エピソード 4ー3 普通の彼女は国家反逆の罪で処刑される
翌日。連絡を受けたリスティアが理事長室に出向くと、そこにはブレンダ理事長の他に、ジュノー辺境伯とセラフィナ。それにウォルター公爵が待っていた。
「みんなが揃っていると言うことは、昨日の事件の話ですか?」
リスティアは挨拶を済ませた後、ブレンダ理事長に向かって切り出した。だが、ブレンダ理事長が答える前に、ジュノー辺境伯が一歩前に出てきた。
「その前に、リスティア嬢に謝罪と感謝を述べさせてくれ。まずは、偽の情報に踊らされ、リスティア嬢に迷惑を掛けたことを心から謝罪する」
「……ふえ?」
首を傾げる。些細なこと過ぎて、既に忘れているリスティアであった。
「そして、我が娘の窮地を救ってくれたことも。今後、なにか困ったことがあったら言ってくれ。ジュノー辺境伯の名に懸けて、あらゆる支援を惜しまないと約束しよう」
「……ありがとうございます」
穏やかな微笑みを浮かべる。リスティアは決して、なんだか良く分からないから、適当に流しちゃえ。とか思った訳ではない。ないったらないのである。
そんな訳で、リスティアは理事長へと向き直った。視線を受けたブレンダ理事長が頷く。
「既にリスティアは知っていると思うが、フローレン子爵家が今回の事件に関わっていた。貴族の反逆。これは決して許されない事態だ」
「では、フローレン子爵家をお取り潰しという形で決着ですね」
それで今回の依頼は解決。学校はこのまま通わせてもらうとして、冒険者ランクが上がって、みんなの憧れのお姉さんにランクアップだよ。
なんてことを考えていたのだが――
「それが、そう上手くはいきそうにない」
「え、どうしてですか? ドロシーの協力は取り付けたんですよね?」
「うむ。ドロシーにはその方向で交渉し、協力を取り付けた。ドロシーの妹も、反逆者の血縁という名目で確保済みだ。衰弱はしていたが、命に別状はない」
「だったら、どうしてフローレン子爵を捕まえないんですか?」
ブレンダ理事長に問いかけると、苦々しい表情で口を閉ざしてしまった。どうしたのだろうと思っていると、ウォルター公爵が「先手を打たれたのだ」と切り出した。
「先手……ですか?」
「うむ。フローレン子爵家から昨夜、各貴族の家にこんな手紙が届いた」
ウォルター公爵がそう言って、リスティアに羊皮紙を差し出してきた。
「見せていただきますね」
断りを入れて、手紙の文面に視線を落とす。
そこには『養子にしていたドロシーが、隣国と内通していたことが分かったために縁を切った。もし発見したら捕らえて欲しい』と言った旨が書かれていた。
「トカゲの尻尾切り……ですか」
悪いのは全てドロシーで、自分達はなにも知らなかったとシラを切るつもりだ。
事件が明るみに出てからなら、言い逃れは出来なかったはずだけれど……世間的には、フローレン子爵家から使者が来た直後に、ドロシーが捕まったという流れになる。
ドロシーがフローレン子爵に命令されたと証言しても、証拠がなければ通用しないだろう。
「もちろん、我々もフローレン子爵に追及の手を緩めるつもりはない。それで色々と証拠を集めているところだが……十人以上いたはずの実行犯が、三人しか捕まっていないのだ」
三人――というのは、セラフィナを見張っていた男と、セラフィナに負わされた怪我が原因で休んでいた二名。リスティアが情報収集のために生かしておいた連中である。
「他の連中がどこに逃げたのか、ドロシーにも聞いたのだが要領を得なくてな。……リスティア嬢はなにか知らないか?」
ウォルター公爵がそう言った瞬間、ジュノー辺境伯とブレンダ理事長、それにセラフィナまでもが一斉にリスティアを見た。
そんな視線を一身に受けたリスティアは――
「残念ですが、知りません」
迷わず嘘をついた。リスティアはちょっぴり悪い子である。
とは言え、セラフィナを悲しませた黒幕が逃げ延び、ドロシーだけが処刑される。そんな結果を望んでいる訳ではないので、「他の犯人が必要だったんですか?」と尋ねた。
「いや……もしかしたら、フローレン子爵家との繋がりが出てくるかもと思ってな」
「尻尾切りが予定されていたのなら、その可能性はないと思いますよ?」
「う、む。まぁ……そうであろうな」
ウォルター公爵ですら、手詰まりで、藁にも縋るといった状況のようだ。
ハッキリ言ってしまえば、リスティアがフローレン子爵家に乗り込んで、子爵を魅了して罪を告白させれば済む話だ。
