27、『担任』の意味を思いました
「……そうか。やはり返り討ちにあったか……」
まだ昼前だというのに、部屋の中はまるで新月の夜のような闇に覆われている。明かりといえば、部屋の中央にある蝋燭の光くらいだろうか。
その部屋の中央……玉座を思わせる椅子に座る少年レオは、風紀委員の諜報員からの報告を聞いて口元を歪ませた。
まるで獲物をしとめたハイエナのような、獰猛な笑みを浮かべて。
そんなレオの顔を見て低く悲鳴をあげる風紀委員。今朝カイトとの戦闘で動けなくなった連中を除いても、その数は大国の一個中隊を思わせるほどの数がいる。
しかしそれほどの数を持ってしても、レオの放つ殺意には思わず震え上がるほどの恐怖をおぼえた。
そんな畏怖の象徴であるような会長に、諜報員の一人が恐る恐る言葉を続ける。
「……実はまだご報告しなくてはならないことが……」
「……なに?」
レオの顔にあからさまに不機嫌さが浮かび上がる。それを見て諜報員の一人が恐怖のあまり失神する。
「レオ、少し落ち着いて……」
「ん?あ、あぁ。すまない…」
レオにしな垂れ掛かるようにして座るリンが、そのガラスのように澄んだ声でレオを鎮める。
レオの真正面に立つ諜報員は、その様子を見て口から大きな安堵の息を吐く。無論、まわりに悟られないようにだが。
「すまない。それで、報告の続きとは?」
「は、はっ!実は、今回の作戦での被害者なのですが……」
「ん?」
レオの眉間に大きな溝ができる。
その様子に冷や汗が止まらないが、報告の民は全身にある気力を振り絞って自分の役目を果たすべく言葉を綴る。
「被害者のうち……〝異世界からの侵入者”からの攻撃を受けたものは一人としていませんでした!」
レオの持っていたグラスが砕け散り、中に入っていた酒が血のように床に滴り落ちた。
まわりからまた悲鳴が上がる。今度は誰でも聞き取れるくらい大きなものだった。
「……『返り討ち』にあったのだよな?」
地の底から響いてくるようなレオの声に、返事をするものはいない。
報告をしていた青年を含め、諜報員は一人残らず意識を手放していた。
その様子を見て、さらにレオの殺意が高まり、今にでも彼らを八つ裂きにするのではと思わされるような鋭い目つきになる。
唯一レオを止められるリンも、今はただレオにそのしなやかな腕を巻きつけるしかしない。
誰もがこの部屋に血の雨が降るのを想像した。
『だめですよレオ。そこで彼らを殺してしまえば、この作戦はすべて水の泡ですわ』
不意に部屋に響き渡る蟲惑的な声。その次に出てきたのは、謎の『切れ目』。
レオの座る玉座の前に、突如として現れた空間の『切れ目』とでも言うような謎の存在。
その中から一人の女性がどこからともなく現れて宙に浮かび上がった。
「……なにをしにきた、魔王」
突如として現れた金髪の麗人に威嚇の声を上げたのはレオではなく、その傍で恍惚の笑みを浮かべていたリンだった。その顔には先ほどのような幸せさはなく、あるのは単純な怒りだけだった。
「あらあら、どうやら嫌われてしまっているようですわね」
しかしそんなリンの態度なんぞどこ吹く風というように、飄々と振舞う『魔王』と呼ばれた美女は、その身につけているやけにヒラヒラな服の裾で愉快そうに口元を隠した。
その行動はリンの怒りをさらに加速させる。が、それを今度は先ほどまで怒り心頭だったレオが手で制した。
「あら、お優しいことで。やはり恋人は大事ということでしょうか?」
「……御託はいい。そんなことより、今日はいったいどういう風の吹き回しだ、『我らが神』よ」
『あ、あれが……』
『我らが崇拝する神……』
『なんて神々しいんだ……』
レオの一言に部屋中がどよめく。
それもそのはず。なぜなら彼らが『神』と崇める存在を実際に見たことがあるのは、今までの中ではレオとその恋人兼側近であったリンだけだったからだ。彼らは口頭でのみ、彼女の存在は知らされていただけなのだ。
「うふふ、どうやらこの中ではわたしのほうが人気者のようね」
「……そんなことはどうでもいいと言っているだろう……」
決して荒い口調ではなく、それでいてとんでもないほどの威圧を感じるその声に『神』はあらあらと楽しげに目を細めた。
それはまるで、自分の飼っている子犬を見るような、慈しみさえ感じる視線であった。
『神』はふわりと床に降り立つと、まるでイタズラ好きの子供のような笑みを携えた。
「私が今日ここに来たのはただの気まぐれ。彼らを庇ったのは、ただ単に『私の作戦』の効率を上げるため」
そして、と彼女は楽しげにクルリと回る。
「あなた方風紀委員に今後の展開を左右するような素晴らしい物をプレゼント致しますわ」
ちょうど一回転した彼女の手の上には底の見えない暗い光を放つアイテム。
