25、本能には抗えませんでした
夕飯に遅れたあげく、フィーと逢引きしていただのといろいろと面倒な誤解を受けたおかげで散々な目にあった翌朝。優奈の作ってくれた朝食のフレンチトーストにかぶりつきながら、僕は美琴の話を聞いていた。
「……あと少しで完成……昨日のうちに接続テストも終わらせて、もう移動とか武器の構えくらいの簡単な操作なら問題なくできるようになった」
「もうそんなところまで完成したの?なら完成まで一気に漕ぎ着けたいね!」
美琴の報告を聞いて、ついつい歓喜の声を上げる。
素材を集めるのは想像以上に辛かったけど、その分完成が近いとなると、嬉しさも一塩だ。
美琴も顔には出さないけど、かなり嬉しそうだ。
だって手に持ったフレンチトーストをとんでもない速さで回してるんだもん。風切り音なんて本来の揚げパンからはしないはずなんだけど!?
まわりの子が目を輝かせてその光景を見ているのは、果たしていいことなのかわからないけど、僕も美琴も完成が近づいて嬉しいということだけは確かになった。
美琴はフレンチフレスビー(略してフレスビー)の手を止め、テーブルに肘をついて、顔の前で両手を絡めて神妙な雰囲気を出す。
「……残す素材はあと二つ、ひとつは今日のうちに私が取りに行くからいいのだけど……」
「だけど?」
「……実は、最後のひとつの素材の居所がまったくわからない……いや、居所どころか、名前まで……」
「それって……」
ここまで来て、と僕は内心で天国から地獄とばかりに落胆した。
最高の武具を作り出すのに、何かしらの超絶レアアイテムが必要なのは、どのゲームにも必ず存在する『壁』だけど、入手方法どころか名前までわからないだなんて……
「……文献を探しても、名前・居所はわからなかったけど……最終手段として、その素材に含まれている能力と同じものを持った何かを見つければ代用できるかも」
「代用できる性能を持ったアイテム……」
ゲームだったらそんなことは絶対にできないけど、ここはゲームの世界じゃないし……
それに美琴の技術力があれば、もしかしたらそんな裏技が可能なのかもしれない。
……試してみる価値はあるのかな?
「わかった。それじゃあそれに関しては僕も捜索に協力させてもらうよ」
おかずのハムエッグを隣に座る子の口まで運んであげながら、僕はそう美琴に言う。あむあむと小さな口を動かしながらハムを食べる姿は、まさに天使だ。
「……そう、ありがとう」
返事は非常に淡白で、美琴のことをほとんど知らない人が見たら「なんて薄情な奴なんだ」と言うかもしれない。
実際、過去にそういうことを言ってくる輩はいたから、嫌でも意識してしまう。
けど、知っている人なら、美琴がものすごく喜んでいることくらい、簡単に見分けることができる。
なぜなら美琴はお礼を言ったあたりからずっと、自分の左頬をつねっているからだ。
孝曰く、あれは顔がにやけるのを必死に堪えているから、らしい。
それさえわかってしまえば、あの感情の篭っていなそうな言葉も、どこか微笑ましく感じられるというものだ。
キッチンから、優奈がものすごく恐い目つきで睨んできているので、美琴の顔から少し目線を逸らす。
お願いです優奈さん、あなたの視線で僕の体が焼けそうです。正確にはその手に握られたハンドバーナーで物理的に焼かれそうな恐怖で……
「そ、それでその最後の素材なんだけど……必要な能力っていったいなんなの?」
後ろに広がる窓越しの光景に目線を向けながら、僕は美琴に質問をする。
ガチャンどたんと食器の打ち合う音などが聞こえて、やがて収まる。
どうしてそんな音がなったのかは容易に想像できるので振り返る必要はない。
……というかいろんな理由で振り返りたくない。
「……最後に必要な素材の能力は、『魔力を半永久的に増加させる』というもの」
いつもの美琴の声が聞こえてきたと思ったら、なかなかの高難易度そうな依頼を聞いた。
かなり高度な能力みたいだけど、『涙』よりは幾分か格下みたいだ。
なら、なんで『涙』の居所はわかったのに、それより格下っぽいそれは名前すらわからないのだろうか。
僕は気になって、そんなようなことをなんとなしに聞いてみる。
プレッシャーを感じなくなって、恐る恐る美琴のほう(正確には優奈のいるであろうキッチンの見える方向)に振り返ると、美琴は少々落ち込んだ様子で自分の前に置かれた朝食に目を向けていた。
「……実は、その部分だけボロボロになってしまっていて……」
たしか伝説級のアイテムが書かれた書物はかなりの年代物だ、って美琴が言っていたのを思い出す。
たとえその書物が紙でできていて、ものすごいことがたくさん書かれていたとしても、自然の摂理……時の流れには勝てないってことなのか。
「……どうやら昔、誰かがあそこにお茶か何かをこぼしたみたいで……」
人的被害のほうかよ!