けれど――と、リスティアは、先ほどから黙り込んでいるセラフィナを見た。
「ねぇ。セラフィナはもしかして……ドロシーを助けたいと思っているの?」
「そ、そんなことはありません」
「だったら、どうしてそんなに元気がないの?」
「それは……」
リスティアの問いかけに、セラフィナは俯いてしまった。それでもリスティアが答えを待っていると、セラフィナはたっぷり数十秒ほど経ってから顔を上げた。
「たしかに、あたしはドロシーに同情していますし、いまでも友人だと思っています。ですが、ドロシーが罪を犯したのは事実ですから」
「だから、罪を償わせるべきだと?」
「……彼女のしたことを考えれば、どうやっても許されないと思います」
無理だと分かっているから騒がないだけで、本当は助けたいと思っている。それがセラフィナの本音だと、リスティアは理解した。
だから――
「ドロシーは生かしておいた方が良いと思います」
ウォルター公爵に向かって、そんな提案をした。
「リスティアお姉ちゃん……あたしのことを気遣ってくれるのは嬉しいですけど」
「そうじゃないよ」
もちろん、本音を言えばそれもある。けれど、一番の理由は、ドロシーが妹のために罪を犯した、優しいお姉ちゃん――だったから。
だから、リスティアは否定しながらも優しく微笑んで、ウォルター公爵に向き直った。
「証言が証拠にならないとしても、重要な情報源であることに変わりはないですよね?」
「情報源として生かしておくと言うことか? しかし、フローレン子爵がドロシーの反逆を貴族達に知らしてしまった。彼女を処刑せねば、世間に示しがつかない」
「その罰というのは?」
「反逆の罪は、斬首の後にさらし首と相場が決まっている。そこまでしなければ罪は許されない。国に逆らうというのは、そういうことなのだ」
だから、ドロシーを生かしておくことは出来ない――と、ウォルター公爵は言ったつもりだったのだが、それを聞いたリスティアは「なぁんだ」と微笑んだ。
◇◇◇
事件から一週間が過ぎたある日の昼下がり。王都の広場では、国家の転覆をもくろんだ反逆者の公開処刑がおこなわれていた。
実行犯の生き残りである三人の男が、恨み言を叫びながら処刑されていく。それに続き、みすぼらしい服を着せられた金髪の少女が引き立てられてきた。
ハイライトの消えた瞳で虚空を見つめるのは――ドロシーだ。彼女は既にフローレン子爵家から絶縁されており、ただのドロシーとして処刑されることが決まっている。
「この者は、以下の罪を犯した大罪人である!」
衛兵に読み上げられるのは、ドロシーが侵した罪の数々。ドロシーはフローレン子爵を裏切り、国をも裏切り、国家の転覆をもくろんだ反逆者としての汚名を着せられる。
そして、弁解の機会を与えられることなく、罪人として――処刑された。
処刑場に深紅の血が広がっていく。その光景を眺めていたドロシーは、目深く被っていたフードを引き寄せて身震いをさせた。
「……そろそろ実感した?」
隣から得体の知れない化け物が声を掛けてくる。その事実に再び身震いをしたドロシーだが、無視するのはもっと恐いと顔を向けた。
「実感なんて……出来るはずありませんわ」
今し方、目の前で処刑されたのは紛れもなくドロシーである。しかし、処刑される直前に現れたリスティアに、魂だけは助けてあげる――と、自分の身体から引きずり出された。
理解しがたい事実だが、ドロシーの意志はいまここにある。
混乱して詳しい説明をリスティアに求めたら『ドロシーの魂を身体から引きずり出して、あたしが複製した身体に移したんだよぉ?』などと言われた。
前回旅立ってしまった普通は、わずかな期間で驚くほどに成長して帰ってきた。もはや考えるだけ無駄というのが、ドロシーの素直な感想である。
とは言え、現実は受け入れなくてはいけない。ドロシーは間違いなく、衆人観衆の前で処刑された。にもかかわらず、ドロシーはこうしてその光景を眺めている。
「……あたくしは、これからどうすれば良いのでしょう?」
ぽつりと呟いた。その声は周囲の喧噪に掻き消されてしまったはずなのだが、リスティアには聞こえていたようだ。「どうって、どういうこと?」と聞き返されてしまった。
「あたくしは多くの罪を犯したのに……」
「あたしだって、妹のためなら国の一つや二つ滅ぼすよ。貴方だって、妹のために出来ることをしただけなんでしょ? それとも、自分のおこないを後悔しているの?」
