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【なろう&書籍版】とにかく妹が欲しい最強の吸血姫は無自覚ご奉仕中! / 【コミカライズ版】最強の吸血姫は妹が欲しいっ!  作者: 緋色の雨
第二章

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エピソード 2ー5 リスティアのお部屋は普通だった

 初日の授業はつつがなく終了――と、リスティアは思っている。

 実際のところは、訳ありの貴族が身分を偽って平民クラスにやって来たとか、いやいや、実は亡国のお姫様に違いないなんて、当たらずとも遠からずな噂をされているのだが……リスティアは相変わらずで、寮で割り当てられた部屋の改装をおこなっていた。

 と言っても、今回はシャンデリアをつけることもなければ、レースのカーテンや、お姫様ベッドを置くこともない。ましてや空調や、上下水道の設置なんてこともしない。

 いや、上下水道はもとから設置されているようだけれども。


 それはともかく、リスティアが施した改装は地味に一つだけ。それは――と、ちょうど改装を終えたとき、部屋の扉がノックされた。


「はーい?」

 リスティアが扉を開けると、寮の廊下にナナミが立っていた。

「えへへ、遊びに来ちゃいました。入っても良いですか?」

「うんうん、大丈夫だよぉ~」

 リスティアはいらっしゃいと答えて、ナナミを部屋に招き入れる。その直後、ナナミが「ふえぇぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。


「……ナナミちゃん、どうかしたの?」

「ど、どうかしたって、なんなんですか、この部屋」

「あぁ、そう言えばナナミちゃんは、あたしの部屋に入るのって初めてだっけ」

「初めてもなにも、寮に来たのはさっきじゃないですか。と言うか、リスティア様のお部屋、すっごく広いんですね」

「リビングと寝室。それにシャワーとトイレもあるよ」

「……凄すぎです。私の部屋、この四分の一くらいしかないですよ?」

「あぁうん、あたしの寮の部屋も、同じくらいだったよ」

「あぁ、やっぱりそうですよね……え? 寮の部屋? ……え?」


 ナナミがめまぐるしく表情を変化させる。そして、なんとも言えない表情で、リスティアの顔を見上げてきた。


「あの……リスティア様? よく見るとこの部屋、孤児院の内装となんだか似ている気がするんですが……今度は、一体なにをやらかしたんですか?」

「入り口の扉を、孤児院のあたしの部屋と繋いだんだよぅ~」

「あぁ、それで。ここは孤児院にあるリスティア様のお部屋だったんですね~って、なにをやっちゃってるんですか――っ!?」

 なんだか、凄い勢いで怒られてしまった。


「でも、学校にいつまでいるか分からないし、次元をゆがめて寮の部屋を広げたりするよりは、自分の部屋に繋いだ方が、元に戻すときに楽なんだよ?」

「いえいえいえ、なんで次元をゆがめるのが前提なんですか!」

「……え? 元の部屋が狭いから?」

「ええっと……まあ、良いですけど。それ、明らかに普通じゃないですよ?」

「大丈夫だよ、手品だって言って誤魔化すから」

「……………………ま、まあ、リスティア様がそれで良いのなら」


 ナナミとしては、リスティア様マジ天使と広めたくてしかたがないのだが、リスティアが普通の女の子でいたいと言うから、あれこれ苦言を呈しているだけ。本人がかまわないのなら、無理に止めなくても良いやと思い始めるナナミであった。

