エピソード2 自称普通の女の子は、あんまり自重しない 2
ギルドの会議室。
リスティアとシャーロット、二人だけの会議は続く。
「リスティア。真祖である貴方にいくつか聞きたいことがあるのですが、かまいませんか?」
「……うん? もちろんかまわないけど、なにを聞きたいの?」
「まず……貴方はあの無銘シリーズの作者である、真祖の末娘で間違いありませんか?」
「真祖の末娘なのは事実だけど……無銘シリーズ?」
なんだろうと、リスティアは首を傾げる。
「無銘シリーズというのは、優れた芸術性を持ちながら、ずば抜けた紋様魔術の効果、更には自己修復機能を兼ね備えた、銘の入っていないアーティファクトのことです」
「……あたし、そんな凄いモノを作った記憶がないんだけど?」
「なら、オークションのブローチや、孤児院のあれこれの作者は?」
「あたしだけど?」
なぜか「この無自覚娘は……」と呆れられてしまった。
「あ、そうだ。それ、ちょっと貸してくれる?」
リスティアはシャーロットの胸に輝くブローチを指差した。それは、以前リスティアがプレゼントしたモノである。
「え? ええ、もちろんかまいませんわよ」
シャーロットがブローチを取り外して、リスティアに差し出してくる。それを受け取ったリスティアはブローチの魔石を外すと、自分の血で作った小さな魔石と交換する。
「ところでシャーロットは、戦うときってどうやって戦うの?」
「え? わたくしは魔法がメインですわね。といっても、第二階位までしか使えませんが……なにをやらかすつもりですか?」
「やらかさないよ、普通にエンチャントするだけだよ」
リスティアは魔法陣を展開。従来の状態異常の無効化と傷の再生に加えて、魔力を操る能力の向上と自己修復機能を追加した。
「かんせーい」
そう言ってシャーロットの胸元にブローチを飾る。
「ありがとうございます。……で、もう一度聞きますが、なにをやらかしたんですか?」
「以前からあった状態異常の無効化と傷の再生の他に、魔法を使いやすくしたのと、自己修復機能を追加しただけだよぅ」
「……十分やらかしていますわよ」
「ふえぇぇ」
最近はやらかしているとか言われる機会が減ってきた――と、リスティアは思っていたので、シャーロットにそんな風に言われてちょっぴりショックを受ける。
なお、ちょっぴりしかショックを受けなかったのは、シャーロットが嬉しそうだからだ。
「なんにしても、ありがとうございます。リスティアの気持ちは凄く嬉しいですわ」
「えへへ、良かったぁ」
リスティアはふわりと微笑んだ。
「シャーロットが喜んでくれるのなら、これくらいいくらでもあげるよ」
「……本当、ですか?」
「え? うん、本当だけど……なにかあるの?」
「実は最近妹が拗ねていて、なにかプレゼントをしたいと考えていたんです」
「あぁ、それならおそろいのブローチを作ってあげる……って、妹?」
「ええ、妹です」
「さっきの話は、嘘じゃなかったの?」
「ええ、嘘というのが嘘ですわ」
シャーロットがしれっと言い放つ。
「ええっと……でもでも、さっきの話が本当なら、死んじゃったんじゃないの?」
「わたくし、死んだとは一度も言ってませんわよ?」
「ふぇ?」
言われて思い返す。『傷は深くて、そのまま……』と、『心配したまま眠りについた』とは言ったが、たしかに死んでしまったとは一度も言っていない。
「ただ、それが切っ掛けで色々あって妹と違う街で暮らしているので、寂しい思いをさせているんです。だから、なにかプレゼントをと考えていまして……ダメですか?」
リスティアは「ダメじゃないけど……」と、なんとも言えない顔をした。
だが、すぐに思い直す。
シャーロットの妹なら、間違いなく性格も外見も可愛い、最高の妹に違いない。
そして、シャーロットとリスティアは同い年なので、シャーロットの妹は自分にとっても妹と言える。未来の妹ゲットだよ! と、リスティアは興奮した。
「よーし、それじゃブローチを作るね!」
「……なんか、急に元気になりましたわね」
シャーロットが困惑しているが無視し、先ほどと同じブローチを色違いで制作。裏にはさり気なく、『シャーロットお姉ちゃん&リスティアお姉ちゃんより』と文字を刻んでおく。
「はい、それじゃ、あたしの妹ちゃんによろしくね!」
「……貴方のではありませんが。ありがとうございます。いつか、お礼をいたしますね」
「お礼なんて良いよぅ」
いつか、その妹ちゃんに会わせてくれたらそれで良いと、声には出さずに強く願う。声に出しておけば必ず叶うのに、わりと詰めの甘いリスティアであった。
「話を戻しましょう。貴方が真祖の末娘であることは間違いなさそうですわね。差し支えなければ、千年前になにがあったか、わたくしに教えてくださいませんか?」
「……千年前になにがあったか?」
「ええ。千年ほど前に真祖の一族が姿を消した理由が分かれば、王都を攻めようとしている娘が本当に真祖なのか、本物ならなにが目的なのか、分かるかも知れませんから」
