エピソード2 自称普通の女の子は、あんまり自重しない 5
理事長室を出たリスティアはやる気に燃えていた。なぜなら、この機会に妹がたくさん、たぁーくさん増えるかも知れないからだ。
考えてもみて欲しい。
リスティアが冒険者になったのはそもそも、結果を出せば『お姉ちゃん格好いい!』と、年下の女の子達から、お姉ちゃんとして慕われると思ったからだ。
そしていま、王都にスタンピードが迫り、多くの年下の女の子が恐怖に震えている。
ここでリスティアが活躍すれば、多くの年下の女の子が、リスティアをお姉ちゃんと慕うのは疑いようのない事実である。
「スタンピードには、そのための生け贄になってもらうよ!」
リスティアはおおはりきりだ。
もちろん、やりすぎて怯えられる可能性もある。
だが、リスティアは同じ過ちは繰り返さない。やりすぎないよう、ナナミに同行してもらうので、今度は絶対の絶対に大丈夫だよ! とフラグを立てる。
ちなみに、背後に真祖の娘がいるのなら、それはリスティアの家族で、実に千年と数ヶ月ぶりの再会になるのだが……いまは妹のことしか頭になかった。
わりと薄情なリスティアである。
「ただいまーっ!」
自分の部屋を開け放って叫ぶと、びくりと身を震わせるナナミとマリアの姿があった。
「……あれ? マリアがどうしてここに?」
「え、それはその……」
「避難場所の確認をしてたんだよね?」
慌てたマリアの横で、ナナミがそんなことを言った。
「……そうなの?」
「え、ええ、そうよ。そうなのよ」
「そっか……それじゃ、あたしとナナミちゃんはいまからスタンピードを滅ぼしに行ってくるから、マリア達は大人しく待ってるんだよぅ」
「ええ、もちろん、絶対に大人しく待っているから安心して」
ナナミと同じくらいにマリアを信頼しているリスティアはこくりと頷く。
「それじゃ、ナナミちゃん。敵がどこに来てるか分からないから、そろそろ出撃しよう」
「それなんですが、さっき伝令が来て、森の手前に防衛ラインを敷いているそうで、開戦は三日後になりそうです」
「そうなんだ? うぅん……じゃあ、ギリギリに行こうか」
早く行っても暇なだけだし、シャーロットもまだ来てないみたいだしと、リスティアは開戦間際になったら飛んでいくことにした。
◇◇◇
王都守備隊の隊長であるラッツは、スタンピードの迎撃ラインで緊張していた。
ウィークヘイムは隣国との小競り合いが絶えない国だが、王都のウィーク自体は平和そのものなので、守備隊の実戦経験は乏しい。
隊長であるラッツはさすがに魔獣退治などの経験もあるのだが……彼の部下は浮き足立っている。家族のいる王都を護っているのでなければ、既に逃亡兵が出ていたかも知れない。
それほど、スタンピードが迫るというのは恐ろしい事態だった。
不幸中の幸いなのは……と、ラッツは周囲を見回す。
そこには王都守備隊の他に、大急ぎで駆けつけてくれた各領地の騎士達がいる。彼らは少数ながらも実戦経験が豊富な精鋭部隊だ。
そんな彼らが、この状況でも浮き足立っていない。それが守備隊に安心感を与えていた。
しかし……と、ラッツはそんな部隊の一角に視線を向ける。陣頭に立っているのは屈強な兵士ではなく、ドレスに身を包んだ可憐な少女だった。
「あのように幼い少女まで戦場に駆り出すことはないと思うのだが……」
「あの娘はああ見えてかなりのやり手だぞ」
「ほう、そうなのか……って、ウォルター公爵!? し、失礼いたしました」
自分の独り言に答えた相手に気付いて慌てて頭を下げる。
「そうかしこまらずとも良い。おぬしとて隊長なら堂々としていろ」
「はっ」
さすが、大公爵様は懐が深いと感謝しつつ、ラッツは背筋を伸ばす。
「それで、その……ウォルター公爵は、あの少女をご存じなんですか?」
「あの娘はウォーレン伯爵家のシャーロット嬢だ」
「おぉ、あの方がシャーロット様でしたか」
未曾有の危機に対し、迅速に兵を連れて駆けつけた貴族達の一角。「あんなに可憐な娘だとは思いませんでした」と、ラッツは意外に思って呟いた。
「ふむ。お主は女性蔑視の考え方を持っているのか?」
「いえ。男であれ女であれ、優れている者はいくらでもおります。ただ、彼女は鍛えているように見えませんでしたので」
「ふっ、なるほどな。だが、それなら不思議でもなんでもない。彼女は魔法使いだからな」
「魔法……そうでしたか。それならば納得です」
