エピソード4 自称普通の女の子は、まったく自重しない 1
「真祖の姫君だと? 殺したのではなかったのか!」
兵士の報告を聞いたオワータ将軍が視線を向けてくるが、リスティアは首を傾げた。
ユフィアを殺したと虚偽の報告をしたのは事実だが、彼女にはもはや王都を攻める理由がないからだ。
「報告によると、最初の報告と同様に髪の色が黒とのことで、スタンピードのときに現れた娘が別人だったようですっ!」
兵士がリスティア達の疑問に答えるように告げた。
それを聞いたリスティアは思い出す。
最初に報告を受けたとき、真祖は黒髪だとの情報を受けていた。けれど、ユフィアは漆黒のドレスを身に着けてはいるが、髪は金色だった。
「……別人、だと? 次から次へとなんなのだ。……いや、そうか。お前だな? 連中の目的はお前なのだろう?」
オワータ将軍が視線を向けてくる。
真祖を名乗る娘で、しかも黒い髪といえば、リスティアには心当たりがある。もし姉のロゼッタであれば、自分に用事かも知れないとリスティアは考えた。
だけど、リスティアが答えるよりも早く、オワータ将軍が近衛兵を呼びつける。
その直後、数名の近衛兵が部屋に流れ込んでくる。
「お呼びですか、オワータ将軍殿」
「うむ。そこの娘を捕らえて、真祖の娘とやらに差し出してやれ。それでこの一件は丸く収まるはずだ」
「「オワータ将軍っ!」」
シャーロットとウォルター公爵が批難の声を上げる。
「黙れ! お前達は国王陛下の許可も取らずに兵を動かした責を取るために、自領に戻っていろと言っただろう! これ以上口を挟むな! 近衛兵、いますぐその娘を捕らえよ!」
オワータ将軍が声を荒げる。
「……捕らえる、ですか? しかしその娘は、スタンピードのおりに戦ってくれた自称普通の女の子様ではありませんか?」
「この者は真祖の一族を追放された娘だ。その証拠に、真祖を名乗る者が、この娘を殺しに来ているではないか!」
いつの間にそうなかったのかはともかく、この時点では破綻していない理論だった。
しかし――
「恐れながら申し上げます。真祖の姫君を名乗る者の目的は彼女ではありません!」
報告に来ていた兵士が断言した。
「目的が彼女ではない、だと? 貴様、なにを根拠にそのようなことを」
「真祖の娘からの最後通牒です。『可愛い可愛い天使からもらった宝物を奪いし者達よ。いますぐ返却するのならば良し。そうでなければ相応の報いを受けてもらうわ』と」
全員が沈黙した。
なお、シャーロット達が沈黙したのは事情を理解したからだが、オワータ将軍が沈黙したのは意味が分からなかったからだ。
「……なんだ、それは。一体どういう意味だ?」
「はっ。どうやら、無銘シリーズを持ち去ったことに怒り狂っているようです」
「無銘シリーズだと? それは遺跡で見つけたモノだろうが」
「たしかに、その通りなのですが……」
「ええい、ハッキリしろ。なぜそれでその真祖の姫君とやらが怒り狂っているのだ」
「それが、その……彼女の言い分によると、『お前達が荒らしたのは遺跡ではなく、私のコレクタールームで、千年ほど留守にしていただけよ』と」
「千年ほど留守だと? そんな馬鹿な話があるかっ!」
オワータ将軍が声を荒げる。
「話をした者もそう伝えたようですが、それはそっちの言い分でしかない、と」
「なんとデタラメな種族だ。もう良い、兵を向かわせて滅ぼしてしまえっ!」
「不可能です!」
「なぜだ!?」
「……オワータ将軍は、スタンピードの報告を見ていないのですか?」
兵士は顔を伏せたまま、いぶかるように問い返した。
「貴様は俺を愚弄しているのか!? 読んでいるに決まっているだろう!」
「ではおわかりになるはずです。王都の……いや、国中の兵士を向かわせたとしても、皆殺しに遭うのが関の山。真祖の力は、まさに伝説の通り……いや、それ以上です」
「我が国の精鋭を持ってしても倒せぬというつもりか!」
「……逆にお伺いしたい。あの報告書を読んでなお、勝てるとお思いですか? 第七階位の魔法を、平気な顔で連発するような種族ですよ?」
兵士は顔を上げ、オワータ将軍を蔑むような顔で見上げた。
「ではどうするというのか! 無銘シリーズを返却をしろというつもりか!?」
「もしくは、前回真祖を退けた自称普通の女の子に協力を求めるか、です」
「そんなことが出来るかっ!」
「では、無銘シリーズを返却するしかないでしょう」
