表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/158

15、死力を尽くしました

手に持った雑誌を握りつぶす。ほぼ盗撮としか思えない角度で撮られた写真が貼り付けられたそれには、一人の人物のみがピックアップされていた。


……写真集まで販売してくるとは、やつめ、どんどんと勢力を伸ばしてきている。


このままではこの学園が奴の手に落ちるのも時間の問題か。


風紀委員の連中に『教育的指導』をするように命じてはいるものの……どうやら、なかなかの実力者のようだ。


現に、奴は不意打ちとはいえ委員長であるこの俺を一撃で沈ませたのだからな。やはり並の委員程度では足止めができれば上出来というものだ。


「ふむ、そろそろ私たちも動き出すべき…か…」


肩を寄せるように座るリンが、まるで俺の考えていることがわかっているかのような口振りでそう提案してきた。


まったく、末恐ろしいというかなんというか。


だがまぁ、そういうところも、俺にとっては愛おしいが、な。


俺はリンを抱き寄せて、サラサラの髪をゆっくりと撫でる。喉を鳴らすかわりに俺の服を握り締めるリンを見て、口元が少しだけ緩む。


「さぁ、ショーの時間だ、『異世界からの侵入者(トラベラー)』……もとい、カイト・アライ」


笑いを堪えながら、誰に言うともなく言ったそれは、部屋の中に響き渡って消えた。








◆◆◆◆◆◆







『パパー、次は僕の番だよ』


『じゃあそのつぎはあたいが乗る!』


『だめだよ~、ライ君の次はムゥちゃんの番だよ~』


「はいはい順番、順番ね」


リビングに隣接された隠し部屋である子供部屋で僕は馬の役に徹していた。


……写真集販売の阻止に失敗し、気分がかなり落ち込んだまま帰ると、玄関で大勢の子供に抱きつかれたのだ。無論、僕の『子供たち』だ。


いつもより元気のない僕を見た子供たちは、僕の心配をし、あらゆる励ましの言葉を掛けてくれたのだ。


その出来事に涙を流しそうになるのを、さらに心配を掛けるわけにはいかないと思って必死に堪え、心配を掛けたお詫びとして、こうして子供たちと夕飯前に遊んでいるのだ。


子供とはいえ、走り回ったりしたおかげで疲労困憊ひろうこんぱいのこの体には結構堪けっこうこたえる。けど、楽しそうにはしゃぐこの子たちの顔を見ていると、疲れなんて吹っ飛んでしまいそうだった。


「なんだか楽しそうねぇ……ってあら、カイト?いつの間に帰ってきてたの?」


顔を上げると、リビングとこの部屋を繋げるドアからひょこっと姉さんが顔を覗かせていた。


紺のエプロン姿に左手にはオタマ……どうやらお菓子でも作っていたようだ。


「ただいま姉さん、今日はいったいどんなお菓子を作ってるの?」


陽気な声でそう尋ねる。背中の上で女の子が『早く動いてよ~』と駄々をねるので四つん這いで歩き回りながら姉さんの返答を待つ。


いったいどんなお菓子を作っていたんだろうか……クッキーかな?帰り際に見たとき、今日は小麦粉が安かったし。


「え?お菓子なんて作ってないわよ?」


…………え?お菓子なんて作ってない、だって?


あれ?いやだって姉さん、お菓子じゃないんだったら、その姿でいる意味はないと思うんだけど?


ああ、わかった!いわゆるコスプレってやつだね!


