13、回避の重要さを教えました
その後、昼食の礼もそこそこに、僕は地下室から武術棟へと足を運んだ。
エルと談笑しているうちにいつの間にか始業のチャイムが鳴るギリギリになってしまっていたので、急いで地下から這い上がり、扉に突進して、芝生を蹴り上げ、さらに扉を蹴破って室内にローリングアタックで侵入して……
『センセー、遅刻ですよー』
『もう、先生が遅れちゃったら授業が始まらないじゃないですかぁ~』
「……ま、間に合わなかったか……」
ギリギリ……ギリギリ遅刻してしまったみたいです……
生徒から優しさのような親しみのような、なんだか生暖かい視線を向けられているのをひしひしと感じる。
今日は僕の担当である中等部『3-D』だけなので、ルックさんやマースさんもいない。
つまり僕が遅れればそれだけ授業も遅れるのだ。当たり前のことだねちくせう!
「ごめんみんな……ちょっと今日もいろいろとあってね…」
言い訳がましいが、とりあえず理由を添えながら謝罪をする。
さすがに風紀委員に追いかけられてついでにエルからお昼をご馳走になってた、だなんてドストレートに言うわけにはいかない。
といっても、
『なにを今さら濁して言ってるんです』
『わたしたち全員が先生の遅刻の理由を知っているんですからね、まったく……』
このとおり、周知の沙汰だったりしている。
まぁそりゃああれだけ派手に追いかけられてれば、知れ渡るに決まってるよね。
というかそもそも、今日だってみんなの前で堂々と逃げ回ってたしね。
……さすがにエルとのことは知られてないよね?遅刻の理由のところを言ってないからなんとも言えないけど、さすがにないよね?
う~んそれにしても、まったくもって格好のつかない話だよね。教師云々の前に、人としていろいろとダメな気がする。
なんだかまずい妄想が膨らみ始めたので、頭を振ってそれらを粉々にしていく。
「そ、それじゃあ授業を始めようか。今日は『回避』について学んでいくから、みんなしっかりと取り組んでね」
『『『はーい』』』
それでは本日も、簡単、かつ実戦で役に立つ戦術を叩き込んでいくとしますか!
◆◆◆◆◆◆
黒板に文字を書き終え、僕のまわりに集まっている生徒たちに視線を戻す。
「回避とは、主に相手の攻撃を避けることであり、単純かつ戦いで非常に重要な役割を果たすものです」
小柄な少年とモンスターが描かれた絵を指差す。それと同時に、絵に描かれた少年が、ものすごい速さで敵を攻撃し始める。モンスターはあまり怯んでいないが、少年は相手の攻撃をすべて避け切っている。
「例え自身の攻撃が弱かったとしても、回避が完璧なら勝てる可能性は十分にあります」
しばらくすると、攻撃していた少年がモンスターに勝利している絵が浮かび上がってきた。
今度は、鎧を身にまとった大柄な男の絵を指差す。重い一撃をモンスターに放つ男。しかし、先ほどとは違い、モンスターからの攻撃をもろに受けている。
「逆に、どんなに攻撃力があり、防御力や体力が豊富だったとしても、回避ができなければいずれはやられてしまいます」
絵に描かれた戦士はそのままモンスターと相打ちになり、生徒のほうからは納得の声が上がった。
「とまぁ、簡単な概要はこれくらい。回避ができるかできないかで戦略や戦いの時間にも差が出てくるから、決して怠ったりしないように。間違っても『避けるなんてチキンな戦い、俺にはできねぇ!』なんていうおバカな考えを生み出さないように」
ゲームでも現実でも、ヒット&アウェイは非常に重要なテクニックである。
たまに体力にまかせてゴリ押ししていく初心者がいるけど、難度が上がるにつれてだんだんと勝てなくなってくるのが世の常だ。
ちなみに僕は回避が大好きなAGI型プレイヤーですがなにか?
