エピソード4 自称普通の女の子は、まったく自重しない 2
眠りから覚めた、真祖の娘たるロゼッタは怒っていた。
妹のリスティアの力を感知することを目覚めるトリガーにして自分の時を止めた結果、眠っているあいだに別荘に飾っていたリスティアコレクションの数々が奪い去られていたからだ。
よりにもよって、可愛い可愛いリスティアからもらったプレゼントを、奪い去るなんて許されるはずがない。
奪い去ったのが人間だと気付いたロゼッタは、人類を滅ぼそうと考えた。
しかし、ロゼッタはギリギリのところで思いとどまった。
自分の別荘より持ち去られたアーティファクトの数々が、それぞれの場所で大切に、それこそ宝物のように扱われていることに気がついたからだ。
リスティアの作ったアーティファクトの良さが分かるなんて、人間もなかなか見所があるじゃない。そういうことなら、持ち去ってしまった気持ちも分からなくないわ。
返してくれたら許してあげても良いわね――と、そんな感じだ。
……と言うことで、人間に最後通牒はしたロゼッタは、森の入り口付近にソファとテーブルを置いて、人間の返答を待ちつつくつろいでいた。
「返してくれれば良し。返してくれないのなら……おしおきするしかないわね」
「おしおきされるのはお姉ちゃんだよっ」
「ひゃうんっ」
いきなりズビシとお腹を突かれ、ロゼッタは悲鳴を上げた。
「なになに、なにごと? まさか、人間が愚かにも……うわあああ、リスティア、久しぶりいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
目の前にいるリスティアを見つけた瞬間、すべての過程をすっ飛ばして抱きついた。
「えへへ、お姉ちゃん、久しぶりだね……じゃないよっ」
「ひゃうんっ」
今度は頭にズビシッとチョップを入れられて悲鳴を上げた。
というか、さっきよりちょっぴり威力が上がっている。
「はぁ……久しぶりのリスティアの突っ込み。可愛いわ、凄く可愛いわっ。というか、しばらく会わないうちにまた可愛くなったわねっ」
リスティアを自分の豊かな胸に押しつけ、頬ずりしながら両手を使って撫で回す。そのスキンシップを受け止めたリスティアは、少しだけ不満気な顔をした。
「もぅ、お姉ちゃんっ、正座っ」
「……え?」
どうしてお姉ちゃんがそんなことをしなくちゃいけないのと、ロゼッタは首を傾げる。
「せ い ざっ」
「えっと……良く分からないけど、こう?」
可愛らしく言い放つ妹の前に、姉としての尊厳はどうでも良かったらしい。真祖のお姫様であるところのロゼッタは、草むらの上にあっさりと正座した。
「えっと……これって、もしかしてあれ? 私の膝を枕に、リスティアが眠っちゃったり」
「しないよぅ。というか、あたしは怒ってるんだよ?」
「ふあぁ、ぷんすか怒ってるリスティアも可愛いわねぇ」
「お姉ちゃんっ!」
再びズビシとチョップが入った。
たとえ軽いチョップだとしても、リスティアがこんな風に手を出すなんて珍しい。なにやら本当に怒っているらしいと、ロゼッタは真面目モードになる。
「それで、リスティアはなにをそんなに怒っているの?」
「一つ目は、王都に脅しを掛けていることだよ」
「あら、それのなにがいけないの?」
「もうすぐ、王都の学園で学園祭があるの。あたしの子供達が楽しみにしてるんだから、中止になるようなことしちゃダメだよっ」
怒るところそこ!? なんて突っ込みをする人間はこの場にはいない。
代わりに――
「あああっあたしの子供って、どっどういうこと!? まさかいつの間にか、貴方を穢した男がいるの!? どこの誰よ、いますぐ魂ごと消滅させてやるわ!」
ロゼッタは思いっきり動揺する。
「穢したってなんのこと? あたしいま、孤児院で子供達の面倒を見てるんだよ?」
