エピソード 3ー3 普通の、真祖な、女の子
貴族の娘であるセラフィナとやりあった件で、ブレンダ理事長に呼び出された。
そこであれこれ話し合った後、リスティアが寮の扉をくぐって自分の部屋に戻ると、なぜか部屋でナナミが待っていた。
「ナナミちゃん、どうしてここに?」
「すみません、勝手に部屋で待たせていただきました」
「うぅん、ナナミちゃんなら、いつでも好きなときに滞在してくれて良いよ。なんなら、あたしの部屋で暮らしちゃう?」
リスティアの部屋は姉妹で暮らすことを想定している。さり気なく――本人はさり気なく妹にならないかと誘ったつもりだったのだが「さすがに暮らしませんよ」と流されてしまった。
リスティは若干しょんぼりしつつ、「それで、今日はどうしたの?」と問いかけた。
「リスティア様が心配だったので、どうなったのかなと。セラフィナ様との一件が原因で呼び出されたんですよね。大丈夫だったんですか?」
「うん、なんか向こうの親御さんが、あたしを退学にするように手を回してたみたい」
「え!? それで、どうなったんですか!?」
「うん、夜会に出席することになったよ」
「…………はい?」
ナナミが、こてんと首を倒した。
「夜会って言うのは、社交界の、夜に開催されるパーティーだよ?」
「いえ、その……夜会の意味が分からないのではなく、退学を迫られた後になにがあったら、そんなことになったのかが分からないんですが」
「えっとね。ウォルター公爵って覚えてる?」
「リスティア様のブローチを落札なさった方ですよね」
ナナミはこくりと頷いた。オークションの件で、グラートから話を持ちかけられたときに、ナナミにも相談したので覚えていたようだ。
「そのウォルター公爵がたまたま理事長室に現れたんだけど、事情を話したらあたしの後ろ盾になってくれるって。それで色々あって、ジュノー辺境伯に釘を刺すために、夜会に同席するようにって言われたの」
説明しながらも、こんな説明じゃ伝わらないよねとリスティアは考える。
なにしろ、リスティア自身が、なぜウォルター公爵がここまで肩入れしてくれるか分かっていない。だから、ナナミも分からないと思ったのだけれど――
「なるほど、よぉおおおく、分かりました」
なぜか思いっきり納得されてしまった。
「……どうして分かるの?」
「どうしてもなにもリスティア様、最近自重するつもりないですよね?」
「やっぱりそう言う評価なんだね。うぅん、そんなつもりはないんだけど……」
「……けど?」
「人間とあたしの普通ってちょっと違うよね……とは思うようになったよ」
リスティアにしてみれば、あくまで自分は普通の女の子なのだ。
もちろん、それは正しい評価ではない。真祖の中でも特別な存在で、ずば抜けた能力を持つのもまた事実である。
だけど、ナナミ達に評されるほど非常識なわけでもない。
ゲートを設置して好きに行き来をするのも、人間がアーティファクトと評するエンチャント品を量産するのも、真祖の中では特別なことではなかった。
リスティアのそれは周囲よりちょっぴり。そう、ほんのちょっぴり完成度が高いだけだ。
「リスティア様……もしかして、人間との暮らしが嫌になったんですか?」
「え? うぅん、そんなことはないよ。ナナミちゃん達と一緒にいるのは凄く楽しいよ。だけど、だからこそ、人間の普通と違うことは受け入れなくちゃいけないかなぁって」
ナナミが不安そうな顔をしたので、大丈夫だよと安心させた。リスティアが考えているのは、いまの自分のありようについてだ。
リスティアは、いまでも自分が普通だと思っている。むしろ、人間の方が色々と普通じゃない。そこを、無理に人間の真似をしようとするから無理が出てくるのだと考えている。
なにより、やらかしたと言われてはいるけれど、ナナミやマリア。それにシャーロットや孤児院のみんなも、リスティアを慕ってくれている。
つまりは自然体。『あたしは、(真祖として)普通の女の子だよ?』という路線でも問題はないだろうと、リスティアは考えはじめている。
そもそも、真祖としても規格外。
人間の普通に合わせているつもりでも規格外なのに、合わせるのを止めたときにどれだけ影響が出るかまるで考慮に入れていないのだが……それに気付くのはもう少し先の話だろう。
