エピソード 1ー5 わりと普通の依頼
ギルドの会議室。
ギルドメンバーに加入する試験をそつなく終わらせたリスティアだが、後からやって来たナナミにやらかしましたねと断言されてしょんぼりしていた。
そんなさなか、開いていた扉から困ったような声が響く。その声の方へと振り向くと、金髪碧眼のお嬢様、シャーロットがたたずんでいた。
「シャーロット様、こんにちは」
「違いますわよ、リスティア。お姉ちゃんでしょ?」
「……は~い、シャーロットお姉ちゃん」
あれこれ葛藤した末、素直にお姉ちゃんと呼ぶ。その横で、アンドレアとモニカが「シャーロットって……まさかっ!?」と目を剥いた。
「実際にお目にかかるのは初めてですわね。わたくし、シスタニアの市長になった、シャーロット・ウォーレンですわ。今後とも、よろしくお願いいたしますわね」
「伯爵家のシャーロット様!? ど、どどどっどうして、このような場所に!?」
モニカが太ももをテーブルにぶつける勢いで立ち上がった。
ちなみにモニカ達は、シャーロットがリスティアに目を付けていると予測していた。そして今、リスティアがシャーロットを姉と呼んだことで、その疑念は確信に変わった。
自分達がリスティアにちょっかいを掛けたことを知って乗り込んできたのだと焦っているのだが……リスティアはもちろん、シャーロットもそんな誤解をされているとは気付かない。
「この街を支える冒険者ギルドにご挨拶と、とある依頼を。ちょうどそこでナナミにお会いしたので、案内してもらったんですわ」
「そ、そうだったのですか。それで、その、いいっ依頼というのは」
「落ち着け、モニカはお茶菓子を用意しろ。シャーロット様の応対はわしが引き受けよう」
慌てふためくモニカの横で、アンドレアが落ち着きのある声で言い放つ。それで少し冷静さを取り戻したのか、モニカはかしこまりましたとお茶菓子を用意しに走り去っていった。
それを見届けた後、シャーロットとナナミはリスティアの両隣、アンドレアと向き合うように座った。両手に妹候補だよ! と、リスティアはちょっとだけテンションを上げる。
「さて、挨拶が遅れましたが、わしが冒険者ギルドのマスター、アンドレアですじゃ」
「アンドレアね。覚えましたわ。それじゃ……まずは挨拶から。アンドレア。冒険者ギルドのことは軽く調べましたが、とても優秀な組織のようですわね。市長が替わって不安もあると思いますが、今後ともウォーレン伯爵領のために働いてください」
「……もったいなきお言葉、ありがたく頂戴いたします」
アンドレアが恭しく頭を下げる。そこには様々な考えが巡っているのだが……リスティアには分からない。
「さて、それじゃ堅苦しい挨拶はこれでお終い。さっそく、ギルドに依頼があるわ」
「……依頼、ですか? 市長としての命令ではなく?」
アンドレアの歯に衣着せない問いかけに、シャーロットは苦笑いを浮かべた。
「前の市長はずいぶんと無茶を言っていたようね。でも安心なさい。わたくしは、無茶を言うつもりも、命令として依頼料を踏み倒すような真似もしないわ」
「……その言葉を信じても?」
「ええ。お詫びと言ってはなんだけど、前市長が踏み倒した依頼料があるのなら、後でわたくしのところに報告なさい。ウォーレン伯爵家の名誉にかけて、支払うと約束するから」
――と、そんなやりとりの後、シャーロットは話を戻しますわと流れを修正した。
「今回の依頼は、わたくしからと言うことになっているけど、実際にはもっと上からの依頼よ。極秘だから、信頼できる人にしか話さないように」
それを聞いたリスティアとナナミは、もしかして退出した方が良いんじゃないかな? と顔を見合わせたのだけれど、シャーロットに引き留められてしまった。
ちなみに、シャーロットとナナミは最近まで接点がなかった。けれど、どちらもリスティアと仲が良かったために、いつの間にか親しくなっていたのだ。
