エピソード4 自称普通の女の子は、まったく自重しない 6
中庭の片隅。セラフィナは芝の上に座り込んで、自分のクラスのお店を眺めいた。
ドロシーの一件。最終的には和解したのだが、周囲の目にはリスティアと敵対したジュノー辺境伯が、リスティアの一派に屈したという風に写っている。
そんな訳で、クラスメイト達の中で、セラフィナと仲良くすると自分の立場が悪くなるという認識は根強く残っており、セラフィナはいまだにクラスで浮いているのだ。
「リスティアお姉ちゃん、今頃どこでなにをしてるのかなぁ」
ぽつりと、飾らない心の声をこぼす。
そうしてぼんやりしていると、自分の視界を影が覆った。顔を上げると、身に覚えのある可愛らしい女の子が、子供達を連れてたたずんでいた。
「……貴方は、ナナミさん?」
「やっぱりセラフィナ様でしたね」
リスティアを怒らせてしまう切っ掛けとなった少女だけれど、セラフィナは自業自得だと理解しているので、ナナミに対して特に思うところはない。
「あたしになにか用かしら?」と首を傾げた。
「実は……その、子供達が色々なお店を荒らしてしまって、どこに行っても良い顔されなくなっちゃって。どこか遊べるところを知りませんか?」
「……子供達がお店を荒らした?」
そんな乱暴なことをする子供達に見えないけれどと、セラフィナは首を捻る。
「この子達、大人顔負けの身体能力があるんです。それで、色々なお店の最高難度の賞品とかをゲットしたりして。自重はさせてたんですが、それでも目立っちゃったみたいで」
「あぁ……」
セラフィナは数少ない、スタンピードで無双した子供達の正体を知っている人物だ。あれだけの力があったら、そういうことにもなりますよね――と納得した。
「それなら、少しだけ待っててくださいますか?」
「えっと……心当たりがあるんですか?」
「うちのクラスならたぶん。念のために、確認を取ってきますね」
セラフィナは立ち上がり、クラスメイトの元へ向かった。
「あの、ちょっと良いかしら?」
クラスメイト達に話しかけると、なにやら言いたげな視線がセラフィナに集まった。クラスで浮いているとはいえ、ここまでの反応をされるほどではない。
「……みなさん、どうしたんですか?」
「どうしたはこっちのセリフだ。セラフィナが話していた子供達って、いま噂になってる、賞品を荒らしてる連中だろ?」
「えっと……たしかにそんなことを言ってましたけど」
「知ってるなら、なにを言いに来たんだ。まさか、うちのゲームを遊ばせてやれとか言うつもりじゃないだろうな?」
「……ダメですか?」
「ダメに決まってるだろ。目玉商品は、将来自分達と仲良くしてくれる連中を呼び込むために用意したんだぞ」
クラスの男子に断言されてしまった。セラフィナは味方を探して周囲を見回すが、他のクラスメイトの視線も厳しい。
「ねぇ、セラフィナ様。貴方とドロシーが平民を馬鹿にしたことで失脚したのは知っていますわ。だから、それを取り戻そうという気持ちは分かります。でも、その点数稼ぎに、わたくし達を巻き込まないでください」
「あたし、そんなつもりじゃ……」
ない、とは言い切れなかった。
相手がリスティアが面倒を見ている子じゃなくて、知らない誰かだったら、こんな風に頼み込んだりまではしなかったと思うからだ。
「分かったら、適当に言いくるめて帰ってもらってくださいね」
「くくっ、そうだな。馬鹿正直に話して、どこかの誰かみたいに失脚したら困るしな」
その場にいたクラスメイト達から失笑が洩れる。
中には、セラフィナの心配をするような顔をした生徒もいたが、助け船を出してくれる者は一人もいなかった。
そうしてみんな解散しようとするが、セラフィナが最後の最後で声を上げた。
「――待ってください。それなら、あの子達がゲットした商品の分はすべて、あたしが明日までに補填いたします。それなら、遊ばせてあげても良いですわよね?」
「……本気で言ってますの? 賞品はどれも、決して安いモノではありませんわよ?」
「本気も本気ですわ。ジュノー辺境伯の娘として、必ず約束は守ります」
セラフィナは毅然と言い放った。
「そ、そこまで言うのなら、好きにすれば良いですわ。ねぇ、みなさん」
「……ああ、そうだな。賞品を荒らされないのなら、別に困ることじゃないしな」
「みなさん、ありがとうございます」
セラフィナはクラスメイトに頭を下げて、ナナミ達のもとへと戻った。
「お待たせいたしました。クラスメイト達の許可を取ってきたので、うちのお店でなら好きなだけ遊んでいただいて結構ですわよ」
「え、ホントに良いの?」
「ええ、もちろんですわ。一人一回、お姉ちゃんがゲーム代も出してあげるから、思いっきり頑張って、欲しい景品を取ると良いですわ」
「わぁい、お姉ちゃんありがとう~」
子供達はセラフィナにお礼を言って、お店に走って行った。その後を追い掛けようとするとナナミに呼び止められる。
「……どうかしました?」
「いえ、その……本当に良いんですか? ここから様子を見ていましたが、クラスの方達は嫌がってたんじゃありませんか?」
「……実は、子供達が取った景品は、あたしが補填することで了承してもらったんです。だから、大丈夫です。子供達には内緒ですよ?」
「えっ、そんな、悪いですよ! すぐ、子供達を止めてきます」
予想外だったのか、ナナミが慌てて子供達を連れ戻そうとする。だからセラフィナは、そんなナナミの腕を掴んで引き留めた。
「かまわないから、遊ばせてあげてください」