「うぅん、真祖の一族が姿を消した理由かぁ……」
リスティアはどう答えれば良いのかなぁと考え込んだ。
「なにか、言いにくい事情があるんですか?」
「んーっと。言いにくい訳じゃないんだけどね。あたしが最初に姿を消したから、他のみんなが姿を消した理由を知らないんだよね」
「なら、リスティアが姿を消した理由はなんなんですか?」
「えっと……その……家出したの。お父様と喧嘩して」
「喧嘩して家出、ですか。それで、その後になにがあったんです?」
「うっかり千年ほど寝過ごしちゃった」
「……………………はい?」
シャーロットが、この子はなにを言っているんですかしらと言いたげな顔をする。
「だから、ね。お父様が反省するまでしばらく家に帰らないぞって思って自分の時を止めたの。最初はすぐに起こされるつもりだったんだけど……誰も起こしてくれなくて」
「それで、気付いたら千年経っていたと?」
「うん、そうだよ?」
「………………………………なんかもう、そんなことまで規格外なんですわね」
シャーロットが遠い目をする。
「ええっと……なんか、役に立てなくてごめんね?」
「いえ、まぁ……色々と予想外でしたが……予想外であることが普通。ゆえに一般的な普通で考えるべきではないと言うことが分かりましたから」
「……あたしは普通の女の子だよ?」
「あなたは真祖の末娘でしょうに」
「……真祖の末娘なだけの、普通の女の子だよ?」
「真祖の末娘は、人間にとって普通の女の子ではありませんわよ?」
「……普通じゃないことを除けば、普通の女の子だよ?」
リスティアは可愛らしく小首をかしげて言い放った。
「それにしても、リスティアの家族が消えた理由が分からなければ、王都を攻めようとしている娘が真祖かどうかの判断も難しいですわね」
「むぅ~」
スルーされたリスティアは唇をとがらせる。
「ねぇ、リスティアは同族を察知するような能力はないんですの?」
「むーむーむー」
「リスティア?」
催促されて、リスティアはため息をついた。イジワルをするシャーロットに対して大人の対応をする。これぞまさしくお姉ちゃんと考えたからだ。
もっとも、そもそも前提が間違っているのだが、それを指摘する者はいない。
「えっと……相手が大きな力を使えば、それを察知することは出来るよ。でも、いまのところ、そう言った兆候はないかなぁ」
「大きな力というと?」
「高位の魔法を使うとか、普段は押さえている力を解放するとか、かな?}
「なら、リスティアが、王都でそういう力を使ったことはありますの?」
「ええっと……そんなに大きな力を使った記憶はないと思う」
「……本当ですか?」
「うぅん……」
相手がリスティアの家族で、リスティアが目当てである可能性を考えているのだろう。それに気付いたリスティアは、ここ最近の行動を思い返す。
王都でやったことと言えば、ドロシーの魂を身体から引きずり出して新しく使った身体に移し替えたり、某子爵家の当主達をおしおきした程度である。
「絶対に察知されてないとは言い切れないけど、あたしが目当てならシスタニアに来るんじゃないかなぁ? こっちでなら、結構魔法とか使ってるし」
「なんだか聞き捨てならないことを聞いた気がしますわ……」
シャーロットがこめかみを引きつらせた。
「えっと……家族があたしに会いに来ただけなら、街に被害を及ぼしたりしないよ?」
「いえ、わたくしが気にしたのはそっちではなく……いえ、まぁそれは良いでしょう。とにかく、リスティアに会いに来たという線はなさそうですわね」
「だと思うよ。あたしの気配を察知したのなら、すぐに飛んでくると思うし」
この時点で、リスティアの前に現れていないことが、別件である可能性を示唆しているということ。それを聞いたシャーロットは、なるほどと頷いた。
「こうなってくると、真祖の娘であることも疑わしいですが……スタンピートを引き起こすほどの相手だと考えれば、どのみち厄介なことには変わりませんわね」
シャーロットは一度言葉を切って、リスティアの顔を覗き込んできた。
「……貴方なら、勝てますか?」
「お父様やお姉ちゃんが相手なら無理だよ。でもそれ以外なら……神様は無理だけど、それ以外ならなんとかなるんじゃないかなぁ」
「……またこの子は、さらっととんでもないことを」
「ふえ?」
「なんでもありません。とにもかくにも、力を貸していただけますか?」
「うんうん。どっちにしても、魔獣や魔物は退治しないとだもん」
シスタニアの街はもちろん、王都にも年下の女の子――つまりはリスティアの妹候補はたくさんいる。そんなところに魔獣や魔物が押し寄せたら大変である。
スタンピートはあたしが殲滅するよ! とリスティアは闘志を燃やした。
「リスティアがそう言ってくれるのなら安心ですわ。ひとまず……わたくしはお屋敷に戻って、連れていく兵の選抜を始めます。リスティアはどうします?」
