プロローグ 嘘のようなホントの話
――時は少し遡り、自称普通の女の子がシスタニアの街に降臨した翌日。個室でナナミの事情聴取をしていたギルドの受付嬢――モニカは盛大にため息を吐いた。
「つまり、迷宮にはドラゴンを初めとした魔物が巣くっていて調査隊は壊滅。だけどそこに通りすがった女の子が、ドラゴンを一撃で消し炭にして助けてくれたと言うのね?」
ナナミの説明を簡潔に纏めたはずなのだが、出来の悪い作り話のようにしか聞こえない。
だと言うのに、ナナミは大真面目な顔で「通りすがりの女の子じゃなくて、通りすがりの普通の女の子です」と訂正を入れてきた。
なんと言うか……訂正するべきところはもっと他にあると思う。
まず、ドラゴンが迷宮にいたこと自体は……にわかには信じられない話ではあるが、絶対にありえないとは言いきれない。少なくとも、物証があれば信じる話ではある。
けれど、普通の女の子は魔物の巣くう迷宮を通りすがったりしないし、英雄と呼ばれるような存在でも、ドラゴンを一撃で倒せたりしない。
ましてや、ドラゴンが消し炭で、討伐を示す証拠がなにも残っていないと来れば……
「なにを隠しているか知りませんが、もう少しマシな作り話はなかったんですか?」
モニカは、もう何度目か分からないため息をついた。
「嘘じゃありません。本当に普通の女の子が、私を助けてくれたんです」
「……百歩譲って、迷宮の最下層に女の子が通りすがったのが事実としても、ドラゴンを消し炭にするような女の子は、決して普通の女の子ではありません」
「えっと……その気持ちは分かりますけど……でも、本人は普通の女の子だと言ってます。私は、天使様だと思っていますけど」
「……今度は天使様ですか」
もはやどこから突っ込めば良いのか分からないレベルの与太話。だけど、モニカはそのことに対して、それ以上は突っ込まない方が良いのだと思い始めた。
実のところ、ナナミがなぜそんな嘘をつくのか、モニカには一つの仮説がある。
ナナミの証言によると、迷宮の奥にたどり着いたのはガウェインとナナミの二人だった。そしてガウェインは、よく言えば生存能力が高く、悪く言えば自分本位である。
全滅寸前の状況で、ガウェインがナナミをおとりにしようとした。それにナナミが抵抗した結果……と考えれば、ナナミが荒唐無稽な作り話をしてもおかしくはない。
「……分かりました。後はこちらで報告書を纏めておきます」
少なくとも、ナナミが悪人でないことはよく知っている。であれば、これ以上の追及は、可哀想だろう。そう思ったから、モニカはこの件を上手く処理することにした。
こうして、自称普通の女の子がやらかした事件は闇に葬られ、ギルドはこれからも平常運転となるはずだったのだが――それから数ヶ月後に事態は急変した。
毎月おこなわれているギルドの定例会議。
どこどこで魔物が出没しているので討伐依頼をなんてことや、誰々が活躍しているので、ランクアップの申請をなんてことが議題としてあげられる。
そして今回は――
「そう言えば、最近はナナミの成長が著しいらしい」
活躍している冒険者の一人として、ナナミのことが話題になった。
それを聞いたモニカは、辛いことがあっても、それを吹っ切って頑張っているのね……なんて微笑ましい気持ちで話を聞いていたのだが――
「このあいだは、オークを杖で撲殺していた」
「いや、それどころかオーガを杖で撲殺したらしい」
最近の話になった辺りで、モニカはもちろん、会議に出席していた者達が息を呑んだ。
まず、オークを鈍器で撲殺するのは、ベテランの剣士なら難しくはない。けれど、ナナミは小柄な女の子で、しかも魔法使いなのだ。
ましてや屈強なオーガを、魔法使い用の軽い杖で撲殺なんて、どう考えてもありえない。そんな風に考えたのだけれど、話はそれで終わりではなかった。
「身体能力もだが、アイテムボックスらしき魔法を使っていると言う噂がある」
「「「馬鹿なっ!」」」
