エピソード 2ー4 普通の女の子達と、自称普通の女の子達
礼儀作法の実習で壮絶に目立ったリスティアは、その後も思いっきり目立っていた。
この時代にそぐわない考え方もあり、学問では必ずしも正解をもらえたわけではないが、先生を唸らせるほどの知識を披露。裁縫や料理に至っては、十年に一人の逸材だと絶賛された。
そんな訳で、昼休みに入る頃にはすっかり、リスティアはクラスの人気者となっていた。
「あの……リスティア様、よかったら私達と一緒に、昼ご飯を食べませんか?」
昼休みになってすぐ。リスティアがナナミに声を掛ける直前、クラスの女の子が声を掛けてきた。礼儀作法の授業で、最初に歩くように言われていたシエラである。
「えっと……シエラさん、お昼って言うのは?」
「わぁ~、私の名前、覚えていてくれたんですね!」
シエラはおっとりした見た目なのだけれど、なにやらテンションが高い。なんだか、ナナミちゃんと同じ感じがするよ~と、リスティアは微笑んだ。
それはともかく、ナナミでそういう反応になれつつあるリスティアは、「それで、お昼って言うのは?」と聞き直した。
「私はお弁当ですが、食堂の子もいるので、みんなで食堂に行くつもりです。もちろん、ナナミさんも一緒に。いかがですか?」
リスティアが問いかける前に、ナナミの同行を認めてくれた。この時点で、リスティアはシエラが優しい女の子だと認定。
誘拐犯を捜すための聞き込みという意味でも、個人的に仲良くなりたいという意味でも断る理由はどこにもない。リスティアはナナミの確認をとって「それじゃ喜んで」と微笑んだ。
シエラに案内されたのは、石造りの大きな食堂。天井を支える柱が等間隔に設置されたフロアは広く、百名以上が一緒に食事が出来るほどの規模。
リスティアはお城暮らしだが、自分達のために用意された食堂はここまで大きくはない。だから、食堂の広さに感動のため息をついた。
「ふわぁ……大きいねぇ」
「この食堂は貴族もときどき食べに来るくらい、料理が美味しいって評判なんですよ」
「へぇ~」
リスティアは、それくらい美味しいんだぁと普通に受け止めたのだが、横で一緒に話を聞いていたナナミが「貴族も来るんですか?」と首を傾げた。
「貴族の人は大抵、お付きの人が食事を用意するんですけどね。中には羽を伸ばしに来る人もいるみたいです」
「そ、そうなんですね」
ナナミは少し不安そうな顔をした。
「……どうしてそんなに不安そうなの?」
リスティアはナナミに耳打ちをして尋ねる。
「だって、貴族ですよ? 失礼なことをして怒らせたりしたら大変じゃないですか。リスティア様は平気そうですけど、普通は不安に思ったりするんですよ?」
なんて言われてしまったのだけど、ナナミちゃんがお姉ちゃんと呼んでるシャーロットは、伯爵令嬢なんだけどな? なんてリスティアは思った。
結局のところ、リスティアは相変わらず。そして、ナナミは徐々に感覚がズレていることに気付いていなかった。
「心配せずとも、貴族の皆様は奥の方にある、窓から光が差し込む席に集まるのが恒例となってますので、そこにさえ近寄らなければ平気ですよ」
「あぁ、そうなんですね」
ナナミがホッとした表情を浮かべる。そんなナナミを横目に、リスティアは「あたし達はどこで食べれば良いの?」とシエラに尋ねた。
「あっちで、私の友達が席を取ってくれているはずなんです……っと、いました」
食堂の片隅、四人がけの丸いテーブル席に一人で座る女の子が大きく手を振っている。ショートカットの、活発そうな女の子だ。
シエラが軽く手を振り返し、こっちですと先に歩き始める。リスティアとナナミは、その後を追いかけて、丸いテーブル席の前にやって来た。
「シエラ、すごーいっ、ホントに連れてきたんだね」
「他のみんなが牽制し合ってるあいだに抜け駆けしてきちゃった」
シエラがぺろっと舌を出す。大人しい女の子というイメージだったのだけれど、意外とおちゃめなところもあるようだ。
「――っと、リスティア様、ナナミさん。二人はお弁当……じゃないですよね?」
そう尋ねるシエラの手にはお弁当箱。
この食堂は、お弁当を食べても問題ないと言うことなのだろう。そういうことなら――と、リスティアは二人分のお弁当箱をアイテムボックスから取り出した。
「あたし達もお弁当だよ~」
「……え? あれ? さっきまで、手になにも持ってなかったはず……」
「わ、私が、今コッソリ手渡したんですっ」
