エピソード1 自称普通の女の子は、孤児院食堂を生徒に紹介する 3
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レオーネはありえないと絶叫した。
メニューの品がどれも鉄貨で数枚。大衆食堂の値段とすれば妥当だろう。レオーネ自身、それくらいのお店はよく使っている。
だけど、内装は超高級店のごとくなのだ。それなのにこの値段は……いや、孤児院で、孤児達の働くお店と考えれば高いくらいだけれど。
というか、国王ですら順番待ちでなかなか食べられないとの噂のアイスクリームが鉄貨四枚って、そんな馬鹿な――と、レオーネの頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「レオーネさん、気持ちは分かりますが、そんな大声を上げてご迷惑になりますわよ」
「ご、ごめんなさい」
セラフィナにたしなめられて我に返る。そうして恥ずかしさに俯いたのだが……その瞬間、周囲から笑い声が上がった。
「嬢ちゃん、気にすんな。この店に初めて来る奴は、大抵似たような反応をしてるからよ」
「そうそう。常連にとっちゃいつものことだぜっ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。普通じゃないのが普通。一体ここはなんなのよ……とレオーネはこめかみを押さえた。
「それで、二人とも注文は決まった? 今日はあたしがおごっちゃうよ」
「あ、ありがとう。それじゃ……えっと、リスティア様のオススメにしようかな」
「あら、それならあたしも、リスティア様のオススメに致しますわ」
レオーネに続いて、セラフィナもリスティアに一任する。
「なら……色々頼んで、みんなで食べ比べをしようか。おーい、ミュウちゃーん」
リスティアが呼びかけると、可愛らしいイヌミミメイドが駈けてきた。
「はーい。リスティア院長、どうしたの?」
「ミュウちゃんミュウちゃん、あたしはいま院長じゃなくてお客さんだよ?」
「……リスティア院長は店長だからお客さんじゃないよ?」
「そうだよね……しょんぼり」
なにやら下を向いて落ち込んでいる――と思ったら、すぐに立ち直った。
「とにかく注文を。アイスクリームとチョコパフェとクレープとミルフィーユを一つずつ。あと、飲み物はストレートのアイスで、レモンとミルクも持ってきて。それと……」
リスティアが店員の女の子に耳打ちをする。それに対して、女の子はくすぐったそうにするが、ほどなくこくりと頷いて、厨房へと帰っていった。
「ところで、リスティア様。さっきから気になっていたのですが、このメニューに書かれているアイスクリームというのは、あのアイスクリームと同じ名前なんですわね」
「同じ名前というか……同じものだよ?」
「……はい?」
セラフィナが硬直した。
あぁそっか。セラフィナ様は、アイスクリームのことに気付いてなかったんだ。ということは、あたしがさっき抱いたのと同じ驚きを味わってるんだ。
うんうん、分かるよ、その気持ち――と、レオーネは共感する。
「ま、またまた。いくらリスティア様の言葉でも、それはさすがに信じたりしませんよ」
「えぇ、ホントなんだけどなぁ」
リスティアが可愛らしく拗ねる。
「あたしも、アイスクリームに匹敵するお菓子を探したことがあるんです。庶民を馬鹿にするつもりはありませんが、お菓子に使う砂糖などは高級品ですから使えるはずがありませんわ」
「たしかに……砂糖は贅沢品だよね。どうやってるの?」
商人の娘としてレオーネは思わず横から問いかけた。
「砂糖は大量にあるあたしの在庫を……じゃなかった、裏の畑で栽培してるんだよ」
またもやどこから突っ込んで良いのか分からない。
裏の畑で、大量生産なんて出来るはずがない。だとすれば、いまの発言からして、リスティアが大量に在庫を抱え込んでいるのが真実と言うことになるのだが……
それこそ意味不明である。
「あの、リスティア様、仮に砂糖が安価で入手出来たとして、アイスクリームのレシピはどうなさったんですか? あれは、シャーロット様しかご存じないはずですが……」
セラフィナが核心に触れた。
その問いに対して、リスティアがどんな答えを返すのか、レオーネは興味を持つ。
そして――
「シャーロットにレシピを教えたのはあたしだよ?」
リスティアの口から零れたのは、もし事実なら考えうる限り最高機密な情報だった。
でもって――
「あら、シャーロットではなく、シャーロットお姉ちゃん、でしょう?」
王都ではなく、ウォーレン領に戻っているはずのシャーロットが現れた。
……あぁ、あの窓、よく見たら透明なガラスがはまってるんだ。
凄く綺麗なガラスだなぁ。いままで見たことないけど、どうやって作ってるんだろう。うちの商会で取り引きさせてもらえないかなぁ?