魔法使いとて、接近されれば近接能力が必要になるが……周囲にあれだけ護衛がいればその心配はない。動きやすい軽装であることも納得だ。
美しいだけの普通の娘に見えたが、その実は魔女の類いであったかと感心した。
「では、あちらの娘も魔法使いなのですか?」
ラッツはもう一角の騎士団の先頭にいる娘を指差した。こちらはドレスではないが、軽装備しか着けていない。一見、駆け出しの女剣士といった出で立ちだ。
「あぁ……あの娘はジュノー辺境伯の愛娘であるセラフィナだな」
「おぉ、彼女はジュノー辺境伯の娘ですか。それはそれは、強いのでしょうね」
「うむ。剣技は学園で主席……いや、次席の腕前で、魔法の腕前もシャーロットに勝るとも劣らないらしい。恐らく、同世代で彼女に勝てる者は一人しかいないのではないかな」
「それは大変心強いですな」
軽装だったのは、魔法剣士だったから。
ラッツの考える強者とは、筋肉隆々の大男、ないし大女だったのだが……見た目が普通でも、その実は獅子の類いと言うこともあり得る、
人は見た目で判断出来ぬモノだなと感心する。
「……そう言えば、さっき次席とおっしゃいましたが、主席はどういった者なのでしょう?」
学園は共学なので、主席は男なのだろうか? 等と考える。
「主席か……主席は……普通の女の子だ」
「……は? 普通の女の子、ですか?」
「うむ、普通の女の子だ」
意味が分からなかった。
いや、見た目が普通の女の子で、その実が獅子の類いの可能性があることは、たったいま、身をもって実感したばかりだ。
しかし、セラフィナがそう評されなかったのに、主席はそう評された。その普通の女の子という言葉には、一体どんな意味があるのだろうと困惑する。
「隊長、あれをご覧くださいっ!」
部下の一人がラッツの元に駈け寄ってきた。
「なにがあった!」
ついにスタンピードが押し寄せて来たのかと生唾を呑み込む。
そんなラッツの前で、部下は真っ青な空を指差した。
「女の子です。空から少女が降ってきますっ!」
「あ? お前はなにを言っている……」
困惑しながら、部下が指差す方を見つめた。真っ青な空に、赤い点がぽつり。よく見ればそれは、赤いドレスを纏った少女が物凄い速度でこちらに降ってくるところだった。
「本当に少女が降って来るだと!? あれが噂に聞く真祖か!? 総員、迎撃態勢を――」
取れと腕を振るう瞬間、ウォルター公爵にその腕を掴まれた。
「落ち着けっ。あれは普通の女の子だ」
「……は?」
「だから、普通の女の子だ。我々の敵ではない」
「は? いや、その……普通の女の子は空を飛ばないと思うのですが」
「なにを言っておる。普通の女の子だからこそ、あのように空を飛んでおるのだ。普通の女の子でなければ、少女が空を飛ぶはずがなかろう」
なにを言われているのか意味が分からなかった。
「よ、良く分かりませんが、とにかく敵ではないと言うことでよろしいのですか?」
「うむ。それは間違いがない。あれは我々が要請した最高の援軍だからな」
やはり良く分からない。
分からないが、敵ではないというのであれば味方を落ち着かさなければならない。ラッツは大声を上げ、あの娘は敵ではないから落ち着けと部下達に伝えた。
その直後、空から降ってきた少女が、ふわりと地面の上に降り立った。
よく見ると、少女は一人ではなく二人。手を繋いだ愛らしい少女達だった。
「普通の女の子が二人……だとっ」
ウォルター公爵がなにに驚いているのかさっぱり分からない。
あまりにも状況が意味不明だが、部下の手前慌てふためく訳にもいかない。状況を確認しようと少女達の動きに注視していると、セラフィナとシャーロットが駆け寄った。
どうやら、あの二人と知り合いのようだ。
だとしたら、あの娘も貴族令嬢なのだろうかと考える。
「彼女はどこの貴族なのですか?」
「だから、普通の女の子だといっておるだろう。そして、今回の作戦の要だ」
「……普通の女の子は作戦の要になったりしないと思うのですが」
「なにを言う。普通の女の子だからこそ、作戦の要になり得るのだ」
やはり良く分からない。
だが、ウォルター公爵に口答えできるはずもない。
どうしたモノかと考えていると「話を聞きに行くぞ」とウォルター公爵が歩き出してしまったので、ラッツは慌ててその後を追った。
「リスティア嬢、良く来てくれた」
「あ、ウォルター公爵、こんにちは~」
