エピソード1 自称普通の女の子は、孤児院食堂を生徒に紹介する 4
孤児院食堂が閉店になって、お店の後片付けを終えたマリアはリスティアに呼び出されてフロアに向かった。
フロアには既に、リスティアと孤児院のみんなが勢揃いしている。
「あ、来た来た。待ってたよ~」
「おまたせ。それで……今度はどうしたのよ?」
出迎えてくれたリスティアに向かって問いかけながら、マリアは空いている席に腰掛けた。
「実はね。学園祭で孤児院食堂の出張店を出すことに決まったんだよっ」
「……学園祭、なに?」
子供達が一斉に首を傾げた。最近はリスティアやドロシーに読み書きなどを習っているが、その辺の知識は皆無である。
そんな子供達に、リスティアが学園祭の説明をする。
「ふわぁ……お祭りなんだ。ボク、行ってみたい!」
「俺も俺もっ!」
「私も行きたいっ」
子供達がこんな風にわがままを言う。それは、少し前までは考えられなかったことだ。
孤児院は貧乏で、日々の食事をするのが精一杯で、遊びたいなんて、願うことすら許されなかった。それが、いまはこんな風にみんながはしゃいでいる。
本当に、リスティア院長のおかげよね――と、マリアは深い感謝の気持ちを抱く。
「心配しなくても、みんなお祭りに参加できるようにしてあげるよぉ~」
「ホント!? やった――っ!」
「ホントのホントだよ。ただ……今のままだと、危ないと思うんだよね」
「……危ないって?」
リスティアのさり気ない一言に、マリアは思わず口を挟んだ。
「うん。ほら……このあいだ、ミュウがブローチを手放して危ない目に遭ったでしょ? だから、今のままだと危険だと思うんだよね」
「……危険かなぁ? もともと学園祭なんて、危険な場所じゃないわよね? それに、ブローチを手放さないようにすれば良いんじゃないの?」
「それじゃダメだよ」
「ダメなの?」
「ダメなんだよぅ~」
一生懸命に訴えかけるリスティアが可愛い――と、マリアは不謹慎なことを思った。
とは言え、メイド服を来た天使が上半身を乗り出すような体勢で、背中の方に伸ばした腕をぶんぶんと振っている姿は……端的に言って可愛い。
マリアが可愛いなぁと思うのも無理からぬことだろう。
「マリア、聴いてる?」
「あぁうん、聞いてる聞いてる」
聴いてはいないけど――なんて思いながら、マリアは次にいうべき言葉を思い浮かべた。
「ねぇリスティア院長、言いたいことは分かったけど……どうするつもりなの? 危険だから、みんなを学園祭には連れて行かない――って言いたい訳じゃないのよね?」
「それはもちろん。みんなはちゃんと連れて行くよ。安全を確保してから」
「その、安全を確保する方法って?」
「ブローチに頼らなくていいように、みんなの身体能力を強くするの」
マリアは思わずこめかみを押さえた。
「あ~リスティア院長、もう一回言ってくれるかしら?」
「だから、みんなの身体を改造――じゃなかった、強化するんだよ」
いま、改造って言わなかった? ――と訊く子供は一人もいない。子供達はみんなリスティアを心から信じているので、そんな些細な問題にはこだわらないのである。
だけど、マリアは他の子供達と比べて世間というモノを知っている。
だから――
「改造は別に良いんだけど、ブローチなしであれだけの力を出せるようになったら、人間と言えなくなると思うんだけど?」
マリアは冷静な突っ込みをした。
重ねて言うが、改造が既に非常識であることに突っ込む人間はこの場にはいない。
「病弱なみんなを、人並みにするだけだから大丈夫だよぅ」
「いや、あの力のどこが人並みなのよ……?」
「でも、あたしに初めて出来た友達は、素手で岩を割るくらいは出来たよ?」
「……それは人間じゃないと思うんだけど」
「ちゃんと人間だよぅ」
なお、マリアは真祖ではなくとも、魔族とか神族とかだと思っているのだが……実際に人間で、ウィルダーネス子爵家の初代様のことだったりする。
「とにかく、あたしはみんなが危ない目に遭ったり、痛い目をしたりするところを見たくないの。だから……ね? あたしに、みんなの強化をさせてくれないかな?」
リスティアが真剣な顔でお願いしてくる。それに否を唱えるような普通じゃない嗜好の持ち主は、この孤児院には一人もいなかった。
