エピソード3 自称普通の女の子は、わりと自重しない 2
真祖の末娘として生まれたユフィアは、最初から孤独を感じていた。
家族がいなかった訳ではない。
優しい両親と、優しいお姉ちゃん達。ユフィアは生まれたときから可愛がられていた。
だけど――そんな家族が口を揃えて言うのだ。お前は、リスティアに望まれて生まれてきたんだよ――と。
だが、肝心のリスティアは家出中だという。
ユフィアがリスティアに興味を持つのは当然だった。
家族は口を揃えて可愛いの代名詞のような女の子だと繰り返す。
リスティアは可愛い。物凄く可愛い。
姿が、声が、仕草が、性格が、すべてが可愛い。天使のような女の子だから、ユフィアも会ってみればきっと同じ思いを抱く――と。
そんな言葉を何度もなんとも聞かされるうちに、ユフィアは胸が苦しくなった。
だったら、私は可愛くないの?
私は、リスティアお姉ちゃんのためだけに作られた子供なの?
恐くて問いかけることは出来なくて、誰もその疑問には答えてくれない。
だけど、それでも、その頃のユフィアはまだ希望を抱いていた。頑張れば、自分だって認めてもらえるはずだって信じて、リスティアの得意なことを真似るようになった。
でも――
「ねぇ、お父さん。見て見てっ、エンチャントをしてみたんだよ~」
「おぉ、これは凄いな。さすがリスティアの妹だな」
エンチャントを覚えてみても、リスティアの妹だと褒められる。
「ねぇ、お姉ちゃん。ほら、魔法、だよ。第三階位まで使えるようになったんだよ!」
「ユフィアは凄いわねぇ。お姉ちゃん、リスティアのことを思い出しちゃった」
魔法を覚えてみても、リスティアの影がついて回る。
「ねぇ、お母さん。見て見て、武器の扱いも一杯勉強したんだよ!」
「ユフィアは頑張り屋さんね。リスティアは、武器の扱いが苦手だったのよ」
剣術を覚えてみても、結局はリスティアの影が消えない。
ユフィアの心は徐々にひび割れていった。
それでも、リスティアを超えれば、自分だって……そんな風に頑張って頑張って、少しずつ父や姉に追いついて、これできっと私のことも見てもらえるようになる。
そんな風に思っていたある日、家族がユフィアに告げた。
「これ以上リスティアのいない生活は耐えられないわ。だから、私達はリスティアが目覚めるまで、自分達の時を止めることにするわ」――と。
そうして――ユフィアは一人になった。
誰もいない、大きなお城でひとりぼっち。
ユフィアは毎日泣きじゃくった。
◇◇◇
「――だから、だから、リスティアが悪いのっ!」
泣きながら自分の過去を打ち明ける。
ユフィアが可愛くて仕方がないリスティアは、その身をぎゅっと抱きしめた。
「ユフィア……ごめんね」
自分の妹が生まれていた。
そして、妹が自分のせいで苦しんでいた。それらの事実を知ったリスティアは、どんなことをしても、この可愛い妹の心を救ってあげたいと考える。
そのためには、まず人間達の目を誤魔化す必要がある。
シャーロット達なら分かってくれると信じているリスティアだが、他の兵士達までもが同じとは思っていない。
だから、彼らの目を誤魔化さなければ、シャーロット達が困ることになる。
そう考えたリスティアは魔法を起動して、地上からはリスティアが激戦を繰り広げた末に、ユフィアを消し飛ばすという幻覚が見えるようにした。
そうして幻覚のバトルを上映しながら、ユフィアとの会話を続ける。
「いままで辛かったんだね。でも、もう大丈夫だよ。ユフィアに酷いコトをした、お父さんやお姉ちゃんは、あたしがおしおきしてあげるからね」
あたしは貴方の味方だよ。貴方に酷いことをしたのはお父さん達だよ――と、さり気ないかはともかく、責任を父や姉に押しつける。
その効果があったのかどうか、ユフィアは本当……? とリスティアの顔を見上げた。
