エピソード 1ー4 兄妹と言えなくもない、かもしれない。ゆえにセーフ
「……じょ、嬢ちゃん? 大丈夫……なのか?」
起き上がったリスティアの元に、心配するようなアンドレアが駆け寄ってきた。だから、そんなアンドレアを見て、リスティアは表情を曇らせる。
「大丈夫じゃないよぅ。ギルドメンバーになるための試験、負けちゃった……」
「そ、そうじゃな。あれだけの一撃を食らったのだから、起き上がれたからと言って大丈夫なはずは……ん? 試験、じゃと?」
アンドレアが首を捻る。
「そうだよぅ。冒険者になるには試験をする必要があるって言うから頑張ったんだけど、失敗しちゃったの。せっかくギルドに誘ってくれたのに、試験に合格できなくてごめんなさい」
試験だから寸止めだと、そんな風に思い込んでいた。自分の確認不足が招いたことなので、反論の余地はないよね――と、リスティアは反省する。
実際は寸止めのはずで、モニカが失敗したのだが、もちろんリスティアは気付いていない。
「いや、試験とかそういう問題ではなく、怪我は、怪我は大丈夫なの……か?」
「……ふえ?」
「だから、脇腹じゃよ。モニカと一撃をまともに食らったじゃろ? 喰らった……のではないのか?」
「えっと……それは喰らっちゃったけど?」
「なら、酷い傷のはずじゃ。もしや、痛みが麻痺しているのか? それとも、既に癒やすことが出来たのか? ……ええい、とにかく、見せてみろ!」
業を煮やしたのか、アンドレアが、リスティアのブラウスをぐいっとまくり上げる。突然の暴挙に、リスティアは「ふえぇぇっ!?」と目を丸くした。
「なっ、傷痕すらない……じゃと? なんじゃ、どうなっておる!?」
アンドレアは片手でリスティアの服を押さえつけ、もう片方の手でリスティアの真っ白な脇腹を触りはじめた。
「ひゃう――んっ、くすぐったい……よぅ」
悪意やよこしまな感じがあれば、即座にその腕を切り落としているところだけれど、アンドレアは純粋に不思議がっている。
だからどうしたら良いか分からなくて、リスティアは困り果てた。
ちなみに、最初は成り行きを見守っていた者達も、微妙な空気になりはじめる。客観的に見て、アンドレアの行為は完全に事案だった。
「――んっ。んんっ!」
不意に咳払いが響く。見れば、受付のお姉さん、モニカがアンドレアの隣に立っていた。
「ギルドマスター、気持ちは分かりますが自重してください。端から見たら、完全に犯罪行為にしか見えません」
「なにを言って……っ! す、すまん!」
モニカの指摘で気付いたのか、アンドレアが慌てて謝り倒す。リスティアは凄く恥ずかしかったのだけど、アンドレアが心配してくれていたのは分かった。だから――
「もぅ。めっ! だよ。次から気をつけてくれないと怒っちゃうからね?」
恥ずかしそうにしながら、ちょっぴり唇を尖らせる。その天使のごとくスマイルに、様子を見守っていた者達のハートが打ち抜かれた。
もちろん、リスティアは気付いていないのだけど。
それはともかく、リスティアは試験の結果を聞かなくっちゃとモニカを見る。そんなリスティアを、モニカはまっすぐに見つめていた。
「……本当に、怪我は大丈夫なんですか?」
「うん、大丈夫ですよ」
「そうですか……」
モニカはホッと一息。けれど、すぐにきゅっと唇を引き締め――「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
そんな行動は予想もしていなくて、リスティアは「ふえ?」と小首をかしげる。
「貴方が無事だったとは言え、取り返しのつかないことをしてしまったことには変わりありません。どのような罰でも受けるつもりです」
なにやら必死な様子だけど、リスティアは意味が分からない。どういうことなの? と、アンドレアに助けを求めた。
「モニカよ、一体なにがどうなって、こんな事態になったのだ?」
「それは……申し訳ありません」
「わしは理由を聞いておるんじゃ」
アンドレアが問い詰めるが、モニカは俯いてしまう。
「……嬢ちゃんも分かっておらんようだし、まずは説明をしてくれ。それに、ちゃんとした理由があるというのなら、わしはお主を責めたりはせん。責任はわしがとろう」
