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【なろう&書籍版】とにかく妹が欲しい最強の吸血姫は無自覚ご奉仕中! / 【コミカライズ版】最強の吸血姫は妹が欲しいっ!  作者: 緋色の雨
第二章

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エピソード 4ー1 罠にはまったリスティア

 ウィークヘイムの王都ウィークは、世界的に見ても発展しているが――それはあくまで、この時代の世界的にという話である。

 つまりなにが言いたいかというと――王都といえど、少し中心からは外れた裏通りには、治安の悪い場所はいくらでもあると言うこと。

 そして、ドロシーが居るのもまた、治安の悪い一角にある宿屋だった。


「はぁ……カビ臭いし、椅子の座り心地も最低ね。あたくしにこんな部屋を使わせるなんて、これだから下賤な平民は嫌なのよ」

 はしたなく足を開いて椅子に座っているのは村娘の姿をしたドロシー。ウェーブの掛かった金髪を掻き上げ、これ見よがしにため息をついた。

 そうして、「貴方もそう思うわよね?」と、ベッドに視線を向ける。そこには、手足を縛られた状態で転がされるセラフィナの姿があった。


「……あたしをどうするつもり?」

「あらぁ~? いつもは辺境伯の娘だなんて強がっていても、いざ窮地に陥ったら、自分の行く末が心配ってわけぇ?」

「――っ」

 歯ぎしりが聞こえてきそうな表情で、セラフィナがドロシーを睨みつける。


「あははっ、恐い恐い。そんな顔をしなくてもぉ、ちゃーんと、教えてあげるわよ。貴方が、これから、どぉんなに、むごたらしい最期を迎えるかを、ね」

「……あたしを殺すつもりなの?」

「ふふ、その顔が見たかったのよぉ」

「ふざけないで!」

「ふざけてなんていないわ。もしかして、人質にされる程度で、生きて帰れると思っていたのかしら? でもぉ、残念でしたぁ。貴方は隣国の仕業に見せかけて、むごたらしく殺されるのよ。見せかけるもなにも、半分は事実なんだけどぉ」

「……そう、か。貴方達の目的は、戦争の再開」

「せいか~い」

 ドロシーは口の端をつり上げて笑って見せた。


 隣国とウィークヘイムは現在、冷戦状態にある。そして、そんな戦争を完全に終わらせるべく、様々な人物が動いている。

 けれど、それを望まない者達もいる。ドロシーの実家もその一派で、隣国と通じていて、戦争で切り取った領土割譲を条件に、寝返るという約束になっているのだ。


 いままでは、学校に通う生徒から、能力が高く、なおかつ行方不明になっても騒ぎにならない平民を選んで誘拐。隣国に送り届けるという役目を負っていた。

 けれど、王族同士の婚姻が結ばれることとなり、戦争が終結しそうになっている。だから、それをぶちこわすために、辺境伯の娘を隣国が惨殺したという筋書きが用意されたのだ。