『センセー、質問しつもん~!」
「なにかねワトソン君」
『ワトソンじゃないです!ラルフですってばセンセー!!』
一度言ってみたかったんだよこのフレーズ。なんか声がものすごく助手っぽかったからつい、ね。
……ごめんラルフ君、謝るから涙目にならないで。
「んんっ、それで、質問って?」
『えっと…回避している間って、攻撃がまったくできないじゃないですか。もし相手の攻撃が激しくって、回避しかできなかったら、体力を消耗するだけでジリ貧になるんじゃないっすか?』
『確かにそうだよね』『やっぱり回避だけだと厳しいんじゃ……』『防戦一方はちょっときついですね』
なるほど、確かにそういうことになることはゲームではよくあること。
だけど、それはあくまで一部のゲーム内でのこと。現実ではそんな常識は通じない。
「ラルフ君の言うとおり、回避に専念しすぎると攻撃のチャンスを見出せずにやられてしまう、なんてことはよくあること。けど、それも回避によって改善することができるんだ」
とは言っても、言葉だけではなかなかこれを伝えるのは難しいかな。
ラルフ君も含め、ほぼ全員が納得していないとでも言いたげな表情だ。
ならば……
「そんなみんなのために、とりあえず目で見てもらおうと思う。ラルフ君、ちょっとこっちに」
口でだめなら、実践で見てもらうしかない。
「今から僕とラルフ君で一対一の勝負をします。ラルフ君には得物である木剣を使ってもらい、僕は――――」
スッと持っていたものを掲げる。
「―――――この赤チョークで戦います」
まわりからは驚愕の声が上がり、ラルフ君のほうは少々呆れたようなため息をしていた。
なんだ、なんなんだ。どうしてみんなそんな可哀相なものを見る目で僕を見るんだ!
僕は別に気が狂ったわけでもおバカなわけでもないのに!!
『センセー、さすがにチョークじゃ俺相手でも厳しいと思うっすよ?』
ニヤニヤとこちらを見るラルフ君。
慢心ほど危険なものはないって、前に教えたばっかなのになぁ……
ま、今はこっちのほうが好都合、かな?
「そんなに自信があるなら全力で掛かってきて。そのほうがこちらとしても非常に助かるから」
気の抜けた攻撃では回避をする前に決着がついてしまうからね。
「う~ん、そうっすねぇ……なら、何か賞品がほしいっすね」
むぅ、最近の子は本当にそういうことに抜け目がないんだから。
だけどまぁ、たまにはそういうのもいいかな。
「わかったよ。で、いったい何が欲しいっていうの?」
『そりゃもちろん……』
『センセーの生写真の販売許可っす!』
そのとき、武道場に少年少女たちの熱狂が響き渡った歴史的瞬間を、僕は捉えることに成功した。
目を見開いてラルフ君を応援し出す男子たち。
どこから出したのか、ペンライトのようなアイテムをしきりに振り回し始める女子たち。
そして、ショックのあまり我を忘れている生徒数名。
……これは、僕も本気で挑む必要がありそうだ。
「……わかった……勝負は一本、どちらかの体に各々の武器を先に打ち込んだほうが勝ち。僕はハンデとして、チョークが折れた場合、無条件で敗北する」
『いいっすよ。そんな好条件、願ったり叶ったりっすよ!』
さぁ、ここからが戦いのはじまりだ。
◆◆◆◆◆◆
『両者、構え!』
審判役を務める生徒の声、熱い声援をラルフ君に浴びせ続ける生徒たち、その二つの大音量が戦いの舞台の音を占めていた。
ラルフ君は両手剣を模した大きな木剣を上段に構える。僕も、チョークを三本の指で持ち、真正面に突き出す形で姿勢を整える。
僕とラルフ君の頬を、一筋の汗が流れていく……
『始めっ!!』
覇気のある合図、それとともに戦いのベルが僕の心の中に鳴り響いた。
……絶対勝たないと。もし負けるかチョークを折れば、僕の人生がいろんな意味で終わってしまう!
『でやあああああ!』
ゴングとともに突撃してくるラルフ君、この一ヶ月の間にものすごく上達してきているけど、やっぱりまだ動きにムラがある。
体を少し捻って軽く流す。ラルフ君のほうはそのままバランスを崩して大きく転倒してしまった。
まだ受け身をマスターしていないみたいだ。体を痛めていないといいんだけど……
だけど僕はこれでも教師だ、ときには厳しくいかねば。
「大きく振りかぶると相手に避けられやすいから、動きの早い相手に対しては柄を短く持って構えること!」
そういうと、今度は振りかぶらず、体を軸にして回転攻撃を喰らわせようとしてくる。
今度は上に跳んで、ラルフ君の頭に手をついて一回転。
新体操のようにまっすぐに着地する。後ろからは床と布の擦れる音と、木の乾いた音がしてきた。
チョークは……うん、まだ折れていないみたいだね。
「回転技は側面の隙は小さいけど、下と上からの攻撃にはめっぽう弱いよ!」
『は、はいっす!』
ふむ、立ち直りがかなり早い。うまくいけばこの子はかなり強くなれる気がするんだけどな……
あと一押しが足りない。
『――――――――【影よ、解き放て】ドールシャドウ!!』
突撃?いや、これは……
ラルフ君の体から淡い緑の光、マナの粒子が飛び散り始める。
光の粒はさらに数を増やしていき、やがてそれらは人の形をかたどっていく。
「なるほど、魔法を使った戦法か」
チョークを握る指先に少し力が篭る。
まわりにはラルフ君の本体を含め、分身が計6体。1対1のタイマンから、一気に数での勝負に持ってかれた。
『魔法を使っちゃいけないだなんていうルールは、さっきの先生の言葉の中にはなかったっすからね』
『いいぞラルフー!』『そのままいっけぇー!』『これで俺たちの夢が叶うぞ!!』
僕、超アウェイだね。
というか生徒のみなさん!?そんなに僕の生写真の販売・購入をしたいんですか!?いったい何に使うっていうんだよ!