リスティアと呼ばれた少女が可憐に微笑む。その姿は普通の女の子と言うよりは天使。少なくとも獅子の類いには見えない。
だが、それを言えば、シャーロットやセラフィナも可憐な少女にしか見えなかった。この娘も実は、というタイプなのだろうかと観察する。
「それで、スタンピードについてだが……」
「うん、だいぶ迫ってきてるね。もうすぐ森から出てくると思うよ」
「分かるのか?」
「うん。わりとばらけずに固まっているね。平原にまとまって姿を現したときに薙ぎ払えば、わりと簡単に処理できると思うよぅ」
なるほど、と思った。
平原でまっすぐ突撃してくる魔獣など、遠距離攻撃の良い的だ。数が多いのでいずれは近付かれてしまうだろうが、それまでに多くの敵を倒せば楽になるのは事実。
言葉にすれば簡単だが、この状況で冷静な判断をする。つまり、この娘は戦術家の類いだったのかと想像する。
けれど――
「では、リスティア嬢に初撃を任せて良いだろうか?」
「うん、大丈夫だよ。思いっきりやっちゃうからねっ!」
二人のやりとりを聞いて、ラッツは自分が思い違いをしていたことに気がついた。
ウォルター公爵が初撃を任せると言うことは、この娘は強力な遠距離攻撃を持っている。つまりは、この娘は戦術家であると同時に遠距離魔法の使い手なのだ。
普通の女の子と評した意味が分からないが……見た目は普通の女の子で、その実が獅子の類い。そのギャップが激しいと言うことかもしれないなと推察した。
そして――
「来ましたっ! 森から魔獣や魔物の群れが現れました!」
誰かが叫ぶ。
見れば、森の切れ目から、ちらほらとスタンピードの片鱗が見え始めていた。そしてその数はどんどんと増えていく。
ここまで到着するにはまだまだ距離があるが……その数の多さに震えそうだ。
「た、隊長、迎撃した方が良いのでは?」
「まだだっ。まだ距離がありすぎる。攻撃の開始は、この娘が魔法を撃ってからだっ! 心配するな。命令に従えば、我々は必ず勝てる!」
ラッツはみなを落ち着かせるように激励を飛ばした。
それに、シャーロットやセラフィナ、それにウォルター公爵までもが、リスティアなる娘に絶対の信頼を置いている。
彼女ならきっとなんとかしてくれるに違いないと、ラッツは信仰にも似た思いを抱く。そしてリスティアの一挙動も見逃さないとその横顔を見つめた。
「わくわく。もうすぐ、妹ちゃん大量ゲットだよ」
……彼女はなにを言っているのだろうか?
良く分からない。分からないが……敵はどんどん迫っている。その数は五千とも言われており、既に平原を埋め尽くすほどだ。
そんな状況でこのお気楽な態度はやはりただ者ではない。ただ者ではないはずだ。ただ者ではない普通の女の子であって欲しい。
まるで自分に言い聞かせるように繰り返す。そうして敵が迫り来るプレッシャーに耐えていると、リスティアが手の甲で漆黒の髪を払いのけた。
「苦しまないように、一撃で殺し尽くしてあげる」
リスティアがにぃっと笑った……ような気がした。その横顔に、言いようのない恐怖を覚えたのは錯覚かどうか。
「スタンピードが引き返していきますっ!」
突然、誰かが叫んだ。
なにを言っているのかといぶかったのは一瞬。ラッツは自らの目で、一斉に反転して行くスタンピードの群れを目にすることになる。
その姿を、ラッツはぽかんと見つめる。
「……ふぇ?」
「変わらずこちらに向かっているのはわずかな個体のみ。他はまるで、なにかから逃げていくように一斉に森へ帰っていきます!」
「ふええぇぇぇえぇっ!?」
状況がまったく把握できない。
スタンピードはもともとなにかから逃げることで発生する。それが急に向きを反転させる。それではまるで、こちら側に真祖が移動してきたみたいではないか。
しかし、そんなことはありえない。
「あうあう。森に入られたら一掃できないよぅ。個別に倒すの大変なんだよぅ」
……というか、この娘はさっきからなにを言っているのだろうか?
良く分からない。良く分からないが……
「ナナミちゃん、森ごと一掃しても良い?」
「ダメに決まってるじゃないですかっ」
「植林、後でちゃんと植林するからぁ~」
「ダ メ で すっ」
「……がっくし」
くずおれて地面に突っ伏するリスティアは……紛れもなく普通の女の子だった。
「植林、後でちゃんと植林するからぁ~」が本日のお気に入りです。