「……孤児院? 子供達の面倒? なんだ……びっくりさせないでよ」
ロゼッタは心からホッとした。
「……というか、子供達って……人間の子供って言うこと?」
「うん、そうだよ。凄く可愛いんだぁ」
満面の笑みを浮かべるリスティアが凄まじく可愛い。人間、ナイスよ! と、ロゼッタの中で、人類の評価が爆上げされた。
人類を滅亡の危機から救ったのは、孤児院の子供達だった……という事実は、後世に語られることなく消えていく。
「可愛い可愛いリスティアが、人間に手を出すなと言うのならもちろん出さないけど、あたしがリスティアにもらったプレゼントは返してもらえるのよね?」
「ええっと……それなんだけど」
「なによ? さすがにリスティアとの思い出の品を返さないというなら許さないわよ?」
「あのね、真祖としての常識しか知らないお姉ちゃんには分からないかも知れないけど、人間と真祖の常識は違うんだよ?」
「……どういうこと?」
「あのね――」
リスティアから、人間の寿命は短いから、長らく誰も立ち入っていない時点で、所有者がいるなんて思わないという話をされた。
「……つまり、人間は盗んだつもりじゃなくて、既に所有者がいない建物から、めぼしい物を持ち帰ったつもりだったって言うの?」
「うんうん、そうだよ」
「……なるほど。人間の言い分は分かったわ」
「じゃあ……」
「うぅん。私にも譲れない物はあるの」
大切な大切な妹からのプレゼント。
それを、はいそうですかと諦めることは出来ない。そう訴えるロゼッタに対して、リスティアがどこか嬉しそうに微笑んだ。
リスティアからプレゼントを大切にしているから、喜んでくれているのだろう。
あぁ、だからこの子は可愛いのよ――と、ロゼッタは身もだえする。
「それじゃ、お姉ちゃんに提案なんだけど……あたしが代わりの魔導具をプレゼントするってことでどうかな?」
「……え? リスティアがまた作ってくれるの?」
「うん。前よりは多少上手に作れると思うよ」
リスティアはふわりと微笑む。その天使の笑顔に、ロゼッタは籠絡される。
「それなら、大半は諦めてあげても良いわ。でも、貴方から初めてもらった品や、誕生日にもらった、特別思い出深いのは返して欲しいんだけど」
「ん~。じゃあそれで良いよ」
「本当に良いの? 一応聞いておくけど、それが原因で貴方が人間に嫌われたりしない?」
「その人達には、あたしが代わりの魔導具を用意することにするよ」
ずいぶんと人間のことを気に入っているのね……と、ロゼッタは微笑ましく思う。
なお、人間で言うところの、妹が子犬を拾って育てているのを眺めるような心境である。
「取り敢えず、リスティアが怒っている理由は解決と言うことで良いのかしら?」
「まだ――というか、あたしがとくに怒ってるのはこれから話す方だよっ!」
リスティアが腰に手を当てて頬を膨らませた。
「私、そんな風に貴方に怒られるようなことをした記憶がないんだけど」
というか、いいかげん、地べたに正座している足が痛くなってきた。ということで、ロゼッタは回復魔法で足のしびれを治す。
「リスティアは一体なにをそんなに怒ってるのよ?」
「ユフィアのことだよっ!」
「あら、もうユフィアには会ったのね。あの子、貴方とはまた違ったタイプだけど、とっても可愛いでしょ?」
「可愛いと……可愛いと思うのなら、どうして置いてきぼりになんてしたの! ユフィア、ひとりぼっちで置いて行かれて、寂しいよ、寂しいよ、リスティアお姉ちゃんに会いたいよってずっと泣いてたんだよ!?」
「たしかに言ってたけど」
「――言ってたの!?」
自分で言い出しておきながら、リスティアの身体がぴょんと跳ねた。
ちなみに、ロゼッタはユフィアより先に眠ったのだから、言ったかどうか知るはずがない。たんなる口から出任せである。