暗と明という矛盾をつかさどるソレはまるで脈動するように彼女の手の上で蠢く。
「……なるほど。ついにソイツを俺に託してくれるってわけかよ」
先ほどまでの不機嫌さが嘘のように、レオの顔には喜色の色が滲み出ていた。
リンもまた、レオの体に自身を擦り付けるようにしながら幸せを享受している。
その三人の織り成す混沌を、まわりの人間はただ冷たい汗を流しながら見守ることしかできなかった。
「それにしても、あのような戦い方をしますとは……私の予想を遥かに上回るその奇特さ……あぁ、さすがは我が愛しの勇者様……」
◆◆◆◆◆◆
『先生大丈夫ですか!?』
『どこかお怪我はなさっておりませんか……!』
『とりあえず風紀委員の連中ボコボコにしてきますんで、先生はここで休んでいてください!!』
「わ、ちょ、みんなとりあえず落ち着いて!」
学園長室から寝惚けているムラマサを担いで3-D教室に入るなり、大勢のクラスメイトに囲まれてしまった。
医療術が得意な子は両手に包帯やら軟膏やらを持ち、それ以外の子は武器を持ってなぜか臨戦態勢に入っている。
(『例の騒ぎはおそらく、小・中・高すべての教室棟から見えていたと思われます。無用な混乱が起きている可能性もあるので、向かう際には十分にお気をつけくださいませ』)
ここに来る前にエルに言われた言葉が頭の中で反芻し続けている。
あのときのエルは僕に膝枕されながら惚けていたので、正直癒しから来た寝言のようなものだと思っていたのだけど……
「(なるほど、あれはこういうことだったのか)」
忠告の真意がわかったところで今さら対策も打てないのでどうしようもないんだけどね。
さて、これをどう収拾したものか……
「ほらほら野朗共、先生が困ってんだろ?」
「医療班のみんなもとりあえず落ち着いて!そのままじゃ怪我の治療なんかできるわけないよ!」
「まるで餌に群がる鳥みたいだね~」
『そうですみなさん、まずは落ち着いて席に着きましょう』
人混みの奥から聞こえてくるここ最近特に聞きなれた声が四人分。
すると鶴の一声とばかりに僕に群がっていた生徒たちが、まるで波が引くように自分の席へと戻っていった。
呆気にとられていると、先ほどの声の主が僕の前に出てきた。
ラルフ、マイ&マヤ、そして我がクラスの委員長。
委員長はともかく、この三人がクラスのみんなを纏め上げるとは……僕はまだまだこのクラスの人間関係を完全に把握しきったわけではなかったみたいだ。
「う~ん……外傷に関しては見たところなさそうッスね」
「顔色も悪くないですし……うん、問題なさそうです」
「さすが先生だね~強くてかっこいいよ~?」
『か、かっこいいかはともかく……さすがです』
みんなのかわりとばかりに僕の体調を気遣ってくれる4人に、心の中が温まる感覚を覚えた。
あぁ、やっぱりこうして気遣ってもらえるのって、なんだかんだでやっぱりいいなぁ。
とと、あんまり感慨に耽っている場合でもなかった。
僕は教卓の前に移動して教室全体を見渡す。
僕が教卓に移動したのを見て、ラルフたちも各々の席へと戻ってくれた。
「様子からして、どうやら今朝の出来事はみんなにも知れ渡っているみたいだね。とりあえずその……心配かけてごめんなさい!」
まず頭を下げる。教室のあちこちから『謝る必要なんてない』『無事でよかった』等、謝罪は求められていない様子だったが、なんとなく僕の気がすまないので、少しの間だけ頭を下げ続けた。
「今朝の出来事は、見た目はかなり派手だったけど、実際のところは特に問題ないレベルだったから怪我は両者ともしていない。ただ今日のうちにあともう一回……たぶん帰り道に襲撃に遭うはず」
僕の言葉に、クラス中がざわめく。無用な混乱を起こしかねない発言だけど、伝えておかないといけないことは伝えなければならない。
ガタッ、と教室の真ん中あたりから音がする。ラルフだ。
立ち上がったその姿にはひとつの決意が込められていた。
「襲撃されるのがわかっている。しかもそれが今までとは違う、本当の『排除』だって言うんなら――――」
ぐっと握り拳を僕のほうへ向けて、鋭く輝く歯をチラつかせる我がクラスのパワーアタッカー。
「こちらから、行動不能になるくらいまで全力でぶつかるべきッス」
もちろん行動不能になるのは奴らだけッスけどね、と付け加えてラルフは僕に向かって笑って見せた。
その途端、教室に割れんばかりの歓声が響き渡る。
各々の得物を掲げ、ラルフの意見に対する賛成を表現する。その姿はさながら戦国時代の武士たちのようだ。
座っているのは、マイ、マヤ、それから委員長だけ。おとなしい子でさえ今はその中に眠る小さな勇士を奮い立たせていた。
