エピソード2 自称普通の女の子は、あんまり自重しない 4
いざという時は孤児院に逃げるように伝えたりした後。リスティアは王都に向かう前に、孤児院のみんなと顔を合わせていた。
「それじゃみんな、そんなに長い間は留守にしないと思うけど、あたしが王都に行ってるあいだ、大人しくお留守番をしてるんだよ~」
「「「はーい」」」
マリアを含めて、孤児院のみんなが一斉に頷く。もっと不安がられたり、だだをこねられたりすると思っていたリスティアは、ちょっぴり意外に思ってしまう。
「えっと……本当に大丈夫?」
「大丈夫よ、リスティア院長。私達はちゃんと孤児院で、リスティア院長の帰りを待ってるから。絶対絶対、大人しく待ってるから」
「そっか、マリアがそう言うのなら安心だね」
純粋無垢なリスティアはマリアの言葉を信じる。そうして行ってくるねと微笑んで、自分の部屋から学生寮の廊下へ移動した。
「あ、リスティア様っ!」
学生寮の廊下へと顔を出すと、ロビーにいたナナミが飛びついてきた。
「っとと、どうしたの、ナナミちゃん」
「どうしたもこうしたも、王都にスタンピートが押し寄せてくるってっ!」
「あぁ、うん。そうらしいね」
「そうらしいって……知ってたんですか?」
「孤児院の方にも報告が来たんだよぅ」
リスティアは前置きを一つ。
その結果、シャーロットが冒険者や兵を連れて王都に向かってるので、リスティアも合流して手伝うことになったと打ち明けた。
「大丈夫……なんですか?」
「大丈夫だよ。危なくなったシャーロットを連れて逃げるし、無理はしないから」
「いえ、そっちじゃなくて、やらかさないかが心配なんですけど」
「やらかさないよぅ……」
「リスティア様、そのセリフは一度でも、やらかさなかったという実績を出してから言ってください」
「……あたし、そもそもやらかした記憶があんまりないんだけどなぁ」
手品という魔法の言葉で、大抵は誤魔化せていると信じているリスティアであった。
「というか、あたしの心配はしてくれてないの?」
「リスティア様が負けるような可能性も、一応は心配しなくもないこともないような気はしないでもないですよ?」
「……それ、心配してない気がするんだけど?」
ちょっぴり考えて、そんな感じがするような気がしなくもなかった。
「リスティア様になにかあったら私は泣きますよ? でも、街を歩いていたら空からドラゴンが落ちてきて潰されるような可能性まで心配してたら、なにも出来なくなっちゃいます」
「……ええっと?」
「普通に考えて、ないってことですよ」
「うぅん……そうだと良いんだけど」
リスティアは頬に人差し指を添えて呟いた。
「……スタンピートって、魔物や魔獣が数千くらいですよね? リスティア様なら瞬殺じゃないですか?」
「固まってたら一撃だよ。でも、なんか真祖が黒幕かもって」
「え……真祖? ………………リスティア様?」
「ち、違うよ、あたしはなにもしてないよ?」
疑いの眼差しを向けられたので即座に否定する。
「ホントですか? なんかいつもの感じでうっかりとか、そういうことをしてませんか?」
「し、してないよ? たぶん」
「……たぶん?」
「してないよ、してない」
してないはずだよね? と、リスティアは内心でちょっぴり焦りつつ確認する。だけどやっぱり、スタンピートを引き起こすような心当たりはなかった。
「――リスティア様、こんにちは」
こちらを伺っていたのか、ナナミとの会話が途切れた瞬間に声を掛けられる。見ると、レオーネとシエラが歩み寄ってくるところだった。
「こんにちは。レオーネ達はここでなにをしてるの?」
「あたし達は避難計画を立ててたんだよ」
「避難計画……王都から逃げるの?」
「それを悩んでるんでるの。街道の治安も悪化してるし、現時点では逃げる方が安全とは言えないけど、タイミングを逸したら街道が渋滞して逃げることも難しくなるでしょ?」
「あぁ……そっか」
しばらく考えてから、リスティアはぽんと手を打った。