「ぐっ、ぬぬ……っ」
オワータ将軍の顔が真っ赤に染まっていく。
そして、その顔がギギギと、リスティアの方を向く。それより一瞬早く、シャーロットがリスティアに腕に抱きついてきた。
「リスティア、貴方のお店で昼食を食べに行きましょう」
「おぉ、それは楽しそうだな。私もお供させてもらえぬか」
シャーロットだけではなく、ウォルター公爵までもが同調してきた。それに対して、シャーロットは満面の笑みを浮かべる。
「もちろんですわ、ウォルター公爵。せっかくですから、セラフィナも誘って、のんびり昼食としゃれ込みましょう。ほら、リスティア、行きますわよ」
「うん、そうだね」
リスティアは天然&無自覚なだけで、そのほかはわりと優秀である。
ということで、シャーロットの思惑を理解したリスティアも笑顔で同調した。でもって、三人で並んで退出しようと歩き出す。
「ま、待て待て待て、ちょっと待て! 貴様ら、この一大事になにをほざいているのだ!」
部屋を出たところで、オワータ将軍ががなり立てる。
それに対して、リスティア達は足を止めて振り返った。
「なにって……あたしは関係ないみたいだから帰るんだよ?」
「ふ、ふざけるなっ!」
「だってあたし、貴方にスタンピードを引き起こした犯人だと疑われて、責任を取れって言われてる身だし、わざわざ首を突っ込む理由なんてないよね?」
「――んなっ」
オワータ将軍がうめき声を上げる。
更には、救国の英雄ともいえる自称普通の女の子にそんなことを言ったのかと言いたげな近衛兵達の視線がオワータ将軍に集まる。
「く……このっ。ええい、ウォルター公爵、シャーロット、その娘を説得して、兵と共に王都の防衛に当たれ!」
「なにを言うのだオワータ将軍よ。さっき、我々が陛下の許可なく援軍に駆けつけて、王都に不安を与えた責任を取って、自分の領地に戻れと言ったばかりではないか」
「そうですわ。わたくし達は反省して、これから全軍を引き上げる予定ですわよ」
「きっ、き、き……貴様らぁ~~~っ」
真っ赤に染まっていたオワータ将軍の顔が、紫に変色する。
しかし、リスティアばかりではなく、国の一大事に真っ先に駆けつけた者達にまでそのような仕打ちをしたなど、助けられた者達にとっても許しがたい事実だ。
オワータ将軍を見る周囲の者達の表情はどこまでも冷たかった。
もはや、どう責任取るんだお前、といった雰囲気である。
リスティア的には、あたしもう行って良いかなぁ? といった感じなのだが……
「これはなんの騒ぎだ!」
突然、威厳のある声が響いた。
それを聞いた瞬間、リスティアを除いたすべての者がその場に膝をつく。
それからほどなく、厳かな出で立ちの初老の男が姿を現した。
「おぉ、ウォルター公爵にシャーロットではないか。このたびは、王都の危機に良く駆けつけてくれた。わしはお主達のような忠臣がいることを嬉しく思うぞ」
「陛下、もったいないお言葉です」
ウォルター公爵とシャーロットが揃って頭を下げた。
どうやら、この人がこの国の王様みたいだねと、リスティアは理解する。
「ところで……見慣れぬ少女がいるようだが……お主、名をなんと言う?」
膝をつかないリスティアにも、陛下は気さくに話しかけてくる。
「あたしはリスティアだよ」
「おぉ……お主があの自称普通の女の子か。先日は国の一大事によくぞ駆けつけてくれた。国の代表として心から感謝する」
「自称じゃなくて、普通の女の子だよぅ」
「おぉ、そうかそうか、普通の女の子か。見た感じでは、わしの孫娘より、少し年上くらいかの? 噂に違わぬ愛らしさよな。後で、わしが秘蔵のアイスクリームを食べさせてやろう」
このおじいちゃん――ではなく陛下、リスティアにデレデレである。
そんでもって「それで一体なんの騒ぎなのだ?」と問いかける陛下に、リスティアがかくかくしかじかと説明した結果――
「オワータ将軍をいますぐ牢にぶち込んでおけっ!」
ということになった。
オワータ将軍が近衛兵達に連れて行かれて静かになった会議室には、陛下とその護衛、それにウォルター公爵とシャーロットとリスティアだけが残っていた。
なお、陛下の正面に座っているのはなぜかリスティアで、その左右にシャーロットとウォルター公爵という席順である。
なぜかもなにも、事情を考えれば当然の席順ではあるのだが。
「まずは……オワータ将軍が非常に迷惑を掛けたことについて謝罪する」