レオーネは虚ろな瞳でそんなことを考えた。
◇◇◇
セラフィナは困惑していた。
ウォーレン伯爵家の令嬢はリスティアの後ろ盾とも言われているので、リスティアと一緒にいることは不思議ではない。
ないのだが……彼女は王都から馬車で数日はかかる自分の領地に戻っているはずだ。
――なお、実際はセラフィナの勘違い。
セラフィナ自身が、リスティアの部屋に入った瞬間に、数百キロ離れた地にワープしているだけなのだが……さすがにそれを予測しろというのは酷だろう。
という訳で――
「ご機嫌よう、シャーロットさん」
「ご機嫌よう……って、セラフィナさん? あ、貴方がどうしてここに?」
「それはこっちのセリフですわ。ウォーレン領にお帰りになったと聞いていたんですが、どうして王都にいらっしゃるんですか?」
セラフィナの何気ない一言に、シャーロットは不自然なほどに動揺した。
ついで、
「リ~ス~ティ~ア~」
なにやら、リスティアの両肩を掴んで乱暴に揺すり始めた。
あたしの、あたしの将来のお姉ちゃんになにするの! と、セラフィナは叫びそうになるが、リスティアが嫌がっていないことに気付いて辛うじて呑み込んだ。
「あの……シャーロットさん?」
「え? あぁ、そうですわね。わたしがここにいる理由でしたわね。それは……手品ですわ」
「……はい?」
「ですから、手品ですわ」
シャーロットは、凜とした立ち居振る舞いで言い放った。その言葉に一切の嘘も紛れ込む余地はないと言わんばかりだが――
「いえ、あの……手品で数百キロを移動したと言い張るのは厳しいと思いますわよ?」
セラフィナはごくごく常識的な反応を返す。にもかかわらず、シャーロットの笑顔がぴりしろひきつったような気がするのは気のせいだろうか?
「シャーロットお姉ちゃん、手品って言い訳は、さすがに無理があると思うよ?」
「リスティアにだけは言われたくありませんわ~~~~~っ」
真っ赤になったシャーロットが、再びリスティアの両肩を掴んで揺する。
この二人仲が良いのね……と、セラフィナはちょっぴり嫉妬した。
だが、ここで嫉妬に狂って愚かな行為に走るようなマネをするセラフィナではない。
「あの、安心してください、シャーロットさん」
セラフィナはフォローに回った。
「安心、ですか?」
「はい。例のレシピのことを考えれば、居場所を偽るのは当然のことでしょうし。あたしはリスティア様が困るようなことはもう致しませんから」
「――わ、私も口外したりしません」
セラフィナに続いてレオーネも約束する。
これで問題は解決したはずなのだけれど……シャーロットは困った顔で、今度はリスティアのほっぺたをむにょんと引っ張っていた。
ズルイ、あたしもやりたいなぁと、セラフィナは更に嫉妬した。
「……まあ、口外されたくないのは事実なので、その方向でよろしくお願いします。ただし、貸しはわたくしにではなく、リスティアにお願いしますわね」
「え、どうしてあたしなの?」
「貴方が規格外な普通の女の子だからですわ」
「ふえぇ……」
ズルイ、あたしもそんな風に仲良くしたいと以下略。
「ところで、セラフィナさんはどうしてここに?」
「あたしはリスティア様に言われてなんとなくです。レオーネさんは、学園祭の出し物で、この食堂の料理を出そうと考えているみたいですけど」
「え、このお店の料理を、学園祭で……?」
シャーロットがびっくりした顔で、レオーネへと視線を向けた。
だが、その反応は無理からぬことだろう。
レシピを教えたのがリスティアだったとしても、アイスクリームのレシピは極秘中の極秘であることに変わりはない。
レシピが流出したら、少なくともシャーロットは困るはずだ。
「えっと……その、リスティア様にご提案頂いたんですけど……ダメですよね」
同じ結論に行き着いたのだろう。そんな風に尋ねるレオーネの額には、大量の冷や汗が浮かんでいる。
「……リスティア?」
シャーロットは再び、困った子を見るような顔をリスティアに向けた。
「えっと……孤児院のみんなに、学園祭を楽しませて上げたいなぁって思ったんだけど……ダメかなぁ?」
「それなら仕方ありませんわね」
仕方ないんだ!? 国王すら求めてやまないアイスクリームのレシピを扱う上に、信じられないほど安価で売ろうとしているのに、そんな軽い反応で良いの!?