「だぁかぁらぁ、セラフィナ。貴方にはと~っても、悲惨な目に遭ってから死んでもらうわ」

「ひ、悲惨な目ですって?」

「そうよぉ……」

 ドロシーは椅子から立ち上がり、ベッドに転がされるセラフィナの上に覆い被さった。


「貴方はこれから、下賤な平民に尊厳を侵されるの」

 ドロシーは無慈悲に言い放ち、セラフィナが身に纏うドレスの胸もとを引き裂いた。下着に隠された豊かな胸があらわになり、セラフィナは羞恥に顔を背けた。

 だけど、ドロシーは容赦なく、その胸に手のひらを這わせる。


「なんども、なんども、尊厳を侵されて……そして最期は、無残な姿で辺境伯のもとに送り届けられるわ。隣国がかかわったという証拠と共に、ね」

「そっ、そんなことをしたら、お父様が隣国に攻め込むわよ!?」

「もちろん、それが目的よ。備えがあれば対応は難しくないし、この国に非があるとなれば、周辺国も余計な口は出してこない」

 そして辺境伯が進軍を開始した暁には、セラフィナを殺したのは隣国の仕業ではなかったという噂を流す予定になっている。


 ――実のところ、今回の一件は以前から計画されていたものである。それが、リスティアが辺境伯を追い落としたことで早まっただけの話なのだ。

 だから、それらの下準備は万全。セラフィナを誘拐した時点で、計画は成功も同然だった。


「さぁて、最初はあたくしが貴方を穢してあげるわ。ずっと、貴方が大っ嫌いだったから」

「……どうして? あたしがドロシーになにかした?」

「ふんっ、セラフィナには分からないわよ。それより、覚悟なさい」

 セラフィナのドレスに手を掛ける。その寸前、部屋の扉が乱暴にノックされた。


「……誰よ。しばらくは誰も近づかないように言っておいたはずよ?」

「お嬢様、問題が発生しました」

 ドロシーは舌打ちを一つ。ベッドから退いて「入りなさい」と声を掛けた。入ってきたのは実家が雇っている工作員の一人で、ドロシーを人質にとるフリをしていた男だ。

 太ももを刺されたため辛そうだが、職務を忠実に守っているらしい。


「……傷は大丈夫なの?」

「小さなナイフだったので、歩く程度なら支障はありません」

「そう……それで、問題ってなにかしら?」

「この辺りで、そこに転がっているお嬢様を探している者がいるそうです」

「……ここがバレているというの?」

 目撃者はいなかったはずだけど――と、ドロシーは思案する。


「確証はありませんが、この辺りが怪しまれているようです。もしかしたら、以前から当たりを付けていたのかもしれません」

「そう。なら……この場を移動した方が良いかもしれないわね。それで、セラフィナを探しているというのは何人くらいなの?」

「いえ、一人で、それも少女です。と言うか――」

 男はセラフィナに聞こえないように、その娘がリスティアであることを告げた。


 それを聞いたドロシーは、口の端をつり上げて笑う。

 辺境伯を窮地に追いやるほどの後ろ盾を持つ娘が、ノコノコと一人でやって来た。セラフィナよりも、より大きな餌となり得る。これはきっと神がもたらした天恵だと思ったからだ。


「良いわ。それじゃ、さっきと同じ手で行きましょう。無事な連中を集めなさい。相手はセラフィナを圧倒した相手よ。決して油断しないように伝えなさい」

「かしこまりました。お嬢様がそうおっしゃると思い、既に準備に掛からせています」

「さすがね。なら……貴方はセラフィナの見張りをしていれば良いわ」

「それは、このお嬢さんを好きにして良いって意味ですか?」

 男が好色そうな表情を浮かべる。


「――ダメよ」

「つれないことを言わないでくださいよ。どうせ後でめちゃくちゃにするんでしょ?」

「だからこそ、一気にどん底に落とすの。それまでは我慢しなさい」

「……分かりました」

 不満気ながらも、一応の了承をする。それを確認したドロシーは残忍な笑みを浮かべ、セラフィナへと視線を向けた。


「戻ってきたら地獄を見せてあげるから、それまでにせいぜい、覚悟を決めておきなさい」

「ねぇ……ドロシー。貴方、本当は……本当はこんなこと、望んでないんじゃない?」

「……なにを言い出すかと思えば、どうやったらそんな風に見えるのよ」

「だって貴方、本心を隠すときはいっつも、大げさに反対の行動を取るじゃない! 友達なんだから、それくらい知ってるのよ?」

「――はっ、あたくしの家のことをなにも知らないくせに、友達づらしないで」

「それは……どういうこと?」

「……話しすぎたわね。とにかく、あたくしは貴方が嫌い。そもそも、こんな目にまで遭わされたのにあたくしのことを信じるなんて――馬鹿じゃないの?」

 一瞬、ドロシーは深緑の瞳を揺らした。だけど、それは一瞬。すぐに相手を馬鹿にするような上々を張り付かせ、リスティアを捕まえるべく部屋を後にする。



 その後のドロシーの行動は迅速だった。部屋を出たあと、工作員達からリスティアの現在位置を聞き出して、偶然を装ってリスティアに接触を試みた。


「あっ、貴方はリスティアさん。どうしてこんなところに?」

「……え? あぁ、ドロシーさんだっけ。あたしはセラフィナを捜してるんだよ」

 あははっ! 素直に答えてくれるなんて、やっぱりたいしたことないわね――と、ドロシーは表情には出さずに笑った。


「そうだったんですね。実はあたくし、セラフィナ様を見かけたんです」

「――それ、本当なの?」

「ええ。知らない殿方に連れられていました。なんだか様子がおかしくて、それが気になってここまで後を付けてきたんですが……」


 そう言っておけば、ドロシー自身は気付いていないと思わせながらも、リスティアには誘拐を匂わせることが出来る。もし、セラフィナが行方不明だと知って、リスティアがここにいるのなら、必ず食いついてくるだろう。