とは言え、ユフィアは自分のまだ見ぬ姉に憧れていた節があったので、言っていてもまったく不思議ではないとロゼッタは判断した。
ついでに、リスティアが可愛い反応をしたから大満足である。
「というか、それに関しては貴方が悪いでしょ? 勝手に家出しちゃうし、妹が出来ても戻ってこないし、どこに隠れていたのよ?」
「うぐっ」
リスティアが視線を彷徨わせる。
「そ、そんなことより、どうして置いてきぼりにしたの!」
どうやら、自分のことは棚に上げることにしたらしい。
もっとも、それは可愛いから良いのだが……置いてきぼりってなんのことかしら? と、ロゼッタは思いを巡らした。
「もしかしてあの子、自分が置いてきぼりにされたと思ってるの?」
「……違うの?」
「結果的にはそうかも知れないけど、少なくとも私はそんなつもりじゃなかったわ。たぶん、他のみんなも同じ気持ちだったと思うわよ」
「……どういうこと?」
リスティアがこてんと首を傾けた。
「ユフィアも貴方のように頑張り屋さんで優秀だったから、貴方と同じだと思っていたのよ」
「……あたしと同じなら、置いてきぼりにするの?」
「そうじゃなくて。貴方は私達の意見に左右されず、自分のしたいようにするでしょ? だから、余計なことは言わない方が良いと思ったのよ」
「……ああ」
リスティアはぽんと手を叩いた。
「分かってくれた? だから、ユフィアのことを置いてきぼりにした訳じゃないのよ」
「……じゃあ、お姉ちゃんはユフィアのこと大切?」
「もちろん、とってもとっても大切よ。だって、私にとって二人目の妹だもの。貴方とは違うタイプだけれど、同じくらい大切よ」
「そう、なんだ……でも、あたしと比べられて悲しい、みたいなこといってたよ?」
「あの子、そんなこと言ってたの?」
ロゼッタは目を丸くする。
たしかに、ロゼッタ達はリスティアとユフィアを比べていた。けれどそれは、ユフィアがリスティアはどうだったかと、いつものように話をせがんできたからだ。
「あの子が望んでることだと思ってたけど……そうじゃなかったのね。反省したわ。でも、あの子のことを、貴方と同じくらい大切に想っているのは本当よ」
「そっか……なら、後でユフィアに話してあげて」
「ええ、もちろんよ」
ようやく解決ね――とロゼッタは安堵したのだが、すぐに別の疑問が湧き上がる。
ユフィアとて、リスティアに及ばずとも優秀な真祖の娘だ。そんなユフィアが、数年やそこらで悲しむはずがない。
そもそも、リスティアはさっき、長らく誰も立ち入っていないと言った。
「ねぇ……あれからどれくらい時が過ぎてるの?」
「伝承がたしかなら、千年ほど過ぎてるみたいだよ」
「せ、千年!?」
あまりのことに、ロゼッタは素っ頓狂な声を上げた。
「な、なら、貴方の年齢はいくつ、いくつなの!?」
「あたし? あたしはもうすぐ十八歳だよ」
「~~~っ、脅かさないで。貴方があたしより年上になって妹じゃなくなっていたら、物凄くショックを受けるところだったわ」
「うぐっ」
安堵するロゼッタの前で、リスティアが四つん這いになる。それを見たロゼッタはすぐに、ユフィアがリスティアより年上になっているのだと気がついた。
「……もしかして、ユフィアは二百歳を超えているのかしら?」
「……うぅん。もうすぐ二百歳だって言ってたよ」
「あら、それなら私はセーフね」
「あたしはセーフじゃないよぅ。どうして、あたしを起こしてくれなかったの?」
「だからそれは、貴方が勝手に家出して、自分の居場所を隠しちゃうからでしょ?」
「そうだったよぅ~~~」
しばらく会わないあいだに、しっかりしてたらどうしようって思ったけど、相変わらずみたいね――と、ロゼッタはちょっぴり安心した。




