閑話 オークションの裏側で暗躍する普通の女の子
「装飾が見事な、致死性の毒を無効化するアーティファクトを手に入れて欲しい」
公爵家の当主――グラニス・ウォルターが、懇意にしている商人に対して要望を伝えた。
「装飾品が見事な、ですか? それは、とんでもない価格になると思いますが」
「分かっている。金に糸目はつけぬつもりだ」
エンチャント品には共通の弱点が存在する。それは、魔導具自体を破壊されてしまったら、その効力を失うと言うことだ。
なかには、自己修復するアーティファクトも存在するが、それは例外中の例外。一般的には、魔導具が壊されないようにすることこそ重要だと言われている。
つまり、エンチャントを施されたマジックアイテムは得てして無骨なデザインが多い。特に、現存するアーティファクトでは、その傾向が顕著に表れている。
装飾が見事なアーティファクトはとても稀少だ。
装飾品とアーティファクト。二つに分ければ、金貨数百枚から千枚程度で手に入るのだが、両方を兼ね揃えた一品ともなれば、金貨一万枚はくだらない。ウォルター公爵とはいえ軽々しく支払える額ではなく、事実として金策に他の美術品を売る必要もあった。
だが、そこまでしても手に入れたい理由があった。
「我が愛する娘に持たせてやりたいのだ」
「それは、もしや……」
「……うむ。隣国への嫁入りが決まった」
隣国とは戦争状態にあり、小競り合いを続けている。
人口爆発に伴う食糧不足を補うため、広大な土地を欲した結果――なのだが、その期間は百年を超えており、両国の国力低下に繋がっている。
そんな状況を打開すべく、両国の王は一つの決断を下した。それが、王家の血を引く娘を隣国の王子に嫁がせ、友好の証とすることである。
そして、その娘に、ウォルター公爵の愛娘が選ばれたのだ。
娘が両国の命運を背負う。公爵としてはとてつもなく名誉な話である。けれど、父親としては……とても苦しい選択だった。
多くの者が、両国の和平を望んでいるとは言え、いまだに戦争を望んでいる者もいる。そんな者からしてみれば、ウォルターの娘は邪魔者以外の何物でもない。
アーティファクトと同じだ。どれだけ強力な効果を有していようと、その元となる存在を破壊してしまえば、その効果は発揮されない。
だから、これから毒殺の危機に晒され続けるであろう娘が、どのような場所でも持ち歩けるような、そして一見してはそれだと分からないような、アーティファクトを欲したのだ。
「嫁ぐのは半年先だ。どうか、それまでに、娘のために頼む。成功の暁には、必ずその恩に報いると約束する」
「かしこまりました。お嬢様に似合う最高の品を必ずや見つけて参りましょう」
――と、お抱えの商人に頭まで下げて見せたのだが、アーティファクト自体が年に数えられるほどしか出回らない。ましてや、装飾が見事な、致死性の毒を無効化するアーティファクトともなれば、数年に一つ売りに出されるかどうかといったレベル。いくら金に糸目をつけようとも、そう手に入るはずもなく――娘の嫁入りまでの日が刻一刻と迫っていた。
そんなある日は、王都で貴族達の集まる社交界が開催された。
本来であれば、とてもではないけれど、社交界を楽しむなどという余裕はない。けれど、公爵としては安易に欠席するわけにも行かない。
それに、もしかしたら、貴族の誰かが自分の求めるアーティファクトを知っているかもしれない。そんな可能性に望みを掛け、ウォルター公爵は社交界に出席した。
しかし――
「装飾品としても見事な、致死性の毒を無効化するアーティファクト、ですか?」
「うむ。娘のために手に入れたいのだ」
「……リリアンヌ様ですか。今回の一件は、その……」
「良い、なにも言ってくれるな。私とて、非常に名誉であり、重要なことだと理解している。ただ、シャーロット嬢は、芸術品にも精通していることを思い出してな」
「わたくしもリリアンヌ様には良くしていただきましたから、可能であればお力になりたいのですが……申し訳ありません。それだけの品となると、心当たりがありませんわ」
「いや、こちらこそ、急に変なことを聞いてすまない」
ウォーレン伯爵家の一人娘。娘と仲の良かった相手にまで当たったのだが、やはり求めている情報は手に入らなかったかと、ウォルター公爵は項垂れる。
「ウォルター公爵、心中お察しいたしますわ。明日は王都でオークションが開催される日でございます。もしかしたら、リリアンヌ様にふさわしい物が出品されるかもしれませんわよ」
「……オークションか、そうだな……」
望んでいるアーティファクトのような目玉商品が出品される場合は、オークション参加者が資金を用意できるように、事前に通達されるのが常。