 そして――


「ドロシーさん、セラフィナがどっちに行ったか分かる?」

 食いついた――と、ドロシーは心の中で笑った。けれど、もちろんそんな内心は一切表情に出さずに、なにか問題が起きていると察したような表情を浮かべて見せた。


「もちろん、いまならきっと追いつけると思います。付いてきてください」

 リスティアに考える時間を与えず、たたみかけるように案内を開始する。

 その後は簡単だった。言葉巧みに――するまでもなく、リスティアはホイホイとドロシーの後を追いかけてきた。


 ドロシーは少し迷う素振りを見せながら、セラフィナが向かった方向を目指している――という体をとっているのだが、途中からリスティアが先行をはじめた。まるで、目的地が分かっているようね――と、ドロシーは警戒心を抱いた。

 そもそも、リスティアはセラフィナを圧倒するほどの力を持っている。

 とはいえ、どれだけ戦闘力があったとしても、普通の女の子には変わりがない。決して油断は出来ないけれど、不意を突けば倒せないはずはない。

 そんな風に考えていると――


「どうやら、あの建物の中にいるみたいだね」

 不意に確信を持って口にした。リスティアの視線の先は、たしかにセラフィナを捕らえている建物がある。理由は不明だけれど、感知する方法があるらしい。

 是が非でも、ここで片を付けなくてはいけないと、ドロシーは周辺に潜んでいる仲間に合図を送り、さり気なくリスティアから距離をとる。

 その直後、仲間達がリスティアの前に立ちはだかった。


 リスティアがドロシーを護ろうとするかは不明だが、そもそも工作員達にリスティアを倒せるとは思っていない。工作員達には適当に下がらせ、セラフィナのときと同じように、ドロシーが不意を突いてリスティアを麻痺させて捕まえる算段だ。