「とにかく、夜会に出席することになったんだよぅ」
「……良いんじゃないですか?」
「そうなの? ナナミちゃんには止められるかなって思ったんだけど」
「私が止めてたのは、リスティア様が正体を隠して、普通の女の子として振る舞いたいって言ってるのを聞いてたからです。リスティア様が気にしないのなら、私は良いと思います」
「そっか……」
心配していたのは、ナナミ達に避けられること。だから、そのナナミに受け入れられて、リスティアは安心した。
「それで、どういう段取りになっているんですか?」
「夜会は明後日なんだって。それで、明日はウォルター公爵の別宅にお邪魔することになってるんだよ。夜会での立ち回りなんかを教えてくれるみたい」
「なら、安心ですね。でも、くれぐれもやりすぎないようにしてくださいね。普通にこだわらないとしても、あまりやりすぎると騒ぎになるますから」
「うん、それはもちろん気をつけるよ~」
――翌日。リスティアは失礼がないように最善の注意を払って、王都にあるウォルター公爵の別宅へとやって来た。
ゆったりとした足取りで、お屋敷の前にある門へと歩み寄っていく。それを見た門番が一瞬警戒するような素振りを見せ――次の瞬間、物凄い勢いで背筋を伸ばした。
「よ、ようこそいらっしゃいました。ここはウォルター侯爵様の別宅でございます。当家になにかご用でしょうか?」
「あたしはリスティアと申します。今日はウォルター公爵に呼ばれて参りました」
「え? あ、貴方がリスティアさん――いえ、リスティア様でございますか!?」
「……そうですけど?」
この兵士のおじさんは、どうしてこんなに真っ赤になってるんだろう――と、リスティアは可愛らしく小首をかしげた。それによって、兵士のおじさんの顔が更に赤くなる。
「お、お話は伺っております。お屋敷に案内するので、ついてきてください」
「お願いします」
兵士のおじさんに従って門の内側に。遠くに見える屋敷へと向かって歩き始めた。そうしてお屋敷のエントランスへと案内された。
そこで、案内役はメイドへと交代。やはりなぜか浮ついたメイドの一人が、主を呼んできますと走り去っていった。
そしてほどなく――ウォルター公爵がエントランスへと姿を現した。
「本日はお招きいただきありがとう存じます」
リスティアがワンピースの裾を摘まみ、優雅にカーテシーをこなして見せた。その瞬間、エントランスに控えていたメイド達からほぅっとため息がこぼれる。
「リスティア嬢、今日は良く来てくれた。まずは、先日の件。感謝の言葉を述べさせてくれ」
「ブローチの件ですか? それなら、本当に気にしないでください。あたしも、孤児院を建て直すことが出来て助かりましたから」
「……そうか。だが、感謝するなと言うのは無理な注文だ。我が娘に最高のプレゼントをすることが出来たのは、リスティア嬢のおかげだからな」
「……そういうことでしたら。どういたしまして」
これ以上はらちが明かないと判断し、感謝の言葉を受け入れる。その後、軽く社交辞令的な挨拶を交わし、さっそく明日の社交界について話すことになった。
「まずは、明日着ていくドレスの準備だ。別室にて娘を待機させている。リスティア嬢にふさわしいドレスを選んでくれるはずだ」
「……ありがとうございます」
ドレスなら自作のお気に入りをたくさん持っているリスティアだが、そんなことは一切口にしない。ウォルター公爵の娘。つまりは年下の女の子、リリアンヌに会えると聞いたからだ。
◇◇◇
ウォルター公爵家のドレスルーム。
リリアンヌは、リスティアがくるのを待っていた。ウォルター公爵家の当主である父から、恩人である娘のドレスを選んでやって欲しいと頼まれたからだ。
ただ、リスティアを待つリリアンヌの表情は少し硬い。父親から聞かされた説明が不完全で、不可解だったからだ。
まず、どういった恩人なのかは聞かされていない。そして相手は普通の女の子ではないが、普通の女の子として応対して、決して失礼がないようにと言い含められている。
ハッキリ言って、なにが言いたいのか良く分からない。それに、恩人の娘ではなく、娘が恩人であると言うのも良く分からない。