まったく姉さんったら、どこにいても個性が強いんだから。


「なんでカイトは私がお菓子作りをしてるって思ったのかはわからないけど、今私が作ってるのは今日の夕飯よ?」


姉さんの言葉が頭に響き渡る……


姉さん、エプロン、今日の……夕…飯……


『ふわぁ!?パパどこいくのぉ?』


『ま、まだ僕のせてもらってないよ~』


「ごめん!あとでちゃんと遊んであげるから、ちょっとだけ我慢してて!」


「あ、ちょ、カイト!?」


子供部屋を飛び出し、リビング、玄関、そしてまた扉を開けてキッチンに飛び込む。


そしてまわりに広がる光景……


「お……遅かったか……」


視界いっぱいに広がるキッチンの姿に、僕は膝をついてただただ項垂うなだれることしかできなかった。


溶けた鍋、そこらじゅうに弾けたであろう謎の液体、欠けた包丁がまな板に突き刺さり、人参が壁に刺さって大穴を開けている。


そしてなにより、床に転がる数人の犠牲者、そして今なお、鍋を楽しそうにかき混ぜる我が妹が、僕のメンタルを完全に砕いた。


「ちゃっちゃちゃらちゃ~ん♪あれ、お兄ちゃんどうしたの?そんなところで絶望のポーズなんてして」


「いや、うん。本当に絶望してるときって、何もできないんだね……」


「そういうもんなの?って、ああ!またお鍋が溶け始めてる!もう、このお鍋、絶対に不良品だよ!」


……料理をする過程で、金属製の鍋が溶けることはまずないはずなんだけどなぁ。


「おーいたかしー、生きてるかーい?」


床に転がったしかばねのひとつをつつく。すると、まったく動かなかった体がビクッと少しだけ動いた。


しかし意識までは戻ってこないみたいで、


「やめろ……やめてくれ……それを俺に近づけないでくれぇ……うぁ…ごほごほ……」


ご覧のように、悪夢にうなされている。


他の屍……じゃなくて、ロロやサーシャ、優奈やダドリーなどこの家の重鎮じゅうちんたちが揃ってダウンしているのにはもちろん理由がある。


もう、お分かりいただけただろう。


そう、あの鉄製の鍋をも溶かす凶器の新井姉妹クッキングのせいなのだ!


お願いだから料理は僕たちにまかせてってあれほど言ったのに!どうしてまた料理なんてしているのさ!?


姉さん一人だったり、志穂一人だけで料理するとあまりおいしくはないけど、決して食べらないわけではないくらいの料理にはなる。


だけど、なぜかこの二人がタッグを組んで料理をすると、別世界に転移するときにでも必要そうな暗黒物質を形成し始めるのだ。


まずいなんてレベルではなく、注意書きに『これは料理ではありません』と書いてあって当然というレベルのものが発明される。


……小さいときに食べたゲル状の何かは本当にやばかった。なんかちょっと動いてたし、食べてしばらくの間、綺麗な河が見えてたもの。


姉さんたち曰く、あのゲル状の何かは『豚肉のしょうが焼き』だったらしい。紫色をしていたのはたぶん気のせいではなかったのだろう。


お菓子作りなら二人ともかなりの腕前なのに……なんで菓子以外になった途端に暗黒物質ができてしまうのか、常々疑問だよ。


「よし、志穂さんや、とりあえずお兄ちゃんに代わってくれないかな?料理のコツを教えてあげるからさ」


「え?ホントにっ!?」


焦るな僕、こういうときは冷静に対処するのが大事なんだ。足が震えているのも、背中から冷や汗が流れまくっているのも幻に違いない!


シュウゥと音を立てながら鍋を溶かしていく謎物質をチラリ。ここで阻止しないと、僕だけでなく子供たちにまでこいつらの毒牙が伸びてしまう。


なんとかここで阻止せねば!


「あら、じゃあわたしにも料理のコ・ツ……教えてくれない?」


…なん…だと?


……まさかこのタイミングで伏兵がくるとは!?


いやいや落ち着くんだ僕。大丈夫、例え二人の魔界料理人が揃ったとしても、僕のやることはかわらない。


まずは、危険分子の撤去だ。


「よし、それじゃあその鍋と中に入っている物をとりあえず捨てて……一から作るとしよう」


「「はーい」」


よし、とりあえず暗黒物質の排除には成功した!