この時点でなにも情報が入ってこないと言うことは、アーティファクトが出品されることはありえないが……たしかに、娘に贈るような品がないとは言い切れない。
ウォルター公爵は、シャーロットに礼を言って席を立った。
けれど――移動した先。人が多く集まっている席で、ウォルター公爵は信じられないやりとりを目にすることになる。ロードウェル公爵夫人が、夫からプレゼントされたという品を他の貴族達に自慢していたのだ。
先代のロードウェル公爵は優秀で、ウォルター公爵も懇意にしていたのだが……先代の後を継いだロードウェル公爵は、なにかとウォルター公爵に突っかかってくる。
若くして後を継いだことで、舐められないようにと意地をはっているのだろう。――と、今までは放置していたのだが、今日ばかりはそうできない理由があった。
ロードウェル公爵夫人が自慢しているその一品こそ、ウォルター公爵が愛すべき娘のために探し求めていた一品だったのだから。
「いかがですか、ウォルター公爵。私が妻に贈った、美しい装飾の、致死性の毒を無効化するアーティファクトは」
不意に、すぐ背後から声が上がる。そのいかにも挑発するような声から、自分がしてやられたことを理解したウォルター公爵は、忌々しい内心を押し殺して振り返った。
「これはこれは、ロードウェル公爵。なにか私に用事ですかな?」
「いやなに、ウォルター公爵が私と同じアーティファクトを探し求めて、それでも見つけられないとの噂を聞きましてな」
「……ほう」
もちろん、売ってもらえるのか? などとありえないことは訊かない。そんなことを口にしても、ロードウェル公爵を喜ばせるだけに決まっている。
どこから情報が漏れたのかは分からないが、ウォルター公爵が求めている品の情報を、ロードウェル公爵が事前に手に入れ、邪魔をする目的で購入したのは想像に難くない。
ウォルター公爵は苦々しい気持ちで一杯だった。
「今から探すのは大変だと思いますが、どうかウォルター公爵も気を落とさず。私のようにその気になれば、きっと手に入れることも不可能ではないと思いますよ」
良くもぬけぬけとそのようなことを! と、口から出かかった怒りは寸前のところで飲み込んだ。いまのウォルター公爵に必要なのは、娘になにをしてやれるかを探すことだから。
だから、怒りを飲み込み、その場を立ち去ろうとしたのだが――
「そうそう。さすがに同じ物を二つ仕入れることは出来ないと思いますが、念のために私が仕入れを頼んだ商人を紹介いたしましょう」
「……ほう? それは、ありがたいが……」
どう考えても善意のはずがない。一体どんな目的があるのかと、ウォルター公爵は警戒する。けれど、その警戒はある意味で無意味だった。
彼の言葉が純粋な善意から来るものだったから――ではなく、既に仕込みが終わった後。種を明かす瞬間だったからだ。
すなわち――
「その商人の名は――」
ニヤリと告げられたのは、ウォルター公爵が懇意にしている商人の名前だった。
そしてその日の夜、ウォルター公爵が呼びつけるまでもなく、くだんの商人は彼の屋敷に姿を現した。怒りで爆発しそうな感情を理性で抑えつけ、彼はその商人と面会する。
「……今日の社交界で、ロードウェル公爵にとある品を自慢された」
それ以上の説明は必要ないだろうとばかりに睨みつけた。けれど、最近王都でも頭角を見せ始めた商会の会長は、臆することなくウォルター公爵の視線を受け止める。
「……やはり自慢されましたか。心中お察しいたします」
もはや、喧嘩を売られているとしか思えない。ウォルター公爵は最後の確認とばかりに、震える声で「ロードウェル公爵にアーティファクトを売ったのか?」と尋ねた。
「ええ、私が販売しました」
「では、同じものがもう一つあるとでも言うつもりか? 答えよ、グラート」
商人であれば、より高い値をつけた方に売るのは仕方がない。けれど、ウォルター公爵は商品が手に入ったことすら知らされていない。
返答次第では、ただではすまさん――と威圧を掛ける。
大貴族の本気の威圧には、並みの者であれば震え上がるほどの迫力があるのだが、ウォルター公爵が懇意にしている商人――グラート商会の会長は涼しい顔だ。
「その問いに答える前に、一つお尋ねさせてください」
「……なんだ?」
「もし、明日のオークションで、とある品を必ず競り落とせと言われたら……ウォルター公爵には競り勝つ自信がございますか?」
「明日のオークションだと?」
どういう意図かは――後回しに。持ち前の切り換えの良さで、その答えを探す。
明日のオークション。アーティファクトの類いが出品されるという話は聞いていない。となれば、王族の参加はまずないと見て良いだろう。
