エピソード1 自称普通の女の子は、孤児院食堂を生徒に紹介する 1
「ねえ、どういうつもりかな?」
ミュウを吹き飛ばした研究者らしき中年男性に向かって、リスティアは底冷えのするような声で問いかけた。
リスティアが気付いてとっさに受け止めたから良かったものの、壁にぶつかっていたらミュウは全身の骨を折っていただろう。
もちろん、その場合は即座にリスティアが治癒魔法で治すが、骨折をすれば凄く痛い。そんな痛みをミュウに負わせるところだった。
なにより、もしリスティアがこの場にいなかったら、死んでいたかも知れない。死んで時間が経ったら、いくらリスティアでも生き返らせることすら出来なくなってしまう。
だから、リスティアはいま、研究者らしき中年男性に対する強い怒りと、ミュウを失っていたかも知れないという恐怖に支配されていた。
「落ち着きなさい、リスティア。みんなが恐がっていますわよ」
「……シャーロット」
「違います、そこはシャーロットお姉ちゃんでしょう?」
こんなときなのに。もしくはこんなときだからなのか、シャーロットがお決まりのセリフを口にする。
リスティアはなにかを言いかけ……やがてため息をついた。
「ごめんなさい……シャーロットお姉ちゃん」
「良い子ですわね」
シャーロットは微笑んで、リスティアの腕の中にいるミュウに視線を向ける。
「ミュウは大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫だよ」
リスティアの腕の中で、ミュウがちょっと恥ずかしそうに答えた。
「本当ですか? ずいぶんな勢いで殴られたように見えたのですが」
「んっと、大丈夫みたい」
「そうですか……まあ、ひとまずは安心ですね。それはそうと……貴方、なにか言うことがあるのではないですか?」
シャーロットが視線を向けたのは、ミュウを吹き飛ばした研究者の男。彼はリスティアの怒りをぶつけられた時点で、恐怖にへたり込んでいた。
だけど、シャーロットに声を掛けられることで我に返る。
「あ、その……す、すまなかった。まさか、ブローチでここまで筋力が強化されるなんて思わなかったんだ。嬢ちゃん、どうか許して欲しい」
研究者の男はミュウに対してきっちりと頭を下げた。その様子は、少なくともうわべだけの謝罪には見えない。
もしこれがうわべだけの謝罪だったり、悪態をつくようなことがあれば……リスティアは彼を決して許さなかっただろう。
けれど――と、リスティアが思い出したのは、十歳になったばかりの頃の苦い思い出。
リスティアは可愛らしい子供のドラゴンを見つけて、思わず抱きついて圧死させてしまったことがあるのだ。
ちなみに、リスティアはちょっぴり焦りながら、頑張ってその場で蘇生の魔法を編み出して、ドラゴンを生き返らせることに成功。
ごめんなさいとちゃんと謝罪した。
――なにが言いたいかというと、自分の力に振り回されて、うっかり生き物を殺しちゃったりするのは、誰しもが一度はやっちゃう失敗なのだ。
だから、重要なのはちゃんと反省して謝ること。研究者の男はそれをちゃんとしたので、リスティアは彼を許してあげることにした。
もちろん、ミュウが許さないと言ったら話は別だ。
その場合は魂ごと吹き飛ばすつもりだったが……ミュウは「ボクは大丈夫だからもう良いよ」と気にしていない。
それを見たリスティアは、自分がとやかく言うことじゃなさそうだと、怒りの矛を収める。
その後、研究者の男はミュウにブローチを返還した後、シャーロットが連れている護衛の一人に連行されていった。
事故とはいえ、子供に大怪我を負わせるところだってので厳重注意されるらしい。
だけど、そんなことはどうだって良い。
孤児院食堂の奥にある控え室。
リスティアは席に座り、酷く、酷く落ち込んでいた。
「……リスティア、さっきからどうしたんですの?」
「シャーロット」
「お姉ちゃんでしょ?」
シャーロットはそういってリスティアのすぐ隣に立つ。そのセリフと行動の意図に気付いたリスティアは、コテリと頭を倒してシャーロットの脇に寄りかかった。
「あのね……あたし、ミュウがもしかしたら大怪我を負っていたかも知れないって思って」