「そ、そんな、アンドレア様が責任をとるような話ではありません!」
「ならば、なぜこうなったのか話せ」
「それは、その……」
実は――と、モニカが語ったのは、リスティアが、お爺様をおじいちゃんと呼んでいたのに腹を立てて、少しイジワルをしようと思ってしまったという話だった。
「モニカ……お主、そのような幼稚な理由で……」
「申し訳ありません……」
呆れるアンドレアに、項垂れるモニカ。そのやりとりを見ていたリスティアは、「……お爺様?」と首を傾げる。
「うむ。行き場をなくしていたモニカを拾ったのがわしでな。そんな訳で、モニカの保護者はわしなんじゃ。じゃから、今回の責任はわしがとる」
「そんな、お爺様はなにも悪くありません。責任は私にあります!」
二人で責任は自分にあると言い争いを始める。そんな二人のやりとりを、リスティアは「ねぇねぇ」とぶった切った。
「アンドレアさんが、モニカさんを拾ったんだよね?」
「ん? そうじゃが……?」
「つまり、アンドレアさんにとってモニカさんは、年が離れてる妹みたいなものだよね?」
「は? 妹? いやまぁ……年が離れておるから、孫のように思っているが、本質的には変わらぬかもしれぬが……?」
それがどうしたと言いたげなアンドレアから視線を外し、今度はモニカへと向き直った。
「それじゃ、モニカさんにとって、アンドレアさんはお兄ちゃんみたいなものなんだね?」
「ええっと……その、お爺様と慕っておりますが……?」
「そっかそっか~」
つまりは、可愛い可愛い妹ちゃんが、大好きなお兄ちゃんをあたしにとられると思って、必死に頑張っていたも同然。
それを理解したので「そういうことなら気にしなくて良いよぅ」と微笑んだ。
ついでにモニカの耳元に唇を寄せ「アンドレアさんをとったりしないから心配しないでね」と囁くおまけ付きである。
モニカの顔が、一瞬で真っ赤に上気した。
モニカは、アンドレアに対して、育ての親以上の感情を抱いている。それに気付かれたと、モニカは思ったのだが――もちろん、盛大な勘違いである。
「それより、あたしの試験の結果なんだけど……」
「それなら、もちろん合格です」
「え、ホントに?」
「ええ。というか……最初から狡猾な罠を仕掛けてきた時点で、合格にするつもりでした」
「……う、ん? えっと……うん!」
なんのことか分からなかったのだけど、頷いていた方が良さそうだと頷く。リスティアはちょっぴり悪い子であった。
しかし――
「というか、嬢ちゃんは試験なしでギルドメンバーにする予定だったんじゃがな」
アンドレアの発言に、リスティアはすっごく驚いた。
「……そう、だったの……?」
「うむ。嬢ちゃんは回復魔法……というか、その系統の恩恵――特殊能力を保持しているようだからな。もちろん、ギルドには無条件で加入してもらうつもりだったが……なにをそんなにショックを受けておるんじゃ? 合格したのだから、一緒なのではないか?」
「そうだけどぉ……」
そうだけど、そうじゃないんだよぅ……と、リスティアは心の中で愚痴る。
なぜなら最近のリスティアは、自分の戦闘力がずば抜けていることに気付いている。なので、試験で自重しなければ大騒ぎになると理解していた。
それゆえに、試験中は力をセーブして、新人としてはちょっと優秀かな? くらいを模索して頑張っていたのだ。
結果的には、ちょっぴり優秀な新人くらいを演じられたから良かったけど、初めから試験しなくて良いって分かってたら、こんなに頑張らなくても良かったのになぁと思ったのだ。
その後、ひとまず場所を移そうと言うことで、ギルドの会議室へ案内された。
リスティアは会議室の席で、モニカとアンドレアの二人と向き合うように座る。そうして、これからどうしよう? なんてリスティアが思っていると、最初にモニカが口を開いた。
「さきほどは、取り返しのつかないことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「さっきも言ったけど、あたしは気にしてないから大丈夫だよ」
