できそうだ。
『さて主、これからどう戦うのじゃ?』
いつの間にか握っていた刀剣状態のムラマサ。あの状況で冷静に武器化してくれていたのは、さすがとしか言いようがないね。
「僕一人なら今朝と同じ戦法でいいんだけど……」
チラリと後ろを伺う。
6人ほどの中等部生が武器を構え、その輪の中心に初等部の子がいる。みんななかなかの手練だけど……どう見てもこれはさすがに分が悪い。
数、武器、連携効率、地の利…………力以外のほぼすべてにおいて風紀委員のほうが上手だ。
ただ避けるだけの戦法ではこの勝負は勝てない……
それに――――
『……主、感じておるか?』
「うん。でも正直、信じられない、かも……」
一見、今朝襲いかかってきた連中と変わりないけど……気配がまったく違う。
まるで生気を感じられない。気力がないとかそんな生易しいものではなく、微塵も『生物』としての気配を感じ取れないのだ。
「こやつら、もしや――――」
ムラマサが何か言いかけたそのとき、風紀軍団に動きが出た。
先端が黄色い……おそらく毒の塗られた矢が四方八方から一斉にこちらに向かって放たれた。
その波に流されるかのように、前衛職の委員もなだれ込んで来る。
『な、なんだこいつら!?』
『矢に当たらないとでも思っているのか!?』
防衛陣のみんなから驚愕の声が上がる。
無理もない。普通、あんなことをすれば味方の矢に当たる可能性がある。
なのに迷いなく突っ込んでくるその様は、相手に恐怖を植え付けてくる。
……やっぱり、何か妙だね。
「怯むな!全員防衛に徹するんだ!魔法職はとにかく結界やら防御魔法やらを張りまくれ!近接の奴らは連中の迎撃に専念!絶対にチビッ子連中を守りきるぞ!」
みんながうろたえる中、ラルフ君の一喝が轟く。いつものふざけた様子は微塵もなく、そこには守護に重きを置く戦士が立っていた。
まさかあそこまでできるなんて思ってなかったけど、やっぱりラルフ君は相当な実力者だったみたいだ。
ラルフ君の叱咤に正気を取り戻したのか、防衛陣が行動を再開した。その表情にもはや狼狽の色はなかった。
「主、右からくるのじゃ!」
「はいよっ!!」
相手の攻撃を受け流しながら、僕は少しだけ安堵のため息を吐いた。これで防衛網は完璧だ。
あとは全員を怪我をさせないように、かつすばやく戦闘不能にさえすれば……
『ぐすっ、みんなひどいよぉ……僕まだ捕まってなかったのにぃ……』
……え?
森の影からまた新たな人影が出てきた。
しかしその影はとても小さく、風紀委員の背丈と比べるとかなりの差があった。
「なっ!?まだ森の中に一人残ってたのか!」
ラルフ君が僕の疑問に答えをくれた。
まさかあんなところにまだ初等部の子が残っていただなんて……
幸いまだ風紀委員の誰も彼には気づいていないみたいだ。ここは素早く回収すれば――――
『タ、タイナー!なにしてんだ!早く逃げろ!!』
……僕のバカァ!どうしてそうやって簡単にフラグを立てちゃうのさ!!
防衛陣に守られている初等部の子が、迷い出てきた男の子……タイナー君に叫ぶ。
叫んだ彼にまったく悪気はないんだろうけど、これは完全にアウトだ。
彼が叫んでしまったことにより、風紀委員の目が叫んだ先……つまりタイナー君のほうへと向けられる。
『ひっ……』
その殺意の篭った視線に耐え切れなくなったか、タイナー君はその場にへたり込んで動かなくなってしまった。
まずい……
それを好機と捉えたのか、弓兵が弓を引き絞る。
まずいまずい……
そしてその目標は、タイナー君のど真ん中に向けられ――――
まずいまずいまずい……!
力の篭った一射が、そのか弱い胴体へと放たれた。
……っ!!
顔に風を感じたと思った瞬間、両腕に仄かなな暖かさを感じる。
そしてその温もりを忘れさせんとばかりに、背中に鋭い痛みが走った。
『あ、ある……じ…?』
手に握っていたムラマサから信じられないくらいか細い声が発せられる。
『セ……センセ?』
いつも大きな声が取り柄だと言っていたラルフ君の声も、今は妙に小さく聞こえた。まったく、そんなんじゃ自慢にならない……ぞ……?
……あれ、身体が重い。
いつの間にか瞑っていた瞼を開けると、わんわんと涙を流す小さな子が見えた。
そして自身の背から何かが首筋を通って流れて僕の頬を伝った。
それは生暖かく、赤く、紅い……
「あれ!?いつの間にか庇うフラグまで立てちゃってたの僕!?」
その一言を最後に、僕は意識を手放した。
……意識を失う一瞬、ムラマサの『こんなときに何を阿呆なことを言っておるのじゃ!』という声が聞こえてきた気がするけど、いまいち聞き取れなくて、そのうちそれすらも考えられなくなった。
当初はシリアスな展開で終わる予定でしたが、やっぱり僕の中の≪平和主義の妖精さん≫が『駄目だ!!』と叫んだので、とりあえず少しだけ明るめに終わらせました。
とりあえずこれで第三章は完結です。章完結じゃなくてすっきりしない人もいるかもしれませんが……ごめんなさい。
次はいよいよ終章です。ゴールが見えてきましたよ!次回作はもう考えてあるんだから、きっちりかっちり終わらせますよ!!
PS:1月に受けた高校試験は、なんと特待生で合格できました!やったね!!




