エピソード1 自称普通の女の子は、孤児院食堂を生徒に紹介する 2
一巻の書影を活動報告にアップしました!
追記:この世界の貨幣のレートを勘違いしていたので、銅貨数枚を鉄貨数枚に修正しました。
鉄貨1枚 百円 銅貨1枚 千円 銀貨1枚 一万円 金貨1枚 十万円 大金貨1枚 百万円
大雑把に、これくらいです。
クラスでの会議はひとまず終了。
続きはリスティアのお店を実際に確認してからと言うことになったのだけれど――他に希望者がいなくて、確認する役目を押しつけられたレオーネはビクビクしていた。
なぜなら、アイスクリームとはシャーロットのお店でしか食べられない、至高の冷たいお菓子であり、王族ですらなかなか食べることが出来ないと言われている。
そんなアイスクリームを食べることの出来るお店。リスティアの後ろ盾にはシャーロットがいるという噂なので、恐らくはその関係なのだろう。
レオーネは商人の娘でお金持ちに分類されるが、それはあくまで庶民からみればの話。とてもではないが、金貨四枚も支払ってお菓子を食べる気にはなれない。
前にリスティアがアイスクリームをくれると言ったときは飛びついたが、あれは勢いである。まさか、一つ金貨四枚もすると知っていたら、さすがに自重していた。
それはともかく、いまの問題はお店の視察だ。視察に行って、なにも注文せずに帰ることは許されるのかな……と、レオーネは戦々恐々としていた。
「というか、ナナミちゃんはどこに行ったのよ?」
比較的良識派のナナミを仲間に引き入れようとするが、返ってきたのは補習で先生のところにいったという無慈悲な答えだった。
他に、他に味方は――と周囲を見回したレオーネは、セラフィナを見つける。
「セラフィナ様、こんにちはっ」
色々と恐ろし伯爵令嬢であるが……リスティアと二人でアイスクリームを食べるお店に行くよりはマシと声を掛ける。
レオーネの声に気付いてこちらを見たセラフィナは――リスティアに気付いて飛んできた。
「ごきげんよう、リスティア様と……えっと」
「レオーネと申します、セラフィナ様」
「レオーネさんですね。よろしくお願いします。それで、二人でどうしたんですか?」
「実は学園祭の出し物で、リスティア様のお店に手伝ってもらうという案が出ていて、いまからそのお店に行ってみる予定なんです」
レオーネが、だから一緒しませんかと全身で訴えかけると、セラフィナはなぜか目を見開いた。続いて困惑するような顔になると……
「リスティア様、またしばらく学校を欠席なさるんですか?」
リスティアにそんな疑問を投げかけた。もしかして、日帰りできないような場所にあるのだろうかとレオーネは考えるのだが……
「あぁ、そういえば、セラフィナにも教えてなかったね。ちょうど良いからついてきて」
リスティアはセラフィナの手を掴むと、反対の手でレオーネの手も掴んで歩き出した。そうしてあれよあれよと連れてこられたのは……学生寮だった。
「ここ、リスティア様の部屋だよね?」
「へぇ……ここがリスティア様のお部屋なんですわね」
レオーネの呟きに、セラフィナが興味津々といった感じで答えた。
それはかまわないのだけれど――
「リスティア様、どうして自分の部屋に来たんですか?」
「あたしのお店に行くからだよ」
「……ええっと?」
リスティアの部屋に、アイスクリームを作る秘密の厨房があるのかな? なんてことを考え、そんなことあるはずないよねとすぐに否定した。
「取り敢えずあがってあがって~」
リスティアが扉を開けたのだが――その光景を見て、レオーネは目を見開いた。
商人の娘であるレオーネでも見たことのないような家具に、ひんやりとした澄んだ空気。その時点でわりと意味不明である。
なにより――
「リスティア様の部屋、なんか大きくない?」
同じ寮の部屋なのに、ざっと数倍は大きいように見える。もしかしたらこの間取りは、貴族用の間取りだったりするのかなとレオーネはセラフィナを盗み見た。
「たしかに……わたくしの部屋よりも大きいですわね」
違ったらしい。
「どういうことなの?」
「あぁうん。ここは学生寮の部屋じゃなくて、あたしの部屋だからね。ちょっぴり頑張っちゃったんだ~」
リスティアの答えはまるで意味が分からない。頑張ったら部屋の間取りが広がったりするのかな? そんな訳ないよね――とレオーネは困惑する。
「ひとまず入って~」
困惑しているあいだに部屋に連れ込まれてしまった。
なんか、棚の上に置かれている花ビンが、実家で扱われるどの花ビンよりも高そうに見えるのだけれど気のせいなのかな? とレオーネは遠い目をする。
「色々と意味が分からないことばっかりだけど、これからどうするの?」
「こうするんだよぅ」
リスティアがたったいま入ってきたばかりの扉の横に並んでいる扉を開けた。
とはいえ、その先にあるのは廊下。
