16、久々に会いました
「……うぅ……あれ、ここは……」
窓から照らされる光にうなされて目を開ける。どうやら疲労が限界を超えて意識を手放してしまっていたらしい。
ゆっくりと体を起こし、窓辺に顔を向ける。強い光がカーペットに照射されているが、窓越しに見えるのは暗い林の影だけ。
どうやら今日は満月の日だったらしい。夜だというのに部屋の中は昼間のように明るく照らされている。
「……なんかものすごい空腹感が……そういえば昼間に食べたエルのサンドイッチ以外、何も口にしてないや……」
放課後は学校で一騒動あったし、家に帰ったあとは子供たちと遊んだり危険物質を命がけで処理したりで、何か食べられる物を口に入れる暇すらなかったんだっけ。
特に姉さんと志穂の作ったあの謎の危険物は本当に危なかった。とりあえずインデックスに突っ込んだけど……
「…………」
どうしよう、インデックスを開ける勇気がぜんぜん湧いてこないんだけど……
ひ、一先ずは放っておいてもいいかな?
「さて、と……夜中だというのに、目が冴えてまったく眠れそうにないなぁ……」
壁に掛けてある振り子時計(美琴・作)の針は、現在午前二時十五分とちょっとのところを指している。
部屋を見渡す。僕の私物以外、何も……いや、誰もいないみたいだ。昨日はムラマサも学校に持っていってなかったから、ムラマサを腰に差したままということもなさそうだ。
……気絶した状態でムラマサを腰に差してたらナニされるかわかったもんじゃないから、正直昨日は持っていかなくて本当によかったと思う。
部屋に騒々しい音はなく、あるのは僕の息遣いと振り子の軽いコチコチという音だけ。
「みんなはもうとっくに寝てるだろうし、ムラマサも今日は風邪で寝込んでるから、たぶん起きてくることはないだろう……」
ムラマサを持っていかなかったのは、昨夜ムラマサが庭の噴水に落っこちて風邪を引いたからだ。この寒い時期に水なんか被れば風邪くらい引く……が、
「……刀でも、風邪って引くもんなんだね……」
日本刀にはまだまだ不思議が詰まってるみたいだね。いや、ムラマサが特殊なだけなのかな……
「まぁそれはいいとして……」
満月の夜、目が冴えて眠れないこの状況。みんなは完全に寝静まっていて、行動できるのはおそらく僕だけ……
そんな好条件が揃った今、僕の頭にひとつの案が浮かび上がった。
「そうだ、散歩に行こう」
◆◆◆◆◆◆
屋敷の門を潜ると、冷たいような暖かいようななんとも言えない不思議な風が僕の体を撫でていった。
夜空を見上げると、月が煌々とあたりを照らしていた。
僕らのいた世界ではけっして見ることのできないであろう、白銀の月。黒い影などはなく、ただ丸い、まるで水晶玉のように綺麗な銀の月が、真っ黒なキャンパスを彩っている。
気分が高揚してきた僕は、そのまま近くの木へ跳び、そこからさらに隣の木へ隣の木へ……さながら忍者にでもなったような気分で夜の森を駆けていった。
「ああ~、この感覚……久しぶりだなぁ……」
飛び跳ねながら、僕は何気なくそう呟いていた。
目に浮かぶのは師匠とともに修行を積み重ねてきた幼き頃の日々。ほんの数ヶ月という短い月日だったけど、思い出すととんでもない年月を経たような気分になる。
……そりゃあ何十年も掛けないと修得できない『草影一刀流』を超短期間で覚えたんだから、それも仕方ないことなのか。
「それにしてもこの森、意外と奥深かったんだね……」
かなりの勢いで駆け抜けているはずなのに、まるで左右に同じ背景が流れているかのように錯覚するほど、森は延々と続いている。
後ろを振り返っても、広がるのは暗い森のみで、僕の屋敷とはかなり離れてしまっているみたいだった。
現在はムラマサも連れていない丸腰な状態なので、風紀委員にいろいろと狙われている今、このまま迂闊な行動をするのは危険かもしれない。
「危険かもしれない……けど、このまま引き返すのも、なんだかもったいないなぁ……」
だって、いつも忙しくて一人で散歩する暇なんてほとんどないんだよ?こういうときこそ、ちょっと年相応の心に戻ってちょっとした冒険に出るのもいいんじゃないのかな?
それに、丸腰でも素手で十分いけるはずだし。熊くらいなら一瞬で熊鍋にできる自信があるよ。
「よし、そうと決まればこのまま直進あるのみだっ!」
ちょっと夜の雰囲気に当てられて変なテンションになりつつ、僕は立っていた木を蹴り上げた。
【ミシッ♪】
……ミシッ?
なんだかものすごく嫌な予感がするんだけど……?なんかさっきから体が前に進まないし。
というか、なんだか地面に吸い込まれてるような気がするんだけど気のせいかな?