 そして、今のところ、ドロシーはまったく疑われていない。確実にリスティアを無力化する自信があったのだが――それは、甘い考えだったといわざるを得ない。


「おいおい、ここは普通の女の子が来るようなところじゃないぜ」

「ふえぇぇぇ?」

 セラフィナを圧倒するほどの武力を持ち、辺境伯を窮地に追いやるほどの後ろ盾を持つ。そんな少女が、なぜか男の一言に酷く取り乱した。


 よく分からないけれど、これは好機だ――と、ドロシーは更に仲間に合図を送り、自分を人質に取らせ――「きゃあああ!?」と悲鳴を上げる。


「ドロシーさん!?」

 振り返ったリスティアが、ドロシーが人質に取られていることに気付いて、こちらに駆け寄ろうとしてくる。


「動くなっ! じゃないと、この女の顔を切り刻むぞ!」

「え? ええっと……うぅん」

 この女、いま少し迷いましたわ! たしかに下賤な平民とか言いましたけど、この状況でそれはちょっと酷いんじゃないかしら!? なんて、ドロシーは心の中で罵倒した。


 なお、リスティアが迷ったのは、別にドロシーを嫌っているからではない。

 顔を切り刻まれても、あとで再生してあげたらいい話だよね? ……あぁでも、痛い目に遭わせちゃ可哀想かな? なんて考えただけだ。

 もっとも、ナナミ達が相手なら迷わず止まったはずなので、好感度が影響しているというのも間違いではないが――それはともかく、それにドロシー達が気付くはずもなく。

 人質を取る作戦はあまり効果がないかもと思い始めた。


 だから、適当にリスティアを追い詰め、後は工作員達は撤退。その後、ドロシーが不意を突くという、当初のプランを実行しようと合図を送ったのだが――


「その女の顔を刻まれたくなかったら、まずは武器を捨てな」

「……武器って、どこまでが範囲?」

 正面の男に武装解除を指示されたリスティアが、困惑するような素振りを見せた。


「あぁん? そんなの、持ってる武器全部に決まってるだろうが!」

「むぅ……仕方ないなぁ」

 リスティアはどこか不満気に、一振りのレイピアを足下に捨てた。

 それを見たドロシーは、あら? いま、なにもないところから取り出したような……なんて思ったのだが、リスティアと仲間のやりとりは続く。


「他にもあるんだろ? 全部捨てろと言ったはずだ」

「良いけど……後で邪魔とか言わないでよ?」

 リスティアは意味不明なことを言うと、最初に捨てたのと同じようなレイピアを二振り、三振り、四振りと捨てていく。


「おいおい、そんなに大量の武器を一体どこから――って、まだあるのかよ!?」

 レイピアの他に、ロングソードやバスタードソード。更には弓矢やスピア。あげくは大砲やらバリスタやら、明らかに所持しているはずのない兵器が積み上げられていく。

 それを見たドロシーは戦慄した。リスティアがアイテムボックスを――しかも、無詠唱で使っているのだと理解してしまったからだ。


 人類が栄華を極めた時代に、辛うじて手が届いたと伝えられる第四階位の魔法。それを魔法陣も詠唱もなく、自在に使いこなしている。

 それはつまり、第六階位の魔法まで使用できると言うことで――そんなのはもはや、人間ではない。天使や魔族など、神話に登場するような生物だけだ。


「あ、あぁ……」

 ヤバイヤバイヤバイ! と、ドロシーは怯えはじめる。セラフィナを圧倒した時点で気付くべきだった。自分達が手を出したのは、決して触れてはいけない化け物だったのだ、と。


 このままじゃ皆殺しにされると確信した。だけど――それを理解できたのは、ドロシーが学校で魔法を習っていたから。

 他の仲間には理解できなかったのだろう。リスティアの捨てる武器が数十本に及んだ頃に「ちょっと待てやこら!」と仲間の一人がツッコミを入れた。


「いくらなんでもおかしいだろ!? どこに隠し持ってやがった!?」

「どこって……えっと……手品だよ?」

「そんな訳あるか――っ!」

 やめてっ、その化け物を刺激しないで! もう良いじゃない、手品で! そういうことにしておきましょうよ! と内心で悲鳴を上げるが、男達はそんなドロシーの様子に気付かない。


「もう良い。武器は良いから、俺達に投降しろ」

「ダメだよ。あたしは、セラフィナを探しに来たんだから」

「あぁ? だったら、その女がどうなっても良いのか?」

 男が高圧的に迫る。


「止めて、殺さないで! あたくしは関係ないわ!」

 男達に対する迫真の演技――と言うよりは、リスティアに対しての命乞い。こうなっては、男達の仲間と知られる訳にはいかないと必死である。

 それが功を奏したのか、リスティアは少し困ったような表情を浮かべた。


「お願い、あたくしを助けて! 前に酷いことを言ったのは取り消します! もちろん、ナナミさん達にも謝ります! もう二度と悪いことはしませんから、命だけは助けて――っ」

 必死に懇願する。それに対して、やはりリスティアは困り顔で――


「それは良いんだけど……あたし、普通の女の子なんだよ? ここに来たのは目的があるからで、普通の女の子、なんだよ?」

「え? ええっと……ええ? そ、そそそっそうですわね」

 セラフィナを圧倒する剣技に、辺境伯を叩き潰すほどの後ろ盾を持ち、第六階位の魔法を使える化け物のどこが普通の女の子なのよ!