「もちろん、本当だよ。ユフィアを悲しませる人がいたら、お姉ちゃんがぶっ飛ばしてあげるから。だから、もう心配しなくて平気だよっ」
「ふえぇぇぇえぇ、お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」
「あぁ、よしよし、もう大丈夫だからね」
もうすぐ二百歳って言ってたけど、まだまだ子供なんだなぁとか考えつつ、リスティアは泣きじゃくるユフィアを慰めた。
それから、子供達が問題なくスタンピードを殲滅し終えたことを確認。
更には、誰一人怪我をしてないことも念入りに確認。すべての脅威が去ったことを確認したリスティアは、幻覚魔法で見せている戦いに終止符を打たせる。
でもって――
「シャーロットお姉ちゃ~ん、後のことはお願いね~」
「は? え、ちょっと、リスティア!?」
「また後でね~」
酷い丸投げをして、まわりから見えなくしたユフィアを連れて東の空に飛び去った。
ということで、空を飛んで帰ってきたのは孤児院の自室。ユフィアを席に座らせて、自分はその向かいの席に座る。
「さてさて、色々とお話を聞きたいんだけど……その前に、ユフィアはなにか飲む?」
「えっと……リスティアと同じで良いわよ」
「……あれ? そこはお姉ちゃんと同じ、だよね?」
「だって、私の方が二百歳近く年上だし。さっきは、その……混乱してただけよ」
どうやら、空を飛んでいるあいだに、すっかり冷静さを取り戻してしまったらしい。リスティアはちょっぴりそんな気がしてたよぅと天井を見上げた。
「ま、まあ良いや。ユフィアがどう思おうと、あたしにとって貴方は可愛い妹だからね」
「ふ、ふんっ、勝手に思っておけば良いじゃない?」
そっぽを向くユフィアが可愛い。年上になってしまったとはいえ、実の妹にリスティアはデレデレである。
「取り敢えず、ミルクティーで良いかな?」
アイテムボックスから取り出した、いつか妹が出来たときを夢見て作ったシリーズから、アイスミルクティーを取り出して、ユフィアと自分の前に並べる。
「ありがとう。いただくわ……って、美味しいわね」
「えへへっ、良かったぁ~。いつか、妹が出来たら飲んでもらおうと思ってたんだぁ」
「そ、そう。私はもう、妹じゃないけどね」
ぷいっと視線を逸らすユフィアがやっぱり可愛いと、リスティアは上機嫌になる。
「それで、ユフィアは八百年前に自分の時を止めたって言ってたよね? それまではなにをしてたの?」
「リスティアを…………のよ」
「ふえ?」
「リスティアの封印を解く方法を探してたのよ」
「……あれ? ユフィアはあの封印を解けなかったの?」
「解けなかったわよ。妹なら封印を解けるとか書いてあるのに、私じゃ全然解けなくて、私は妹と認められてないのかって、凄くショックだったわ」
ユフィアが悲しそうに瞳を伏せる。
「そ、それっていつごろの話?」
「えっと……そうね。リスティアの眠る迷宮を見つけるのに百年くらいかかったから、いまから九百年くらい前の話よ」
「あぁぁああぁぁっ」
馬鹿、あたしの馬鹿っ。どうして年下限定にしたのっ! あたしの方が年下になってるじゃないっ! と、リスティアは悲鳴を上げた。
「な、なによ。なにをそんなに嘆いてるのよ?」
「えっと……その、あの封印は、あたしより年下じゃないと解けないようにしてたから」
「……年下? あぁ、それで私には解けなかったんだ。そっか……私が妹と認められてなかった訳じゃないのね」
「ないっ、そんなことは絶対にないからっ」
「そっか……そうだったんだ」
必死に弁明するリスティアを見て、ユフィアが小さく微笑む。
もっとも、動揺しまくっているリスティアは、それに気付かないのだけれど。
「そんな訳で、リスティアの封印をとくには無理だって結論に達したのが八百年前。リスティアが目覚めないとみんなも起きそうにないし、私も一眠りしようかなって思ったのよ」