隣の扉を開けることに意味なんてない……と、そこまで考えたレオーネは、外に扉が並んでいたりしただろうかと首を捻った。
でもって……
「……あ、れ?」
レオーネは目をぱちくりとした。
扉の向こうに見える廊下が、自分の記憶にあるデザインと違っていたからだ。
「ど、どういうこと?」
不思議に思ったレオーネは、自分達が入ってきた方の扉も開ける。すると、二つ並んでいる扉であるにもかかわらず、それぞれの扉の向こうに見える景色が違って見えた。
「な、なにこれ、どうなってるの!?」
レオーネはパニックになり、リスティアに縋るような視線を向けた。
「大丈夫だよ。これは……ただの手品だから」
「あ、あぁ、手品ね、手品……って、そんな訳あるかっ!」
思わずノリ突っ込み。
だけど、リスティアの笑顔は崩れない。まるで、それだけが唯一の真実であると言いたげに、天使のように微笑んでいる。
「……え? その、本当に?」
「うん、手品だよ」
天使がそこにいた。
いや、実際は天使の皮を被った吸血姫なのだが、レオーネはその事実を知らないので――
「そっか、手品ならしょうがないね」
すっかり騙されてしまった。
正確には、あまりに非現実的な現象を脳が受け入れきれずに逃避した結果なのだけど。
それはともかく、
「それじゃ、あたしのお店にご案内、だよ~」
リスティアは学生寮側の扉を閉めて、もう一つの扉をくぐる。そうして、「お手をどうぞ」とばかりに手のひらを差し出してくる。
レオーネは、続けざまに起こった怪奇現象に不安を抱いていた。
そんなときに、メイド姿をしているとはいえ、天使のような可愛さと、あらゆる授業で好成績を叩き出すハイスペックな女の子が、手のひらを差し出してきたのだ。
そのときにレオーネがどんな感情を抱いたのかは口にするまでもないだろう。
たとえ、そもそもの原因がリスティアにあったとしても、世の中にはマッチポンプやらストックホルム症候群やら吊り橋効果という言葉が存在するのである。
それはともかく。
レオーネは自分がお嬢様になったような錯覚を抱きつつ、恥じらいながら手を差し出す。
「えへへ、リスティア様。案内お願いしますね」
さきにリスティアの手を取ったのはセラフィナだった。
レオーネの掴もうとしていた手は、もうセラフィナのモノになってしまった――と、そんな錯覚を抱き、レオーネは言い様のない寂しさを覚える。
だけど――
「レオーネも、こっちだよ」
リスティアが背中越しに振り返り、空いている手を差し出してきた。
その姿はまさに天使。
「うん、お願いね、リスティア様っ」
レオーネは幸せそうに微笑んで、リスティアの手に飛びついた。
その瞬間、レオーネはまさしく恋に落ちた。
「――って、落ちてどうするううううううううううううううううっ!」
レオーネは我に返った。
マッチポンプはネタが割れてしまえば意味はなく、吊り橋効果は冷めるのも早い。
そして、ストックホルム症候群は、その想いが自分の身を守るために発生したのだと認められなくなるところまで堕とさなければ意味をなさない。
ということで、
私には心に決めたシエラがいるもの――と、レオーネは我に返ったのだ。
どうやら、元から百合属性だったらしい。
「ところでリスティア様、お店ってお菓子の専門店なんですか?」
「あぁ……そういえば教えてなかったね。食堂なんだよぅ」
「……食堂ですか?」
レオーネは、アイスクリームが一つ金貨四枚だと誤解したままなので、リスティアのお店は超高級店だと思い込んでいる。だから、食堂という言葉と結びつかない。
貴族専用の食堂とか、そんな感じなのかなと首を捻る。
「ちなみに、偏見を持たれたくないから黙ってたんだけど、あたしのお店は孤児院食堂。孤児達に経営させているお店なの」
「……え、孤児達に経営?」
理解できない。
レオーネは別に、孤児だからと差別をするつもりはない。
けれど、孤児院といえば貧乏で衛生管理もままならない。そんな孤児院で育った子供達は、ろくな教育も受けていないというのが世間一般の認識。
レオーネの中で高級店というイメージが音を立てて崩れ去り、代わりにスラム街にあるような不衛生な食堂が思い浮かんだ。
そして――
「とうちゃーく。ここがあたしの孤児院食堂だよ」
レオーネとセラフィナは揃って息を呑んだ。
なにもかもが規格外。スラム街の食堂なんてありえない。それどころか、レオーネの思い浮かべていた超高級店のイメージすら霞んでしまうような素敵なお店だった。
「……というか、どこが孤児院なのよ?」
「ここが孤児院だよ? 正確にはその一角だけどね」
「意味が分からないわ……」
レオーネの見立てでは、その辺に無造作に置かれている調度品一つで、孤児院を一年くらい運営できるほどの芸術的価値がある。
そんなモノが無造作に置かれている孤児院があってたまるかというのがレオーネの心境だ。