あとはここで僕が主導権を握って料理をしていくだけだ!集中して、落ち着いて対処すれば、どんなに危険なゲリラ兵(志穂と果穂)が相手でも、勝機はあるはず!


さぁ、戦いの始まりだ!!











……ところで、この超危険物質は、いったいどこに捨てればいいんだろうか……


とりあえず、インデックスにでも放り込んでおきますか。







◆◆◆◆◆◆









「それじゃあとりあえず二人とも、今日作りたいと思ってた料理を僕の指示を聞きながら一から作り始めて」


さっそく戦いがはじまったのはいいけど、まずここで選択肢を間違うと死亡が確定することを忘れてはいけない。


もしここで『それじゃあ僕が作るから、二人は横から見ていて』なんて言えば二人に不満が出て、結局二人が料理をすることになって全員があの世に旅行しに行く羽目になる。


ここでの正解は、あくまでふたりに料理をやらせるということだ。料理教室と同じようなものかな?


「ちなみに、今日は何を作ろうとしていたの?」


一応ゴール地点を聞いておかないと、サポートもままならない。


さっき鍋を使っていたから、シチューとかスープとかかな?


いや、もしかしたら煮物や、蒸し焼きをしようとして失敗した……なんてことも。


「えっとね……今日は『グラタン』を作ってみようと思ってたの♪」


……グラタンは確か鍋を使う料理ではなかったと思うんですけど?


あぁいや待てよ僕。もしかしたら野菜を軽く煮てやわらかくしようとしていただけかもしれないじゃないか。


「そうなのよねぇ。ホワイトソースを入れて、あとはチーズを乗せるってところまではできたんだけどねぇ……」


……おーけー、やっぱり何かがおかしいみたいだ。


ここは僕がちゃんと見てあげないといろんな意味で駄目みたいだ。


「何を作るのかはわかった。それじゃあまずは野菜を適当な大きさに切ってみて」


姉さんたちの前には普通の包丁と、人参やたまねぎ、ジャガイモなどの野菜が山のように積まれている。


子供たちの分もあるので、これでも少し少ないくらいだ。さっき姉さんたちが使ったから仕方ないとはいえ、少しだけ心もとないかな。


「よし!それじゃあまずは人参から!」


まず行動に出たのは志穂、野菜の山から人参を取り、皮を剥き始めた。


包丁を器用に使いこなし、先が透けて見えるくらい薄く皮を剥いていく。これかなりすごいことなんだけど、志穂はいったいどこでこんな技術を……


ヘタまで綺麗に取り除き、そこには調理するのに適した人参があった。


よし、あとはいい感じの大きさに切るだけだぞ!頑張れ、志穂!


「よし、こんなかんじかな?」


志穂、握っていた完璧極まりない人参をそのままボウルに入れる。無論、形は円錐状のままだ。


……おかしい、グラタンじゃなくても人参をそのままの大きさで使う料理を、僕はほとんど知らない。ポトフとかだって、大きいとはいえ人参はしっかりと食べられる程度の大きさに切るし。


「だめじゃないの志穂!人参はそのままの大きさじゃグラタンには使えないわよ!」


さっきまで野菜とにらめっこしていた姉さんが妹の失敗をしっかりと指摘していた。


さすが姉さん!料理の基本は覚えていたんだね!


「ちゃんと見てなさい。私がお手本を見せてあげるから」


そう言って姉さんが取ったのはジャガイモ。あまりデコボコしてなくて皮の剥きやすそうなやつを選んだみたいだ。


いいぞ姉さん、そのままいい感じに仕上げちゃって!