そんなこんなで、リスティアの部屋。
マリアは一糸まとわぬ姿で、リスティアが設置した祭壇の上で寝かされていた。
「ね、ねぇリスティア院長、さすがにこの姿は恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしがることなんてないよ。マリアの身体はとっても綺麗だから」
「……そんなこと、ないわ。だって、私は、あいつらに穢されて……」
リスティアから顔を逸らすように横を向く。
「もぅ、言ったでしょ? その身体は綺麗にしたって。ちゃんと、乙女の証だって元通りにしたから、なにひとつ恥じることはないよ」
「……え?」
マリアは思わず硬直した。そして、徐々にその顔が赤くなっていく。
「ねぇ……改造って、なにをするの?」
恥ずかしさを誤魔化すように、マリアは話を元に戻そうと試みる。
「えっとねぇ……あたしの血を、みんなに与えようかなって想ってるの」
「え、それって眷属になるんじゃないの?」
「普通に血を飲ませるとそうなるんだけど――」
リスティアは一度言葉を切ると、右手の上に小さな黒い魔石を出現させた。
「……それは?」
「あたしの血で作った魔石だよ。これをみんなの体内に埋め込むつもりなの。あたしが真祖であることを、他のみんなは知らないから、詳細は秘密のまま、ね」
「……その魔石を埋め込むとどうなるの?」
「ブローチと同じ効果を、体内で発生させるんだよぅ」
「それだけ?」
「それだけだよ?」
「なら、問題ないわね」
問題ないらしい。
もっとも、他者からどんな風に写ろうと、本人が問題ないというのならそうなのだろう。
――ということで、リスティアによるマリアの魔改造が始まった。
「まずは、全身の身体を衝撃に耐えたり大きな力を出せるように作り替えて……」
リスティアがマリアの身体に手を添え、足下に大きな魔法陣を出現させた。
マリアは、触れられた部分が熱を帯びていくのを感じる。
「でもって……あとは身体に紋様魔術を刻んで――最後に魔石を埋めるね」
リスティアが魔石を、マリアのおへその下辺りに押し当てた。
「それじゃ――行くよ」
「――んっ。魔石が、私の中に……入ってくる」
リスティアの血で作った魔石が、マリアの中へと沈んでいく。その瞬間、マリアは熱に浮かされたような感覚を抱き、その身を震わせた。
「はい。これでマリアは晴れて普通の女の子だよ」
「はあ、はぁ。……その結論はどうかと思うけど、たしかにブローチをつけているときと同じような、高揚感があるわね」
祭壇から降り立ったマリアは、近くに脱ぎ捨ててあった衣類を身に着けていく。
「なら大丈夫だね。これで、ブローチは必要なくなった訳だけど、どうしよう?」
「えっと……そのブローチが凄く貴重なものだっていうのは分かってるけど、リスティア院長からの初めてのプレゼントだから……」
出来れば回収しないで欲しいと、マリアは控えめにお願いする。
「そんな風に言ってくれると嬉しいなぁ。なら、能力を他の能力に書き換えよう」
「能力を書き換える?」
「うん。いまのマリアに役に立つような能力にするよ。それなら問題ないでしょ?」
「えっと……うん」
マリアとしては、初めてのプレゼントが手元に戻るのなら問題ないと頷く。
「それじゃ――いっくよ~」
そのとき、マリアが見たのは魔法陣を七つ内包した魔法陣。神ですら到達できないと言われている第八階位の魔法だった。
「はい、完成だよ~。つけてみて」
服を着終わったマリアは、リスティアに手渡されたブローチを胸襟に装着する。
「……とくに、以前みたいな変化は感じないのね。どんな効果なの?」
「えっとね……まずは空調と、赤外線の割合カット、後はパンチラ防止の光を放つレーザー級だよ。あたしの洋服に掛けているのと同じ三点セットだね」
「……それなら、そこまで目立たないわね」
リスティアの服の効果は知っているので、マリアは少しだけ安心した。
だけど――
「それと、こうやって……キラッて言ってみて?」
リスティアが裏返したピースをして、それで右目を挟むような仕草をした。なにその可愛い仕草は……と思いつつ、マリアはリスティアのマネをする。