国を滅ぼすというのはスルーして、それ以外について考えた末に首を横に振った。過去に戻ってやり直せるとしても、ドロシーは妹のために罪無き者を犠牲にする。そう思ったからだ。
けれど、だからって、罪の意識がない訳ではない。
「あたくしは、罪を償うべきだと思うんです」
「その罪は、貴方の首が刎ねられた時点で許されているよ。正確には……首が三日三晩晒された後、だけどね」
「それは……」
たしかにこの国の法では、犯した罪は、罰を受け終わった時点で許される。斬首の後にさらし首。その後に罰なんて残っているはずもなく――ドロシーは許されると言えなくもない。
だけど、それはやはり詭弁だろう。もし処刑がされなかったとしたら、残りの一生を牢獄で過ごすことになっていたはずだ。
それを、首を刎ねた後に生きていたから、償いは終わったなどと……いや、普通ではありえない現象なので、なんとも言えないのだけれども。
「はぁ……もう良いですわ。罪が許されたと言っても、あたくしが生かされたのはフローレン子爵家に対する切り札として。どのみち自由はないのでしょ?」
いまだって、すぐ側にいるのはリスティアだけだが、ドロシーが逃げないように見張っている者達がいるはずだ。
……いや、この化け物が一人いれば、他の見張りなんて必要ないのかもしれないが。
「自由はないけど、選択肢はあるよ?」
「協力を拒否して牢獄で過ごすか、協力を受諾して屋敷に軟禁されるか、かしら?」
「それともう一つ。協力を約束して、あたしの孤児院で先生をするか、だね」
「……孤児院で先生?」
一体どんな隠語なのだろうかと、ドロシーは首を捻った。
「あたしが経営する孤児院の子供達がね、あたしが学校に通っていることを聞いて、自分達も授業を受けたいって言ってるんだよ。だから、教師を雇おうかなって思って」
「……はい?」
孤児院と言えば、花を売る裏稼業が有名だ。貴族やお金持ち相手にハニートラップでもやらされるのだろうかと身構えていたドロシーは、思わず間の抜けた声をあげてしまった。
いや、そもそも――
「貴方が経営する孤児院、ですか?」
「うんうん、普通の孤児院だよ。ウォルター公爵やブレンダ理事長は、あたしが責任を持つって言ったら、それなら問題ないって言ってくれてるの」
「それは……なんだか納得ですが、貴方は事件を解決しに派遣された冒険者……ですよね?」
「うんうん。冒険者で、孤児院の院長先生だよ?」
「……貴方は、一体何者なんですか?」
「あたしは普通の女の子だよ?」
ありえない――と、喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。
「……質問を変えますわ。貴方は、どうしてあたくしを助けてくれたんですか?」
「あたしは、生徒を誘拐している犯人達を捕まえるように依頼されてたから、フローレン子爵を捕まえるための一手を打っただけだよ」
「……嘘。貴方なら、こんな回りくどいことをする必要なんてないでしょ?」
リスティアが何者なのかは分からない。
けれど、アイテムボックスを無詠唱で使いこなし、人間を一瞬で消し去ってしまう。リスティアが普通の女の子なんて可愛らしい存在でないことだけはハッキリとしている。
そして恐らくは、フローレン子爵を消し去ることも……と、フードの下からリスティアの顔をうかがったドロシーは――ぞくりと寒気を覚えた。
リスティアが、無邪気に微笑んでいたからだ。
「あたしは、妹を護るために全てを投げ出した。そんな貴方の心に打たれただけだよ」
「そ、そうですか……」
否定なんて出来るはずがなかった。もしも疑うような言葉を発したら、その瞬間に自分も他の者達と同じように消されるだろうと感じたからだ。
リスティアが一体何者なのかは分からないが――少なくとも、普通の女の子でないことだけはハッキリしている。それを強く再認識した。
そして、そんなリスティアにターゲットされた以上、ドロシーに逃げ場は残されていない。
リスティアは、悪夢の日々から救いだしてくれた天使か、はたまたドロシーの魂を欲する悪魔なのか。恐らくは、後者なのだろう。
「これが……あたくしに与えられた本当の罰なんですわね。分かりました。貴方の言うとおりに、孤児院で先生をいたしましょう。ただ、一つだけお願いがあるのですが?」
「うん? なにかな?」