常識を覆すやりとりに、セラフィナは絶句した。
「えへへ、シャーロットお姉ちゃん、ありがとう。あとで、ちゃんと埋め合わせするからね」
「こんなときばっかりそんなこと言って、調子良いですわね」
「じゃあ、新しいレシピ、いらない?」
「……期待しておきますわ」
シャーロットは苦笑いを浮かべて、次いでレオーネに視線を向けた。
「ところで、厨房に入るのは孤児院の皆さんだけ、ということにしていただけますか?」
「えっと……あたしはそれでかまいませんけど……リスティア様は?」
「もちろん、あたしもそれで問題ないよ」
なんだか良く分からないけど……三人はそのままあれこれ話を煮詰めていく。
セラフィナは第三者として傍観していたのだけど――
「お待たせいたしました。ご注文の品をお持ちしましたわ」
聞き覚えのある声を聞いて息を呑んだ。
だけど、それはありえない。
彼女は――ドロシーは国家反逆の罪を着せられ、広場で公開処刑された。
処刑されたのは偽物――というか、リスティアは抜け殻と言っていたが、とにかく本物はウォーレン領にコッソリと逃がされたはずだ。
そして、二度と日の目には出られない。少なくとも王都にいるはずがない。
そのはずなのに、恐る恐るセラフィナが視線を向けた先にいたメイドは……紛れもなくドロシーの顔をしている。
「貴方、は……」
セラフィナは擦れる声を絞り出した。
そんなセラフィナに対し――
「あたくしは妹メイドのシーと申します。シーちゃんと呼んでくださいね、お姉ちゃん」
少女はきゃるーんと微笑んだ。
「……は? いえ、え?」
セラフィナの中で、なにかにピシリとひびが入った。ドロシーの顔をした、ドロシーとは思えないなにかにセラフィナは困惑する。
ついでに言えば、リスティアがぼそりと「セラフィナばっかりズルイ」と呟いている。その意味が分からなくてますます混乱する。
そうして混乱しながらも、必至に頭を働かせ――ついに理解した。
ここにはシャーロットもレオーネもいるので、罪を着せられとはいえ、国家反逆の罪で処刑されたはずのドロシーがいるなんてばれたら困る。
だから、ドロシーは性格や名前を偽っているのだ。
――と、セラフィナは察したのだ。
ともあれ、ドロシーは以前より明るくなったように想う。幸せそうな顔で笑うドロシーを見て、セラフィナは安心した。
だから、セラフィナは小さく咳払いをして、あらためてドロシーに視線を向ける。
「初めまして、シーちゃん。あたしはセラフィナと申します。あたしには、貴方と良く似たお友達がいたんですけど……少しだけお話を聞いて頂けますか」
「……え? えっと……はい」
「彼女は、あたしに初めて出来た親友なんです。いまは遠くに行ってしまったけれど……あたしはこれからもずっと、その子と親友だって想っています」
「セラフィナ様……」
ドロシーが感極まったように目を見開いて手のひらで口元を隠す。
「セラフィナで良いわ、シーちゃん」
「……はい、セラフィナ。……実は、あたくしにも貴方に似た親友がいるんです。その人のこと……聞いてくれますか?」
「ええ、もちろんよ」
「あたくしはその人に酷いことをしてしまって……会えなくなってしまったんです。でも、その子は、それでもあたくしのことを、これからもずっと……っ。親友、だって。……そう、言ってくれた。……ぐすっ。自慢の親友、なんです」
「シーちゃん……」
ドロシーの瞳から涙が零れるのを見て、セラフィナは胸が苦しくなった。
ここですべてを明かして抱きしめることが出来ればどんなに幸せだろう。だけど、ドロシーが生かされているのは、身分を偽ることが出来たから。
ここで真実を明かすことは許されない。