「えっと……こうかしら? ――キラッ」
マリアが可愛くポーズをとって呟く。
――刹那、マリアの瞳からレーザーが照射。リスティアのすぐ横を打ち抜いて、砲撃にも耐えうるリスティア印の壁を大きく削り取った。
「なななっなによこれ!?」
慌てて手を離すと、レーザーも止まる。
「ちょっと、リスティア院長、いまのはなに!?」
「なにって……護身用のレーザーだよ。男の子の場合は右手を突き出して『薙ぎ払えっ!』って言うと発動するの」
「もう、なんか……どこから突っ込めば良いのか分からないんだけど……護身用?」
「うん。護身用。だから、オリハルコンに穴を開けるくらいの威力しかないよ?」
「十分物騒よっ! そもそも、うっかり発動させたら危ないでしょ?」
「……こんなあざといポーズ、普通はしないと思うけど」
「いま思いっきりさせられたわよっ!」
「ふみゅ……」
――結局、仕草とセリフの他に、明確な意志がなければ発動しない仕様になった。
なお、機能自体をなくすという結果にならない辺り……色々アレである。
――翌日、孤児院食堂には変わらず客達で溢れていた。
そして――
「先日はすまなかった! もう決して失敗はしないから、またブローチを見せてくれ!」
妹メイドなウェイトレス、イヌミミ族のミュウの前で、例の科学者が土下座している。前回の件で厳重注意をされたはずなのだが……反省はしても自重はしていないようだ。
それに対して、心優しいミュウは、頼まれるとなかなか嫌と言えない性格なのだが……このときはふるふると首を横に振る。
「ダメなの。リスティア店長に、ブローチを人に貸すことを禁止されちゃったから」
「なん、だと……っ」
研究者達が一斉にリスティアを見る。
その視線に気付いたリスティアが一瞬、どうしたの? と言いたげに小首をかしげ、それから「あぁ」と声を上げた。
「そんな顔しても、ここは孤児院食堂であって、それ以外のお店じゃないんだからね? 調度品を観察するくらい許すけど、あたしの大切な子供達にちょっかいを掛けちゃダメだよ」
リスティアに大切な子供達と言われ、ミュウはにへらと笑みをこぼした。
「そこをっ、そこをなんとかっ! 彼女達の持つブローチは、どう考えてもアーティファクト級。それも、同じものをいくつもなんて、過去にも滅多に例がないんだ」
「……まあ、普通は何個も作る必要なんもんね」
「そうだろう? それなのに、いくつもある。なにか特別な理由があるはずなんだ!」
なお、特別な理由もなにも、みんなに一人一つ作っただけのことである。彼らはブローチを作ったのがリスティアだとは夢にも思っていないので、当然の反応ではあるのだが。
「とにかく、ダメなモノはダメ。それに、昨日までブローチに込めていた効果は消しちゃったから、どっちにしても研究は出来ないよ?」
「ど、どういう意味だ!?」
「魔石を交換して、前の効果を破棄したんだよ」
「ば、馬鹿、な! なぜそのような愚かなマネを……」
研究者達がくずおれた。
なお、そのやりとりを見守っていたリスティアファンクラブの者達が、天使を愚か者呼ばわりした真の愚か者達に敵意を送る。
でもって、ミュウが裏ピースを目元に添えて可愛らしくポーズを決める。そのあまりの可愛さにリスティアファンクラブの者達は怒りを忘れた。
なお、その決めポーズに、キラッというセリフが加わっていたら、彼はこの世から消えていたのだが……他の子供達が寸前で止めたことで事無きを得たようだ。
様子を見守っていたマリアはホッとため息をつく。
ひとまずは、これで解決かな……と、マリアは安堵したのだけれど、その瞬間、孤児院食堂の入り口が乱暴に開かれ、ギルドの受付嬢であるモニカが飛び込んできた。
そして――
「リスティア様、すぐにギルドに来てくださいっ! 真祖が、真祖の娘がこの国に宣戦布告してきたんです!」
告げられた言葉に、リスティアがこてりと首を傾げた。
仲間に見限られた俺と、家族に裏切られた彼女の辺境スローライフ
一章が完結しました。
現実逃避のスキルを使って田舎町を復興していく物語。この機会にぜひご覧ください。
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