「あたくしの妹の、レーネを助けて、その身の安全を保障してください」
それがドロシーにとっての唯一の願い。ドロシーがいままでフローレン子爵の言いなりになって悪事に手を染めて来たのは、レーネを護りたかったから。
だから、どうか――と頭を下げるドロシーに対し、
「あぁ、それなら平気だよ」
リスティアはあっけらかんと言い放つ。
そんなリスティアの言葉に、ドロシーは唇を噛んだ。あまりにも軽すぎるその約束が果たされる可能性は、とても低いと思ったからだ。
自分が不幸な目に遭うのはかまわない。けれど、妹だけはなんとしても助けたい。そう思ったドロシーは、食って掛かろうとしたのだが――
「――貴方の妹は、あたしの孤児院で引き取ってるから、後で会えると思うよ」
ドロシーが食って掛かるより先に、リスティアがそんな風に告げた。なにを言われたのか、ドロシーはしばらくその言葉の意味を理解できなかった。
「……え? あたくしの妹が孤児院にいるの、ですか?」
「うんうん」
リスティアは頷くが、信じられるはずがない。
「えっと……あたくしの妹である、レーネが、貴方の孤児院にいるの、ですか?」
「うんうん。マリア――孤児院のみんな達と、元気にはしゃぎ回っているよ」
「――っ。そんな嘘は止めてください!」
反射的に怒鳴ってしまった。道行く人々が、なにごとかとドロシーを見たので、慌ててフードを目深く被り直した。
さすがに、処刑された娘と同じ顔を見られたら不味いと焦ったのだけれど――そんなドロシーに対して、リスティアは平然と「どうしてそう思うの?」と小首をかしげた。
「レーネは養生という名目で、フローレン家の管理する建物に幽閉されているんです。フローレン子爵が、あたくしの処刑前に切り札を手放すとは思えません」
「それなら平気だよ。フローレン子爵は心を入れ替えたから」
「あの男が心を入れ替えるなどありませんわ」
「フローレン子爵が――じゃなくて、あたしが入れ替えたんだよ?」
「……はい?」
ドロシーは意味が分からなくて眉をひそめる。
なお、フローレン子爵と長男は、この日を境に療養という名目で公の場に一切姿を見せなくなる。噂では、理性なき獣のようになったと言われているが……真実は定かではない。
また、それと時を同じくして、フローレン子爵の屋敷を荒らそうとした二匹の害獣が始末されているが……それについて気に留めた者は誰もいない。
「貴方がなにを言っているか分かりませんけど、レーネはベッドから起き上がれないほど重い病なんです。だから遊び回るなんて出来るはずがありません」
静かに、けれど深い怒りを持って言い放つ。そんなドロシーに対して、リスティアは、「病気なら、もう治したから平気だよ」と微笑んだ。
「な、なにを言っているんですか? フローレン子爵ですら、進行を止めることしか出来なかったんですわよ? それを治すなんて……」
出来るはずがない――という言葉は途中で飲み込んだ。視界の隅に、処刑されて晒されている自分の姿を見てしまったからだ。
「ま、まさか、レーネの魂も引きずり出したんですか!?」
「うぅん、身体を治療しただけだよ。大した病気じゃなかったし」
「……大した病気じゃなかった?」
「うん。たぶんだけど、フローレン子爵が病気を治さなかったのは、貴方に言うことを聞かせるための方便だったんじゃないかな」
「えっと……えぇ、そうかもしれませんね」
相づちを打ちつつ、それはないと内心で否定する。ドロシーだって、その程度のことはちゃんと調べている。レーネの煩っていた病は、確実に不治の病に分類されるものだった。
けれど、リスティアが嘘をついている訳ではないだろう。たぶん、リスティア自身は本気でそう思っていると言うこと。だとすれば――
「そ、それじゃ……本当に?」
「うん。あたしの孤児院に来れば、大切な妹と一緒に暮らせるよ。そんなレーネちゃんから伝言ね。『シーお姉ちゃん、木登りをしようね』だって」
「あは、あはは……」
木登りというのは、レーネが元気になったらやりたいと言っていた遊び。レーネがそれを伝えたのは、自分が元気になったという、ドロシーに向けたメッセージだろう。
つまり――レーネは本当に元気になった。
ハッキリ言って理解が追いつかない。けれど、レーネを救い、自分を救ってくれた。そうして、妹と再会させてくれるリスティアは――天使なのだと思った。
本日19時にエピローグをアップします。