一体どういう人物で、どういう恩人なのか、もう少し説明して欲しいと思う。とは言え、その辺りを自分に伏せるのにも、なにかしらの意味があるのだろう。そう思ったリリアンヌは、とにかく失礼のないようにと意識して、リスティアという少女が来るのを待った。
ほどなく、メイドに案内されたリスティアがドレスルームへと姿を現した。艶やかな黒髪に、透けるような白い肌。リリアンヌの前で微笑むのは、天使のような少女だった。
「お初にお目にかかります。あたくしはウォルター公爵の娘、リリアンヌと申します」
「お初にお目に掛かります、リリアンヌ様。あたしはリスティアです。本日はドレスを選んでくださるとのことで、よろしくお願いいたします」
優雅なカーテシー。それを見たリリアンヌは、こんな上品な平民がどこにいるのよ。と言うか、この人を普通の女の子だと思えですって? どんな無茶ぶりよ……と内心でうめきつつ、気圧されないようにと気合いを入れ直す。
「お父様から、貴方は大切なお客様で、大恩ある方だとうかがっております。どうか、そのようにかしこまらず、自然にしてください、お姉様」
「――お姉様っ!」
上品だったリスティアが、突然ぴょんと跳ねた。もしかして気に障ったのだろうかリリアンヌは冷や汗を流す。
「すみません。もしかして、失礼だったでしょうか?」
「うぅん、そんなことないよ、リリアンヌ」
柔らかな、包容力のある――というよりは、可愛らしい微笑みを浮かべる。リスティアはどうやら嫌がっている訳ではないらしい。
そのことに安心すると同時に、リスティアの口調が一気に砕けたことに驚いた。
リリアンヌは貴族の中でも最高位に位置する公爵家の娘。そんなリリアンヌに、いまのように親しげに話しかけてくるものはただの一人もいなかった。
と言うか、いたら無礼だと叱っていただろう。けれど、リスティアに対してはそういった感情を抱かない。父の恩人と言うこともあるが、それ以上に親しみを感じていた。
「リスティアお姉様は不思議な方ですわね」
「あたしは普通の女の子だよ?」
可愛らしく小首をかしげる。
最近、人間と真祖の普通が違うと思い知ったリスティアの、自分は真祖として普通の女の子だよというセリフだが、そうとは知らないリリアンヌは表情には出さずに苦笑い。
これが、普通の女の子ではないが、普通の女の子として扱えということですねと理解した。
「たしかに、リスティアお姉様は普通の女の子ですね」
どうやらリリアンヌの予想は正しかったようだ。普通であることを肯定してみると、リスティアは嬉しそうに飛び跳ねた。
リスティアが飛び跳ねることで、長い漆黒の髪がふわりと広がり、サラサラと元の場所へと流れ落ちていく。その光景を前に、リリアンヌがほぅっと感嘆の息をつく。
「真っ黒なのに光沢があって、綺麗な御髪ですわね」
「えへへ、ありがとう。リリアンヌの青みがかった銀髪もとっても綺麗だよ」
「ありがとうございます。でもいまはリスティアお姉様のドレスですわ」
「あ、うん。ドレスを選んでくれるって聞いたんだけど」
「ええ。リスティアお姉様に似合うドレスを選んで差し上げますわ。そうですわね。その御髪を際立たせるなら……純白のドレスはいかがでしょう?」
リリアンヌはメイドに指示を出し、三着の白いドレスを用意させた。
平民で普通の女の子なら、この時点で目を見開いてもおかしくはないのだけれど……リスティアは平然としている。それ自体はもはや驚くことではないのだけれど……その表情からは、ドレスが気に入っているかどうか分からない。
「リスティアお姉様、まずは着てみませんか?」
「うん、そうだね」
否定されなかったことにひとまず安堵。そんなリリアンヌの前で、リスティアが肩紐と、コルセット風の腰のヒモを緩め、ストンとワンピースを脱ぎ去った。
そうして現れるのは、透き通るような純白の肌。下着であるキャミソールを着用したリスティアは、まさしく天使だった。
あまりの美しさに、リリアンヌはもちろんメイド達も息を呑む。
「本当に……透けるように白くて、シミ一つない肌なのですね。羨ましいです。なにか秘訣でもあるのですか?」
「えっと……」
リスティアが困ったように微笑んだ。