「ですが……」
「ホントに、気にしてないよ」
「……ありがとうございます。このお詫びは、いつか必ず」
気にしてないって言ってるのに、モニカさんって律儀なんだなぁとリスティアは思った。
「それじゃ、あらためまして。私は受付嬢のモニカと申します」
「あたしはリスティアだよ~」
「……う゛ぇ?」
なぜか、モニカが硬直した。そして、ギギギと、ぎこちなく、アンドレアに視線を向けた。
「……モニカ、お主、もしや……」
「えっと……その、はい。彼女がリスティア様だと理解していませんでした」
「おいおい。特徴は知っていたはずだ……というのは酷な話か。わしも、正直最初に見たときは驚いたからのぉ」
「……申し訳ありません」
二人がそんなやりとりを交わす。自分がギルドで話題になっていたなんて知らないリスティアは、なにを言ってるんだろうと首を傾げた。
「そうですか……貴方がリスティア様でしたか」
「……その、リスティア様って、急にどうして?」
「いえ、ナナミさんがそう呼んでいるとお聞きしましたので」
「あぁ、ナナミちゃんもギルドメンバーだもんね」
よくよく考えれば、ナナミちゃんについてきてもらえばよかったよ。なんてことをリスティアは思っていたので――
「き、聞きましたか、アンドレア様」
「うむ、やはり同一人物じゃろうな」
二人がひそひそ話していることには気付かない――というか、気付いていたし、聞こえてもいたけれど、まったく気にしなかった。
そして、ちょうどそのとき、どんどんどんと、少しせわしなく扉がノックされた。
「――誰じゃ?」
「ナナミです、リスティア様がここにいるって聞いてきました!」
なにやら焦ったような声。アンドレアが軽く確認するような視線を向けてきたので、リスティアはもちろんかまわないよと頷いた。
という訳で、アンドレアが許可を出すと、ナナミが会議室に飛び込んできた。そして周囲を見回すと、「リスティア様、大丈夫ですか!?」と駆け寄ってきた。
「心配してくれたんだね。ありがとう、ナナミちゃん。あたしは大丈夫だよ」
やっぱりナナミちゃんは可愛いなぁ、天使だなぁ――と、リスティアは感激。その栗色の髪を撫でようと手を伸ばしたのだけれど――その手を、ナナミにがしっと掴まれてしまった。
「ホントに、ホントに大丈夫ですか? 無自覚にやらかしちゃったりしてませんか!?」
「……え? 大丈夫って……そっちのこと、なの?」
「他になにがあるんですか。本当にやらかしてませんか?」
「もぅ、あたしはドジっ娘じゃないよ?」
「分かってます。リスティア様はドジっ娘じゃなくて、規格外なだけだって知ってます。だからこそ、疑ってるんじゃないですか!」
「ナナミちゃんは酷いなぁ。そんなに心配なら、アンドレアさんとモニカさんに聞いてみてよ。あたし、ちゃんと普通に出来てますよね?」
――なぜか、視線を逸らされた。
「……リスティア様?」
愛らしいナナミが、翡翠のごとく澄んだ瞳を三角にして見つめてくる。
「え? えぇっと……あれ? あたし、試験を受けただけなんだけど」
「あぁ――察しました」
「今のだけで察しちゃうの!?」
あたし、なにもやらかしてないはずなんだけどなぁ……と、リスティアは小首をかしげた。
もっとも、今回に限って言えば、リスティアがやらかしたというのは少しだけ可哀想かもしれない。なぜなら、今回のリスティアはちゃんと、ギルドメンバーになるための試験に、ギリギリで合格できるように手探りで頑張っていたのだ。
だけど、勝たなければ試験を合格できないと思い込まされたり、モニカが冷静さを欠いてしまったり、わりと不幸な出来事だったと言えなくはない……かもしれない。
余談だが、アンドレアとモニカは『なるほど、最近ナナミの行動が常軌を逸していたのは、彼女の影響か』とか考えていた。まだリスティア化していることに無自覚なナナミが知れば、間違いなく衝撃を受ける案件だが……二人がそれを口にすることはなかった。
「あの、わたくしはいつ入ればよろしいんですの?」
扉の方から、少し困ったような声が聞こえてきたからだ。