「たしかに、あれは肝を冷やしましたわね。ですが、ミュウがブローチを手放すのは予想外でしょう? 落ち込むより、再発防止を考えるべきではありませんか?」
「うぅん。一応、落としたときとかを考えて、子供達の再生能力は上げてあるよ」
「……いま、さらっととんでもないことを言いましたわね」
「だけど、吹っ飛ばされたミュウを見て思ったの。怪我をしても治るとか、死んじゃってもすぐになら生き返らせることが出来るとか、そんなことは関係ないんだって」
「……更にとんでもないことを言いましたわね」
「あたし、孤児院のみんなに辛い思いをさせたくないんだって気付いたの」
シャーロットに話を聞いてもらうことで、リスティアはそんな風に結論づけた。
なお、話を聞いていたシャーロットは始終突っ込んでいたのだが……自分の想いを纏めるのに必死だったリスティアは気付かない。
「二度と孤児院のみんなを危ない目には遭わせられないもん。そのために、なにか対策を立てる。あたし、そのためなら努力を惜しまないよ!」
「えっと……その、努力は惜しんだ方が良いと思うのですが……というか、むしろ自重する努力をするべきというか……」
「ふえ?」
「いえ、その、ほどほどに。あくまでほどほどに頑張ってください」
「シャーロットお姉ちゃん、あたしのことを心配してくれてるんだね。だけど大丈夫だよ。自分のことも大事にしつつ、全力で頑張るから!」
リスティアは天使のような無邪気さで答える。
シャーロットはなにかを言いたげに口を開いては、その口を閉じるという行動を繰り返えしていたのだが……おもむろに明後日の方を向いた。
「そういえばリスティア、後で学校に戻るとか行ってませんでしたか?」
「……え? あ、そうだった。あたし、学校に戻るねっ!」
リスティアは成績が優秀で、いくつかの授業――とくに魔法系の授業は出席を免除されている。そのため、今日の授業は昼までで終わりだったのだが……
放課後にクラスメイト達の会議があるとのことで、それに出席予定だったのだ。
それを思い出したリスティアは、子供達にブローチを手放さないように言い含め、大急ぎで自室にある転移の扉から王都にある学生寮へと帰還して、その足で学校へと戻った。
「遅くなってごめんなさいっ」
リスティアは放課後の教室に飛び込んだ。
既に話し合いは始まっていたようだが、教室に飛び込んできたリスティアを見て、みんなは一斉にぽかんと口を開けた。
「リスティア様、服、服っ」
「ふえ? ……あ」
リスティアは孤児院食堂の制服(メイド服)を来たまんまだった。
「えっと……その、お、お待たせいたしました、お兄ちゃん、お姉ちゃん。えへっ」
リスティアが着替えを忘れた恥ずかしさを誤魔化すために、孤児院食堂流の返答をする。
その直後、クラスメイトの過半数がリスティアの可愛さに心を奪われたのだが……それはともかく。
リスティアはみんなの視線を自分から逸らすため、教卓に立つレオーネに視線を向ける。
「話を中断しちゃってごめんね。あたしのことは気にしなくて良いから話を続けて」
「いや、気にするなと言われても……」
困惑するレオーネに、お願いとリスティアは手を合わす。そんなリスティアの意図に気付いたのか、レオーネは小さくため息をついた。
「あ~それじゃ、話を続けるわよ。リスティア様も席に座ってね」
「はーい」
リスティアは可愛らしく頷いて、自分の席にふわりと腰掛けた。
可愛らしさで言えば、制服姿のリスティアも負けていないのだが……メイド服が珍しいからだろう。周囲の生徒はチラチラとリスティアに視線を向けてくる。
「それじゃ話を戻すけど、うちのクラスの出し物をそろそろ決めなきゃいけないわ」
教室の空気を断ち切るようにレオーネが口を開く。
それを皮切りに、みんなが口々に色々なことを言い始めるが……遅れてきたリスティアにはなんのことか分からない。
リスティアは隣の席に座るナナミになんの話と問いかける。
「あぁ……もうすぐラクシュの学園祭があるそうなんですよ」
「学園祭?」
「街の住人を招いての、大規模なお祭りです。一クラスにつき最低一つは出し物をする必要があるそうで。このクラスではなにを出そうかって話です」