「というか……どうしてあんな人を将軍にしているの?」
シャーロットが殴られそうになったことで、リスティアはわりとおかんむりである。
「すまぬ。わしは国王とはいえ、すべての権力を掌握している訳ではないのだ」
「あぁ……そういうことなんだ」
リスティアは、この国は隣国との小競り合いを続けているので、軍部の権力が大きいんだろうなぁと理解した。常識はないくせに、そう言うことは察しの良いリスティアである。
「しかし、今回の失態はあまりにも大きすぎる。オワータ将軍はその地位を剥奪させることを約束しよう。だから、どうか許して欲しい」
陛下が深々と頭を下げた。
「……良いよ。シャーロットも殴られずにすんだし許してあげる」
「感謝する、リスティア。……しかし、シャーロットが殴られずにすんだから許す、か。シャーロットはずいぶんと好かれておるようだな」
「わたくしはリスティアと姉妹の契りを交わした仲ですから」
シャーロットがちょっぴり得意げに答える。
「ほぅ、そうなのか。では、オワータ将軍がシャーロットに手を上げていたら大変なことになっていたかもしれんな」
「ええっと……まぁ、そうですわね。未遂でも上半身が吹き飛びましたし……」
「実行していたら、全身……だけではすまなかったかもしれんな」
陛下の軽口に対して、シャーロットとウォルター公爵が苦笑い交じりに答える。
とまぁ、そんな訳でオワータ将軍の件は終わり、陛下が佇まいをただした。
「さて、本題に入ろう。真祖の娘の要求にどう答えるか、お主達に相談したい」
「どう答えるか……とおっしゃいますが、陛下はどのようにお考えなのですか?」
陛下に視線を向けられたので、リスティアが問い返した。
「むろん、真祖を敵に回すようなマネは出来ん。ただ、無銘シリーズのアーティファクトは、遺跡から発掘し、正当な値段でそれぞれが購入している。真祖の娘の言い分も理解できなくはないのだが、はいそうですかとすぐに返却は不可能なのだ」
「なるほど、それはそうですよね」
千年放置していた家を、留守にしていただけなんて非常識だよね――と、リスティアはお前が言うな的なことを考えた。
なお、考えているだけで言ってはいないのでセーフである。
そもそも、オワータ将軍の対応に腹を立ててシャーロット達にあわせてはいたが、この街にはたくさんの妹候補がいるので、姉に蹂躙されたらリスティアも困るのだ。
という訳で――
「あたしが、その真祖の娘と交渉してあげようか?」
リスティアは提案した。
「それは……可能ならぜひとも頼みたいところだが……出来るのか?」
「黒髪の真祖に心当たりがあるから、たぶん大丈夫だと思うよ」
「真祖の娘に心当たりがある、か。お主はやはり……」
陛下の探るような視線がリスティアへと向けられる。
「あたしは、真祖であることを除けば普通の女の子だよ?」
普通の女の子であると自己主張しつつも、ついでのように真祖であることを名乗る。それを聞いた、シャーロットとウォルター公爵が息を呑んだ。
「ふっ、はははっ。真祖であることを除けば普通の女の子、か。さすがは普通の女の子だ。言うことが普通ではないな」
「……むぅ?」
なんだか、そこはかとなく馬鹿にされてるような気がするよとリスティアは唇を尖らせる。
だが、陛下は笑って、ウォルター公爵へと視線を向けた。
「ウォルター公爵、わしはスタンピード撃退の現場を直接見てはおらぬのだが、報告にあった彼女達の戦闘力に嘘偽りはないのだな?」
「……ええ、戦闘力には嘘偽りございません」
「そうかそうか、戦闘力には嘘偽りはないか」
なにやら、戦闘力にはと強調されている。
もしかしなくても、ユフィアを吹き飛ばしたことは疑われているらしい。ただ、そのうえで追及する気がなさそうだとも理解する。
「リスティアよ、すまぬが真祖との交渉役を頼めるだろうか?」
「うん、もちろんかまわないよ。でも……陛下はあたしに任せて良いの?」
あたしが真祖だとしっても信用できるの? という意味を込めて問いかける。
「真祖にその気があれば、人類は千年前に滅んでいただろう。であれば、真祖だからと不必要に恐れる必要はない。というか、恐れるだけ無駄というモノだ。なにより、わしの孫娘が、噂のお主に憧れているようでな」
「任せてっ。あたしがまるっと解決してきてあげる!」
言うが早いか、リスティアはすくっと立ち上がった。