……この学園の生徒は基本的に対人・対モンスターの両方の戦闘訓練を幼いときから学んでいる。下手をすれば、僕のいた世界の軍人でも敵わないかもしれないくらいの身体能力を平均的に持っているかもしれない。
風紀委員の生徒は確かに強いけど、これだけの戦力……学園中の一般生徒・教師陣で強襲すればきっと風紀委員を一網打尽にできるだろう。
けど、それでは駄目だ。
「ラルフ君、他のみんなも。気持ちはものすごく嬉しい。嬉しすぎて泣きたくなるよ……けど、それは、それだけはダメだ」
「な、なんでッスか!」
「それは、僕がこの学園の……この僕の大好きな『3-D』の担任だからだよ」
僕の一言に、あれほど熱気を帯びていた教室が一気に常温まで戻る。その真剣なような、どこか理解の追いつかないとでも言いたげな視線が僕の体に降り注ぐ。
「……みんなで力を合わせて戦えば、戦いに勝つことはできるかもしれない。けど、彼らは僕を本気で殺しに掛かってくるほど追い詰められてしまっている。そんな彼らが一般生徒にまったく危害を加えないとは考えにくい。まして、突っ込んできたりなどしたら、僕と同様に殺しにかかって来るだろうね」
ひとつ深呼吸をして息を整える。自分の思いを短くまとめられないのが僕の悪い癖だ。
教卓に両手を置くと、少しひんやりとした木の感触が伝わってきた。
「僕は、このクラスの担任としても……『新井海斗』という人間としても……そんなことになることは絶対に許せないし、許さない」
許さないという言葉に、みんなが顔色を悪くした。あまり怒らない僕が初めて怒りを表したことに驚いたのかもしれない。
別にみんなに対してではなく、そんなことを許してしまった『もしも』の自分に怒っていたんだけどなぁ……
僕は雰囲気を明るくするために、あえて少しだけおどけて見せた。
「それに、『みんなの平和で安全な学園生活のため』っていう僕の作戦テーマが、そんなことになったら全部崩れちゃうじゃないか。それじゃあ本末転倒だよ」
両手を広げて笑ってみせる。
『先生……』
『そんなに……そんなに俺らの事を思って……』
『うぅ……ひぐっ……』
え、あれ?
なんでそんなに項垂れてるの?
どうして泣いてるの?どうしてそんな尊敬の眼差しを送ってるの!?
『………………』
どうして委員長にいたっては祈りを捧げてるのぉ!!
「……わかりました。先生の熱意、しかと受け取ったッス」
ラルフが珍しく真面目なトーンで僕に一礼してきた。
ホントにどうしちゃったのさ。僕なんか変なこと言ったっけ?
ただ元気付けようと少し笑われそうなくらいの恥ずかしいセリフをぶちまけただけなのに。
「だけど先生……俺は、いや……俺たちはたとえどんな結果になろうとも、先生の生徒であり仲間!それだけは、絶対に忘れないでくださいッス!!」
どこでそんなことを教えているのか、完璧な敬礼を僕に向けるラルフ。
見れば他のクラスメイトも僕に敬意と温かみを含んだ敬礼をしてきていた。唯一の冷静部だと思っていたマイやマヤまで……マヤに関してはおもしろ半分だと思うけど。
……ある意味みんなを戦闘に巻き込む結果にはならなかったからいいのかもしれないけど、なんかちょっとイメージしていた結果と違うような……
「むぅ……ぬおぉ!?わしはいったいなぜこんな硬い床材の上に寝ておるのじゃ!?主(あるじは!主のふわとろな太もも様は何処へ!?」
……そういえばムラマサのこと、教室の入り口付近に置いといたままだった。
さすがに上着だけでも掛けてあげればよかったかな?ごめんね、ムラマサ。
ついに『魔王』という単語が人称として出てきました。果たしてこの女性はいったいどんな存在なのでしょうか?
感想・評価、グミを噛み噛みしつつ待ってます。
※一ヶ月ぶりに戻ってきました!みなさん、大変長らくお待たせいたしました!
本当は1月9日に一周年記念投稿でもしたかったのですが……勉強が…試験がぁ!
受験も終わり、久しぶりにログインしてみて、かなり驚きました。
「ぜんぜん、ブクマが減っていない……だと?」
むしろ増えていて、自分の目を疑いました。てっきり100人ほど減っているんじゃと思っていたので……
ただ消すのが面倒だったからという方もいたのでしょうが、それでも消さずに待っていてくれていた方がいたのだと思うと本当に嬉しかったです!
これからはいつもどおりに投稿!と言いたいところなのですが……
「え、あれって私立の試験だったの!?」
ということで公立の試験までもう少し頑張らなければなりません……
いつも読んでくれている方、そうでない方も、こうしてまた読んでいただきありがとうございます!これから本試験まではノロノロとカメ投稿になってしまうと思いますが、これからもよろしくお願いします!
とりあえず、来週の今日までには一話書ければと思っています!




