エピソード3 自称普通の女の子は、わりと自重しない 4
秘密基地を目にしたナナミは、リスティア様やりすぎです! と内心で叫んでいた。
秘密基地というよりは、村と言っても差し支えのないほどの規模。そして敷地に立ち並んでいる壮麗なお城は、王都にあるお城よりもずっとずっと美しい。
「……真祖にとっての秘密基地って、楽園とかそういう意味だったりするんですか?」
ナナミは思わずユフィアに聞いてみた。
「まさか。秘密基地といえば、こう……こぢんまりとしたものよ。こんな、真祖が束になっても何ヶ月もかかりそうな施設を秘密基地だと言い張るのは、リスティアくらいだと思うわ」
こぢんまりと手で示したのは大きなお家を現していたが……ひとまず、ユフィアから見てもこの秘密基地が異常なのは事実らしい。
「ユフィアさんから見ても、リスティア様って規格外なんですか?」
「あのデタラメな魔法を見たでしょ?」
「あぁ、やっぱりリスティア様が規格外なんですね。魔法のダブルタスクはともかく、第八階位を二つ同時になんて、どう考えてもおかしいですもんね」
ナナミは常々、リスティアだけが規格外で非常識なのか、それとも真祖全員が規格外で非常識なのか疑問に思っていたのだが……
これでリスティア様だけが規格外で非常識だってことがハッキリしたねと納得した。
ちなみに、魔法のダブルタスク自体はそこまで難しい技術ではない。
真祖であればほとんどの者が使用可能なので、ユフィアは聞き流したのだが、「ダブルタスクはともかくって、ナナミも出来るみたいな言い方ですわね」とシャーロットは首を傾げた。
なお、それがナナミに聞こえていたら、自分がリスティア化していることに気付いて慌てふためいていたところだが、幸か不幸か聞こえなかったようだ。
――そんなこんなで、ナナミ達は観光気分で辺りを散策し、お城の内部へととやって来た。
やっぱり、すべてにおいて規格外。リスティアの孤児院と変わらぬ、最新……というか、他のどこにもないシステムで管理された快適空間がそこにはあった。
「まずは、ユフィアさんの部屋を決めてしまいましょうか」
ナナミが提案する。
「私は別にどこでも良いのだけど……そうね、この部屋にしようかしら」
どこでも良いと言いつつ、ユフィアは迷わずその部屋を選んだ。
「その部屋……なにかあるんですか?」
「このお城、私達が住んでいたお城と似ているのよ」
「実家と似てるってことですか?」
リスティア様は、もしかして実家が恋しかったりしたのかなとナナミは考えた。
なお、実際はユフィアの知っているお城のデザインをしたのがリスティアであることまでは、ナナミはもちろんユフィアも思い至らない。
「間取りも同じみたいだから、意図的なものだと思うわよ」
「……なるほど。なら、そこがユフィアさんの部屋だったんですね」
「そういうこと」
言うが早いか、ユフィアはアイテムボックスから、ベッドや家具を取り出して並べていく。
ちなみに、お姫様ベッドを初めとした、それ系の調度品で纏められている。
「さすが、リスティア様と趣味が似ているんですね」
「――んなっ!? た、たまたまよ、たまたま。別に、リスティアの部屋を真似た訳じゃないんだから、勘違いしないでよね!」
ぷいっと明後日の方を向く。
あまりにも分かりやすい反応だったので、この人もリスティア様が好きなんだなぁと、ナナミは近親感を抱いた。
「というか、ナナミ。感心するのはそこじゃなくて、アイテムボックスだと思うのだけど」
「……ふえ?」
シャーロットの指摘に、ナナミは首を傾げる。
「いえ、まぁ……別に良いのだけど。ナナミ、強く生きなさいよ」
「……ふえ?」
やっぱり自覚のないナナミは首を傾げる。
「……ねぇ、私からも聞いて良いかしら?」
部屋に家具を設置していたユフィアが、作業をしながら話しかけてきた。その視線がナナミを向いていたので、ナナミは「私に答えられることなら」と頷く。