その表情を見たリリアンヌは、リスティアの肌の白さが天然のものだと察した。そもそも冷静になって考えれば、そんな秘訣があれば貴族の娘はこぞってそれを手に入れようとする。あるはずのない――もしあれば途方もない価値のある情報だ。
リリアンヌは、振る話題を誤ったと後悔する。
そんな中、視線を彷徨わせたリスティアの視線が、リリアンヌの胸もとで固定された。どうしたのだろうと、リスティアの視線をたどると、そこには銀色のブローチが輝いていた。
リリアンヌはもうすぐ隣国の王族へと嫁ぐことが決まっている。それは、小競り合いの続く隣国と手を取り合うための第一歩。リリアンヌの行く末が、隣国との関係を決定すると言っても過言ではない。とても重要で、危険な立場。
父がそんなリリアンヌを憂い、あらゆる毒を無効化するというアーティファクトも真っ青な一品を手に入れてくれた。それが、胸もとで輝くブローチである。
「これは、お父様からいただいた大切な品なんです」
「そう……なんだね」
なぜかは分からないが、リスティアは嬉しそうに微笑んだ。そして次の瞬間、その手には魔石と小さな銀色の金属が握られていた。
「え? それはどこから……」
リリアンヌが戸惑っていると、更に驚くべき変化が起きた。リスティアの手のひらの上で金属が変化しはじめ、魔石がついた銀色のネックレスに形を変えたのだ。
「い、いまのは一体……」
戸惑うリリアンヌの手を、リスティアが握ってきた。そして手のひらの上に、形を為したばかりのネックレスを乗せてくる。
「えへへ、みんなには内緒だよ?」
リスティアは唇に人差し指を当て、可愛らしく片目をつぶった。その仕草はまさに天使そのものだが、目の前で超常現象を見せられたリリアンヌはそれどころではない。
父にもらったブローチに負けず劣らすのデザインもさることながら、どこから金属や魔石を取り出したのか、そしてどうやってネックレスを作ったのかがまるで不明。
思わず問い詰めそうになる自分を抑えるので精一杯だった。
た、たしかに普通を名乗っているくせに、まったく普通に振る舞うつもりがないわね。悪意は感じないけど、凄く変わっているわ。
リリアンヌはリスティアを分析することで、動揺する自分を落ち着かせていく。
「それで、このネックレスはなんでしょう?」
「肌のシミが消えるエンチャントを施したネックレスだよ」
「まぁ、リスティアお姉様ったら」
リリアンヌはクスクスと笑った。
父にもらったブローチに匹敵する装飾品であることは驚きだが、肌のシミが消えるエンチャントなんてあるはずがない。そんな物があれば、世界中の女性が是が非でも手に入れたがる。
噂一つでもあれば、リリアンヌが知らないはずはなかった。
だけど――
「お、お嬢様っ」
控えていたメイドが慌てたように声を上げた。メイドが客人との会話に割って入る。それはとても失礼なことで、ウォルター公爵家のメイドが理解していないはずはない。
にもかかわらず、そのメイドは声を上げた。それが気になって視線を向けると、メイドは信じられないといった面持ちで目を見開いていた。
「……どうしたの?」
「お、お嬢様、そちらの姿見をご覧ください」
「……姿見? 一体どうしたって……」
戸惑いながらも姿見を見たリリアンヌは言葉を失った。リリアンヌはもともと色白な方ではあるのだが、さすがにリスティアほど神がかった肌ではなかった。
けれど、鏡に映る自分の肌は、リスティアに負けず劣らず白く輝いていた。
「え、嘘……まさかっ!」
リリアンヌは慌てて姿見に駆け寄り、映る自分の姿に目をこらす。顔にあったはずの小さなシミが、一つ残らず消え去っていた。
新作、無知で無力な村娘は、転生領主のもとで成り上がる
https://book1.adouzi.eu.org/n6607eo/
以前載せた作品の長編バージョンです。
こちらは本当に普通の女の子が、転生領主のもとで成り上がっていく物語です。
雰囲気的には無自覚吸血姫のナナミ視点で、少しだけストーリー重視にしたような感じなので、本作を読んでいる人で、もう少しだけシリアスな物語が好きな方にお勧めです。
なお、無自覚吸血姫のご先祖達のお話です(明言するのは初めて)
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