エピソード2 自称普通の女の子は、あんまり自重しない 6
平原で迎撃する予定だったスタンピードの群れが、森の中に戻ってしまった。
一安心と言いたいところだが、王都から近い森に、あれだけの魔獣や魔物が居着いたら、それはそれで大変なことになる。
どうするべきか――と、王都守備隊の隊長であるラッツが考え込んでいると、にわかに背後が騒がしくなった。
「どうした、なにがあった!」
最前列にいるラッツ達には、背後の様子をうかがうことは出来ない。慌てて部下に状況を確認させると「子供ですっ、子供達がありえない勢いで迫ってくるとのことです!」
またもや訳の分からない報告がされた。
しかし、ラッツは仮にも隊長なので、リスティアが現れたときのように取り乱すことは出来ない。まずは冷静に状況を確認するべきだと、自分を落ち着かせた。
「ありえない速度で迫る子供。それは……普通の子供ではないか?」
「いえ、普通の子供とは思えない速度で迫る子供です!」
「そ、そうか。いや、その通りだな……」
ちょっぴりリスティアワールドに染まりつつあったラッツだが、部下に冷静な突っ込みをされることで我に返った。
そしてあらためて考えたラッツは、吸血鬼の伝承を思い出した。彼らは自らの血を与えた者を眷属とする。そうして眷属になった者達は、強い身体能力を得るという。
あの子供達は、真祖の眷属かも知れない。
すぐに迎撃態勢を取らさねばならない。そう思って声を張り上げようとした瞬間、子供達が手を振りながら「リスティア院長~~~っ」と叫んだ。
あの娘の知り合いだろうかとリスティアを見る。
地面に突っ伏していたリスティアは立ち上がり、目をまん丸に見開いている。
「総員、決して手を出してはなりませんっ! あれはリスティアの子供達です!」
シャーロットが声を張り上げる。
ラッツはリスティアの子供という下りを聞いて、こんなに純粋無垢な天使のような娘が、何人も子供を産んでいるだと!? と動揺するが、辛うじて敵ではないことだけは認識する。
「総員、あれは味方だ、決して手を出すなっ!」
ラッツが叫ぶのと同時、セラフィナやウォルター公爵も同時に声を張り上げた。それを復唱する声が徐々に部隊に広がり、混乱していた者達は落ち着きを取り戻していく。
それからほどなく、子供達がリスティアの元に群がった。
冷静に考えれば、リスティアのように年若い娘が、このようにたくさん子供を産んでいるはずがない。普通に考えれば、孤児かなにかを引き取ったということなのだが……リスティアに群がる子供は男女ともに顔が整っている。
戦場に出てくることも含めて、一体どういう存在なんだろうかと混乱する。
「みんな、どうしてここに?」
「「「マリアお姉ちゃんに連れてきてもらったの~」」」
一番年長っぽい娘がマリアなのだろう。子供達とリスティアの視線が集中する。
「……マリア、あたし言ったよね。ちゃんと秘密基地で待ってるようにって」
秘密基地……悪の組織かなにかだろうか? そんな考えが一瞬だけ浮かんだが、それならばウォルター公爵が懇意にするはずがないと否定する。
「ねぇ、どうしてみんなを連れてきたの? もしなにかあったらどうするの?」
リスティアが少し怒った顔でマリアに詰め寄る。
スタンピードが引き返したから問題はないが、そうでなければ今頃ここは戦場だ。
そんな戦場に子供達がいたら、魔獣や魔物に殺されるかも知れないし、そうでなくとも混乱で怪我をするかも知れない。
リスティアが怒っているのは優しい証拠だ。
そう思ったのだが――
「ねぇ、分かってるの? あたしがいないところで灰も残さず死んじゃったら、生き返ることが出来ないんだよ?」
話を聞いていたラッツ達は一斉に首を捻った。
リスティアのいないところで灰も残さず死んだらダメと言うことは、リスティアのいるところなら、灰も残さずに死んでも生き返るんだろうか?
そして、リスティアのいないところでも、灰が残っていれば生き返るんだろうか?