「貴方の身体から、リスティアの力を感じるのだけど、眷属……とは違うのかしら?」
「ええっと……眷属ではないですよ? 自分の意思もちゃんとありますし、血を飲みたくもなりませんし、太陽の光を浴びても平気ですから」
ナナミはいまだに、眷属になると、弱点だらけの物言わぬ操り人形でなると誤解しているので、そんな風に答えたのだが……ユフィアは苦笑いを浮かべた。
「貴方が考えているのは下級ヴァンパイアの眷属ね」
「……真祖の眷属は違うんですか?」
「真祖の力は下級ヴァンパイアとは比べものにならないわ。吸血衝動だってほとんどないし、太陽や流水が苦手なんてこともない。意思はそのままで、真祖に近い身体になるわ」
「そう、なんですか」
自分の思っていた眷属とは違いすぎる――と、ナナミは驚いた。そんなナナミの胸元に、ユフィアが指を添える。
「貴方はリスティアの力を宿しているけど……眷属とは違うみたいね。これは……そっか。ロゼッタお姉ちゃんから聞いてたけど、リスティアはやることが規格外ね」
「えっと……どういう意味ですか?」
「リスティアは自分の血で魔石を作っているのよ。それを、貴方は体内に宿している。だから貴方は眷属にならずに、身体能力や魔力だけが強化されているわ」
「ふえぇ……」
なにかされているとは思ってたけど、そんなことをされていたんだ……と、ナナミはわりとすんなり、その事実を受け入れた。
だけど、その事実をスルーしたのは、それよりも気になることがあったからだ。
その気になると言うことは、ナナミが眷属になることを、リスティアがどうしてそこまでして避けたのかということ。
「あの……真祖にとって、眷属ってどういう存在なんですか?」
「どういう存在? そうね……意見は色々あると思うのだけど……自分の血を分け与えるのは特別なことよ。だから、家族のように大切な存在でなければ眷属にはしないと思うわ」
「そう、ですか……」
ナナミが思い出したのは、リスティアと出会ったときのこと。
もしかして眷属にするつもりなのかと怯えるナナミに、リスティアは絶対眷属にはしないと何度も何度も繰り返した。
「……リスティア様」
ナナミはあの日のことを思い出し、少しだけ胸が苦しくなった。
◇◇◇
翌日、リスティアはシャーロットと共に理事長室へとおもむく。部屋にいたのは疲れた顔のウォルター公爵だけだった。
理事長には退席してもらっているらしい。
「さて……リスティア嬢。昨日なにがあったのか、真実を教えてもらえるだろうか?」
「昨日現れた真祖は、あたしの妹でした。あたしの眠っていた遺跡が荒らされているのを見て、人間がなにかしたと誤解していました」
リスティアはあっさりとその事実を打ち明けた。
ウォルター公爵には事実を話して味方になってもらおうと、事前にシャーロットと話し合って決めていたのだ。
――ということで、事情を聞いたウォルター公爵は天を仰いだ。
「なるほど……つまり、誤解で王都は滅び掛けたのか」
「ウォルター公爵、分かっているとは思いますが……」
シャーロットがさり気なく口を挟んだ。
「むろん、言われずとも分かっている。リスティア嬢はもちろん、その妹を咎めたところで百害あって一理ない。全力で揉み消すしかなかろう」
「……良いの?」
リスティアはコテリと首をかしげる。
シャーロットからは、ウォルター公爵を説得するには、それなりの取り引きが必要になるかも知れないと言われていたからだ。
「リスティア嬢には我が娘に良くしてもらっているからな。国のためにならぬことならともかく、そうでなければ断る理由はない」
「ありがとうございます、ウォルター公爵」
ひとまず、真実を隠すために重要な人物の協力を取り付けることが出来た。しかし問題は、その他大勢と、その報告を聞いた者達をどうやって誤魔化すかである。
そんな風に考えていると、シャーロットが一歩前に出た。
