22、危険物質を有効活用しました
「……お願い海斗、このハンドガンで私を殺して……」
「だからそれはできないから。あと、いつまでもそのことを引きずらないの」
「……だってぇ……」
前を歩く僕の後ろを、美琴はとぼとぼとついて来ている。
その顔はひどい有様で、まるで死人のように青白くなっている。頬が以上なほど赤くなっているのがその白さを余計に目立たせている。
どうして美琴がこんなことになっているのかというと、まぁその……簡単に言うと、羞恥心かららしい。
どうやら傷を負ってから眠るまでの記憶がすべてあるらしく、そのとき美琴が僕に対してした発言や行動までも鮮明に憶えているらしい。
美琴はあの状態の自分の姿を恥ずかしいと感じているようで、それを僕の前で晒したとなって、もう生きていけない、とかなんとか。
僕からしたら別に美琴が恥ずかしがる要素がどこにもないのだけど、美琴からしたら自殺を決意するレベルの羞恥らしい。
ううむ、わからない。
で、そんな自殺を止めた結果、なぜか美琴は、
「……自分で死を選んではいけないのなら、海斗が殺して…」
などと、のたまい始めた。
無論、僕がそんなことに協力するわけもなく、こうしてさっきから軽く受け流しているのである。
まったく。恥ずかしくて死にそうになるのはわかるけど、だからって自殺までしようとしちゃダメだよ。
(お前だって何回も死にたいとか言ってたじゃん)
それはあくまで言っただけで、本気で死にたいとは思ってないから。
というか貴様はまだ生きてたのか。今度こそ完璧に封じたと思ったのに……
家に帰ったらまた封印の儀式でもしますか。
(何それ怖っ!)
青い顔をしながら、僕の脳内妖精さんは僕の思考の片隅に逃げ帰っていった。
まったく、そんなに怖いなら出てこなければいいのに……
ズガンッ
「へ?」
何か硬い物に何かがぶつかる音がして、意識を視線の先に集中させる。
僕の頭くらいの高さのところの壁に、不自然に走るクモの巣状のヒビ――――銃跡が土煙の中にあった。
漫画やアニメだったらおそらくギギギッという擬音が出ているであろう首の回し方で、後ろに振り返る。
少し離れた先で、先ほどまで僕に握らせていようとしていたハンドガンを慣れた手つきで握り締めた美琴が、虚ろな目で佇んでいた。
ハンドガンの口からは硝煙が立ち上っている。おそらくこの銃跡はあれの放った一撃に因るものだろう。
「み、美琴さん?いったいこれはどういうことで?」
できるだけ平静を保とうとしたけど、声は震えるし敬語にはなるしで、キョドっているのが丸わかりだ。
頬に暖かい感触……どうやらさっきの一撃は僕の頬を掠めていたみたいだ。血が滲んで、鈍い痛みが走る。
「……わたし、わかったの」
小さな、それでいてしっかりと聞き取れる声で美琴は僕の問いに答えようとしてきた。
しかし、何がわかったののか、僕にはさっぱりだ。
なんだろう……僕の下着がちょくちょくなくなる原因だろうか。それとも僕のベッドがいつも生暖かいことだろうか。もしや家の中にいると必ず誰かしらの視線を感じることだろうか。
どれもこれも美琴たちが原因なので、ようやく自覚してくれたのなら、僕としてはとても嬉しい。
けど、このタイミングでそれを思いつくのはおかしい気がする。
じゃあ、美琴のさっきの行動が羞恥心に悶えるほどのものでもないとわかったのだろうか。
……いや、それこそありえないか。僕の説得が通じていたとは到底思えないし、銃を僕に向かって発砲してきたことの理由にならない。
これ以上の理由で、且つ僕を攻撃すると言うと、か……考えられるものとしたら……
い、いやいやいや待て僕。さすがに美琴でもあんなことはさすがに……
そんな僕の自問自答が通じているはずもなく、美琴は歪な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「……海斗を殺して、わたしも死ねば万事解決だって」
や、やっぱりそうきましたか!
いやまぁ予想はしてたよ。でもそれはないかなぁって思ってたんだよ。
だって、どう考えたってその理屈はおかしいじゃないか!たとえ僕が死んで美琴が死んでも、残るのは僕らの死体とムラマサだけだからね!?
どう転んでも確実にバッドエンドだよ!そんな結末、僕は絶対許さないからね!