目を擦るシエラに向かって、ナナミが必死に言い訳をする。それを見たリスティアは、そんなに気を使わなくても、手品だよって言えば大丈夫なのにと思った。
「えっと……取り敢えず、二人ともお弁当なんですね。それじゃ、座って食べましょう」
シエラに薦められ、四人がけの丸いテーブル席にナナミと並んで腰掛ける。そうして、ナナミの前に、片方のお弁当箱を置いて上げた。
もちろん、自分の前にもお弁当箱を一つ。綺麗に包んでいたナプキンを取り払い、パカッと蓋を開けた。出来たての――まさに出来たてのお弁当から湯気が立ち上っている。
「ふわぁ~、凄く美味しそうだね。これ、誰が作ったの?」
向かい側、シエラと並んで座っていた女の子が、テーブルに身を乗り出してきた。
「それはあたしが作ったんだよ~」
「えっ、そうなの!? 一つ味見させてもらってもいい?」
「うんうん、もちろんかまわないよ~」
リスティアが微笑むと、女の子はお弁当に手を伸ばそうとしたが――その手は、シエラによって掴まれてしまった。
「ちょっと、はしたないでしょ。それに、まだ自己紹介もしてないわよ」
「っと、そうだったね。ごめんね。あたしは――」
「クラスメイトのレオーネだよね」
女の子のセリフを引き継いで、リスティアが答える。
「えっ、どうしてあたしの名前を?」
「二限目の授業で、先生に当てられてたでしょ。そのときに名前を覚えたんだよぉ~」
「えぇぇぇっ、それだけで覚えちゃったの!?」
レオーネが目を丸くする。だけど次の瞬間、その瞳の奥に警戒色が滲んだ。
「ねぇ……リスティア様って、もしかして貴族なの?」
「ちょっと、レオーネ、ダメよ、そんなこと聞いちゃ」
シエラがレオーネのセリフを遮ろうとするが、リスティアがかまわないよと応えた。
「どうしてそんなことを聞くの? 貴族は貴族クラスに振り分けられるはずでしょ?」
警戒されていることに、リスティアも少しだけ警戒する。学校内にいる内通者が誰かは分からないので、自分に探りを入れてくる相手は安心できない。
「普通はそうなんだけどね。訳ありで身分を名乗れないような貴族がときどき、一般クラスに紛れ込んでくるって噂があるんだよね」
「それで、あたしがそうだって思ったの?」
「うん。ナナミちゃんにリスティア様って呼ばれてるし、実は貴族なんじゃないかなって。みんな噂してるよ。……違うの?」
「違うよ、あたしはシャーロット様に才能を見いだされて、この学校で様々な知識を学んで来るように言われたの」
それが、リスティアとナナミがこの学園に通う表向きの理由。そして、表向きの理由として選ばれただけあって、わりとよくある事例らしい。レオーネとシエラの二人は、あぁそうなんだと、あっさりと納得してくれた。
ただし、それはそれで別の疑問が生まれたようで――
「それじゃ、ナナミさんはどうして、リスティア様って呼んでるの?」
シエラが、ナナミに向かって尋ねる。
「え? それはその……なんとなく、リスティア様って感じがして」
意味が分からないよ。なんとなくなら、リスティアお姉ちゃんって呼ぼうよ。なんてリスティアは内心で思ったのだけれど、シエラとレオーネはリスティアの顔を見ると――
「「なっとく」」
あっさりと納得してしまった。なお、まったく納得できなかったリスティアは、まるで自分のことを理解していないのだが……
それはともかく、四人は昼食を食べることにした。
「いただきます~。……あーん、んっ、やっぱりリスティア様の作る料理は最高です」
ナナミがお弁当を一口。幸せそうに笑顔を蕩けさせる。
「えへへ、ナナミちゃんは美味しそうに食べてくれるから、あたしもすっごく嬉しいよ」
わりといつものやりとり――だけど、今日は周囲の環境が違った。シエラとレオーネ、特にレオーネが、興味深そうにナナミのお弁当箱を見つめていた。
「ね、ねえ、ナナミちゃん、だったよね。一つ味見させてもらっても良いかな?」
「――ダメです」
「ダメなの!?」
ナナミの即答に、レオーネが驚きの声を上げた。でもって、そのやりとりを見ていたリスティアも、「ナナミちゃん……」と思わず呆れ口調で呟いてしまう。
「……え? あ、い、いまのはその、違うんです! リスティア様のお弁当が美味しすぎて、一口でも渡したくないというか、いえ、その……えっと、一口……食べます?」
我に返って恥ずかしくなったのだろう。ナナミが紅い顔で、レオーネに向かって尋ねた。その顔は、なんと言うか……凄く我慢しているようにしか見えない。
