エピソード3 自称普通の女の子は、わりと自重しない 6
王城にある会議室。軍務を取り仕切るオワータ将軍に報告をしたシャーロットとウォルター公爵は頭を抱えていた。
今回の顛末について、二人はスタンピードとその黒幕を撃退したのは、正体不明の自称普通の女の子だという噂を広めた。
その噂だけを聞いた者は、S級の事件を、S級の冒険者が解決した程度だと勘違いし、すべてを知っている者はリスティアの正体に思いいたる。
真祖の娘と知ってなお、喧嘩を売るような愚か者はいない。もしいたとしても、自分達とは関係ない。勝手に自滅すれば良いと思っていた。
それが、それがまさか――
「ふんっ、お前がリスティアという小娘か。聞くところによると、スタンピードを引き起こした犯人はお前の身内だったそうだな。一体どう落とし前をつけるつもりだ?」
――将軍がその愚か者だったなんて! と、シャーロットは再び頭を抱えた。
事の発端は数時間前。
シャーロットとウォルター公爵は、将軍を巻き込むつもりであれこれ報告をした。そうして将軍の協力を得て、情報操作をおこなうつもりだったのだ。
そうしてあれこれ話した結果、将軍がリスティアと話したいと言い出した。
結果的に味方をしているとはいえ、自分の目で安全を確認しなければ安心できない。その気持ちは理解できたので、リスティアを王宮に呼び出したのだが……
その結果がさっきのセリフだった。
死にたいのなら、消し炭にでもなんでもなればいい。
だが、国の軍務を担う将軍がリスティアと敵対する。もしリスティアがそれを国ぐるみの敵対行動だと受け取ったら、ウィークヘイムそのものが消し炭になってしまう。
「オワータ将軍、先ほど申しましたが、スタンピードを退けたのは彼女なんですよ?」
「それがどうした? スタンピードを引き起こしたのが彼女の身内であれば、その責任を取るのは当然ではないか」
シャーロットは、どうしてこの人は気付かないんですか、この脳筋っ! なんて感じで心の中で悲鳴を上げつつ、それでもなんとか説得を試みる。
「冷静になって考えてください。彼女と、スタンピードを引き起こした犯人が身内という証拠はどこにもありません」
「……愚かだな」
「はぁっ!?」
「その娘と敵の関係を示す証拠が、報告にはいくつも上がっている。お前達は戦場で直に見ていて気付かなかったのか?」
「……くっ」
こんな奴に愚か呼ばわりされるなんて屈辱ですわと、シャーロットは唇を噛んだ。
「オワータ将軍、私からもいくつか聞いてもよろしいかな?」
シャーロットに変わり、ウォルター公爵が一歩前に出た。
「これはこれは、ウォルター公爵、なにを聞きたいのですかな? 私で良ければ、なんなりとお教えして差し上げますが?」
「まずは……その意見は、国王陛下のお言葉ということでよろしいのか?」
「……いいや。陛下にお伺いは立てておらぬ」
「では、一度お伺いを立てた方がよろしいのではないか?」
「はっ。私は将軍だぞ? この程度の案件で、いちいちお伺いを立てていられるか」
普通ならそうかも知れないが、普通でないのだから確認するべきだ。いや、相手は普通の女の子を自称しているが、自称であって普通ではないのだ。
そんな意図を含んだ言葉はあっさりと切り捨てられた。ウォルター公爵は渋い顔をしながらも「もっともですな」と頷くしかなかった。
「ではもう一つだけ。彼女が敵と身内かどうかはともかく、その恐るべき敵を撃退したのは紛れもない事実だと思うのだが……」
つまりは、虎の尾を踏むつもりなのかという、核心に触れた問いかけ。それに対して、オワータ将軍は鼻で笑って見せた。
「まさか、ウォルター公爵ともあろう方が気付いておらぬとは驚きですな」
「気付く、とは?」
「その娘は、なるほど……報告を見ればたしかに化け物だ」
あああぁぁぁ、それは禁句、禁句ですわよ! とシャーロットが心の中で叫ぶが、もちろん聞こえるはずもなく、オワータ将軍は得意げに続ける。
「しかし、その娘はこうしてウィークヘイムで暮らしている。察するに、同族に追放されたかなにかで、人間の庇護を求めているのだろう。人は一人では生きられぬからな」
人は一人では生きられないかも知れませんが、自称普通の女の子は秘密基地とかいって、地下に街一つ作れるんですわよ! とシャーロットはやっぱり心の中で絶叫した。
だが、口に出して刃向かうことは憚られる。
なぜなら、オワータ将軍はことの重要さに気付いていない。ここで強引に仲裁に入れば、今度はシャーロットに突っかかってくるだろう。
だけど――