「まずは皮を剥かないとね」


…………


……


「あの、姉さん?」


「ん?なぁに海斗?」


「あ、いや、その……ジャガイモがなんだかとてもスマートになってるんですけど……」


正確に言うと、完璧な直方体なのだ。あの、丸かったりちょっとデコボコしているけどそれがチャームポイントなジャガイモが、どこぞの落ちゲーに出てくると嬉しいあの形になっているのだ。


「ジャガイモっていうのはね、デコボコしていたりして剥きにくいの。だからこうしてっ!」


新たに取ったジャガイモに、姉さんの包丁の一撃が決まる。


ズダンッという音とともに、ジャガイモの破片が飛び散る。


「こうして、直方体にすると切るのもとっても簡単なのよ♪」


「それジャガイモの調理方法じゃないから絶対!」


志穂もひどかったけど、これはかなりひどい。まさか野菜の形を完全に無視して自分の形にしてしまう人がいるだなんて……


「で、これを一口大に切っていけば、完璧よ!」


そりゃあ直方体なんだから均等に切りやすいでしょうね!


ん?でも確かにほぼ完璧にすべて同じ大きさに切られてる。


……この二人、もしかすると……!







◆◆◆◆◆◆








「ぐっ……あれ、俺はいったいどうして……確か……師匠と果穂さんの作った謎物質を口に押し込まれて…それで……」


「……お……起きたみたいだね孝……」


「っ!?海斗、お前いったいどうしたんだ!?」


起き上がったばかりだというのに、ものすごい形相で僕に近づいてくる孝。


僕のほうはというと、キッチンの隅にもたれ掛かるようにして黄昏たそがれていた。


「大丈夫なのか海斗……なんか死にかけてるみたいになってるんだが……」


「あ、うん……ちょっと姉さんたちの料理にてこずってね……ハハ……」


「そうだ、あの料理はいったいどうなったんだ!?まさか、あのままチビどものところに……?」


子供の心配をする孝は、将来子煩悩になる気がしたのは気のせいではないだろう。


僕はキッチン越しにダイニングのほうを指差した。


僕の合図を見た孝は立ち上がり、ダイニングのほうを見て絶句した。


『ママー!このぐらたー?おいしいね♪』


「ふふっ、どんどんおかわりしていいからね~」


『おかあさん、おかわり!』


「うん、ちょっと待ってね?」


ここから見ることはできないが、おそらく美味しそうにグラタンを食べる子供たちと、それの世話を焼く姉妹の暖かな光景が孝の目の前に映っていることだろう。


あんぐりと口を開けたままその光景を見る孝。まるで、あるはずのない事実を見ているとでも言いたげな表情だ。


そんな孝の横顔に、僕は清々しい気分で言い放つ。


「あの二人、所々で得意なところと苦手なところがあって、二人でうまいことカバーし合えばうまくできるってわかったんだ。だけど二人だけだとそれに気づくことができないみたいだったから、僕がなんとか指導してあそこまで漕ぎ着けたんだ」


疲れからか、声まで少し掠れてきちゃったよ。そろそろ、限界かもしれない。


「肉体的・精神的、両方ともギリギリまで削られたけど、なんとか暗黒物質からまともつ美味しいグラタンに変化させることができたよ……あぁ、あくまで僕は指導しただけで、手はまったく出してないから」


「お、俺は夢でも見てるんじゃないのか?あの二人の作った料理が、あんなにうまそうだなんて……そんな、そんなことがあるっていうのか?」


感動のあまり涙まで流し始める孝は、歴戦を生き抜いて平和を勝ち取った兵士のようだった。


そして僕のほうは意識が途切れようとしていた。


まるで、溶けて燃え尽きようとしているロウソクのように……


「海斗、お前は……本当の勇者だ……」


燃え尽きる寸前、涙混じりのそんな言葉が聞こえた…気が……した。



料理をゲル状の謎物質にするには、硫酸や塩酸、王水……そのほか危険な薬品を使うことによって可能、だと思います。


もちろんそんなものをリアルで作ると生物兵器と化してしまうので、ご注意ください。


感想・評価、鍛錬のために木刀を振るいつつ待ってます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