「あら、リスティア院長、帰ってきたのね」
どこからともなく現れた女の子が声を掛けてくる。
ぱっとみは年下だが、貴族のような気品と男を惑わすような妖艶さを兼ね揃えている。名家の娘といった印象だが……娘はエプロンを身に着けている。
その娘を見て、レオーネは確信した。
極秘とされているバニラアイスのレシピを知っているのはこの娘だ――と。
料理人であるにもかかわらず、貴族令嬢のような品格を持つことも納得だ。シャーロットが遣わせた名家の娘で、極秘であるレシピを取り扱っているのだろう。
これはチャンスだ。
さすがにレシピを聞き出すような無粋な真似をするつもりはないが、商人の娘として、そういった重要人物と知り合いになっておいて損はない。
レオーネはそんな風に考えて佇まいをただした。
「お初にお目に掛かります。わたくしはレオーネ。リスティア様のお友達です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「あっ、そうなんですね。私はリスティア院長にお世話になっている孤児の一人で、マリアっていいます。こちらこそ、よろしくお願いします」
優雅に頭を下げる。マリアと名乗った娘の仕草はなかなかに堂に入っていたのだが……だからこそ、その言葉の意味が分からない。
「……え? 孤児、なんですか?」
「はい。ここにいる店員はみんな。リスティア院長以外はみんな孤児です」
「――なっ」
色々な意味で信じられなかった。
レオーネの中で、孤児という言葉の意味が崩壊していく。
たんに野望しかないようなお馬鹿なら、ここで失言をしていただろう。だが、レオーネはそれなりに良識のある人間で、同時に商人としての柔軟な対応も持ち合わせている。
ゆえに――
ここは孤児院であり、普通の孤児院ではない。ここにいるのは孤児達であり、普通の孤児達ではない。なにより、友達のリスティアが大切にしている子供達である。
それを前提に気持ちを切り換えた。
「勘違いしちゃってごめんね。よろしくね、マリアちゃん」
レオーネが微笑むと、マリアは少しだけびっくりした顔をして、それからよろしくお願いしますと、可愛らしく微笑んだ。
「レオーネさんばかり、リスティア様の子供達と仲良くしてズルいですわ。マリアさん、あたしはセラフィナと申します。あたしとも仲良くしてくださいね」
「はい、よろしくお願いします」
そんなこんなで、店員との顔合わせは終了。
次は肝心の料理を確認ということで、リスティア達はテーブル席に着いたのだが――
「あれ、おかしいなぁ……」
レオーネはメニューを見ては目を擦るという動作を繰り返していた。何回見直しても、料理の大半が鉄貨数枚。高いモノでも銅貨一、二枚程度だったからだ。
「レオーネ、どうしたの?」
「えっと……その、このメニューの値段、おかしくない?」
「どこもおかしくないと思うけど……もしかして、レオーネの目から見ると高く見える?」
「いやいやいや、その逆。安すぎって言いたいの。そもそもさっきは……」
レオーネは不意にさきほどの会話を思い出す。
アイスクリームの値段を聞いたとき、リスティアは四本の指を立て、レオーネが銀貨だと問いかけたら首を横に振った。
だから、金貨四枚だと思い込んだのだが……たしかに金貨とは言ってない。
「え、それじゃ、もしかして……?」
「うん、値段はメニューに書いてあるとおりだよ」
「そっか、そうなんだ、書いてある通りなんだ。それなら、どこもおかしいとこは……はああああああああああああああああああああああぁぁああぁぁあっ!?」
レオーネはいままでにたまった思い全部を乗せて叫んだ。
三日後の28日に『無知で無力な村娘は転生領主のもとで成り上がる』一巻と『この異世界でも、ヤンデレに死ぬほど愛される』二巻が発売になります。
早売りだと、もう少し早く並んだりするかもしれませんが、興味ある方は本屋でお手にとって頂けると嬉しいです。
なお、とにかく妹が欲しいは、あと二週間ほどです。
それと、夏の新作シリーズ第二弾の連載が始まっています。
『異世界ガールズラブライフ! ~JKサクヤは異なる世界でユリと巡り逢う~』
https://book1.adouzi.eu.org/n6940ew/
感覚的には、リスティアに狙われた少女視点のような感じでしょうか?
異世界に降り立った普通の女子高生がユリの女の子に保護されて、あたしは普通の女の子だからといいつつも、少女に惹かれていく物語です。
ぜひぜひご覧ください!
『仲間に見限られた俺と、家族に裏切られた彼女の辺境スローライフ』
https://book1.adouzi.eu.org/n3178ew/
紹介済みですが、第一弾のこちらもよろしくお願いします。
おかげさまで、投稿開始二週間で四半期ランキングに載っています。