 もちろん、リスティアは気付いていないのだけれど。


「……誰か、いるの?」

 先ほどナナミが入ってきた扉の横に、別の扉が並んでいる。その扉から、ノックと共にそんな声が聞こえてきた。

「その声はマリアだね」

 リスティアは声を掛けてから扉を開く。そこには、おっかなびっくりこちらの様子をうかがうマリアの姿があった。


「……あれ? リスティア院長に、ナナミさん。昨日王都に向かったはずじゃ……?」

「そうだよぉ。昨日のうちに王都に着いて、今日は授業を受けてきたよ。それで、今はこっちの部屋に戻ってきたの」

「……あぁ、転移の門とかいうのを設置したのね。お帰りなさい、リスティア院長」

 驚くでもなく、リスティアの帰りを素直に喜ぶ。マリアはすっかり毒されていた。


「それじゃリスティア院長、今日の夕食は孤児院で食べる?」

「うん。それと……」

 リスティアは、横にいるナナミに視線を向ける。

「分かってる。ナナミさんも一緒によね。準備してくるわね」

 マリアはそう言って、クルリと身をひるがえした。だけど、部屋から顔を出したリスティアがその後ろ姿を見送っていると、マリアは廊下を曲がる前にこちらを振り返った。


「……リスティア院長、お帰りなさい」

「うん、ただいま」

 リスティアが笑顔で答えると、マリアはぷいっと視線を逸らし、足早に立ち去っていった。

 そんなマリアが可愛いなぁと思いつつ、部屋の中に上半身を戻して扉を閉める。そうしてナナミに向き直ると、なんだかナナミが寂しそうだ。


「ナナミちゃん、どうかしたの?」

「いえ、その……ただいまって、家族みたいで羨ましいなぁって」

「……ふえ?」

「い、いえ、なんでもないです!」

 もしかして、あたしの家族に、妹になりたいってこと!? なんて思ったのだけれど、それを聞く前に、ナナミはぱたぱたと手を振って会話を打ち切ってしまった。

 だから――


「あたしはナナミちゃんのこと、家族みたいに思ってるよ」

 リスティアは精一杯の愛情表現として、そんな胸の内を打ち明けた。

「リスティア様……ありがとうございます」

 嬉しそうなナナミの表情。これは、ナナミちゃんが妹になってくれる日も近いかも! なんてリスティアは思ったのだけれど――


「ところで……」

 ナナミの表情が急に冷めたものへと変わった。

「え、急に、どうしたの?」

「いえ、その……私、王都に行ったら、当分帰って来られないと思っていたんですが、リスティア様の部屋を通らせてもらえば、すぐに家に戻れるんじゃないですか……?」

「あ、あぁ、そのことかぁ」

 苦笑いをすると、「そのことかぁじゃないですよぅ」と拗ねられてしまった。


「私、リスティア様が王都に行ってしばらく帰ってこないと思ったから、ベルお母さんや、リックお兄ちゃんを説得したんですよ? どんな顔をして会えば良いんですか……」

 恐らくは、数ヶ月単位で家に戻らないつもりで、エインデベルはリックを説得したのだろう。冒険者とはいえ、まだ子供のナナミにとってどれほど大変だったか。

 それを考えれば、実は家から通うことだって出来る。それを後から知ったとき、どんな気持ちになったのかは想像に難くない。

 だから――


「ありがとうね、ナナミちゃん」

 リスティアは、ナナミの身体をそっと抱きしめた。

「リ、リスティア様!?」

「ベルお姉さんやリックさんを説得してでも、あたしと一緒にいたいって思ってくれたんだよね。凄く、すっごく嬉しかったよ」

 それはたぶん、妹が姉を慕う気持ちではないのだろう。だけどそれでも、自分を慕ってくれている。その気持ちは凄く嬉しいと思った。


「……リスティア様。私も、リスティア様と一緒にいられて嬉しいです」

 控えめにしがみついてくる。ナナミが凄く可愛くて、リスティアは幸せな気分になった。


 どれくらいそうしていただろう。ナナミ成分を満喫したリスティアは、そっとナナミを解放した。そうして、ナナミの顔を覗き込む。

 ナナミの顔は、真っ赤に染まっていた。


「ナナミちゃん、ナナミちゃん」

「ふえっ? な、なんですか?」

「夕食までに少し時間があるけど、一度家に帰ってくる?」

「……あ、そうですね。気まずいですけど……一度会ってきます」

 どこか恥ずかしそうに走り去っていく。ナナミちゃんはやっぱり可愛いなぁと、リスティアはその後ろ姿を見送った。



   ◇◇◇



 本日の業務を終えたシャーロットは、シスタニアの孤児院に向かっていた。リスティアが留守のあいだ、子供達が不自由していないか心配だったからだ。


 リスティアがただ者でないことは既に分かりきっている。そして、そんなリスティアの持つ知識があれば、この国が大きく変わるであろうことは既に身を以て知っている。

 なお、前回リスティアから作り方を教えてもらったアイスクリームは、先の社交界で他の貴族達を震撼させた。次々にレシピを売って欲しいとの問い合わせが来るほどである。


 そんな重要人物であるリスティアを王都に向かわせたのは、彼女は束縛するべきではないと思ったから。リスティアは自由にしてこそ、自分達の利益に繋がると考えたのだ。


 とは言え、シャーロットは王都にあるラシェルの学校に最近まで通っていた。

 それを休学してシスタニアの市長の座についたのは、リスティアの側にいて、知識を得るためであり、シャーロット自身がリスティアを気に入っているからでもある。

 だから本音を言えば、リスティアにはこの街にいて欲しいのだけれど――なんてことを考えながら、孤児院にやって来たシャーロットは――