移動は空を飛んだり、そうでなくとも荷物はアイテムボックスに入れてが当たり前のリスティアには、馬車が混雑するという発想がなかったからだ。
「そういうことなら、いざというときはあたしの部屋に逃げ込んで良いよ」
リスティアの申し出に、シエラが首を傾げた。
けれど、レオーネは少し考えた末に、もしかしてと呟く。
「このあいだの孤児院食堂って、もしかして……」
「うん。あたしの孤児院食堂、シスタニアにあるんだよ」
その意味に気付いたレオーネが息を呑んだ。
「もしかして、とは思ってたけど……はぁ、本当にそうだったんだね」
「うん、本当だよ。でも、緊急時以外は秘密にしておいて欲しいかな」
「それはもちろんだけど……え? 緊急時は使って良いの?」
「もちろん良いよ。ただ、扉を通らないサイズの荷物は持ち込めないから気を付けてね」
「あ、ありがとう、リスティア様っ」
レオーネがガバッと頭を下げる。
その横でシエラが「え? どういうこと?」と困惑しているけれど、そっちへの説明はレオーネに任せることにする。
そうしてさっそく計画を見直すと離れていったレオーネ達を見送り、ナナミへと向き直る。
「ナナミちゃんもあたしの部屋を使って良いからね」
「なに言ってるんですか。リスティア様はスタンピートの対処に行くんですよね? 私も一緒について行くに決まってるじゃないですか?」
「えっと……危ないかも知れないよ?」
「だからこそ、リスティア様の側にいますよ」
「ナナミちゃん……」
ナナミちゃん可愛い、良い子、妹にしたい! と、久しぶりに衝動にかられた。
しかし――
「シャーロットお姉ちゃんも心配ですしね」
続けられたナナミのセリフに、幸せの絶頂期にあったリスティアは、フリーフォールのような絶望を味わった。
「えっと……その、ナナミちゃん? あたしのことも、心配してくれてるんだよね?」
「心配してますよ? 一人で行かせたら、なにをやらかすか分かりませんし」
「……しょんぼり」
信用ないなぁと、リスティアはちょっぴり落ち込んだ。
けれど、リスティアはナナミのことを凄く信頼している。ゆえに、自分が一人で行くと、きっとやらかしちゃうんだろうなぁとも思う。
という訳で――
「えっと……ついてきてくれる?」
やらかしたくないリスティアは、ちょっぴり上目遣いでお願いした。
◇◇◇
ブレンダは、理事長室のシステムデスクに向かって頭を抱えていた。
もうすぐ、この王都にスタンピートが押し寄せてくる。それだけでも頭が痛い事態であるというのに、王宮から支援要請を受けてしまったからだ。
要請とは言え、王宮からの要請は命令も同然で、優秀な生徒を選抜して、スタンピートの対処に当たらせろと言う内容。
「私に、生徒を戦場に送り出せというのか……っ」
たしかに、セラフィナのように一般兵よりも遥かに強く、実戦経験を積んでいる者もいる。
だが、大半のモノは戦闘訓練は積んでいても、実戦経験なんて一度もないのが普通。そんな者達が戦場でまともに戦えるとは思えない。生きて帰ってこられれば御の字だろう。
しかし、セラフィナ一人を派遣させる訳にもいかない。一体どうしたらと考えていると、扉がノックされた。
「――いまは取り込み中だぞ、一体なんの用だっ」
少々乱暴に言い放ったブレンダは、秘書の連れてきた男を見て顔を青ざめさせた。
「こ、これは、ウォルター公爵、大変失礼いたしました」
「よい。スタンピートの件で焦っているのはお互い様だからな。……しかし、なぜいまだに生徒達を避難させておらぬのだ?」
「それは……」
ブレンダは手元にある支援要請の書類に視線を落とした。
「ふむ……なるほど。王宮も無茶を言うな」
書類の内容が見えたのだろう。ウォルター公爵が小さなため息を吐く。
「ウォルター公爵のお力でなんとかなりませんでしょうか?」
「平時であれば可能だが、いまは対処に割く時間がない。だが……これはちょうど良かったかもしれんな」
「……ちょうど良かった、ですか?」