「……どうして、そこまでしてくれるんですか? もしかして、リスティア様の可愛がっている子供達だから、ですか?」
「それもありますわ。でも一番は、あたしがお礼をしたいからです」
「……お礼?」
「スタンピードの件ですわ。一般には秘密になっていますけど、あの子達が頑張ってくれたでしょ? だから、あたしからのお礼の気持ちですわ」
「……セラフィナ様、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてくる。
「あたしも子供は好きですから。それと……ドロシーが平民を馬鹿にしたとき、諫めなくてごめんなさいね」
リスティアには謝ったが、ナナミ本人には謝っていなかったことを思い出して頭を下げる。
「いえ、気にしていません。それに、ドロシーさんにも謝ってもらいましたから」
「そうでしたか。あの子は……ちゃんとしていますか?」
「ええ。このあいだ見たと思いますけど、孤児院のみんなにお勉強を教えたり、一緒になって食堂で働いたりしています。さすがに、今日はお留守番ですけど」
「それは……仕方ありませんわね」
国家反逆の罪で処刑されたことになっているドロシーは、最近までこの学園に通っていていた。そんなドロシーが学園祭に出没したら大変なことになる。
あの孤児院で拗ねているドロシーを想像して、セラフィナはクスリと笑った。
それから、子供達に促されたセラフィナは、ナナミと一緒にお店に向かった。そうして、子供達が楽しく遊べるように、ゲームの内容を説明をする。
さすがにリスティア達の子供達だけあって、何人かが最高難易度に設定されていた商品を取ってしまったりしたけれど、セラフィナはずっとニコニコと見守っていた。
そして――
「楽しそうだねぇ~」
唐突に普通の女の子――リスティアが降臨した。その腕には、マリアががしがみついている。どうやら、二人で学園祭を見て回っていたようだ。
――う、羨ましいっ! と、セラフィナは四つん這いになった。
「セラフィナお姉ちゃん、どうしたの~?」
ミュウが心配して顔を覗き込んでくる。その瞬間、今度はリスティアが四つん這いになるが、セラフィナは気付かない。
「なんでもないよ、心配してくれてありがとうね」
そういって立ち上がり、ミュウの頭を優しく撫でつける。そうしてミュウを可愛がっていると、ナナミがリスティアに向かってなにやら耳打ちを始めた。
どうしたんだろうと気になるが、セラフィナはセラフィナでクラスメイトに手招きをされたので、どうしたんだろうと思いつつみんなの元へと向かった。
「……どうかしましたか?」
「どうかしましたか、ではないだろ。あの娘、噂のリスティア様じゃないか! まさか、あの子供達はリスティア様の関係者なのか?」
「……そうですけど?」
セラフィナの返答に、クラスメイト達がざわめいた。
「どうして教えてくれなかったんだっ」
「どうしてと言われましても……ナナミさんが一緒にいたので、分かっているとばかり」
「……ナナミさん? どこの誰だ?」
「平民クラスの平民ですけど……リスティア様が一番可愛がってる子ですわよ? というか、ドロシーが中傷した相手ですわ」
「「「――なっ!」」」
まったく知らなかったようで、話を聞いていたクラスメイト達が一斉に絶句する。
でもって、「ねぇねぇ、セラフィナ」とリスティアがやって来たものだから、クラスメイト達は大パニックで――
「し、知らなかったんです!」
「子供達を無下にして申し訳ありませんっ」
そんな感じで、土下座を始める始末である。
「えっと……あぁ、うん。気にしてないよ」
リスティアは少し戸惑った後、ぽんと手を打ってそんな風に答えた。
「ホ、ホントですか? 次の夜会で、ウォルター公爵と一緒に現れたりしませんか!?」
クラスメイトの誰かがそんなことを言う。
どうやら、夜会の席でウォルター公爵と共に現れてジュノー辺境伯をやり込めた件は、彼らの中で恐怖の象徴になっているらしい。
「ホントに気にしてないよ。明日以降も一杯遊びに来る人がいると思うし、その人達のことを考えると、おかしなことじゃないもの」
リスティアは微笑んでクラスメイト達を安心させ「それでね」と、セラフィナをみた。
「ナナミちゃんから聞いたよ、セラフィナ。子供達に優しくしてくれてありがとうね。これ、ささやかだけど、あたしからのお礼だよっ」
リスティアから手渡されたのは、綺麗な模様が入った小さな紙の束。
「そ、それはまさか、孤児院食堂学園祭支店の優待チケットですの!?」
クラスメイトの誰かが叫んだ。
「優待チケット? ま、まさか、話題のあれか!?」
「各貴族家ばかりか、有力な商人、果ては陛下までもが全力で欲しがっているらしいぞっ!」
クラスメイトが騒ぐのを聞いて、セラフィナもその紙がなんなのかに気付く。
「……なんだかたくさんありますけど、あたしがもらって良いんですか?」
「もちろん。子供達に優しくしてくれたお礼だよ。一枚で三人までは入れるから、セラフィナの好きに使ってね」
「……あ、ありがとうございますっ」
陛下までもが欲しがっていると噂のチケット。これを使えば、ジュノー辺境伯が返り咲くのは容易く、それらに使ってもなおあまりある枚数がある。
それに……と、セラフィナは落ち込んでいるクラスメイトをみる。
リスティアが言ったように、彼らが間違った行動を取った訳じゃないし、味方をしてくれなくても、セラフィナを気に掛けてくれていたクラスメイトはいた。
だから、何枚かは友達と仲直りするために使おうかなと、セラフィナは思いを巡らせた。