もちろん、どちらのこともお気に入りなリスティアだが、シャーロットは自分と同じお姉ちゃん属性だと知ったので、ナナミちゃんは渡さないよ! と最近ではライバル視している。
それはともかく、そうこうしているうちにモニカが戻ってきて、全員の前にお茶菓子を並べていく。退出する理由がなくなってしまったので、二人も一緒に話を聞くことになった。
そして、みんなが注目する中、シャーロットが本題を話し始める。
「単刀直入に言うと、王都の学校に潜入調査をしてもらいたいの」
「王都の学校に潜入調査をしろ……ですと」
アンドレアが眉をひそめる。
リスティアは知らないので首を傾げていると、横からナナミが説明してくれた。それによると、王都の学校は、貴族やお金持ちが通う学校だそうだ。
つまりは、礼儀作法や様々な知識を学ぶ場所で、当然ながら最低限の知識が必要になる。つまり、庶民上がりの冒険者が潜入するにはかなり不向きな場所と言うこと。
ついでに言えば、潜入調査と言うことは、学園を調べると言うこと。王都にあるからと言って、王族が直接関わっている訳ではないが、全くの無関係とも言えない。
そんな場所に、地方の貴族が潜入調査をするのは、色々と問題があるはずだ――と言ったことを、ナナミから教えてもらった。
ただ、そのあいだにも、シャーロットとアンドレアの会話は続いている。それによると、依頼は学校の理事長から降りてきたものだそうだ。
「これはここだけの話ですが、ここ数年、行方不明になる生徒が増えているそうです」
ここ数年は増えていると言うことは、以前から行方不明になる生徒がいたと言うこと。なので、リスティアはなんか物騒だなぁと思った。
ただ、そのことを尋ねると、リスティアが予想しているのとは違う答えが返ってきた。
貴族やお金持ちの子供は、親に望まぬ結婚を決められることも珍しくはない。だから、それを嫌って、自ら姿をくらます生徒がときどきいるらしい。
だから、行方不明になる生徒がいること自体は不思議ではないのだが、その中にいくつか、攫われたとおぼしきケースがあるらしい。
ただ、攫われたとおぼしき生徒達も、行方をくらましてもおかしくないような事情を抱えていたため、攫われたと気付いている者は多くないとのことだった。
「事情を抱えた生徒ばかりが攫われている。それが偶然じゃないとすれば……」
「学校の内部に、犯人を手引きする者がいる……と」
呟いたのはリスティア。だけど他のみんなも同じ結論に至ったのか、神妙な顔をした。
「現時点ではあくまで可能性の話ですが、理事長は疑っているようです。それで、王都で顔を知られておらず、学校に通えるだけの教養があり、戦いも出来る者を捜しているんです」
シャーロットはそんな風に締めくくった。
「なるほど……事情は理解いたしましたが、冒険者は基本的に平民の中でも、行き場を失った者達がなる職業。礼儀作法などは無縁の者ばかりですぞ」
「でも、貴方は礼儀がなっているではありませんか?」
「わしは貴族のパーティーに招かれるような機会もあった故、苦労して覚えただけですな。若い頃は、とてもじゃないですが……」
「そうですか。ギルドにお願いすれば、そういった人材もいると思ったのですが……」
誰かいないかしら――と、視線を巡らせたシャーロットがリスティアを見て……そのまま視線をナナミへと移した。
「ナナミさんも、冒険者ギルドのメンバーですわよね。実力的にはどうなんですか?」
「え? 私は、まだ駆け出しの冒険者なので……」
「彼女なら、実力は申し分ありません」
実力的に無理だと言ったナナミの横で、アンドレアがきっぱりと宣言する。それを聞いた、ナナミが「――えっ!?」と、驚きの顔でアンドレアを見た。
「なにを驚いておるのだ。魔物の不意打ちを食らっても、服の心配をしたり、無詠唱で強力な魔法を放ったり、ずいぶんと噂になっているぞ?」
「……え? あれ? ええっと……あれ?」
ナナミがあれこれ思い出すような素振りをして、そのあと、さぁーっと、顔を蒼くした。