聞いてみたい気持ちもあるが……なんとなく聞くのが恐い。そんな思いを抱きつつ、ラッツはリスティア達の会話に耳を傾ける。
「あのね。私達はリスティア院長にたくさん助けられたから、もう護られているだけじゃ嫌だって思ったの。だから、私達にも、なにかお手伝いをさせてよ」
「……あたしは、みんなに危険なことをさせるために力を与えたんじゃないよぅ」
「分かってるわ。でも……私はリスティア院長とずっといたい。みんなもそう。だから、お願い。私達にも手伝わせて」
その言葉にどんな意味が含まれていたのか……リスティアは目を見開いた。
「……分かった。なら、みんなもスタンピードの掃討を手伝ってくれる?」
「おいおい、嬢ちゃん。子供達にそんな危険な真似を……」
ラッツは思わず口を挟んだ。だが、それに対してリスティアは首を横に振った。
「危険な真似はさせないから大丈夫。……みんなは必ず、二人一組以上で行動して、もし危ないと思ったら、大きな声であたしを呼ぶんだよ」
「「「うん、分かった~」」」
お散歩じゃあるまいし、それでどうやって安全を確保するというのか……というしごく当たり前なはずの突っ込みは出来なかった。
「じゃあ、ボクが一番~」
イヌミミ族の女の子が、森に向かって裏返したピースで瞳を挟んで「キラッ」と微笑んだ。
なんだ、そのあざと可愛い仕草は――と戦慄した瞬間、森の方から轟音が響いた。一体なにがと慌てて見れば、こちらに向かっていた魔物一体の上半身が消し飛んでいる。
理解が追いつかない。
だが、女の子が「キラッ」と叫び、男の子が「薙ぎ払えっ」と叫ぶ。そのたびに、一体、また一体と魔獣や魔物が消し飛んでいく。
わずか十数秒で、スタンピードからはぐれた魔獣や魔物は殲滅させられていた。
まったくもって意味が分からない。けれど、目を擦っても、何度見直しても、こちらに向かっていた魔獣や魔物は全部消し飛んでいる。
「それじゃ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃーい」
手を振って森に掛けていく子供達と、それを見送るリスティア。ぱっとみは普通の、だけど状況を考えると明らかに異常なその行動を、ラッツはただただ見守っていた。
◇◇◇
一方、シャーロットはちょっぴりがっかりしていた。
ミュウの「キラッ」というポーズで放ったレーザー攻撃が羨ましくて、コッソリ仕草を真似してみたのだが、残念なことにレーザーが発射されなかったからだ。
やはり、子供達は特別なんですわねぇ……と、少し羨ましく思う。
だが、いまは羨ましがっている場合ではないと、リスティアに視線を向ける。
「ところで、子供達だけで大丈夫なんですの? 必要なら、わたくし達も突撃いたしますが」
「スタンピードの群れだけならなんの問題もないよ」
「……言い切りましたわね」
国家の危機クラスの災害なのに……とシャーロットは遠い目をした。
「それに、みんながバラバラになると、真祖が出てきたときに危ないから。あたしはここで周囲をサーチしつつ待機してるつもりだから、みんなも待機してて欲しいかな」
「……そういうことでしたのね」
考えてみれば、この場で一番強いのはリスティアだ。そしてさっきの行動やセリフを考えるに、二番目に強いのは孤児院の子供達で、同ランクにナナミ。
そして、大きく水をあけられる形でセラフィナやシャーロット、そして兵士達。
リスティアにとって、孤児院の子供達は戦いを任せるほどの存在であり、シャーロット達は護るべき対象でしかない。
シャーロット達が森に突撃したら、逆に手間が増えるのだろう。それを理解したので、シャーロットは部下に待機を命じる。
だけど……リスティアが自分よりどれだけ優れていても妹に変わりはないけれど、やっぱり護られているだけなのは少し悔しい……とシャーロットは思った。
「ねぇ、リスティア、わたくしも子供達のように……」
身体能力を上げてもらえませんか? と、最後まで口に出来ずに言い淀んだ。
リスティアと肩を並べられるようになるために、リスティアに力を求める。それは果たして正しいのだろうか? と疑問を抱いたからだ。
だけど、リスティアはその言葉の続きを読み取ったのか「もしかして」と呟く。
「シャーロットもあのビームが撃ちたいの? さっきマネしてたもんね」
見られてましたわ!? と、シャーロットは真っ赤になった。
孤児院の子供達や愛らしいリスティアならともかく、わたくしのような大人びた娘が、あの仕草をしていたところを見られてましたわ!
