エピソード4 自称普通の女の子は、まったく自重しない 4
学園祭は数日遅れで無事に開催されることになった。そうして開催日前日の朝、立て続けにおきた王都を脅かす事件にも負けず、学園は準備をする生徒達の活気に満ちていた。
しかし、レオーネやクラスメイト達は揃って不安な思いを抱いている。そんな不安を解消すべく、レオーネはクラスを代表して厨房へと足を踏み込んだ。
「あれ、レオーネどうしたの?」
リスティアが気付き、こてりと首を傾げる。
「どうしたのというか……たしかに厨房はリスティア様に任せるってことになってるけど、本当に明日までに間に合うの?」
「うん?」
「厨房とは名ばかりで、あるのはお皿を洗う場所だけ。コンロ一つないじゃない。いまから運び込むにしても、時間がギリギリでしょ?」
「あぁ、それなら大丈夫だよ。ここにこうやって――扉を設置するだけだから」
リスティアがどこからともなく取り出した扉を壁の前に設置する。
しかし、その壁の向こうはお店の外、中庭である。
「なにを言ってるの? その壁の向こうは――」
レオーネは息を呑んだ。
リスティアが扉を開くと、その先に立派な厨房が広がっていたからだ。
「ちょ、ちょっと、なんで扉の向こうに厨房があるのよ?」
「なんで……って、手品だよ?」
「そんな訳……いえ、なんでもないわ」
学生寮にあるリスティアの部屋を思い出したレオーネは色々と呑み込んだ。
それにシャーロットからは厨房には立ち入り禁止だと言われている。レシピ関係だけだと思っていたが……きっとこれも理由の一つだろうと悟ったのだ。
「ひとまず、みんなには今日中にメニューと、給仕の仕方を覚えてもらうね。あたしが実際に料理を運んでみるから、みんなは何人かに分けて店に入ってきて」
「……良く分からないけど、分かったわ」
考えることをやめたレオーネは厨房を後にした。
フロアに戻ると、心配そうなシエラを始めとしたクラスメイトが駆け寄ってくる。
「レオーネ、リスティア様はなんだって?」
「大丈夫、ちゃんと立派な厨房だったから」
「そんなはず――」
厨房に向かおうとしたシエラの腕を掴んで引き留める。
「大丈夫だよ。と言うか、見たら大丈夫じゃなくなるから」
「……意味が分からないのだけど?」
「ほら、シャーロット様に厨房には立ち入るなって言われてるって話したでしょ?」
「それは聞いたけど……でも、厨房が出来ていなかったら問題外でしょ?」
「本当に問題なかったよ。というか、いまから給仕の見本を見せるから、何人かに別れて、客として外から入ってきて欲しいって言ってるよ」
「……お客として? それって、もしかして試食が……?」
「うん、アイスクリームなんかも出ると思うよ?」
厨房に向かおうとしていたシエラがクルリと踵を返す。
「……シエラ?」
「私、一番にお客さんの役をするね」
「――あ、ズルイ。私もお客の役をするわ」
「待て、俺が一番だっ!」
シエラを切っ掛けに、クラスメイトが我先にと店の外へと出て行く。それを見て我に返ったレオーネは、慌ててその後を追い掛けた。
そして――
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、注文は決まった~?」
「あわわ……リスティア様が私のことをお姉ちゃんって……っ」
「天使だっ、天使が降臨したぞっ」
「可愛い、リスティア様をお持ち帰りしたいわっ」
クラスメイトは一瞬で妹メイドの虜になっていた。
なお、二度目で耐性のあるレオーネだけは冷静で、これじゃ注文を取るのも一苦労じゃないかなと考えたのだが――
「……お兄ちゃん、お姉ちゃん、注文……して、くれないの?」
リスティアがちょっぴり寂しそうな顔をする。それだけで、クラスメイトは一斉にメニューを見ながら注文を始めた。
「お兄ちゃんには、こっちのケーキがオススメだよ?」
「じゃあ俺はそれでっ!」
「一緒に紅茶はどうかなぁ?」
「もちろんそれもっ!」
「はーい」
といった感じで、リスティアは次々に注文を取っていく。
リスティア様、妹っぽく甘えてるように見えて、完全に自分のペースに引き込んでるわ。さすがリスティア様――と、レオーネは謎の感心をする。
その後、各種デザートの試食をして内容を覚えたり、リスティアや孤児院の子供達から給仕を習ったりして、レオーネ達は給仕に必要な技術を身に付けていった。
◇◇◇
翌日、学園祭は無事に開催され、孤児院食堂学園祭支店は朝から満員だった。
国王陛下ですら滅多に食べられない、幻のアイスクリームが庶民に手の届く価格で食べられるという口コミが学園中に広がっていたからだ。
なお、シスタニアの孤児院食堂は臨時休業。リスティアがフロア同士を扉で繋げて、クラスメイトなんかに配った、招待チケットを持つVIP専用として解放している。