その言葉の真意を測りかねて、ブレンダはウォルター公爵の顔をマジマジと見た。
「うむ。私の用件も似たようなものでな」
「……なっ」
それはどういう意味なのかと口にする寸前、再び扉がノックされた。
「おっと、ちょうど来たようだぞ」
ウォルター公爵の指示で秘書が扉を開く。
そこから姿を現したのは、規格外の普通の女の子と名高いリスティアだった。
「失礼します。あたしをお呼びと聞いてきたのですが……」
「呼んだの私だ。リスティア嬢」
「あれ、ウォルター公爵?」
「うむ。元気にしているようだな。リリアンヌが会いたがっていたぞ。気が向いたら顔を出してやってくれ」
「良いの?」
「もちろんだ、いつでも遊びに来るが良い」
「えへへ、じゃあ、今度遊びに行くね」
ウォルター公爵とリスティアのやりとりに、ブレンダはなんとも言えない気持ちになる。
いまや、この国で一番の力を持つといっても過言ではないウォルター公爵家。その当主と、自称普通の女の子との会話。
普通に考えればとんでもなく無礼で、諫めなくてはいけないはずなのだが……ウォルター公爵はどうみても会話を楽しんでいる。
なにを言うべきなのかがまったく分からなくて、ブレンダはしばし静観することにした。
「さて、本題だが……実はこの王都にスタンピートが迫っている」
ウォルター公爵の言葉を聞いてなるほどと思った。
リスティアは普通の女の子として学園に通ってはいるが、正体はこの学園の事件を解決するために送り込まれてきた冒険者。
前回の事件を解決した手際を見ても頼りになるのは間違いないので、リスティアに協力を仰ごうとしているのだろうと、ブレンダは思い至った。
たしかに、リスティアが出てくれるのであれば、ブレンダも応急の支援要請に応えたと言い張ることが出来る。
問題は、スタンピートの撃退という危険な依頼を受けてくれるかだが――
「出来れば、リスティア嬢の力を貸しては頂けないだろうか」
「うん、良いよ~」
これまた、リスティアはあっさりと引き受けた。
「むろん、出来うる限りの礼はさせてもらうつもりだ」
そして、あっさり過ぎてウォルター公爵は気付いていない。
「だから、良いよって」
「……良いのか?」
「うん。実はシャーロットと合流する約束をしてるんだよね」
「なるほど、そうだったのか。リスティア嬢が参加してくれるのなら非常にありがたいが……スタンピートを操っているのが真祖の娘という噂は知っているか?」
「――なっ!?」
思わず立ち上がって声を上げたのはブレンダ自身だった。
真祖といえば、千年前まで大陸を支配していた最強の種族。その力は絶大で、神族や魔族すら敵わなかったと言われている。
そんな化け物が背後にいるとなると、スタンピートなど問題にならない。王都の全戦力をぶつけても迎撃は絶望的な事態だ。
なのに――
「それも、シャーロットから聞いているよ」
リスティアは平然と言ってのけた。真祖の存在を知った上で、なぜそのような反応が出来るのか、この時点で既にことはブレンダの理解を超えていた。
そして――
「ねぇ……もしかして、シャーロットからなにか、聞いてる?」
「……リスティア嬢は、我が公爵家の恩人だ」
続けられたやりとりの真意を、ブレンダはまるで理解できなかった。
「……そっか。背後に真祖が本当にいるかは分からないけど、もし真祖がいるのなら、あたしがなんとか対処してみるよ」
ブレンダはもはや言葉も出ない。
真祖は規格外の代名詞。いくらリスティアが規格外とはいえ、正真正銘の規格外と比べれば、かよわい普通の女の子でしかないく、対処なんて出来るはずがない。
なのに――
「そうか……リスティア嬢がそう言ってくれるのなら安心だ。こちらでも出来る限りのことはするが、どうかよろしく頼む」
「任せてっ。年下の女の子がたくさんいるこの街には、一歩も入らせないから!」
二人のやりとりはトントン拍子に進んでいく。まったくもって訳が分からない。訳が分からないが……なんとなく、違う意味で大丈夫じゃないような気がした。