とても驚いたので二回繰り返した。
「……撃ちたいって言ったら、使えるようになるんですの?」
しかし、撃ちたい衝動はわりと強かったらしい。
シャーロットはちょっぴり顔を赤らめつつ尋ねる。
「シャーロットが欲しいならあげるけど……別にレーザー以外でも撃てるよ?」
「そうなんですの? たとえば、どんなのがあるんですか?」
「たとえば、炎……あっ」
リスティアがそこでなにかに気付いたように言葉を呑み込み、イタズラっぽく微笑んだ。
「……なんですの?」
「うん。あのね、こうやって両手を広げて、あたしに向かってリスティアお姉ちゃん。って言ったら、炎が噴き出すのはどうかな?」
「……それ、リスティアにしか使えないじゃないですか。というか、火傷しますわよ?」
「大丈夫、シャーロットの思いを全部を受け止めてあげるからっ」
「意味が分かりませんわ。そもそも、わたくしがお姉ちゃんだから却下です」
「しょんぼりだよ」
シャーロットは、リスティアがお姉ちゃんぶりたがっていることに気付いている。
けれど、リスティアがどんなにシャーロットより優れていても、どんなにお姉ちゃんぶりたがっていても、シャーロットにとってリスティアは可愛い妹分なのである。
なにより――シャーロットは現時点でも色々と護られている。
ここで更にリスティアにお姉ちゃんと甘えて、護られてばかりになるのはシャーロットの望むところではないのだ。
だから――
「レーザーのことはちょっとした好奇心です。シャーロットお姉ちゃんは、可愛い妹におねだりなんてしませんから」
シャーロットは微笑みを浮かべた。
なお、そんなほのぼのとしたやりとりは、周囲に様々な目で見られていたのだが……
結果的には、誰からも突っ込まれることはなかった。
突然、言い知れぬ恐怖が皆を襲い――
「空をごらんくださいっ!」
誰かの叫び声に釣られて空を見上げる。
真っ青な空に少女が君臨してた。
リスティアが現れたときと同じようなシチュエーション……だが、シャーロットを初めとした者達の顔は引きつっている。
風になびく金色の髪に、遠目にも分かるほどに真っ赤な瞳。漆黒のドレスを纏う彼女は、まさしくこの世界を支配する真祖の娘に他ならない。
そう、一瞬で理解させられるほどの殺気を秘めていた。
「お姉ちゃんの迷宮を荒らした盗賊達よっ! 等しく、ここで滅びなさいっ!」
空にたたずむ少女の足下に、巨大な魔法陣が展開された。
魔法陣のサイズには様々な要素がからんでくるが……一番影響力があるのは、魔法陣に使用される魔力量だ。
つまり、真祖の娘が展開した魔法陣は非現実的な――リスティアが見せたどの魔法陣よりも圧倒的な大きさを誇っている。
しかも、その魔法陣が内包している魔法陣は五つ。
第六階位の魔法。
もし攻撃魔法なら、どれだけの威力になるか想定も出来ない。少なくとも、ここにいる者達はすべて消し飛んでしまうだろう。
「ナナミ、リスティアっ!」
みなが圧倒的な力の前に為す術もなく空を見上げている中、シャーロットはナナミを抱き寄せ、更にはリスティアを庇おうと視線を向ける。
そのとき、シャーロットは足下に魔法陣が展開されていることに気がついた。その中心にいるのはリスティアで……悠然と手のひらを天に向ける。
その瞬間、世界は真っ白に染まった。
同時投稿中の新作
『仲間に見限られたがブラコン妹の陰謀だったので、セカンドライフを謳歌できない』
https://book1.adouzi.eu.org/n9533ey/
が、日刊ジャンル別ハイファンタジー看板(5位)に入ったので、支援するために繰り上げ投稿です。
よければ、この機会にぜひぜひご覧ください!
以下あらすじ
幼馴染みを含む冒険者のパーティー。俺は誰よりも仲間に貢献していたはずなのに、ある日いきなり用無しだと追放された。
こうなったら、どこかの辺境でおもしろおかしく暮らしてやる! と、そんな風に開き直ったのだが、すべてはブラコンを拗らした妹の陰謀だった!?
「あはっ、超有能なお兄ちゃんが居なくなってパーティーはぼろぼろだよ。ざまぁ」
「お前のせいだろ!? お前のせいなんだよな? お前のせいだって言えよ!?」
「そうだよ?(きょとん)」
「ちょっとは反省しろおおおおおっ!」
風に乗って届くパーティー敗走の噂。しかも、パーティーの要であるアレン――つまりは俺を除名したのが原因だと、仲間達は嘲笑われている。
「みんな聞いてくれ! あいつらはなにも悪くない。悪いのは(妹を野放しにした)俺だ!」
「アレン……自分を追放した相手になんて寛大なんだ! それに引き換え、アレンを追放したあいつらはまったくもって度しがたい!」
「いや、だから違うんだって!」
「――お兄ちゃん、もう良いじゃない。みんな魔物に捕まったみたいだよ」
うああああっ、罪悪感、罪悪感がぁっ! 辺境でおもしろおかしく暮らしてる場合じゃないよ。助けに、みんなを助けに行かないとっ!
https://book1.adouzi.eu.org/n9533ey/
リンクをコピペか、作者名から投稿リストを経由してご覧ください!