そんな訳で、シスタニアの孤児院食堂は臨時休業であるにもかかわらず厨房は大忙し。マリアだけでは手が回らないと言うことで、リスティアが急遽厨房に入っていた。
その結果――
「リスティア様、アイスクリーム三つとチョコパフェ二つ、お願いします!」
「はーい。アイスクリーム三つとチョコパフェ二つ、大急ぎで用意――したよっ!」
リスティアは魔導具を作るときのように、材料を出して一瞬で完成品を生み出していく。ノータイムと言っても差し支えのない生産速度のおかげで、厨房は落ち着きを取り戻した。
「……相変わらずデタラメな速度ね」
リスティアの料理……というかなんと言うか、手品を見ていたマリアがため息をつく。
「えへへ。いまはマリアに教えてる訳じゃないから、速さ優先で良いかなぁって」
ちなみに、孤児院の子供達はナナミに連れられて、朝から学園祭を回っている。
リスティアとしても、子供達だけで学園祭を回らせるのは不安だったので、ナナミが同行してくれたのは凄くありがたい。
けれど、子供達だけだと被害者が続出しかねませんから――って、ナナミちゃんはなにを心配してるんだろう? と、リスティアは疑問だったりする。
それはともかく、考え事をしながら作業を続けているあいだも、マリアはとくになにをするでもなく、リスティアの側にいる。
「……厨房はあたし一人でも大丈夫だから、マリアも学園祭を見てきても良いよぅ?」
「ありがとう。でも、私は……」
「まだ男性が恐い?」
マリアは前の院長の仕打ちによって、少し男性恐怖症となっている。
けど、学園祭の楽しみで忘れさせてあげられるかもとリスティアは考えていたので、少し考えが甘かったかなぁと思った。
「男性が恐いって言うのもあるけど……そうじゃなくて」
「どうしたの? マリアが困ってるのなら、あたしが絶対に助けてあげるよ?」
「~~~っ」
マリアが頬を染めて身もだえをした。
「……マリア?」
「えっと、その、困ってる訳じゃないの。ただ、その……リスティア院長と一緒に、学園祭を回ってみたいなぁって思って」
「……あたしと?」
「うん。その……ダメ、だよね」
「ダメなはずないよっ!」
子供達を優先していたとはいえ、リスティアにとっても学園祭は初めてで楽しみにしていた。ましてや、マリアに誘われて嬉しくないはずがないとはしゃぐ。
「でも……リスティア院長と私が同時にいなくなったら厨房が回らなくなるわよね?」
「大丈夫、なんとかするからっ!」
リスティアは現時点での客の回転効率を考え、午後の料理の消費量をさっと計算。今日一日に必要な料理を物凄い速度で作り、同じく作ったお皿に盛り付けていく。
でもって、新たに魔導具としてのアイテムボックスを生産して、その中に出来上がったデザートや料理を放り込んでいった。
その間、わずか数分の所業である。
「あとは……レオーネ、レオーネ――っ!」
「うん? リスティア様、私を呼んだ?」
「うんうん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「……お願い? 私に出来ることなら協力するけど?」
「なら、あたしの代わりに厨房の管理をしてくれないかなぁ?」
「――えっ!?」
レオーネの顔が引きつった。
「午後だけで良いんだけど……ダメかなぁ?」
「ダメというか……それは、無理。無理だよ。私、レシピは一切聞かされていないし、そもそも料理なんて、ほとんど作ったことないもの」
「それは大丈夫だよ」
リスティアはさっき作ったばかりの魔導具、見た目は普通の道具袋を差し出した。
「……なにこれ?」
「それに手を突っ込んで見て?」
「えっと……こう――っ」
言われるがままに道具袋に手を突っ込んだレオーネが顔をしかめる。
「あ、中に入ってる品のリストがイメージとして流れ込んでくるから、心構えがないとびっくりしちゃうかも?」
「……言うのが遅いわよ。っていうか、これってまさかアイテムボックス!?」
使用者に優しいサポート付きなので、すべて理解したのだろう。レオーネが目を見開く。
「アイテムボックスを魔導具で再現してみたの」
「再現してみたのって……うわぁ、ホントに取り出せた」
袋からお皿に盛られたアイスクリームを取り出したレオーネが感心しつつ、「でも、ちゃんと保存されてるか確認する必要があるよね」とアイスクリームを食べ始めた。
「ねぇねぇ、リスティア院長」
隣にいたマリアが袖を引っ張ってくる。
「……どうしたの?」
「このお姉さん、だいぶリスティア院長に染まってるけど大丈夫?」
マリアがぽつりと呟く。リスティアは意味が分からなくて小首をかしげたのだが、レオーネはケホケホと咳き込んだ。
「ち、違うわよ? 私は別に確認にかこつけてアイスクリームを食べたいとか、そんなことは考えてないよ!?」
なぜか動揺を始める。そんなレオーネの肩にマリアがぽんと手を置いた。
「レオーネさん、でしたっけ?」