であれば、ライバルとなり得るのはいくつかの大貴族と、ロードウェル公爵くらい。
そんな彼らに勝てるかどうか。
総資産で言えば、ロードウェル公爵とウォルター公爵の一騎打ち。しかし、オークションというのは総資産が多ければ勝てるというものではない。
オークションで勝つのは、その時点で動かせる現金の多い者だ。
そして、ウォルター公爵は、娘のために現金をかき集めていた。他の大貴族とは言え、明日限定であれば、動かせる金額で右に出る者はいないだろう。
対抗しうるのは、ロードウェル公爵くらいだが……彼は、芸術品としても優れたアーティファクトを購入したばかり。明日の時点では、間違いなく勝てるはずだ。
――と、そこまで考えたところで、ウォルター公爵はある可能性に気付く。
「もしや、明日のオークションに、私の望んでいる品が売りに出されるのか?」
「取引相手との約束があるので、これ以上は申し上げることが出来ません。ただ……これはとある“普通の女の子”のご厚意とだけ申し上げておきます」
「……普通の女の子、だと?」
「ええ。貴方のことをお話ししたら、快く了承してくださいました。だから、明日のオークションに、必ずご参加ください。貴方はきっと、奇跡を目の当たりにするでしょう」
奇跡と言われてもいまいち理解できなかった。
そもそも、グラートが最初から自分に売ってくれれば話はそれで終わったはずだ。なのに、なぜそんな遠回りなことをするのか、まったくもって理解できない。
考えられるのは、オークションで値をつり上げることだが……それにしたって、ウォルター公爵は、どれだけ高くともアーティファクトを手に入れるつもりでいた。
やはり、オークションで競り落とさせる意味が分からない。
そもそも、もし本当にウォルター公爵が探し求めるアーティファクトが出品されるのであれば、事前に告知されないはずがない。
だから、本音を言えば、グラートの下手な言い逃れ。もしくは、頭がおかしくなってしまったのではと疑ったほどだ。しかし、他にあてもない。
だから、ウォルター公爵は藁にも縋る思いで、オークションに出席することにした。
そしてやって来たオークション会場。グラートは、まさしく奇跡を見た。
「な、なんだ、これは……っ」
絶句するウォルター公爵。同じく出品リストを目にした者達もざわめいている。
羊皮紙に記載された品目の中に、アーティファクトが紛れ込んでいた。事前に告知もなく、アーティファクトが出品されているだけでも驚きだ。
しかし、本当に驚くべきことは、記載されている説明文にこそあった。
大きな魔石がはめ込まれた、美しいデザインのブローチ。小さいながらも繊細なデザインで、ブローチ単体としても金貨50枚は下らないとの鑑定がされている。
この時点でも、わりと驚きの価格である。もちろん、もっと高い芸術品はいくらでもあるが、小さいブローチで金貨五十枚の値が付くのは相当に珍しい。
にもかかわらず、そのブローチの真価はデザインではなかった。そのブローチはエンチャントが施されているそうで、下記のようにその鑑定結果が記載されている。
あらゆる状態異常を無効化する能力に加え、自己修復機能が付与されている。所有者が即死レベルの猛毒に侵されようが即時に無効化し、ブローチは粉々にされようとも自己修復する。
普通の女の子が片手間に作ったブローチ。
もはや、どこから突っ込めば良いのか分からない。
小さな、芸術的なブローチに、強力なエンチャントを施されたアーティファクト。それだけでも奇跡的なのに、施されているエンチャントがありえない。
あらゆる状態異常の無効化。もはやそれは、アーティファクトの領域ですらない。神が生み出した奇跡かと疑うレベルである。
この時点で、金貨十万枚の値が付いたとしても不思議ではない。
しかし、驚くべき事実はそれで終わりではなかった。ブローチには、自己修復機能が付与されているというのだ。
まず、アーティファクト級のエンチャントが施されている時点で奇跡なら、壊れやすいブローチに、自己修復のエンチャントが施されているのは天恵。
まさに、アーティファクトの中のアーティファクト。存在するはずのない一品だが――自己修復機能が施された芸術品。ウォルター公爵には一つだけ心当たりがあった。
「まさか……無銘シリーズ、なのか……?」
もしそうであれば、小さなブローチであるにもかかわらず、芸術的な価値だけで、金貨50枚の値が付くのも納得できる。
そして、もし無銘シリーズであれば、金貨数千枚の値が付いてもおかしくはない。そんなブローチに、あらゆる状態異常の無効化する能力が施されている。