そんな重要アイテムにお茶こぼすとか、いったいどこのドジっ子なんだ!
「……ちなみにちょうどその読めなくなったページのところに……」
スッと差し出されたのは一枚の紙片。紙片のほうも黄ばんで、ところどころ欠けているみたいだ。
僕はそれを受け取って、紙片に書かれた文字を読む。
『ごめん、お茶零しちゃったんだけど、許しておくれ♪~みんなのアイドルことサファールより~』
どこのドジっ子だと思ったら、想像以上に身近だった。
もはや怒りを通り越して殺意しかないよ。これは近いうちにとある金髪を滝つぼかどこかに突き落とす必要がありそうだね。
……しかし理由はどうあれ、読めなくなっちゃったのなら仕方ない。
やっぱり美琴の言うとおり、素直に代用品を探すしかないのかな?
でも探すにしたって、さすがに街中の人に聞くわけにはいかないし……魔法ギルドのほうは美琴の管轄下みたいなものだから、そこはすでに捜索済みと考えて……
「……海斗……後ろ…」
とりあえず魔道具の製作もしているって言ってたから『イアン武器商会』のメイさん、それから『散歩道』でやたら高性能な薬を安売りしてるカミィさん……一応道具屋も兼業してるから、ニャスターさんにも聞いてみようなかな……
あとは学園で聞き込み……マイ&マヤはこの前とんでもない魔道具を生成してたから、もしかしたらそういう情報も持ってるかも。
「あ、先生たちに聞いてまわるのもいいかもしれな胃からいろいろと出てきそうなほど苦しい!?」
何!?どうしてこんなにも胃が圧迫されてるの!?
さり気なく首にも一本入っていて呼吸がけっこう苦しいし!
ゾクッと嫌な感覚が背中を駆け巡る。
恐怖で振り返ることができず、そのまま正面に座る美琴の目を見る。
どこか悲しげな瞳に映るのは、僕ともうひとつの影……?
「せっかくあたしが心を込めて作った朝食は、そんなにご不満だったのかしらぁ?」
わかりやすい、それ故に恐ろしい怒気の孕んだ声が、僕の耳から脳へと響いてはコダマした。
僕の頬を伝うのは、大粒の汗。額には玉のような汗を浮かべているに違いない。
何かを察知した孝は、どうやらすでに子供たちを別館か庭のほうへと誘導しておいたらしい。この部屋にいるのは、子供たちがこの屋敷に来る前のメンバーのみだ。
そしてそのメンバーの中で、唯一僕の視界に入っていないのは――――
「さて海斗、このまま黙って朝食を食べるのと――――」
しゅぼっとガスの抜ける音がする、と同時に発生した謎の高温。
「――――あたしのバーナーの油汚れになるのと、どっちがいい?」
「いやぁ優奈の作った朝食は美味しいなぁ!!」
僕は一時的にあらゆることを忘れ去り、ちょっと冷めてしまった朝食を必死に口に入れることだけを考えることにした。
目に映るのも目の前の食べ物のみ。気配の察知すら遮断して、とにかく動物の三大欲求である食欲を満たすことだけを意識した。
……こんなに美味しいのに、どうしてさっきから喉元に刃物を押し付けられているような苦しさを感じるのかな……
◆◆◆◆◆◆
「う~ん……すみません。魔道具の知識はある程度入れたつもりだったのですが……」
「魔力を半永久的に増加させる魔道具なんて一度も聞いたことないね~」
「そっか……二人も知らないか」
朝食をばっちり味わった僕は、気づいたらすでに学園の敷地内にいた。
しかも腰にはムラマサを差し、必要な荷物も持った万全な状態でだ。
どうやら無意識のうちに、準備と逃走を並行して行っていたみたいだ。
あまりの出来事にしばらく正門付近でぼうっとしていた僕は、時間の有効活用をしようと思い立ち、さっそく例の『魔力を半永久的に増加させる』という能力を持ったアイテムについて聞き込みをすることにした。
風紀委員にいちゃもんをつけられたくないので、少しだけ警戒しながら聞き込みをすること早13と14人目。
主に高等部の生徒と、一部の魔法に長けた生徒、教職員などを対象に聞いて回っているのだけど、どれもイマイチな反応ばかりで、とてもアイテムまで結びつきそうになかった。
もしかしたらと思って、朝のうちから候補に挙げていたマイ&マヤの魔道具ペアに聞いてみるも、結果はご覧のとおりだ。
この二人が知らないとなると、他の生徒も知らない可能性が高い。