「という訳で、リスティアよ。人間の庇護を今後も受けたければ、今回の一件に対する落とし前をつけてもらおう」
「オワータ将軍、どうか考え直してくださいっ」
それだけは不味いと、シャーロットはとっさに割って入った。
もしリスティアが、人間の庇護なんて必要ないよ? なんて小首をかしげた日には、オワータ将軍がぶち切れて、それに対してリスティアが反撃したら今日中に国が滅びる。
そう思って口を挟んだのだが……やはり面白くなかったのだろう。オワータ将軍の苛立った視線がシャーロットへと向けられた。
「さっきから反論ばかりして、爵位も持たぬ貴族令嬢風情が何様のつもりだ」
「わたくしはただ、国のためを思って――」
「黙れっ!」
オワータ将軍が右腕を振り上げ、シャーロットを殴ろうとした。その直後、オワータ将軍の上半身が消し飛んだ。
オワータ将軍の下半身は、それに気付いていないかのようにたたずんでいる。
「……は? え? ……は?」
突然の出来事にシャーロットは混乱する。
「まったく、シャーロットに暴力を振るおうとするなんてダメなんだからね?」
リスティアがぷんぷんと聞こえてきそうな緊張感のない顔でのたまった。それを聞いたシャーロットは、リスティアがオワータ将軍の上半身を吹き飛ばしたのだと理解する。
「リ、リスティア、貴方、なんて、なんてことを!」
「……ふえ? ダメだった?」
「ダメに決まっています! これでは、反逆になってしまいますわっ」
「……ごめんなさい」
リスティアがしょんぼりと頭を下げる。
失敗しましたわ。リスティアが私や子供達に甘いことは知っていたはずなのに。決して手を出さないように言い含めておくべきでした。
シャーロットが反省しても、オワータ将軍が死んだ事実は変わらない。このままではリスティアに味方して国を滅ぼすか、国に味方して共に滅びるかの二択。
いや、国王陛下に直訴という手もあるだろうか……とウォルター公爵と顔を見合わせる。
そのとき――
「それじゃ、元に戻すね」
リスティアが緊張感のない声で言い放ち、魔法陣を展開する。それからわずか数秒で、上半身を失っていたオワータ将軍は元通りの姿になった。
さっきまで死んでいたはずのオワータ将軍が、キョロキョロと周囲を見回す。
「デ、デタラメですわ……」
シャーロットがぽつりと呟き、ウォルター公爵があんぐりと口を開く。
「デタラメだと? 爵位も持たぬ貴族令嬢風情が、身の程を知れ!」
身の程を知るのは貴方ですわっ! と、シャーロットは心の中で悲鳴を上げる。けれど、オワータ将軍は死ぬ直前の記憶を失っているのか、まるで反省する様子がない。
シャーロットを殴ろうとして――再び上半身を失った。
「……リスティア?」
「だって、シャーロットが殴られるのは嫌なんだもん」
ちょっぴり拗ねた顔で言い放つ。この子、可愛いですわね! と、シャーロットはリスティアの可愛さに心を奪われた。
二度目にして状況に慣れる、とんでもない適応能力だった。
「こほんっ。次は殴られないようにしますから、元に戻して頂けますか?」
「はーい」
リスティアはのほほんと足下に魔法陣を展開。再びオワータ将軍を生き返らせた。
そんなオワータ将軍に向かって、シャーロットは「差し出口を申しました」と頭を下げる。
「ふん、分かれば良いのだ。今後は力の差を理解して大人しくしているのだな」
気付いていないとはいえ、二度も上半身を吹き飛ばされているのに、良くここまで強気になれますわね……と、シャーロットは哀れに思う。
しかし、状況が逼迫しているのには変わりがない。
下手にリスティアの味方をしても大変なことになることが発覚したが……このままオワータ将軍に言いたい放題にさせておくのも大変なことになりそうだ。
いや、リスティアが条件を呑む可能性もあるだろうか? 基本おおらかなので、もしかしたらそんな展開も在るかもしれない……と、シャーロットは状況を見守ることにした。
「それで、リスティアよ。答えは決まったのか?」
「ふえ?」
「さっき言ったであろう。人間の庇護を受けたければ、相応のモノを差し出せと」
「あたしは、人間の庇護なんて必要としてないよ?」
ですわよねええええええええええっ――と、シャーロットは顔を覆った。
かつて、絶対的な力で大陸を支配していた真祖の一族。その最強の一族の中でも規格外なリスティアが、人間の庇護なんて必要とするはずがない。
というか、もうやめなさいよこの馬鹿! 人類を滅ぼすつもりなんですの!? 破滅したいのなら、周囲に迷惑を掛けないやり方を選んでいただきたいですわ!