「ええっと……」
レオーネが助けを求めるように周囲を見回した。だから目が合ったとき、リスティアは「よかったらどうぞ~」と、自分のお弁当を差し出した。
「良いの?」
「うん。その代わり、レオーネのお弁当も味見させてくれると嬉しいなぁ」
「そういうことなら喜んで」
レオーネがお弁当箱を差し出してきたので、互いのおかずを一品ずつ交換した。そこに、おずおずとシエラがお弁当箱を差し出してくる。
「えっと……その、私も、交換してもらって……良いですか?」
「うん、もちろんだよぉ~」
と言うことで、シエラとも交換したのだけど――
「え、なにこれ! 信じられないくらい美味しいんだけど!?」
「ふわぁ……私、こんなの食べたことないわ」
リスティアのお弁当を一口食べるなり、レオーネとシエラが感嘆の声を上げた。それに対して、リスティアは焼き加減にむらがある……調理器具が悪いのかな? とか考えていたのだが、もちろんそんなことは口に出さない。二人の料理も美味しいよと微笑みを浮かべる。
「これ、ホントにリスティア様が作ったんですか?」
「うん。そうだよ?」
「ふわぁ……歩き方もとっても優雅だったけど、料理の腕も凄いんですね」
シエラが感嘆のため息をつき、レオーネが「これならナナミちゃんが、人にあげたくなくなるのも納得だね」と笑い、ナナミが再び赤くなった。
「よかったら、二人のことも聞かせてくれないかな?」
場の空気が和むのを確認したリスティアは、おもむろにそんな風に切り出した。
目的は、学校にいるかもしれない内通者を探し出すための情報収集が半分と、二人と仲良くなりたいという思いが半分である。
「私達のこと、ですか?」
シエラが小首をかしげた。
「うんうん。二人はどうしてこの学校に通ってるの?」
「そうですね……私は、とある商家の長女なんですが、家は弟が継ぐ予定なんです。だから、将来は独立しなくちゃいけなくて、その準備として、学校に通わせてもらってるんです」
「へぇ~、それじゃ、将来は自分でお店を開くの?」
「それが私の夢です。でも……親の支援は学校を卒業するまでなので、それまでにどうにか出来なかったら、どこかの商家に嫁ぐことになる、かな」
親の支援は学校を卒業するまで、店を開きたければ自力でなんとかしろと言うこと。
かなり無茶な要求。そう考えれば、学校に通わせるのは商売の足がかりではなく、政略結婚の箔付け的な意味合いが強いのかもしれない。
「それじゃ、レオーネはどうして学校に通ってるの?」
「あたしも商家の娘なんだけど、長女で男兄弟もいないんだよね。だから、将来は婿を取って、家を継ぐ予定なの」
「うぅ~、レオーネは良いなぁ。私も跡継ぎに産まれたかったわ」
シエラが思わずと言った感じで呟く。
「シエラが男だったら、迷わずあたしの婿にしたんだけどね~」
「私が男だったら、自分の家を継いでるわよ」
そう言ってため息をつくシエラに、レオーネはそれはそうだよねと笑っている。
そんな二人の話を聞いたリスティアは、たしかにこの学校でなら、生徒が数名行方をくらましても、それほど騒ぎにはならないだろうなと思った。
例えば、シエラは将来、政略結婚の道具にされる可能性が高い。であれば、ある程度の一般教養を身に付けた時点で、どこかへ逃亡したとしてもおかしくはない。
シエラの場合はレオーネが騒ぎそうだけど、ほかの者は納得するだろう。
つまり、シエラと同じような家庭事情を抱えており、友達付き合いが少ない人間であれば、一人二人いなくなっても、本人が自分の意思で逃げたのだと判断されると言うこと。
だけど――家庭の事情はともかく、学校での友好関係を外部から調べるのは難しい。内通者がいる可能性は高いだろう――とリスティアは思った。
「リスティア様、どうかしたんですか?」
気がつけば、シエラとレオーネの二人が、リスティアの顔を見つめていた。
「二人とも仲が良いなぁって思って」
「あぁ……そうですね。私とレオーネの実家は昔から協力関係にあって、だから私達は子供の頃からよくお互いを知ってたので」
「そうそう。昔のシエラは泣き虫だったとか、ね」
「ちょっと、レオーネっ!?」
ホントに仲が良い二人だ。それを見たリスティアの感想は、羨ましい――ではなく、あたしがお姉ちゃんとして入る隙はなさそうかなぁ……だった。
嵐の前の普通な日常




