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20、とある巣に潜り込みました

「えっとね、一番右に座ってるのがワーウルフ族のフェン・クロウ」


『わふっ!』


「で、真ん中で正座してるのがラミア族のクーリア・サミュット」


『シャー♪』


「最後に、左側で爪をかじってるのがハーピー族のロウリア・カリマランス」


『ヨロシク…』


「こ、こっちこそ、よろしく?」


ロウリアから差し出された手(らしき爪の付いた翼)と僕はぎこちなく握手を交わした。


握手をするために立ち上がったロウリアの後ろには、服を着終えたフェンとクーリアがソファーに慣れた様子で座っている。


同じように服を着たロウリアも、僕の手に鉤爪かぎづめが食い込まないように器用に握手をしてきた。


どうやら人との関わりは一日二日程度の長さではないみたいだ。


僕をソファーに無理やり座らせて魔物娘たちの紹介をしてきた張本人であるマリネは、無事に紹介が済んだことに安堵したのか、フェンのもふもふしていそうな尻尾に体を預けている。


……どうしよう、あの尻尾、ものすごく触ってみたい……


「そ、それで、このたちとマリネ先生はいったいどんな関係なの?」


少々危険な衝動に駆られた頭を一度リセットするのも兼ねて、僕は先ほどから気になっていたことを聞いてみることにした。


実験動物のような扱いでもなければ、たまたま保護したという様子でもない。部屋の調度品を見る限り、それなりに使い込まれているみたいだし。


「う~ん、なんといえばいいのかなぁ……しいて言うなら、親友ってところかな?」


「親友?」


「うん、私って昔は森の中に住んでいたんだ」


「森の中に!?」


今何でもないようにサラッとすごいこと言った気がするんですけど?


マリネはいったいどんな環境下で幼少期を過ごしてきたんだろうか。元野生児で、現在は魔法職についてるなんていうすごい経歴の持ち主……


ああいや待てよ?木こりや猟師の娘だったとしたら、森の中に住んでいたというのも、まったくおかしい話じゃない。


はぁ……危うく失礼なことを聞くところだったよ。少しは自重しろよ、僕の脳みそ……


「みんな私の幼馴染でね、いっつも一緒にいたんだよ?ね♪」


『わふわふっ!』


『シャ~♪』


『ベ、ベツニアンタノタメッテワケジャナインダカラネ!』


ハーピーの反応だけ少しだけずれてる気がする。というかどうしてそんなキャラになった……


魔物が幼馴染……確かにこの様子を見ているかぎり、そんな関係だっていうのもたしかに頷ける。


魔物娘たちはそれぞれの方法を用いてマリネを可愛がっている。舐めたり尻尾で巻きついたり翼で顔を挟み込んだり……


なんというかその……それでいいんだろうかっていう気がしてくる。


「えへへ、みんなくすぐったいよ~。で、わたしはいろいろあってこの学園の薬師になったんだけど、そうするとみんなと会う機会が減っちゃうでしょ?」


まぁ確かにそうだ。


薬師というのがどんな仕事なのかまだわかりきってはいないけど、教師も兼ねているほどなんだから、必然的に暇な時間は限られてくる。


そうすれば、いくら親友だったとしても森の中にまで会いにいくのはやはり大変になる。よって、会う回数が減るというのは当たり前といえば当たり前のことだ。


「だけどそれだと寂しいなぁって思ったから、定期的にみんなでお泊り会をすることにしたんだ!」


お泊り会……その単語を聞くのはいったい何年ぶりだろうか……


まさかその単語を自称23歳の先輩から聞くことになるとは、さすがの僕も経験したことがないよ。


「あーっ、今ちょっとバカにしたでしょ!」


頬を膨らませながらマリネは僕の顔を指差しながらそう言ってきた。どうやらまた顔に出てしまっていたらしい。


そんなマリネをフェンは撫で、ロウリアは顔を赤くしながらツンデレたりして、クーリアは僕に報復とばかりに下半身の蛇部分で僕の体に巻きついてきた。


ちょっとだけ苦しいけど、なんとか耐えられそうだ……耳たぶをいじくり回すのは勘弁してほしいけど……


「もう、カイト君は少しデリカシーを持ったほうがいいよ……私は仕事の関係で街に住むことになったんだけど、さすがにみんなもっていうわけにはいかなかったの」


「まぁ……確かにちょっと厳しいか……」


みんな人の姿をしているとはいえ、やっぱり魔物なのに違いはない。どんなに危害を加えないことをアピールしたとしても、人々からの恐怖や蔑みの視線は消えることはないだろう。