 内心では怒濤のごとくに突っ込んだが、それを口にしたら殺されるかもしれないと、必死に首を縦に振る。その直後、ドロシーは拘束から解き放たれた。


「え、一体なにが……?」

 戸惑うドロシーの足下に、先ほどまで顔に突きつけられていたナイフがカランと落ちた。

 ドロシーを拘束していた男も危険を察知したのだろうか? もしここで仲間だと暴露されたら困るのだけど――と振り返ったのだが……そこには誰も居ない。


「お、おい、あいつどこへ行ったんだ?」

「わ、分からん。急に目の前から消えたように見えたが……」

 正面にいた仲間達がざわめく。


 どうやらドロシーの気のせいではないらしい。だけど、人一人を痕跡もなく消失させるなんて、第四階位の魔法はもちろん、アーティファクトでも聞いたことがない。

 一体なにがと、ドロシー達は戦慄した。そのとき――


「あれぇ~、あの人ぉ、どこ行っちゃったんだろうぉ~?」

 おっとりとした声が響いた。その声を上げたのは、人差し指を頬に添えて不思議がるような態度のリスティアで――それを見たドロシーは戦慄した。


 あまりにも普通の――人が一人消失した状況では、どう考えても異質なその態度を目の当たりに、男の消失が彼女の仕業だと理解してしまったからだ。

 第四階位の魔法を無詠唱の魔法陣なしで扱う化け物。そんな評価ですら生ぬるかったのだ。


「リ、リスティアさん、いま、なにをなさったんですか……?」

「ふえぇ? あたしはなにもしてないよ? だってあたし、普通の女の子だもん」

「………………そ、そう、ですわね」


 これは遠回しな圧力だ。リスティアが発した言葉の意味は、自分が高位の魔法を使えるとバラしたら消し飛ばすという脅しなのだと理解した。

 だからドロシーは、恐怖でその場に座り込んでしまった。


 だけど――それは不幸な誤解を生んだ。

 状況を理解していなかった男達は、ドロシーが恐怖でへたり込んだフリをして、もう一度人質になろうとしていると誤解したのだ。

 そんな訳で、リスティアの向こう側にいた男の内一人が、もう一度ドロシーを人質に取ろうと走ってくる。


「やめ――っ」

 とばっちりを受けたくなくて悲鳴を上げかける。そんなドロシーの目の前で、またもや男は消失してしまった。

 先ほどとは違い、今度はドロシーが見ている目の前で、ドロシーは警戒もしていた。にもかかわらず、なんの痕跡もなかった。文字通り、一瞬で消え去ってしまった。

 間違いない。リスティアがなんらかの手段で、男を消失させている。

 そんな彼女が女の子が普通なら、一体この世の普通はどうなっているのか――と、ドロシーは叫びたい衝動に駆られたが、その突っ込みは声にならなかった。

 そして、その恐怖が自分の命を救ったのだと理解させられる。


「お前のどこが普通の女の子だ! ふざけんな! お前なんて全然普通じゃ――」

 ないと言いたかったのだろうが、男がその言葉を口にすることはなかった。セリフの途中で、武器だけを残して消失してしまったからだ。

 そして――


「ひっ、ひぃ!」

 残った男が踵を返して逃げ出す。その途中で、忽然と消えてしまった。その様子はまるで、虚空の彼方へと走り去ってしまったかのようだ。

 そして――後に残されたのはドロシーと、普通の皮を被った悪魔だけ。このままじゃ自分も消し飛ばされると、ドロシーは震え上がる。


「あ、あたくし、応援を呼んできますわ」

「ん~? 応援なんて、別に必要ないよ?」

「え、えぇ、そうですわね。ですが、えっと……そう。セラフィナ様を探すには、人が多い方が良いと思うんです!」

 この場にドロシーが犯人の一味だと知る者はいないし、他の仲間も敵の前でドロシーに話しかけたりはしないはずだが、セラフィナがドロシーの裏切りを知っている。

 このままでは他の仲間と同じように、なにも出来ずに殺されてしまう。だけど、それだけは受け入れられない。受け入れる訳には行かない。

 だって、あたくしがここで死んでしまったら――と、ドロシーは必死に打開策を考える。


「セラフィナの居場所なら分かってるし、もう大丈夫だよ?」

 リスティアはこともなげに言い放った。そのセリフに、ドロシーは嫌な予感を覚える。


「えっと……その、大丈夫というのは?」

「うん。部屋のベッドに転がされてるけど無事ってことだよ。部屋にいた見張りの男が急に気絶したから怯えているみたいだけど、怪我とかもないし平気だよ」

「わ、分かるんですか?」

「え? あぁ……うん、そんな気がするだけだよぅ」

「………………あ、あは、あはは……」

 ここから、セラフィナが囚われている建物まで百メートルくらい。

 本来であれば、セラフィナの状態なんて分かるはずはないのだけれど……リスティアは、部屋の中に見張りの男がいることも把握していた。

 そして、そのうえで大丈夫だと断言した。リスティアにはなんらかの探知能力があり、人を無力化する能力もあると言うこと。


「……あたくしの負けね」


 ドロシーは、もはや自分が逃げられないのだと思い知った。

 罪を重ねてきたのだから、いつかこうなることは予想していた。だから、ドロシーは自分が破滅する運命を受け入れる――けれど、全てを諦めた訳ではない。

 せめて、あの子だけは助ける。あたくしは、そのためだけに生きてきたのだから――と、ドロシーは決意を秘めて負けを認めた。

 

 

リスティア「ところで、サブタイトルの罠にはまった……って、なんのことなんだろう?」


リスティアのご先祖様達の物語、一章が完結いたしました。

↓のURLをコピペか、もしくは作者名。または下の方にある無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がるの文字をクリックで飛べるので、この機会にぜひ。

https://book1.adouzi.eu.org/n6607eo/

よろしくお願いいたします。

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