……これは思っていた以上に苦戦するかもしれないなぁ……
「それじゃあわたしたちは少々ヤボ用があるのでこれで失礼します!」
「また教室で会おうね~」
「うん、引き止めちゃってごめんね」
「いやいやいいんだよ~。それじゃ~ね~」
マヤは手を振り、マイはひとつお辞儀をすると、教室棟のほうへと駆けていった。
手を振り、走り去る二人の後ろ姿を見送りながら僕はため息をつく。
まだ有力な情報を持っていそうな人物は何人か候補に挙げているのだけど、あの二人が欠片も知らなかったことがよほどショックだったみたいだ。無意識のうちに僕はまたため息をつく。
『そんなにため息をついていったいどうなされたのですか?」
「え、ああうん。ちょっと困ったことがあってね……」
少しうつむき加減になっていた顔を上げると、フードを深く被った生徒が立っていた。
顔が隠れているせいでわからないが、声からして女子生徒だろうか。心配してくれたのだろうか……
女子らしき生徒の口元が弧を描く。
『困ったこと……それは―――――こういうことですか!!』
「!?」
脳の奥の奥、生存本能が危険信号を発しているのを一瞬で感じ取り、頭を左に傾ける。
その刹那、銀閃の一撃が僕の顔の横を突き抜けた。銀閃はそのまま空を突き、僕の髪留めに当たって止まった。
髪留めが解け、僕の伸ばしきった髪がふわりと広がる。頬から胸元に一筋の赤色が落ちる。
僕は今までの経験からこれは危険だと感じ、縮地で一気に女子生徒との距離を数十歩分ほどあける。
『ちっ!やはり一筋縄では逝かないですか……』
女子生徒が被っていたフードを上着ごと脱ぎ捨てる。
胸元についた黒獅子の紋章……風紀委員の生徒だったのか!
……でも、妙だ。
女子生徒の手には一本の細剣……いつも他の風紀委員が使ってくるような演舞用の細いレイピアなどではなく、両刃のついた戦闘用だ。
そしてあの一撃……確実に急所である喉を突く軌道だった。
いつものような甘さは欠片ほども感じられない……完全に殺しを目的とした戦闘。
『主……気をつけるのじゃ。囲まれておる』
「うん、わかってる」
見渡せば、四方を数人の生徒で固められているのがわかる。
気配からして、他にも物陰とかに数人隠れているみたいだ。
そのどれからも明確な殺意を感じる。今までのような生温いものではなく、絶対零度のような凍てつくほどの殺意……
……ここまでの展開はすでに想定済み。どうやら、僕の作戦は無事に次の段階まで進んだらしい。
風紀委員更生まであと少し……と言ったところだろうか。
と、冷静っぽさを頭の中で装うものの、やっぱり駄目だった。
「(まさか作戦の進行がこうもうまくいきすぎるだなんて……さすがに早すぎるよ!)」
今日からしばらくの間はアイテム収集に精を出したいと思ってたのに!これじゃあそんな悠長なことしてられないじゃないか!
『カイト・アライ氏、貴様は洗脳による学園支配、および女子生徒とともに公然猥褻行為をした罪が問われている』
『おとなしく我々に従え。なに、我々も人の身……』
『『『死なない程度に扱ってやろう!』』』
それはもはや人として最低のことだと思うんだけど!
あと洗脳による学園支配とか公然猥褻とか完全に冤罪じゃないか!濡れ衣もここまでくると笑えてくるよ!?
……まさかマヤとのアレのことを言ってるわけじゃないよね?あれ、完全に僕のほうは被害者だからね!?
そんな僕の気持ちなんかわかるはずもなく、十数発以上の攻撃が僕へと降り注ぐ。
打撃、刺突、斬撃、炎熱、冷却……あらゆる痛みの根源が一気に襲い掛かる。
「ムラマサ……さすがにこれってひどくない?」
僕は自分でも情けないと思う声を腰に差した得物に掛ける。
ムラマサは無言のまま、朝日に輝く刀身を鞘と柄の隙間からちらつかせてきた。
「……どこでそういうことを覚えてくるんだか……」
刀身に映るムラマサのドヤ顔に苦笑いして、僕は刀を抜いた。
いよいよ風紀委員の動きも本格化し、第三章も終盤が見えてきました!
どんな展開になるのか、作者ですらわかりません!←(おいっ!?)
感想・評価、ユウタさんの工作動画をみつつ待ってます!
いや、空気砲(実用)とかアルミで秋姉妹作っちゃうとかすごすぎです!!