地面に真っ黒な穴が開いているように見えるのは、きっとこんな夜に出回ってたから疲れて変なものが見えてるだけだよね!?
「あぁもう嫌や!!」
どうやら僕に暇なんてものは存在しない。穴に落ちながら、僕はそう確信したのだった。
◆◆◆◆◆◆
胡坐を掻きながら、僕は絶景に目を奪われていた。
目の前に広がる雲海は、銀の月に照らされて恐ろしいほど美しく輝いている。
夜空には満点の星が広がり、さながら空に広がる大海といったところだろうか。
そして……さっきから僕の頬やらお腹やらを執拗に突いて来る、白いトーガを身に纏った美少女。これがこの世界を彩る大まかな色だった。
「……あの、アル?さっきからなにしてんの?」
「…………」
僕がアルと呼んだ少女は、僕の質問には答えずただ黙々と僕の体を触診していく。少し爪を立てられているせいで少し痛い。
「……もしかして、怒ってるの?」
「………………」
今度は指だけでなく顔を近づけてきて僕の首元やら胸やらに顔を埋めて来る。空気が吸い込まれるような音がすることから、おそらく匂いを嗅いでいるのだろう。
ちなみに僕は現在、アルが投擲してきた蛇のようなものに両手両足を縛られているため、逃れることができなくなっている。最後の抵抗と、身じろぎしてアルから離れようとするも、まったく効果がない。
……いったいどうしてこうなった……?
「アルさんアルさん、もしかしなくても僕がしばらくここに来なかったから怒ってるの?」
「そのとおりよ、カイト君のバカ!浮気者!天然たらし!かっこいい可愛い結婚して!!うわーん!!」
まるで濁流が押し寄せてくるが如く、アルは僕の胸倉を掴みながら叫んだ。
……どうやらアルは寂しさが限界に到達して、僕を拉致したみたいだ。
この世界にも一応他の神様はいるらしいけど、基本はアル一人だから結構心細いんだとかなんとか。
で、そんなアルのところに僕は定期的に遊びに行ってたんだけど……ここ最近忙しくて存在すら忘れかけてた。
というかどさくさに紛れて何を口走っているんだこの創造神は!?
「……ぐすっ……カイト君ってばさ、なんか教師生活とかエンジョイしちゃってさ。おまけに可愛い生徒にちやほやされて、家に帰ったら帰ったらで天使みたいな子供たちと遊んでさ……」
「あの、アルさん?」
「それだけじゃなくて、あのエルとかいう巨乳のお姫様と地下でいちゃいちゃしてさ、家では姉妹丼ですか!そんなに女の子が好きなら、わたしにもちょっとは構ってくれてもいいじゃないの!!」
もはや愚痴でしかないアルの言葉、どう考えても覗き見していたとしか思えない発言に僕は少し引いた。
けど、さすがに今回は僕が悪かったかもしれない。
「ごめんアル、忙しかったとはいえ、ちょっとほったらかしにしすぎちゃってたね。別に僕は女の子が大好きってわけじゃないけど、アルも含めて、僕はみんなが好きだよ」
もちろんこの場合の好きは恋愛などの意味ではなく、友人や家族に対するものだ。決して僕がジゴロというわけではないのであしからず!
手が縛られているので、体をアルに預けるようにして包み込む。
スンスンと鼻を鳴らす音が聞こえ、やがてそれは涙交じりの泣き声に変わったのは言うまでもない。
◆◆◆◆◆◆
「うふふ……カイトく~ん♪」
「……さすがにそろそろ開放してほしいんですけど、アルさん?」
泣き止んだアルに甘えられること30分ほどが経過し、そろそろ縛られてる腕や足が痛んできた。
先ほどから解放してほしいと何度も頼んではいるものの、恍惚の表情を浮かべたまま聞く耳を持ってくれない。
「うふふ……あ、カイト君カイト君、久しぶりに頭撫でてくれない?」
いきなり僕の胸元から顔を上げてアルはそう懇願してきた。
誤解を受けたくないのでいっておくけど、僕はそこまで頻繁に女の子の頭を撫でたりなんかしてないからね?たまにこういうことがあって撫でることはあるけど、そこまで何回もってわけじゃないし!