「ねぇねぇ二人とも、気付いてないの? そっくりさんじゃなくて当人だよ?」
「「ふぁああああっ!?」」
リスティアの発言に、セラフィナとドロシーは慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと、リスティア様!? バラしちゃダメな奴ですよね!?」
「え、どうして?」
詰め寄るセラフィナに、リスティアはこてりと首を傾げる。
「いえ、その……どうしてじゃなくて。だって、彼女は……」
国家反逆の罪で処刑されていることになっているのに――と、言外で訴えかける。
「大丈夫だよ。シャーロットはドロシーのことを知ってるし」
「――お姉ちゃん」
「……シャーロットお姉ちゃんは知っているし、レオーネは……黙っててくれるよね?」
リスティアが視線を向ける。
釣られて見れば、レオーネは顔を引きつらせていた。
「ド、ドロシーって、まさか?」
「レオーネの思っているとおりだよ。だけど……色々と理由があるの」
「……理由?」
「うん。ここではあまり言えないから、ちょっとこっちに来て」
「え? えっと……え?」
困惑するレオーネが、リスティアに手を引かれてどこかへ連れて行かる。
「セラフィナさん。わたくしも席を外しますので、どうぞドロシーとおしゃべりを楽しんでくださいな。このお店は、メイド達とおしゃべりをするのもサービスのうちですから」
更には、シャーロットもそんなことを言ってリスティアの後を追い掛けていった。
困惑しつつ、そんな彼女達を見送ったセラフィナは、ドロシーへと視線を向ける。
「セラフィナ様、その、あたくし……」
「ドロシーっ!」
気がつけば、セラフィナは席を立ってドロシーに抱きついていた。
「セ、セラフィナ様。こんなコトしちゃダメです。あたくしは……」
「貴方がまわりにどんな評価を受けていても関係ないわ。あたしにとって貴方は、いまでも変わらず、大切な親友だもの」
「いえ、その……それは凄く嬉しいのですけど……その、メイドはおさわり禁止なんです」
「……はい?」
一瞬なにを言われているか分からなかった。
「いえ、ですから、メイドはおさわり禁止なんです。他の人がマネをしたら困るので、たとえ知り合いであっても、過度な接触を避けるように――とリスティア店長が」
「そ、そうなんだ……」
腕の中からドロシーが抜け出して行くのを、セラフィナは寂しく思う。
「――あ、そうそう。結界を張ってあるから、まわりの人には見えないし聞こえないよ。だから、そこでなにをしても大丈夫だよ~」
フロアの奥から、リスティアがぶんぶんと手を振って叫んでいる。
それはフロア全体に響くような声だったのだが……リスティアの言葉を肯定しているかのように、セラフィナ達以外は誰一人として反応していない。
やっぱり、色々規格外だよね……と、セラフィナは呆れる。
「セラフィナ様っ、ごめんなさい!」
「わっとっ。……ドロシー?」
いきなり抱きつかれて、セラフィナは驚いた。
「あたくし、あのときのことをずっと謝りたくて」
「……いいえ、謝るのはあたしの方よ。貴方が辛い思いをしていたのに、あたしはちっとも気付かなくて……本当にごめんなさい」
「セラフィナ様、セラフィナ様っ」
「あぁもう、泣いてはダメよ。せっかくの可愛いお顔が腫れてしまうじゃない」
「うぅ……セラフィナ様ぁ……」
泣きじゃくるドロシーを抱きしめ、セラフィナもほろりと涙した。
社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする
https://book1.adouzi.eu.org/n0514ex/
いたいけなイヌミミ少女をひたすらモフモフするお話です。
よろしければご覧ください!