「そ、そうだけど?」
「いまはまだ大丈夫かも知れませんけど、気を付けないとナナミちゃんのようになりますよ」
「……ナナミちゃんのように?」
レオーネは首を傾げる。
「最初は常識的な女の子だったのに、いつの間にか浸食されて、本人まで似たようなことをしてるんです」
「そ、そういわれると、ナナミちゃんもわりと規格外よね」
「ええ。しかも、本人はその自覚がないんです。いまではリスティア院長と同類なのに、相変わらず『リスティア様、自重してください』って言ってるんですよ」
「そ、それはたしかに恐いわね……」
「ええ。くれぐれも気を付けてください。レオーネさんもさっき、アイスクリームに釣られたとはいえ、アイテムボックスの魔導具を再現したという言葉をあっさり流してましたよ」
「ホ、ホントだ――っ!?」
なにやら酷いことを言われている気がするよとリスティアは頬を膨らます。
「ねぇねぇ、マリア。あたしはちゃんと自重してる……よね?」
「大丈夫よ」
「だよね?」
「ええ。あたしはリスティア院長がどれだけ自重してなくても大好きだもの」
マリアは聖母のように微笑む。
大好きと言われたリスティアは「えへへ」と喜ぶが、すぐに「あれ、自重してるとは言われていないような気がするよ?」と首を捻った。
「ねぇねぇマリア――」
「なにかしら?」
「……うぅん、なんでもないよ」
マリアが大好きだといってくれるなら、自重している自分を認めてもらえなくても良いやとリスティアは微笑んだ。
なお、あくまで自分は自重しているつもりのリスティアである。
「話を戻すけど、午後だけ、あたし達の代わりに厨房を担当してくれないかな」
「それくらいは別に良いけど……もしかして、セラフィナ様のところへ行くの?」
「決めてないけど……どうして?」
「セラフィナ様、いまだにクラスで浮いてるみたいよ?」
「ふえ……?」
なにそれどういうことと尋ねると、夜会でウォルター公爵にやり込められて失脚したという印象が、いまだにクラスで消えていないという話を聞かされた。
「教えてくれてありがとう。あとで様子を見に行ってみるよ。ということで、是非とも変わってくれないかな? 変わってくれたら、お礼にその道具袋をあげるから」
「別に良いけど――って、ちょっと待って」
「ふえ?」
「いま、道具袋をあげるからって言わなかった?」
なにやら、信じられないモノを見るような目を向けられる。
「……お礼のつもりだけど、ダメ?」
「いやいやいや。ダメもなにも破格の報酬過ぎるって! アイテムボックスを使える魔導具だよ!? しかもこれ、中に入れたモノの時間が止まるよね!?」
「……そうだけど?」
「そうだけどじゃないって! アイテムボックスで、しかも中身の時間が止まるなんて、どう考えてもアーティファクトじゃない!」
「あ、破けたりしてもちゃんと元に戻るよ」
「まさかの無銘シリーズ!?」
あ、それって真祖としてのあたしが作った魔導具の総称なんだよね。ここであたしが作ったって言ったら、あたしが真祖だってバレるから黙っておこうっと。
――と、リスティアはしっかりと自重する。
「んっと……取り敢えず、あたしとしてはそれで引き受けてくれると嬉しいんだけど」
「……本気で言ってるの?」
「本気も本気だよ。えっと……欲しくない?」
「いや、むちゃくちゃ欲しいし、引き受けるのは良いんだけど……いくらなんでももらいすぎというかなんというか……」
リスティアは欲しいのなら引き受けてもらってくれれば良いのにと思いつつも、無理強いをするつもりもないので、レオーネの返事を待つ。
「……ねぇ、リスティア様。これ、シエラと二人で引き受けても良いかな?」
「良いよ。なら、道具袋をもう一つ用意したら良いのかな?」
「いやいやいや、そうじゃなくて。私とシエラで厨房を引き受けるから、私達二人に袋を貸してくれないかな?」
「貸すの? あげるって言ってるのに?」
「さすがに、もらえないよ。だから、しばらくは私達に貸して。その代わり、いつか立派な商人になって、必ず相応の金額で買い取るから」
ここでごり押しするほど無粋ではないリスティアは、レオーネの提案を快く受け入れた。
なお、前回のガラスの製造レシピに加えて、時間を止めることが出来るアイテムボックスを再現した魔導具。
この二つを手に入れたレオーネとシエラは、姉妹の契りを交わして、共にこの国で最高の商人へと上り詰めていく。
それを知ったリスティアが、『姉妹!? 商売をしたら妹が出来るの!?』と商売に興味を持つことになるのだが……それはまた別の未来のお話である。
お読み頂きありがとうございます。まだ未評価の方で楽しんでくださっているか違いましたら、ぜひ↓のポイント評価をお願いしますm(_ _)m
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