エピソード 3ー1 普通のアイスクリーム
翌日の放課後。
「リスティア様は寮生活なんですよね。街に遊びに行ったりはしないんですか?」
「今のところ言ったことはないけど……みんなはよく遊びに行くの?」
シエラ達に話しかけられたリスティアは、放課後のおしゃべりをしていた。もちろん、誘拐犯の内通者を捜すための情報収集の一環である。
半分……いや、一割くらいは。
「私とレオーネはときどき、ですけど」
「へぇ……どんなところに行くの?」
「お買い物とか……あとは、デザートのお店です。リスティア様はご存じかもしれませんが、最近王都では、デザートが流行してるんです」
「デザートが流行?」
知らなかったので、なにかあるのかなと小首をかしげた。そうして、困ったときの大天使ナナミに視線を向けたのだが、首を横に振られてしまった。
「あら、知らなかったんですね。シャーロット様が社交界でアイスクリームなる至高のお菓子をお出ししたとかで、それでお菓子ブームに火がついたそうですよ」
「……へぇ」
返事が素っ気なくなったのは、原因に心当たりがありすぎたからだ。
「それじゃ、みんなは街にアイスクリームを食べに行くの?」
「そ、そんなの無理ですよっ」
シエラがわりと大きな声を出したので、リスティアはびっくりしてしまった。ただ、怒らせたという訳ではなく、シエラの方も驚いたと言った面持ちだった。
「……シエラ?」
「あ、えっと……すみません。アイスクリームって、シャーロット様の経営するお店でしか売ってなくて、しかも予約制で、一部の人しか食べられないんです」
「へぇ、そんなに人気なんだね」
孤児院食堂ではお手軽価格で販売しているので、アイスクリームを食べたい貴族や金持ち達がこぞって、シャーロットのご機嫌を取っているなんて夢にも思わない。
リスティアは「それじゃあ……」と机の上に、人数分のアイスクリームを並べた。
「え……いまなんか、虚空から色々出てきたような?」
ゴシゴシと目を擦るシエラやレオーネ。それに、様子を盗み見していたクラスメイト。
けれど、ここにいるのはただの平民ではなく、魔法の知識もそれなりにある学生。いまのはまさか、アイテムボックス!? なんて声が聞こえてきて――
「わわっ私がさっき、こっそり鞄から出してお渡ししたんですっ」
慌ててフォローを入れる、ナナミはわりと苦労人だった。
たしかに学校であまり目立つのは困るけれど、手品と言えば平気なんだから、そんなに気にしなくても大丈夫なのになぁ――と、リスティアが暢気に考えていられたのは一瞬だった。
レオーネがひっしと腕にしがみついてきたからだ。
「……レオーネ?」
「リ、リスティア様、これ、本当にアイスクリームなの?」
「うん、そうだよ。食べてみる?」
物欲しそうな目で見られたので、こちらから切り出す。その瞬間、レオーネは「良いの!?」と目を見開いた。
「もちろん、良いよ――って、はや」
「うわぁぁぁっ、なにこれ、冷たくて美味しいんだけど!?」
リスティアが許可を出すと同時、レオーネはスプーンでアイスクリームを一口。感極まった感じで声を上げた。その様子に、アイスクリームが本物だと分かったのだろう。遠巻きに様子をうかがっていたクラスメイト達がざわめきはじめる。
「リ、リスティア様……私、は?」
普段は控えめなシエラも、即座に食いついて来た。よっぽどアイスクリームが食べたいんだなぁと、リスティアは笑みをこぼし、シエラの前にアイスクリームのお皿を差し出した。
「わぁ……これが、アイスクリーム。本当に、食べてみても良いんですか?」
「うん。もちろんだよぉ」
「それじゃ――あむ。……ん~~~っ、なにこれ、凄く美味しいよぅ……」
笑顔を浮かべたまま、ボロボロと泣き出してしまう。そこまで喜んでくれて悪い気はしない。リスティアはえへへと笑みをこぼした。
「たくさんあるから、みんなも良かったらどうぞ」
上機嫌のリスティアは、二つ、三つと追加で机の上に並べていく。
「あわわっ、私が、私がいま、こっそり鞄から取り出したんですっ」
ナナミが慌ててフォローを入れるが、それは杞憂だった。クラスメイト達の意識は、取り出されたアイスクリームにしか向いていない。
皆は一斉に、アイスクリームに群がった。
「うおぉ……なんだこれ、マジでうめぇ」
「しかも冷たくて……なにで出来てるのかしら、このお菓子」
感激してアイスクリームを食していたクラスメイト達だが、彼らの中には商人の息子なども多く、製造方法などに意識が向き始めた。
そして、そういった疑問がリスティアに向く――直前。
教室の扉が開いて、アニス先生がリスティアの前にやって来た。
「リスティアさん、やらかしたようですね」
開口一番そんなことを言われたので、リスティアはなんのことだろうと首を傾げた。