「でもやっぱりみんなとはいっしょに居たい。だから妥協案としてこうして週に一日から二日ほどこの部屋で一緒に過ごすの」


それぞれの住むところの美味しい物を持ってね、とマリネは付け足してテーブルにある水菓子に手をだした。


魔物と人の共生……長い月日が必要なのかもしれないけど、やっぱりそれが一番の理想なんだよなぁ。


それをこの4人は紆余曲折うよきょくせつあったとはいえ実現している。


もしかしたらこういう事案は僕が知らないだけでけっこうたくさんあるのかもしれない。


そんなことを、僕はクーリアに髪をいじられながら思った。









◆◆◆◆◆◆








マリネと三人の愉快な仲間たちと出会ってから、一晩が経ったこの日、僕は何度目かの素材採集の手伝いをすることになった。


常時空中に浮き続けることができるという最終兵器『ニード』の素材、それはゲームだったら超レアアイテムに匹敵するものばかりだろう。


そうじゃなかったら、


「……海斗、頑張って……ほら、下に広がる森とかすごいよ?」


「いや、さすがにこの高さはきついって!下とか絶対に見れないから!!」


こんな絶壁によじ登る僕の苦労が報われないよ!


何これ!なんでこんなところに僕たち来てるの!?


風は強いし足場は数センチしかないし、下はものすごい急流だし、どうなってるのさ!


「……これも素材のため。弱音を吐いてる暇はない……!」


「そういうのは自分の力で登ってる人が言うセリフだからね!」


「……嫌、わたしはこの特等席を手に入れるために死力を尽くしてきた…これ以上の試練を、わたしは耐え抜くことはできない……」


僕の首に腕を回してさらに密着してくる美琴に僕はため息をつくしか抵抗することはできなかった。


どうしてこうなったのかというのは……簡単に言えば美琴の我儘わがままだ。


今回の素材はこの断崖絶壁の上にあるらしく、自力でこの天辺まで登らないといけないことになったのだ。


美琴の身体能力ならこれくらいのロッククライミングなら軽くこなしてしまう。はずなんだけど、何を血迷ったか、『海斗におんぶしてもらいながら目的地に行きたい』などと早朝からのたまってきたのだ。


さすがの僕も『無理だ!』と一度は断ったものの、ここでは言い表せないほど子供っぽく駄々をこねられ、結局僕のほうが折れてしまったのだ。


一応美琴くらいの体重ならなんとか背負ってでもいけるけどさぁ……


「……さぁ海斗、レッツゴー」


珍しくちょっとはしゃいでる美琴の行動にツッコどころがありすぎて困るのは、僕がツッコミだからなのでしょうか!


なぁもう、どうしてそんなにはしゃいでいるのかね……僕としてはもう少し落ち着いてくれると登りやすくて助かるんだけど……


「えへへ……なんだかこういうのもいいなぁ…」


たまに美琴の素、というか可愛い状態のときの声が聞こえてくるからまぁよしとしますか。








◆◆◆◆◆◆







しばらく登り続けると、頭頂部らしきところに到達した。


と言っても、まるでクリスマスのときにかぶるとんがり帽子のようにとんがっていて、とてもじゃないけど立つなんてことはできない。


僕らが用があったのは、その頭頂部のちょっと下あたりにぽっかりとあいた洞窟だった。


巨竜でも棲んでるんじゃないのかってくらい大きく開いた大穴ということから『ドラゴンの巣』として語られてきた秘境、らしい。


今回狙う素材はこの先にあるらしいんだけど……


「なんでわざわざ上から入る必要があるの?」


どうやらこのダンジョン、入り口から入ったあとは螺旋状らせんじょうになっている内部をひたすら下っていかなければならないらしい。


それはつまり、僕が必死に登ってきたところからわざわざ下に帰ることでもあり……解せぬ。


「……だって、こっちのほうがダンジョンっぽくて楽しそうだし」


ふところから照明魔法が込められたランタンを取り出しながら、美琴はあっさりとそう言った。


『ほほう、つまりおぬしはあるじの苦労をそんな私的なことのために使ったと申すか』


僕が言おうとする前に、腰に差してきたムラマサが敵意を込めてそう言い放った。


刀の状態なのに、僕はなぜか鬼の形相で立つムラマサの姿が容易に想像することができた。


美琴もそれを感じ取っているだろうに、その顔はいつもと変わらない無表情だ。


「……べ、別にあなたにはか、関係のないことだし」


声のほうはものすごく上擦ってるけどね。


よく見たら目線とかめっちゃ逸らしてるし、指も不安げに胸の前で交差してるし。


駄目じゃん、クールさの欠片もないよ?