「……一眠りで八百年は、さすがに寝過ぎだと思うよ?」
「貴方が寝過ぎなのよっ」
「あたしは寝過ごしただけだよぅ」
「言っておくけど、私はリスティアが目覚めるまで自分の時を止めてただけだからね?」
「あはは……」
それはさすがにあたしが悪いかも知れないとリスティアは反省した。
「でも、だったらどうしていきなり襲いかかってきたの?」
「それは、だって……」
「だって?」
「目覚めたらリスティアはいなくなってるし、なんだか迷宮のフロアが破壊されてるし、人間がリスティアのケージを運び去ったのかなって」
「それで襲いかかってきたの?」
「ええ、そうよ。リスティアのアーティファクトの気配が集まってたから」
「あぁ……」
孤児院のみんなやナナミ達にあげたブローチのことだとリスティアは理解した。それらはリスティアがプレゼントしたのだけれど、ユフィアは人間が奪ったと思ったのだろう。
「ブローチは全部プレゼントしただけだから、持ち主を襲っちゃダメだよ? いくらユフィアでも、あの子達に怪我をさせたら許さないからね……?」
「わ、分かってるわよ」
「……約束だからね?」
念を押す。リスティアが防いでいなければ、初撃でナナミやシャーロットやセラフィナが消し飛んでいてもおかしくはなかった。
わりとおかんむりなリスティアである。
「……大丈夫よ、そんな命知らずなことはしないから。というか、リスティアはいま、人間達と一緒に住んでいるの?」
「え? あぁ……うん」
妹が欲しくて欲しくて、だけど妹が生まれないと思った結果、人間の女の子を妹にしようと思った……とユフィアにいう勇気がなくて、リスティアは誤魔化した。
「ユフィアも、良ければあたしと一緒にここで暮らさない?」
「ここで? リスティアが目覚めた以上、放っておけばみんなも寄ってくるだろうし、私はかまわないけど……迷惑じゃない?」
「迷惑なはずないよぅ」
「いや、リスティアのことじゃなくて、仮にも私は人間を攻撃しちゃった訳だし、そんな私とリスティアが一緒に暮らしてたら、色々問題が起きると思うんだけど」
「そうだね。ナナミちゃん達を攻撃したことは、後でちゃんと、ごめんなさいしようね」
「いや、そういうレベルの問題じゃないと思うんだけど……」
リスティアが小首をかしげていると、ユフィアはなにやらため息をついた。
「まぁ、リスティアが大丈夫だって言うなら良いわよ。なにか問題が発生したら、私のことを護ってよね。……その、お……お姉ちゃん」
「もちろんっ、お姉ちゃんにお任せだよっ」
リスティアはお姉ちゃんと呼ばれて上機嫌になるチョロい娘だった。
「それじゃユフィアの部屋を決めないとだね。孤児院の開いている部屋でも良いけど、ユフィアは大きなお部屋の方が良いかな? それだと、地下の秘密基地にあるお城かなぁ~」
リスティアがえへへと笑いながら、あれこれ考える。
そんなとき、リスティアの部屋にある、王都にある学生寮の廊下と繋がる扉が開いた。
そこから入ってくるのは、シャーロット、ナナミ、マリア、そして孤児院のみんな。そのみんなの視線が、ユフィアとお茶を飲んでいるリスティアに集まる。
「……やっぱり、こんなことだろうと思ってましたわ」
シャーロットの呆れた声が部屋に響いた。
「みんな、聞いて! ユフィアには色々と事情があるの。みんなに迷惑を掛けたのは謝るから、だから、許してあげて欲しいのっ!」
ユフィアを背後に庇って、リスティアは両手を広げる。
だけど――
「……ダメです、許しませんわ」
「そうです、許しません」
シャーロットとナナミの無慈悲な言葉が続いた。そして、なにも言わなかったけれど、マリアや孤児院のみんなも、リスティアをじっと見つめている。
そして――
「リスティア、正座」
シャーロットにビシッと言われたリスティアは「あれ、あたし?」と首を傾げた。