……僕はいったい誰に対して言い訳しているのだろうか……
「アル、悪いんだけど、手足を縛られてるから撫でることなんてできないよ……」
「あ、ごめんごめん。それじゃあ手だけ解いてあげるね♪」
手だけ、というところを強調したのは、遠回しに『逃げるなよ?』と言っているということだろうか。
はぁ……別に逃げようだなんて考えてないんだけどなぁ。
まぁいいや。手だけでも解放されるだけありがたいや。
アルは何か呪文のようなものを軽く唱えて僕の腕を拘束していた蛇のようなものに触れる。するとまるで意思を持っているかのように、拘束具はスルスルと解けていき、やがて煙のように消えてなくなってしまった。
「さ、撫でて撫でて!」
「はいはいよしよしどうどう」
子供のように両手を広げて強請るアルに苦笑いを浮かべつつ、僕は優しくその淡い水色をした髪を撫でた。
前に触ったときもそうだったけど、アルの髪はウェーブがかっているのにものすごくサラサラした手触りなので、なんとも不思議な気分になる。
あと、ものすごくいい匂いがする。どうやら下界からシャンプーを強奪してきているみたいだ。
……僕の使ってるものと同じ匂いがするのはきっと気のせいだろう。
「えへへ……カイト君のなでなではやっぱり最高ね」
先ほど以上に幸せそうな表情を浮かべながら、アルは猫のように僕に甘える仕草をしてくる。猫だったら絶対に喉を鳴らしているだろう。
撫でる場所を頭ではなく喉にしたらあるいは……ないか。
「うふふ、そういえばカイト君ってさ、最近先生以外のこともしているみたいだけど、いったい何をやってるのかしら?」
甘える仕草を継続させたまま、アルはそんなことを聞いてきた。
覗き見なんかしてるんだから僕がなにをしているのかなんてお見通しだと思うんだけど。
ま、別にいっか。
「たぶんアルが言ってるのは僕が森やら山やらを駆け回ってることだよね?」
「うん、あのクーデレなのかヤンデレなのかよくわからない武装少女と一緒に走り回ってるそれのこと」
武装少女というのはおそらく美琴のことだろう。クーデレだのヤンデレだのはよくわからないので聞かなかったことにしておこう。
そうだなぁ……『美琴から受けた仕事で、最強兵器を作る手伝いをしている』って素直に教えてもいいんだけど、もしかしたら美琴はそれをよしとしないかもしれないし。
さて、どうしたものか。
「あれ、どうしたのカイト君?だんまりだなんて……ハッ、まさかあの貧乳っ子と山やら森やらでいかがわしいことを!?」
「そんなことしてないから!あとあんまり美琴の胸に関しては言わないであげて!!」
美琴って表情にはあんまり出さないけど、実は胸の件に関してはかなり気にしているらしい。
そこを下手にツッコむと、死ぬほど落ち込むか拉致監禁に動くかのどちらかになるらしい。無論、誰が美琴の胸のことについて言おうと、拉致監禁の被害に遭うのは僕だけである。
……この理不尽さ、あなたはどう思いますか?僕は面倒になったので、考えることをやめました。
「……まぁいいわ。カイト君があんなもやしっ子に無理やり迫られるなんてことはないだろうから」
ホッ、なんとか引いてくれてよかった。あのまま変なほうへ流れていってたらかなり面倒なことになってた。
ちなみに美琴はたしかに室内に篭りがちだけど、身体能力は僕と同じかそれ以上だろう。本気で迫られたりなんかしたら、僕も本気で対応しないと速攻でやられる。
「すぅぅ……はぁぁ……ああ、久しぶりにカイト君分を補給できたわぁ。これで一週間くらいはギリギリもちそうね」
どうやら僕からは謎物質が発生しているらしく、神様の養分的な何かになっているみたいだ。
いったいどんなものなのかは、きっと聞かないほうがいいのだろう。きっと聞いてもロクな答えが返ってくるとは思えないし。
「さて、それじゃあアルも養分を補給したらしいし、僕はそろそろ地上に帰りたいんだけど……」
「えぇ!?も、もう帰っちゃうの!?」
「いやだって、もう朝になっちゃうから、とりあえずみんなの朝食作ったり、学校行ったりしないといけないし」
朝といっても、まだ雲を照らしているのは太陽ではなく銀の月明かり。時刻的には4時過ぎといったところだろうか。
しかし、僕の家の場合は総勢50を超える大大家族なので、朝食の準備にもひと手間掛かる。それにみんなの昼食や夕食の下準備も済ませておかないといけないので、そろそろ準備に取り掛からないと、後が大変なのだ。
「……わかったわ。けど、またすぐに顔を出してくれない?ここ、いつもわたし一人で寂しいから……」
若干涙目になりながら言われた願いを僕が断れるわけがなく、暗い穴に沈みながら、僕はグーサインを出した。
日の出の光とアルの輝かんばかりの笑顔が重なり、僕は初めて、アルから神々しい何かを感じた。
「あ、カイト君の上着、返し忘れちゃった」
「…………グッジョブよわたし!」
夜に必死に書いたものなので、若干荒っぽくなってしまっています。すみません…
久々にアルティナに登場してもらいました。ここ数十話の間、ずっと出てきてなかったので、さすがに可哀想になったので出してみました。
感想・評価、眠気と闘いつつ待ってます!
※本来『アル』と入るところに間違って『エル』が入ってしまっている可能性があります。もし見つけたら作者にご報告いただけると幸いです。