「ウォルター公爵。わたくしは先に戻ったので分からないのですが、昨日のことはどのように噂されているのですか?」
「そう、だな……あの真祖を名乗る娘が滅びたことを疑う者はいないと思う」
「……そうなのですか? かなり突っ込みどころがあったと思うのですが」
「リスティア嬢の力が凌駕していたことに加えて、たった十四人の娘が、五千にも及ぶスタンピードの群れを殲滅したからな」
「あぁ……そうでしたわね。というか、ドロシーまで連れてきて、肝が冷えましたわよ」
「まったくだな」
シャーロットとウォルター公爵に視線を向けられたリスティアはえへへと笑った。なお、なにを言われているのか分かっていないときの誤魔化し笑いである。
「とにかく、スタンピードをリスティア嬢達が殲滅したと言うことは疑われておらん。よって、その妹を匿うことは問題ないだろう。むしろ問題なのは……」
「リスティア、ですわね」
ウォルター公爵がその通りだと頷く。
その横では、リスティアがあたし? と自分を指差していたが二人はスルー。そのままどうやって誤魔化すかの話し合いを続ける。
「真祖と打ち明けるのは……さすがに不味いですわよね」
「襲撃者もまた真祖だからな。事情を知っている者はともかく、なにも知らぬ者達が知ればパニックになるだろう」
シャーロットの呟きに、ウォルター公爵が同意する。
「では、Sランク冒険者として報告させるのはいかがでしょう?」
「Sランク冒険者は、あそこまで人間離れしておらんだろう。なにも知らぬ者達はともかく、ある程度の報告を受けている者が信じるとは思えん」
「それならいっそ、天使と名乗らせるのはいかがでしょう?」
「……たしかに見た目は天使だが、第八階位の魔法は神族すら使えぬというぞ?」
「たしかにそうですが、それは真祖も同じことでしょう?」
二人の話し合いは続く。
横で「あたしはDランク冒険者だよ?」とか、「あたしは天使じゃないよぅ」とか、「どうして真祖は第七階位までしか到達できないなんて言われてるのかな?」とか呟いているリスティアは完全に無視されている。
「うぅむ。なんと説明したものか……リスティア嬢は規格外だからなぁ」
「ええ、本当に型破りで……」
「むーむーむー、二人とも酷いよぅ。あたしは普通の女の子だよ?」
リスティアがふくれっ面で詰め寄った。
そして――
「――それだ!」
「――それですわっ!」
二人にビシッと指を差され、リスティアは「ふえ?」と首を傾ける。
「リスティアのことは、自称普通の女の子で貫きましょう」
「そうだな。なにも知らぬ者達は、身分を隠したSランク冒険者がS級の魔物を退治した程度に思うだろうし、それがおかしいと思う者なら虎の尾を踏むような馬鹿な真似はしまい」
「そうですわね。そして、もし虎の尾を踏む者が現れたとしても……」
「そのような愚か者が自滅しようが、我々に困ることはない、むしろ国のためだろう」
なにやら、リスティアの預かりし知らぬところで――といっても横にいるのだが、話がどんどん進んでいく。
「リスティア、貴方を自称普通の女の子として上に報告いたします。後日、お城から呼び出しが掛かった場合は、同席してもらうかも知れませんがかまいませんか?」
「……お城に行くのは良いけど、あたしは自称じゃなくて、ちゃんと普通の女の子だよ?」
「ええ。もちろんです。上にはちゃんと自称普通の女の子として報告しますから、リスティアは気にせず普通の女の子を名乗ってください」
「……………………うん」
あたしはホントのホントに普通の女の子なんだけどなぁ……と思いつつも、シャーロットに口では勝てないと思っているリスティアは頷いた。
なお、勝てないのは口下手だからではなく、たんに自称が真実でしかないからなのだが……もちろんリスティアは気付かない。
こうして、リスティアは公式に『自称普通の女の子』として認知されていく。
公式が、自称普通の女の子。だが、普通の女の子ではない。