「も、もしかして、私、リスティア様と一緒にいすぎて感覚が麻痺してきてる? う、あぁ、そうだよ。いつの間にか、すっごく麻痺してるよ。ああああぁぁぁあぁ……」
なにやら、テーブルに突っ伏してしまった。
「ええっと……」
戸惑うシャーロット。その向かいで、アンドレアが咳払いをした。
「彼女の実力は問題ありませんが、王都の学校で溶け込めるかと言えば、少々厳しいと言わざるを得ないでしょうな」
「そうですか……では、礼儀作法を学ばせたら、可能というわけですね」
考え込むシャーロット。
そのとき――
「それなら、リスティア様にお願いすれば良いんじゃありませんか?」
お茶菓子を並べ終わって、アンドレアの横に座っていたモニカが口を開いた。
それを聞いたアンドレアがなるほどという顔をして、項垂れていたナナミはピクリと身を震わせた。けれど、シャーロットは不思議そうな顔をする。
「そう言えば……リスティアはどうしてギルドにいるのかしら?」
「冒険者のメンバーになるためだよぉ」
「冒険者に……? そう言えば、ドラゴンを消し炭にしたという噂もありましたわね」
シャーロットに視線を向けられるが、リスティアは聞こえないフリをした。ドラゴンを消し炭にするのは普通のことではないと、学習済みだからである。
ただし、今度ドラゴンと戦うときは、上手く苦戦してから倒そう――とか思っているので、やっぱり人間の常識はまだ掴みかねているようだ。
リスティアの物差しはメートル単位なので、数ミリの違いを測るのは苦手なのだ。
「でも、どうして冒険者に?」
「それはもちろん、困ってる子供達を助けたいからだよ?」
「……そう言えば、言ってましたわね」
そこでシャーロットは一度言葉を切り、なにか考えるような素振りを見せた。
そうして、最終的に「では……いかがですか? 今回の依頼、困っているのは子供達ですが、リスティアは受けてくださいますか?」と尋ねてくる。
それに対してどうするか――考えたのは一瞬。
「……あたしって、もうギルドのメンバーってことで良いのかな?」
アンドレアに向かって尋ねる。
「正式な手続きはこれからだが、もちろんそのつもりで動いてもらってかまわん」
「そっか。なら、あたしはかまわないよ~」
リスティアは快く引き受けることにした。なぜなら、学校と言えば、子供達が一杯。子供達が一杯ということは、妹候補も一杯という結論に至ったからだ。
そもそも、シャーロットは、自分がお姉ちゃんだと言い張っているが、リスティアにとってはシャーロットこそが妹。困ってるのなら助けて上げたいと思うのは当然だった。
ついでに言えば、冒険者になったのは、ランクを上げてみんなの憧れのお姉ちゃんになりたいから。市長であるシャーロットの依頼であれば、ランクを上げる絶好の機会だろう。
これで、断るなんてありえないと思ったのだけど――
「リスティア様……」
そう呟いたのはナナミ。なぜかナナミが、寂しそうな顔でリスティアを見つめていた。
「ナナミちゃん、どうかしたの?」
「……え?」
「なんだか、寂しそうだよ?」
「い、いえ、なんでもありません!」
なんでもないように見えないから聞いているんだけどな? と、リスティアは思ったのだけれど、この場で聞くのは難しいだろうと、追及の言葉は飲み込んだ。
だから今は――と、リスティアは依頼についての話を聞くことにする。
「それで、依頼はどうすれば良いの?」
「詳しい内容は、理事長から聞いてもらうことになりますが、まずは学校に普通の生徒として潜入。内通者を見つけてもらうまでが依頼となっていますわ」
「うん、分かったよ。それじゃ、その依頼、あたしが引き受けるね!」
最後のやりとりで、『リスティア……(呆』って思った人は、【一章 エピソード2 自称普通の女の子、人里へと降り立つ 3】の最初の数十行を見ると、『あぁ!w』って思うかもしれません。
どのみち次話で明らかになりますが。