「へぇ、そうなんだ。教えてくれてありがとうね、ナナミちゃん」
リスティアは教卓へと視線を戻した。
黒板には魔術を使った治療所や占い所、他にも色々意見が書き出されている。けれど、飲食店の類いが一切ないことにリスティアは気付いた。
「誰か、他に意見はないの?」
レオーネがみんなに問いかけたので、リスティアは上品に手を上げる。
「リスティア様、なにか意見があるの?」
「うんっと……飲食店はダメなのかな、って」
「あぁ……飲食店は厳しいのよ」
「……厳しい?」
衛生管理とかのことかなとリスティアは首を傾げる。
「学園祭には外部のお店からも露店が出されるの。だから、あたし達がにわか知識で飲食店を開いても、お客なんてほとんど来てくれないと思う」
「ふみゅ……」
「楽しむだけならそれもありなんだけど、この学園祭の結果はクラスの成績に関わるから、下手なことは出来ないのよね」
立地条件が悪く、料理も子供達が作る孤児院食堂を成功させているリスティアは、頑張ればなんとかなるんじゃないのかなぁと思ったのだが……
商人の娘であるレオーネがそういうのならそうだろうと引き下がろうとする。
けれど――
「あぁでも、このあいだリスティア様の持ち込んだアイスクリーム。あれがあれば余裕で問題解決よね。……なんて、国王陛下でもなかなか食べられないって噂なのに、あれをお客さんに出せるほど仕入れられるはずがないよねぇ」
ため息交じりに紡がれたレオーネの言葉に、リスティアはあれと首を傾げる。
「リスティア様、分かっていると思いますけど……」
「大丈夫、分かってるよ」
耳打ちをしてきたナナミにこくりと頷き、リスティアはレオーネに向かって言い放った。
「アイスクリームなら、いくらでも用意できるよ!」
刹那、隣からガツンと音が響く。
見れば、ナナミがなぜかテーブルに突っ伏している。どうやらさっきの音は、額をテーブルにぶつけた音だったようだ。
「ナ、ナナミちゃん、大丈夫?」
「大丈夫じゃないですよ」
「そっか、なら良いんだけど……って、大丈夫じゃないの? もしかして怪我しちゃった? あたしが全力で治してあげようか?」
「余計に大丈夫じゃなくなるので止めてください」
「……しょんぼり」
リスティアは言葉通りしょんぼりした。
だけど、リスティアは視線を感じて顔を上げる。いつの間にか、クラスメイト達が、一斉にリスティアのことを見つめていたからだ。
「……みんな、どうしたの?」
「いや、どうしたって言うか……さっきの言葉ってホントなの?」
「アイスクリームのこと? ホントだよ?」
「えっと……なら、法外な価格を請求するとか?」
「うぅん、お手頃価格だよ?」
「……どれくらい?」
「これくらいだよ」
リスティアは可愛らしく四本の指を立てた手を顔の高さまで上げる。
「えっと……銀貨四枚、かな?」
「そんなはずないよぅ」
鉄貨四枚なので、リスティアはクスクスと笑う。
「そうか、まぁ……そうだよね。それでも……貴族なら飛びつく、か」
金貨四枚と勘違いしたレオーネが考え込んでいるが、リスティアは気付かない。
「良かったら、学園祭にうちの店員達を連れてこようか?」
「店員?」
「うん、あたしのお店だよ」
「まさか、そこでアイスクリームを!?」
「うん、作ってるよ~」
「「「な、なななっ、なんだってええええええっ!?」」」
のほほんとしたリスティアの言葉に、クラスメイト達が戦慄する。
それもそのはず、アイスクリームなる至高の冷たいお菓子のレシピは極秘中の極秘。シャーロットのお店でしか作られておらず、国王陛下ですらなかなか食べられないのが現状だ。
なのに、リスティアはそんなアイスクリームを作れる店員達を連れてくるという。
普通ならその言葉自体を疑うところだが、リスティアには以前大量にアイスクリームを所持していたという実績(前科)があり、他にも色々と功績(余罪)がある。
どれだけ信じられないような言葉でも、リスティアの言葉自体を疑う者はいなかった。
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