シャーロットはいまにも泣きそうである。
なお、リスティアはリスティアで、シャーロットが泣きそうなのはきっと、この男のせいだと思って苛立っているのだが……それはともかく。
「人間の庇護は必要ないだと? それはつまり、自分が真祖だと認めるということか?」
「え、あたしは普通の女の子だよ?」
「そんな馬鹿な話があるかっ!」
それだけは同感ですわ……と、シャーロットはオワータ将軍の言葉に同意しつつ、一体どうやったらこの状況を丸く収められるのかと考える。
……無理ですわね。
シャーロットはわりとあっさりさじを投げた。
どう考えても、オワータ将軍を説得する手段は存在しない。こうなったら腹をくくるしかないと、シャーロットは覚悟を決める。
「オワータ将軍。単刀直入に申しますが、リスティアに従属を求めるなど無意味ですし、わたくしは賛成しかねます」
「貴様、さっきのことをもう忘れたのか。はっ、馬鹿は死んでもなおらんようだな」
馬鹿が死んでも治ってないのは貴方の方ですわよ! と心の中で叫ぶ。
いっそ、実際に叫ぼうかと思った。
だがそれよりも早く「私もシャーロット嬢に同意見だ」とウォルター公爵が口を挟んだ。
伯爵令嬢でしかないシャーロットはともかく、この国一番の大貴族であるウォルター公爵の言葉はさすがに無視できなかったのだろう。
機嫌そうな顔を隠そうともせず、オワータ将軍は「どういうことか」と問い返した。
「リスティア嬢はスタンピードの群れを撃退した普通の女の子でしかない。その娘に、スタンピード発生の責任を問うなど許容できぬ」
「……くっ」
ギリっと歯ぎしりが聞こえそうな苦々しい表情。だが、反論は聞こえてこない。さすがの将軍もウォルター公爵と真っ向からやりあうつもりはないらしい。
これなら……とシャーロットが思ったそのとき、オワータ将軍が嫌な笑みを浮かべた。
「はっ、普通の女の子か。つまり、お主達は揃いも揃って、普通の女の子に対処できる問題に、わざわざ兵を挙げて駆けつけて、しかもなんの成果も上げなかったという訳だな」
「……それについては、反論の余地がないな」
事実であるとウォルター公爵がため息をつく。
「なるほど。国王陛下の許可も得ずに兵を送り、王都に不安をもたらしたという訳か。なんとも愚かなことだ。お主達にはその責任を取ってもらうことにしよう」
早い話が、リスティアを従属させられないのなら、お前達に責任を押しつけて搾り取るという宣言に等しいのだが……ウォルター公爵とシャーロットは反論しなかった。
シャーロットはもちろん、そしてウォルター公爵も、リスティアに幾度となく助けられているし、なにより大きな利益を得ている。
オワータ将軍の言いなりのなるのは業腹だが、その程度で国が滅びずにすむのなら安い代償だというのが素直な感想である。
「ふんっ。そこまでして庇い立てするか。良いだろう。では、お主達には追って責任を追及する。それまでは兵を引き上げて、自分達の領地で大人しくしておれ」
オワータ将軍が吐き捨てるように言い放ち、踵を返して立ち去ろうとする。そのとき、外から騒ぎが聞こえてきて、会議室に兵士が飛び込んできた。
「なにごとだっ!」
「緊急連絡でございます!」
怒鳴りつけるオワータ将軍の前に、兵士が膝をついた。
「先ほど森の物見台から、真祖の姫君を名乗る娘から最後通牒が届きました!」