「えへへ、みんな可愛いなぁ~」

 孤児院のリビングで、子供達に囲まれて微笑むリスティアを見つけた。


 その姿を見たシャーロットは、本当に子供が好きなんですわねと微笑ましく思ってから、リスティアがこの場にいる違和感に気がついた。

「……あの、リスティアがどうして孤児院に? 昨日、王都へ向かって旅立ったと思ったんですが……忘れ物でもしたんですか?」

「あ、シャーロットお姉ちゃん、こんばんは。王都には昨日のうちにちゃんと行って、今日は授業も受けてきたよ~」

「あぁ、そうなんですね……って、はい?」


 王都まで馬車で十日くらい。馬を乗り継いで単騎駆けをすれば、もっと減らせるかもしれないけれど、それでも五日は掛かるだろう。

 一日で往復なんてありえないし、ましてやリスティアは、今日の授業を受けてきたと言った。それはつまり、ついさっきまで王都にいたと言うこと。


「……貴方はなにを言っているの?」

 意味が分かりませんわとクエスチョンマークを飛ばしていると、横からちょいちょいと袖を引かれた。シャーロットが視線を向けると、そこにはナナミの姿があった。

「シャーロットお姉ちゃん、こんばんは」

「こんばんは、ナナミ。貴方まで戻ってきたんですか?」

「それが、実は……リスティア様が次元を歪めて、学校の寮にある部屋と、孤児院の自分の部屋を繋げたみたいで、扉一つで行き来出来るようになっちゃったんです」

「扉一つで行き来ですか……?」

 なにそれどういうことと考えたシャーロットは、いつもの手品だという結論に思い至った。


 とは言え、以前のように煙に巻かれている訳ではない。

 オークションにリスティアが出品した『普通の女の子が作った』ブローチに、孤児院食堂にいくつも無造作に飾られている、無銘シリーズとおぼしき装飾品の数々。

 そして明らかに普通ではないのに、普通の女の子を名乗るリスティア。

 これだけの情報を与えられれば、嫌でも一つの可能性に行き当たる。それは、リスティアが千年前に姿を消した、真祖の末娘ではないか――と言うことだ。


 もしそれが事実であれば、シャーロットが妹にしたのは、人類の歴史を急激に変えてしまうほどの存在だと言うことになるのだが……

 シャーロットは、リスティアが話してくれるまでは追及しないことに決めていた。その理由はいくつかあるが、リスティアと仲良くする一番の道だと思ったと言うのが大きい。


 そもそも、もし本当にリスティアが真祖だとしても、シャーロットにはどうすることも出来ない。出来るのは、機嫌を損ねないようにすることだけだろう。

 そして、もし真祖でなかったとしても、大量のアーティファクトを所有しているのは間違いない。その力を奪おうとすれば、想像も出来ないほどに手痛い反撃を受けるだろう。

 ゆえに、シャーロットはリスティアを味方に引き入れることを選んだ。


 だから、シャーロットがリスティアを妹にしたのはそれが理由。断じて、リスティアが可愛すぎて、損得勘定を抜きに妹にしたとかではないのだ。

 ……ホントですわよ?

 シャーロットは誰にともなく言い訳を口にして、リスティア達の発言に意識を戻す。


 リスティアの説明が事実であれば、リスティアは十日ほどの距離にある王都に向けて昨日出発して、今日は学校で授業を受けて、夕食前に帰ってきたと言うことになる。

 そして、学校の寮とリスティアの部屋を繋げたというナナミの説明。

 常識的に実現可能かどうかは無意味なので置いておいて、二人の説明を合わせて考えると、リスティアは王都の学生寮と孤児院を自由に、しかも一瞬で行き来できると言うこと。


「リスティア。その扉は、どこにでも設置することが可能なの?」

「魔石さえあれば量産は可能だよ?」

「そ、そうなのね……」

 目眩がした。

 好きな場所に、好きなだけ、自由に行き来することの出来る扉を無数に設置できる。それはつまり、流通に革命が起きる――なんてレベルではない。

 全国どこへでも一瞬で行けるようになれば流通がパニックになるのは確実で、交易を生業としていた者達の大半がその職を失う。

 その波を乗りこなすことが出来たものはより高みへといけるかもしれないが……世界中に混乱が巻き起こるのは間違いがない。


「リスティア、その扉のことだけど、知っているのは誰がいるのかしら?」

「ふえ? ここにいるみんなと、ナナミの家族だけだよ」

 最悪の事態にはなっていない。それを理解して、シャーロットはホッと息をついた。

「では、その扉については、一般には秘密にしてもらっても良いかしら?」

「ん? もちろん良いけど、どうして?」

「市場にパニックが起きるからよ」

「あぁ……そっか、そうだよね」


 ……いまの短いやりとりで気付けるほど察しが良いくせに、どうして言われるまで察してくれないのかしら? もしかして、気付いた上で、わたくしを試している……とか?

 ありそうな気がするわね――と、シャーロットは見当違いのことを考えた。


「それじゃみんな、あたしが王都と孤児院を行き来していることは秘密にしてね」

「はーい、分かった~」

 リスティアが子供達に口止めまでしてくれる。

 子供達の返事には若干の不安があるけれど……こればっかりは仕方がない。もし洩れるようなことがあれば、自分がなんとかしようと誓う、苦労性のシャーロットであった。

 

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