ありえないと、話を聞いていた者達が声を上げた。
アイテムボックス。それは伝説の魔法だ。神話の時代には使い手が何人もいたという話だが、現代にアイテムボックスを使うのに必要な第四階位まで到達した者はいない。
もし事実であれば、それはナナミが現代で最高の魔法使いだと言うことである。
その時点で、既に常軌を逸している。事実、出席者の中からは、なにかの間違いだろうという声が多く上がったのだが、目撃情報は一つではないらしい。
「どういうことだ? 彼女の保護者は……たしかエインデベルというエンチャンターだったな。彼女が、ナナミに魔法を教えたのではないか?」
「エインデベルは優秀だが、第四階位を使えるなどと聞いたことはない。それに、彼女はずっとナナミの面倒を見ている。ナナミの能力が急激に伸びる理由とは考えにくい」
「では、他に師匠がいると言うことか?」
「師匠かどうか知らんが、彼女は『リスティア様』という存在を慕っているようだ」
「……リスティア様だと? それが彼女の師匠なのか?」
「分からんが……先日、ナナミがガルムに噛みつかれたとき『あぁっ!? リスティア様にいただいた大切なお洋服に穴がっ!』と悲鳴を上げていたらしい」
「「「…………………………」」」
なにを言えば良いのか分からなかったのだろう。皆は一斉に沈黙した。かくいうモニカも、どう反応すれば良いの混乱していた。
「……一応聞いておくが、それは笑うところか?」
沈黙を破って、口を開いたのはギルドマスターのアンドレア。ブラウンの髪に、緑の瞳。既に老人と呼ばれる年齢だが、鍛えられた身体は老いを感じさせない。
ちなみに、かつてモニカを救ってくれた恩人で、モニカはお爺様と慕っている。
「信じられないのは俺も一緒だが、真面目な話だ」
「ガルムに噛まれるなど、下手をしたら、引きずり倒されて食い殺されるだろ。そんな状況での悲鳴が、“大切な服に穴が”だったのか?」
「そうだ。噛まれた瞬間、無詠唱ではなった魔法でガルムを切り刻み、服を見て悲鳴を上げたらしい。ちなみに、傷の方は気にした様子すらなかったそうだ」
「……にわかには信じられん話じゃな」
「そのとき居合わせたPTメンバーが、こぞって同じ証言をしていてもか?」
「なるほど……」
ナナミは、基本的に兄のリックと行動を共にしているが、ときどき他のメンバーに交じって仕事をおこなっている。つまり、居合わせたPTメンバーというのは、そのほかのメンバーだろう。であれば、ナナミの評判を上げるための嘘という可能性は低い。
皆も同じ考えに至ったのか、真面目な顔つきに変わった。
ギルドの役員は、元冒険者が多いので悪い癖が出ているのだろう。いつの間にかナナミの強さの理由を追及する方向で話が盛り上がっていく。
もっとも、ギルドとしてはメンバーの状況を把握しておくことも重要なので、完全に無関係とも言えない。モニカは、ことの成り行きを黙って見守ることにしたのだが――
「では、その『リスティア様』とやらが、ナナミの師匠なのか?」
「分からない。聞いても答えをはぐらかされるだけだった。ただ、ナナミが最近通っている孤児院食堂に『リスティアちゃん』と愛される天使のような妹メイドがいるらしい」
「……なんじゃ、それは?」
「いや、俺にもよく分からんが……『あたしは普通の女の子だよ?』が口癖の天使らしい」
「それが、ナナミの師匠だというのか?」
よく分からんとギルドマスターが首を捻る。そんなやりとりを聞いていたモニカは、ふと数ヶ月前にナナミから聞いた話を思い出した。
それは、通りすがりの普通の女の子が迷宮の最奥に現れ、ドラゴンを消し炭にして助けてくれたという、荒唐無稽なお話だったのだが――
「…………………………え? あれって、本当の話、だったの……?」
無自覚吸血姫、第二章開始です。
更新は不定期ですが、ひとまずは四日おきを予定しています。
それと、お正月には他作品含めて、活動報告であれこれ告知させていただきます。