「あたしは……ちょっと色々してから行くよ。だから、現地集合で良いかな?」
「かまいませんけど……私のいる場所が分かりますの?」
「シャーロットが宿す魔力の波長は覚えているし、魔導具の波長も分かるから、シャーロットがどこにいても大丈夫だよ」
「そうですか。では、現地集合と言うことで」
「リスティア院長、なにがあったの?」
孤児院に戻ると、マリアを初めとした子供達が駆け寄ってきた。
とくに、マリアはリスティアが真祖の娘であることを知っているからだろう。凄く心配そうな顔をしている。
「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。王都にスタンピートが迫ってるらしいけど、このシスタニアの街に向かってる訳じゃないから、ね」
みんなを安心させるように、出来るだけ穏やかな微笑みを浮かべる。けれど、子供達の顔から不安は払拭できなかった。
それどころか、不安げな色が先ほどよりも濃く滲んでいる。
「ホントのホントに大丈夫なの?」
ミュウが不安げに、リスティアの服の袖を掴んでくる。その仕草があんまりにも可愛すぎて、リスティアは思わずミュウの身体を抱きしめた。
「……リスティア院長?」
「大丈夫、心配しなくて大丈夫だよ。みんなを危険な目になんて絶対に遭わせない。ちゃーんと、あたしがみんなを護るから。ほら、みんなもおいで」
不安がっている子供達を集めて、一人一人をぎゅっと抱きしめていった。なお、その内心は『わぁい、あたしちゃんとお姉ちゃん出来てるよぅ』とご満悦である。
という訳で、みんなを慰めるという体で可愛がり倒した後。
「それじゃ、今日はもう遅いし、みんなはお風呂に入って寝るんだよぅ」
子供達をそれぞれの部屋に帰す。
でもって――
「マリアはこっち。ちょっと手伝って欲しいことがあるから、あたしの部屋に来て」
マリアをどさくさに紛れてお持ち帰りした。
「……それで? マリアはどうしていまだに不安そうな顔をしているの?」
自分の部屋。マリアをベッドサイドに座らせたリスティアは、その向かいに立って、マリアの不安げな顔を覗き込んだ。
「あたしは、マリア達を絶対に護るよ? あたしのこと、信じられない?」
マリアは首を横に振った。
「そうじゃない。そうじゃないわ、リスティア院長」
「なら、どうして不安そうなの?」
「リスティア院長が心配なの。私はリスティア院長が護ってくれるって信じてる。だけど、だからこそ、私達のためにリスティア院長が無理をしないか、心配なのよ」
「……マリア。心配してくれてありがとねっ」
リスティアは感極まってマリアを真正面からぎゅっと抱きしめた。
「ひゃうっ。ちょっと、リスティア院長?」
胸に抱き寄せられたマリアが藻掻くが、リスティアは放さない。
「大丈夫だよ、マリア。あたしは無理なんてするつもりはないから」
「……本当? なら、私達と一緒に孤児院にいてくれる?」
「マリア……」
リスティアはマリアが心配していた本当の理由をようやく理解した。
リスティアが王都でスタンピートや、真祖を名乗る娘と相対すると決めていることを、マリアは察しているのだ。
「ねぇ、お願いだから危ないことをしないでよ」
「うぅん……さっきも言ったけど、危ないことをするつもりはないよ。もし、相手があたしよりも強かったら、みんなを連れて逃げちゃうから、ね?」
実際のところ、リスティアはあんまり心配していない。自分よりも強い身内の心当たりはいくつかあるけれど、自分より強い敵となると心当たりがないからだ。
「じゃあ……絶対に私のところに帰ってくるって約束してくれる?」
「うん、もちろん約束するよ」
「……分かった、だったら信じて待っててあげる。リスティア……ぉ…………が帰ってくるまで、ずっとずっと待ってるから」
「ふえっ? いま、なんて言ったの!?」
もしかして、お姉ちゃんって呼ぼうとしなかった!? と、リスティアは胸を高鳴らせる。
「な、なにも言ってないわよ」
「嘘だよ、いま『リスティア……ぉ…………』って言ったよね!?」
マリアを抱きしめならが、ねぇねぇなんて言ったの? と迫る。
「あぁもう、リスティア院長のおっぱいが邪魔って言ったのよっ」
どーんと腕を押されて引き剥がされた。
「暑いんだから、抱きつかないでよ」
「でも、この部屋の空調は完璧……」
「リスティア院長?」
「はーい」
マリアを怒らせたい訳でも追い詰めたい訳でもないので、リスティアは素直に引き下がる。
「まあそれはともかく、みんなを護るための準備をしなくっちゃね」
「みんなを護るって、なにをするつもりなの?」
「うん。実はこのまえ、この街の地下を掘って秘密基地を作ったの。だから、そこにみんなを収容できるように調整しようかなって」
「……えっと、ごめん。意味が分からないんだけど」
「秘密基地って、憧れるよね?」
「……ごめん、やっぱり意味が分からないわ」
リスティアの言葉に首を傾げるマリアは……まだ普通の女の子だった。