……だけどまぁ、これくらいならまだまだ余裕だけどね。
『さぁ……これで終わりだあああああああぁぁぁ!!!!』
六人全員の切っ先が僕に向き、一斉に突撃を繰り出してくる。
迫り来る六連撃に対し、僕はチョークを握っていない左手の指をピンと伸ばす。
降参のためのサムズアップ……などではない。
目には目を、ルール抜きにはルール抜きを!
「そぅい!」
攻撃方向に突撃……と見せかけてのスライディングで分身たちの真下に滑り込む。
滑り込みに少し怯んだ分身の足に、僕の足を絡ませて転倒させる。
他の分身は、スライディングで転がった僕に群がり、一斉に木剣の先を突き出す。
その間を僕は縫うようにして避け、避けると同時に分身の首筋に手刀を振り下ろす。
生暖かい空気に触れるような感触とともに、分身が一つ二つと消滅していく。
得物以外の方法での攻撃はルール上制限してないからね。
手刀で最後の一体を仕留める、これであとは―――――
『これで終わりだああああああぁ!!』
――――君だけだよ、ラルフ君?
ラルフ君のほうはきっと、僕が分身の相手をしていてこちらに注意が回っていない今がチャンスだと踏んで、後ろから奇襲をかけたつもりだったのだろう。
手はいい……もし僕じゃなくて風紀委員くらいだったらこれで終わっていただろう。
けど、最後の最後で油断したみたいだね。
ラルフ君の渾身の一撃が、僕の背中に突き刺さる……僕はその場から動くことなく――――
『『『……え?』』』
――――勝利を確信した。
『え……あ…し、勝者、カイト先生っ!』
審判の判定が下るが、生徒からは静寂が流れ続けている。
今しがたの現状は、僕が動くことなくその場に立ち続け、そんな僕に一撃を加えたはずのラルフ君は、地面に膝を付いて呆然としている、というものだ。
その現状に、僕以外の生徒は納得していないみたいだ。
『い、今のは完全に俺の一撃が決まったはずじゃあ……?』
自分の両手を見つめながら、困惑の声を上げるラルフ君。
そんなラルフ君に僕は近づき、落ちていた木剣を拾い上げてラルフ君に見せた。
「ここのところをよく見て。赤い筋が通っているのがわかるかい?これは僕がチョークで受け流した跡で、君の首筋にも同じものが付いているはずだ」
簡単に説明すると、突撃してきたラルフ君の一撃を、チョークの先で逸らす。体のバランスを崩したラルフ君の首に、殺傷力0のチョークの一撃を見舞ったのだ。
いつもはこれをムラマサでやっているのだけど、今回はチョークでやったので赤い筋が付いただけ、怪我の心配はない。
「これが、回避を攻撃に繋げる方法の一つ『受け流し』だよ」
『ま……参りました!』
ワアァと歓声が三度、場内に響き渡る。
僕とラルフ君は互いに固い握手をしあい、健闘を祝して、今日の指導は終了となった。
勝者は僕!生写真の販売なんて全力で阻止してやったぞ!
『あの、先生……』
審判をしていた生徒がヒョコヒョコとした足取りで、歓声の嵐の中近づいてくる。
「どうしたの?どこか体調でも崩した?」
『いえ、その……』
スッと僕の腕のあたりを指差す。その顔は期待と興奮の色で満ち溢れていた。
なんだろう、おもしろい跡でも付いてたのかな?
【ボロッ(赤チョークの残骸)】
……………
………
……
「しまったああああああああああああ!?」
『チョーク破壊により、ラルフ君の勝利ぃ!!』
赤チョークさんは、僕の握力に負けて砕け散り、僕の心も砕け散り、生徒たちの歓声はさらに砕け散った。
さようなら、僕の純情ライフ。こんにちは、僕の生写真ライフ。
「あんまりでしょ、こんな展開……」
アクションゲームやシューティングにおいて、回避行動は最強の武器です。作者はそう信じています。
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