「……ときにはこういう風に取り乱してギャップ萌えを誘うと効果的…」


必死に取り繕うとしているものの、手に持ったランタンがカチャカチャと小刻みに音を立てているのでほとんどその効果はないだろう。


『ふん、おぬしもまだまだ未熟者、ということじゃな』


勝ち誇ったように語るムラマサ、今度はドヤ顔でいばる姿が想像できた。


……ちょっとイラッとくる表情だ。絶対後ろのほうに『ドヤァ』とか書かれてるよ。


しかし美琴のほうは今のムラマサの発言で平静を取り戻したみたいだ。


どうやら、取り乱した焦りとドヤ顔に対するイラつきが相殺して、(ゼロ)に戻ったみたいだ。


元に戻って良いような、ちょっともったいない気がするような……


「……海斗、そろそろ先に進まないと日が暮れちゃう……」


少し進んだ先で、美琴がこちらに振り返るような体勢で手招きしてきた。


ランタンを背中のリュックに取り付け、ライフルを手にしてフル装備になった美琴。その姿は前に見たときとは違い、まるで探検家のような格好でちょっと新鮮だ。


ライフル銃のアタッチメントがいつものグレネード弾ではなくフラッシュライトになっているのも、より探検家っぽさを醸し出していて、いい感じだ。


あるじぃ?』


「はっ!?」


腰元から恨めしそうな声が聞こえてきて我に返った。


危なかった……危うく美琴の格好に魅せられるところだったよ。


洞窟の先から短く舌打ちをする音が聞こえてきたけど、何かモンスターでも棲みついているのかもしれない。慎重に進まねば。


僕は美琴のあとに続くようにして、洞窟の先へと足を踏み込んでいった。







◆◆◆◆◆◆







「はぁ、いったいどうしたらいいのかしら……」


自分の机の上に山積さんせきした書類に、わたし(エル)は王族らしからぬため息をついた。


書類の山に関しては半分以上が終わっているものだし、いつもより量が少ないくらいだからまったく問題ないのだけど……


手に持った一枚の書類、それが山積みになった書類なんかとは比べ物にならないくらい、わたしの疲労を促進させていた。


さて、どうしたものか。


「おぅ~い、我がいとしの娘よぉ~」


「……お父様、その愛しの娘の部屋にノックもなしに入るのは、王族云々の前に、父親として問題があると思うのですが……」


部屋についた大きな扉から、お父様が威勢よく入ってきて、わたしの気分はさらに暗くなってしまった。


王族という型に囚われず、わたしたち兄弟姉妹たちに無上の愛を注いで育ててくれたお父様がわたしは好きですが、せめてもう少し王様然とした態度を取ってほしい……


……と思ったりもしたけど、考えたらそんなことを言っても決して変わることのない人だと思い出して、わたしはさらにため息を吐いてしまった。


あぁ……こんな姿、カイト様には絶対にお見せできないわ。


「ふむ……なるほどのぅ……確かにこれはちと厄介じゃのう……」


いつの間にか手の平から紙の感触がなくなっていることに気がつき、見るとお父様がほっそりとした顎に手を当てながらわたしが先ほどまで眺めていた書類を読んでいた。


……昔からどうしてこういうところは人間離れしているのかしら。まったく取られたことに気がつかなかったわ。


しかし、見られてしまったからには、やはり相談するべきなのだろうか……


いやでも、せっかく学園の運営を任せてくださったお父様になんて顔をしてそんなことを言えばいいのやら……


「まったく、アルは昔っからこういうところでは意地っ張りじゃからのぅ……」


「い、意地っ張りなんかじゃありません!わたしは至って柔軟な対応を心掛けていてですね!?」


「……そういうちょっとしたことでムキになる癖も昔と変わらんのぅ……」


「~~~~っ!」


この人はいったいどこまで見透かしてしるのだろうか……これではもう言い訳のしようがない……


……ここら辺が潮時のようですね。


「……お父様、もうその書類の細部まで?」


「うむ、バッチリじゃ」


「ならば、早速ご相談したいことが……」


星が瞬く夜空が窓に映っているのをチラリと眺め、わたしはお父様を椅子に座らせて本題へと話を進めた。


机にはらりと落ちた書類には、真新しいインクで『風紀委員の動向、過激化』の文字が記されていた。









「あの、お父様……お願いですから椅子に座ってください」


「いーやーじゃー!わしはこのふっかふかのベッドで娘とお喋りするんじゃ!」


「悪ふざけをするのもいい加減にしてください!お父様はそのベッドよりもっとふかふかのベッドでいつも寝ているでしょうが!あと、そのベッドはわたしが使っているものですからダメです!!」


……相談相手、間違えたかしら……




エル視点を書いてみました。ちょっと新鮮な感じで、ものすごく書きやすかったです。久々にサファールの暴走っぷりも書けたので満足です。


感想・評価、ホラーゲームのせいで怖がりだったのを再度自覚しつつ待ってます!

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