「……さぁ海斗、わたしと一緒に、逝こ?」
「あの世はそんなコンビニに行くようなノリで逝くようなところじゃないから!あと、その物騒すぎるアサルトショットガンにしか見えないものを下ろそうか!」
美琴の手にはさっきのハンドガンとは違い、威力がとんでもないことになっている、アサルトショットガンと呼ばれるものを装備していた。
黒い銃身は正直かっこいいと思うけど、本物の銃口が僕の体ど真ん中を狙ってるから全然楽しんでられないよ!
カチャッと安全装置の外れる音が洞窟内に冷たく響き渡る。激鉄(金属の接合部などがぶつかる事)の音がしないあたり、整備のほうは万全のようだ。
……というか安全装置はずしたってことは、え?本当に撃つの?
冗談だよね?さすがに本当に撃とうとかしてるわけじゃないよね?
なんか眉間のあたりにもんのすごい殺気の塊みたいのを感じるんだけど、気のせいだよね!?
「……大丈夫だよ海斗。私もすぐに後を追うから、ね?」
そんな小首を傾げながら言うセリフじゃないからそれ!そういうのはもっとロマンチックな場に出くわすまで取っておきなさい!
美琴の真っ白な指が引き金に掛かる。
後ろは壁、側面には逃げられそうなスペース……
これは……掛けるしかないか……
美琴の指に僅かに力が入るのを確認しながら、僕も生き残るための行動に神経を集中させる。
失敗すれば、僕の体に風穴が開いてしまう。万能薬であるグリムのない今、そんな怪我をすれば、たとえここで生き残ったとしても脱出することは非常に困難になるだろう。
美琴の目が見開かれ、腕に力が込められた。チャンスはここだけ!
「せいっ!」
掛け声とともに僕は体を捻って、前宙の要領で左に回避。
そのコンマ2秒後くらいに、重い銃声とともに、弾丸が壁にめり込む音が響いた。
相当な威力だったらしく、洞窟全体が揺れた小さく揺れた。
いったいどんなもので僕を殺そうとしていたんだろうか。美琴は僕のことを熊か何かと勘違いしているんじゃないのだろうか。
「……さすが海斗、一発くらいじゃやっぱりダメ」
「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょうが!」
非常に困った話だ。回避のついでに岩陰に隠れることに成功したから一先ずは安心だけど、それでもやっぱりこの状況がまずいことにかわりはない……
くっ、いったいどうすれば――――
「……ん?なんだろう、この光……」
ふと、僕の目に一筋の光が差し込んだ。この場を切り抜けるいい方法という比喩でないのが残念だけど、その碧い光が妙に僕は気になった。
なぜならその光が、美琴の銃弾が当たった壁の隙間から差し込んできているからだ。
「美琴!ちょっとタンマタンマ!」
僕はまるで小学生のように声を荒げて美琴を止める。
「……ダメ、わたしにはもう時間がないの」
しかし案の定と言ったところだろうか、美琴に僕の声は届かなかった。
淡々としていて、完全に相手を無視して自分の世界に入ってしまっているようだ。
……その態度、さすがに僕も頭にきたよ。
「美琴!いい加減にしないと、しばらくの間、口利かないからね!」
「!?」
僕は先ほどと続いて、小学生・またはその母親が言うようなセリフを吐いた。
しかし、これが功を奏した。
その途端、鉄の塊が草の床にドサリと落ちる音と一緒に、カチカチと何かが高速でぶつかり合う音がし始める。
そっと岩陰から覗くと、地面に座り込んで自分の体を抱きしめながら震える美琴が視界に入った。さっきの音はどうやら銃が地面に落ちる音と、美琴の歯が鳴る音だったみたいだ。
「……いや……それだけは……それだけは絶対に…あ、あぁ……」
どうして僕を殺すことには躊躇しないのに、僕が口を利かないってことにはこうも怯えるのだろうか。
僕の予想だともう少しソフトな反応になると思ったんだけどなぁ……
あ。
前に姉さんに同じようなことを試したことが確かあったっけ。
そのときは確か、一週間ほど謎の高熱にうなされていたような……
……………
………
……今後はこういう発言をする際は細心の注意を払わないとだめみたいだね。
「ほら美琴、もうこんなことしないって約束してくれるなら僕ももう怒らないから、ね?」
「……ほ、本当?」
まるで迷子の子供のような目で僕を見る美琴。あまり見れないその表情にちょっとだけ得したような気分になった自分に自己嫌悪しつつ、僕はもちろんだと頷く。