そんな品に値をつけることは不可能だ。たとえ、ウォルター公爵が持てる全て――領地や地位や領民、その全てと引き換えにしても釣り合わないだろう。
――否。オークションに出品されるのであれば、落札価格こそが適正価格だと言える。馬鹿げた話ではあるが、ある意味ではそれが真理。
だが――と、ウォルター公爵は考える。事前に告知もせず、またウォルター公爵と競り合うべき相手の資金力を削いだ。グラートの目的はなんなのか、と。
普通に考えれば、出品するのが他人で、その相手の足を引っ張ることが目的。けれど、出品者は代理でグラートとなっている。自分で、自分の足を引っ張るとは思えない。
だとしたら――と、そこまで考えたウォルター公爵は、グラートの言葉を思い出した。
『これはとある“普通の女の子”のご厚意とだけ申し上げておきます』
なぜ、これほどのアーティファクトが存在するのか、なぜ、これほどのアーティファクトを投げ売るような真似をするのか。
なぜ普通の女の子などと普通を強調するのか、まるで意味が分からない。
ただ、今日出品されるアーティファクトほど、娘に贈るにふさわしい品は存在しない。
そして――
「いそげっ、今すぐ動かせる金貨を全てかき集めるのだ!」
ロードウェル公爵を初めとした貴族が、使用人に指示を飛ばしているが――手遅れだ。娘のためにかき集めた金貨を全て持ち込んだウォルター公爵に勝てる者はいない。
ウォルター公爵は、後に天使の祝福と名付けられるアーティファクトを落札した。
後日、再びグラート商会の会長が訪ねてきた。
「おめでとうございます、ウォルター公爵」
「グラート、お前のおかげで、私は愛すべき娘に望外の贈り物をすることが出来た。心から感謝する。この恩は一生をかけて返すと約束しよう」
「いいえ、前回申しました通り、今回の一件は自称普通の女の子のご厚意ですから」
「自称普通の女の子、か。最初に聞いたときはなにを言っているのかと思ったのだが……」
アーティファクトの説明文には、普通の女の子が片手間に作ったと記載されていた。
そして、自称普通の女の子のご厚意。
普通に考えれば、その作者と、自称普通の女の子は同一人物だろう。
もちろん、そんなことは普通の女の子には不可能だ。いや、人間には不可能だ。
けれど、無銘シリーズは、作者が名を売ろうとしなかったがゆえに無銘。そして作者は、真祖の末娘が作者だと言われている。
真祖の一族は千年前に忽然と姿を消したが、その寿命は数千年とも言われている。今もこの世界のどこかで生きていても不思議ではない。
「……もしや、その自称普通の女の子とやらは……」
「分かりません」
「……それは、詮索は無用と言うことか?」
「もちろん、それもあります。しかし、本当に分かりません。あえて私の見解を述べさせていただけるのであれば……彼女は普通の女の子を自称する天使ですね」
「……天使と来たか。では、今回の一件は、我が娘に対する祝福か?」
「その通りです」
もし真祖だったとして、人間に慈悲を与えるとは思えない。ウォルター公爵のセリフは完全に冗談だったのだが、グラートは真面目な顔で頷いた。
「彼女は、困ってる女の子を助けたい――が口癖ですから」
「なるほど、困っている女の子……か」
それならば、今回の一件は紛れもなく、我が娘のためだろう。あまりにも規模が大きすぎて意味が分からないと言わざるを得ないが……天使ならば仕方がない。
ウォルター公爵はそんな風に思った。
◇◇◇
ウォルター公爵の愛娘、リリアンヌはやがて隣国へと嫁いでいった。
しかし、隣国での生活は、決して楽なものではなかった。両国の関係を改善しようとする者達が味方してくれてはいたが、戦争を望んでいる者達から常に命を狙われていたからだ。
けれど、彼女は困難に立ち向かい、次期国王である夫の信頼を勝ち取っていく。そしてついには、両国の関係改善に大きく貢献したと伝えられている。
リリアンヌ王妃。彼女こそが両国の平和の架け橋となったのだ。
毒殺を初めとした、様々な方法によって命を狙われながらも、どうして彼女が生きながらえることが出来たのかは、様々な憶測が為されている。
中には荒唐無稽なものもあり、どれが真実かは分からないが……一番有力な説は意外にも、彼女が天使に護られていたという逸話だ。
晩年、彼女が老衰によって亡くなったおり、彼女の死を忍ぶ者達の前に、天使が舞い降りたからだと言われているが……その真実は定かではない。
いつもと少し違う物語はいかがだったでしょう?
楽しんでいただけたら幸いです。
なお、一応明記しておきますが、本編の行間でグラートが相談。リスティアが了承したという形になっています。なので、グラートが独断で、落札価格を下げるような真似をしたわけではありません。