「昨日のことです。貴族――それも辺境伯のご令嬢、セラフィナ様のお誘いを袖にしたとか」
「あぁ……養子になれって言われたので、平民を蔑ろにする人とは仲良く出来ませんって言っただけですよ?」
淡々と告げると、深々とため息をつかれてしまった。そして、平民クラスではまだ噂になっていなかったのだろう。話を聞いていたクラスメイト達がざわめく。
けれど、アニス先生が手を叩いて、そんな生徒達を黙らせた。
「良いですか? 世間一般では、それを盛大にやらかしたというのです。……なぜそこで小首をかしげるのですか。成績は良いのだから、それくらい理解なさい」
「……むぅ」
リスティアにしてみれば、貴族は多くの責任を負っている分、多くの権限を持っているだけの話であり、生物としての価値が高いわけではないと認識している。
優しい人間には優しく接し、悪人には冷たく接する。そして大天使ナナミには甘い。リスティアが、種として圧倒的に劣る人間と対等に接しているのもその辺りが理由だ。
だからリスティアは、平民をひとくくりに下賤な者と呼ぶ相手と仲良くしたいとは思わない。そしてなにより、ナナミ達に嫌な思いをさせるつもりなんて毛頭ない。
昨日の一件は当然の結果と考えているのだが――そういった考え方が出来る人間は、この時代においてはごくごく少数。リスティアがやらかしたと評価されるのは当然だった。
――という訳で、リスティアはアニス先生にこんこんとお小言をもらってしまった。それを聞いたリスティアはようやく、自分がやらかしてしまったのだと理解する。
「お騒がせしてすみません、アニス先生」
「……分かれば良いのです。今回の一件は、相手にも色々と強引なところがありました。ですから、その辺りを理由に矛を収めるように、理事長が言い含めてくださったそうです」
「え、そうなんですか?」
貴族と問題を起こしても、手助けは出来ないと言っていたのに……なんて思う。
「勘違いしてはいけませんよ。あくまで言い含めただけです。相手が今後どう出るかは分かりませんから、貴方はくれぐれも大人しくするように」
「はい、もちろんです」
あたしは普通の女の子ですから、いつだって大人しいですよ? と言った意味で微笑む。その瞬間、なぜかアニス先生が不安そうな顔をした。
「ナナミさん、話は聞いていましたね?」
アニス先生は逡巡した後、リスティアの横にいるナナミへと呼びかけた。それに対してナナミは「はい!」と元気よく答える。
「では、私の言いたいことも分かりますね?」
「はい。リスティア様がやらかさないように気をつけます!」
……ナナミちゃん、それだとアニス先生が、あたしがやらかすと疑ってるみたいだよ? なんてことをリスティアは思ったのだけど――アニス先生は「よろしい」と頷いた。
リスティアは「あれぇ?」と首を傾げる。
「さて、私はもう行きますが……リスティアさん。私は貴方のことを誤解していました」
「……誤解、ですか?」
「ええ。貴族に才能を買われてこの学校に通う子供は、うぬぼれてしまう者が多いんです。自分は他の平民とは違う。貴族に選ばれた人間なのだと」
「……あたしもそうだと思われていたってことですか?」
「ええ。貴方は、ナナミさんにリスティア様と呼ばれていましたから」
「――それは、私が好きで呼んでいるだけです」
ナナミがすぐに弁解をしてくれる。それに対してアニス先生はこくりと頷いた。
「いまならそれが分かります。貴族の誘いを袖にしたのも、平民を馬鹿にされたからだと聞いています。だから……貴方が無事に卒業できるよう、祈っていますよ」
アニス先生は小さな声で呟いて、教室から立ち去っていった。
そんなアニス先生の後ろ姿を見送っていると、ナナミが「それでアニス先生は、リスティア様にきつく当たっていたんですね」と呟いた。
「え? アニス先生って、あたしに強く当たってたの?」
「……自覚なかったんですね。いえ、たしかに授業での無理難題を全てこなしてたリスティア様に苦労したという自覚はないでしょうから、分からなくはないですが……」
なぜか呆れられてしまった。
それはともかく、セラフィナとの一件は、一応の手打ちとなった――と思っていたのだが、その日から徐々にリスティアとセラフィナの確執が噂になり始めた。
それでも、リスティアのやるべきことは変わらない。学校にいるであろう内通者を捜しつつ、ナナミやクラスメイト達との普通の日々を送っていたのだが――
一ヶ月ほど過ぎたある日の放課後、リスティアは理事長のブレンダに呼び出された。
「ところでナナミちゃん」
「なんですか、リスティア様」
「アイスは冷やしておかないと溶けるから、鞄から取り出したって誤魔化し方は無理があると思うよ?」
「手品よりマシですよっ!」