すると、美琴は目に大粒の涙を浮かべて僕の袖に縋り付いてきた。
怪我をしたときとは違い、声こそ出さなかったけど、震える肩から泣いていることだけは明らかだった。
その背中を僕は優しく撫でてやることしかできなかった。
……女の子を泣かせてばかりで、僕はいつか闇討ちにあっても文句を言えそうにないや。
美琴の傍で輝くアサルトショットガンの銃身が、余計に僕の背筋を凍えさせた。
◆◆◆◆◆◆
「……それじゃあ海斗は、この先に何かがあると考えているの?」
「うん。たぶんだけど、かなり重要なものがこの先にある気がするんだ」
なんとか復活した美琴とともに、僕はさっきから気になっていた場所に近づいた。
近づいてみてさらにわかったのは、その光が穴の先から入り込んできているにも関わらず、まったく暖かさを持っていないということだ。
どうやら直射日光、またはその反射というわけではなさそうだ。
光を手に当てて確認すると、やっぱり光は綺麗な碧色をしていた。
ゲームとかだと、こういう壁の先にあるものってだいたいがレアアイテムとかだったりするから、もしかしたら何かいい物が手に入るかもしれない。
美琴の探している素材もここにあるかもしれないし。
「……それじゃあさっそくC3爆弾か何かで破壊し――――」
「待って待って待って!」
カバンから四角い何かを取り出そうとする美琴を必死に止める。こんなところでそんなものを使えば、ダンジョンが崩れかねない。
現に、美琴の銃撃が一発当たっただけであの地響きだ。爆弾などという高威力なものを使えばたちまち僕らは生き埋めになってしまうだろう。
それに、ここに生えてる草花はできるだけ傷つけたくないし。
「……でもこの岩、かなり硬い……とてもじゃないけど、ピッケルとかで掘れるようなものじゃない」
拳で軽く叩きながら美琴はそう呟いた。
爆弾がダメならピッケルって……その間にもう少しいい物があると思うのは僕だけなんだろうか。
でも、確かにこの壁は硬そうだ。僕の斬撃でも斬れるかどうかわからないよ。
そもそもムラマサはまだ懺悔タイムから抜けてないから抜刀しても使い物にならないし。
……ん、あいや待てよ?
「美琴、もしかしたら僕、爆弾以上に高威力、かつ無音・無衝撃でこの岩をどかす術を持ってるかも」
「……そんなもの、そう簡単にないと思うけど…」
半信半疑というように美琴は微妙そうな顔だ。自分の案が却下されてちょっと不機嫌になっているみたいだ。ちょっとだけ膨らました頬が可愛い。
僕はそんな美琴の非難の目に耐えつつ、インデックスの中を漁る。
しばらくして目当てのものを見つけた……否、見つけてしまった……
手には冷たい金属の感触、不自然に変わる重さの向きから中身が液体だということを教えてくれる。
「……海斗、それはまさか……!」
驚愕、という表現が一番あっているだろう。美琴は信じられないものを見る目で僕の持っているソレを指差して震えた声を出した。
顔中から冷や汗を流し、足が小刻みに震えている姿は、恐怖の体験者だということを表している。
僕は手に持ったソレに視線を移す。
金属の容器の中で蠢く謎の物体。そう、あの魔界料理人である姉さん&志穂の作り出した超危険物質だ。
まだ鍋をインデックスから出し切っていないので大丈夫だけど、出した途端、鍋は一気にこの物質に溶かされて跡形もなくなくなってしまうだろう。
僕はその容器を慎重に壁まで持っていく。決してこぼさないようにゆっくりとした足取りで。
後ろを振り返ると、数メートル離れた岩陰に美琴が身を隠しているのが見えた。
薄情者っ!と言いたいところだけど、美琴はつい最近、この料理の毒牙にかかっているので、さすがにそんな酷なことは言えなかった。
僕はひとつ深呼吸をして、鍋と壁に意識を集中させる。
「イチ……ニの……サンッ!」
そして、インデックスから壁に向かって鍋ごと姉妹スペシャルを投げつけ、一気に後方に退避。
そして美琴とともに、岩陰に丸くなるようにして身を潜めた。
僕と美琴は互いに抱き合うようにしながら耐えた。前方から聞こえてくるおぞましい怪音に……
どうしてこうなった……というような話になってしまいました。本当はもう少し話を進める予定だったのですが……
ただまぁ、うまい具合に伏線が回収できたので結果オーライでしょうか。
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