Lo39.それは私の国では『無拍子』と言います。最初はサガフロで知りました!
倒れていたユーくんがパチリと目を空けました。
そしてバッと体を起こします。
「あ、あれ? どうして? 試合は……??」
キョロキョロと周りを見渡すユーくん。
ここはさっきまで戦っていた訓練場ではなく、冒険者ギルドの医務室です。ユーくんの怪我は大したこと無くて、ただ気絶してただけです。
ユーくんが運ばれてから10分程度しか経ってませんけど、私はベッドの横に座って目覚めるのを待ってました。
「試合はガイナスさんの勝ちでした。お二人ともすごかったです」
「そっかぁ。負けたんだ……そっかぁ」
ユーくんが呆然としたように天を見上げました。そして、何かをこらえるようにブルブルと震え始めました。
「そっかぁ……」
「ユーくん?」
考えてみればあれだけの敗北の後です。悔しいのでしょう。
……と思ったら、なんか違いました。ブルブル震えながら、歓喜の声を上げます!
「~~~~~っごいね!! すごいね! すごかったね!!」
「ゆ、ユーくん!?」
ユーくんは興奮冷めやらぬという感じで私の肩をガシッとつかんでガクガク揺らしました!
あ、さっきブルブル震えてたのはもしかして武者震いでしたか!?
「ガイナスって本当にすごい! すごかった!! お母ちゃんの次くらいにすごいかも!!」
「そこはブレないんですね!?」
あれだけの敗北した後でも、ユーくんにとって不動の1位はユナさんのようです。いいマザコンっぷりですね?
「ボクね、本当はあのヒゲモジャの人と戦ったとき、ちょっとガッカリしてたんだ! 初めて会った冒険者がガイナス達で! 冒険者のレベルは20とか30とか普通だと思ってて! だからガイナスくらいの人はたくさんいるかもって期待してたのになんか違ってたから!!!」
「そ、そうなんですか?」
それは確かに私も思いました。レベル4のガロンドさんに圧勝したユーくん。だって、この子まだ10歳の冒険初心者ですよ? それなのに最初からあまりにも強すぎるんじゃないかって。あまりに早すぎて、成長の機会を失ってしまったのではないのかって。
「でも! でも! ガイナスはやっぱりすごい!! すごかった!!!
全然敵わなくて!! 背中すら見えなくて!!! でも、だからすごい!!!」
ユーくんはすごいすごいと語彙力少なめに言いますけど、正直それは分かります。
他の冒険者と比較しても、やはりガイナスさんとシャイナスさんはトップクラスに強いと思います! 私達はまだ狭い世界しか知りませんが、あの兄妹は間違いなく最高の冒険者でしょう!
「ボク、ガイナスとシャイナスに会えてよかった! 今はまだ全然敵わないけど、絶対に強くなって仲間になってもらうんだ!!」
「はい、私も大賛成です!!!」
どうやら高い高い目標が見つかったおかげで、小さな勇者様は更に成長をしていくことでしょう。
すると、ユーくんの声を聞きつけたのかガイナスさんとシャイナスさんが医務室に入ってきました。
「全く、起きて早々騒がしいな」
「おー、ユーちゃん元気でよー?」
「ガイナス! シャイナス!!」
ユーくんが2人の姿を見て飛び上がりました。そして興奮気味に話し掛けます。
「最後のやつ何だったの!? 何したの!? なんか気付いたら終わってたんだけどなにあれ!?」
「いきなりだな……」
「ユーくんが元気そうで良かったでよー」
私もガイナスさんが最後何したのかよくわからなかったので聞きたいです!
ガイナスさんはユーくんのテンションに呆れながらも話してくれました。
「あれはただの『突き』だ」
「ただの突き……? どういうこと?」
「俺はただ突きをしただけ。だが、お前にはそれが見えなかった。そういうことだ」
「そういうことか……つまり……どういうこと!?」
はい、この説明じゃ分かりませんね? 仕方ないので、私は自分で推理したことをまじえつつガイナスさんに聞いてみます。
「あの、私にもあれがただの突きとは思えませんでした。いえ、結果的には突きなんですけど、いつの間にか終わっていて……まるで、『動作の過程』が全く無いように思えました」
「ふむ、なかなかに鋭いな。よく気付いた」
「えと、動作の過程が無い……ってどういうこと? あれって魔法なの?」
「いや、魔法でも何でもない。ただの『技術』だ」
ガイナスさんは満足したように答えを言いました。
「あれはただの突きで技名は特に無いが……あえて言うなら『ノーモーションアタック』とでも言うべきだろうな」
「ノーモーション……アタック?」
「動作が全く見えないんじゃなくて、動作自体が無いんだ」
動作自体が無い……ノーモーションアタックですか!?
「まず、剣は『構えて』『狙って』『突く』の3つの動作が必要なんだが、俺はただ『突く』の1つの動作を実行した。だからお前は虚を突かれて反応できなかったんだ」
「ただ……突いただけ?」
「そうだ。見えなかっただろう? 実は別にスピードも大したことは無い。気付いてたら避けられる程度の速さだ。気付いてたらの話だがな」
動作を省略したノーモーションアタックですか!
あれ? なんか既視感があるような……たしか、この世界ではなく前世の記憶で……
私の小さい脳をフル回転させると、その記憶にたどり着きました!
「ああ! 思い出しました!!」
「急にどうしたのチーちゃん!」
「私のいた国でもあの技を使う人がいたんです!」
「……いたのか? 同じ技を使うやつが」
そう、私が思い出したのは漫画のキャラとかではなく、実在のアスリートです。
その人はとてつもない高速タックルをするので、何度再生しても動きが全く見えませんでした。
あまりにも強すぎて『霊長類最強』と呼ばれたある女子レスラーの『ノーモーションタックル』。それこそがガイナスさんのやった攻撃と似ていたのです。
そのノーモーションタックルは古武術にも通じており、こう呼ばれることもありました。
「はい、あの技は名前の無い技ではありません! 私のいた国では、古来より『無拍子』と呼ばれている武術の奥義です!!」
「無拍子……だと?」
「武術の奥義……カッコいい!!」
日本で古来より伝わる『無拍子』。その奥義をガイナスさんは使ったのです。
「なるほど……世界は広いものだ。チーちゃんの国では、俺の使った技が普通に使われているのだな?」
「何言ってるんですか!! あんなの使える人間なんてそうそういませんよ! 私は初めて生で無拍子を見れて感動しています!!」
「そ、そうなのか?」
「はい! 私の国ではガイナスさんみたいな人のことを『達人』と呼びます!!」
「タツジン……俺が?」
「タツジン……かっこいい!!!」
ガイナスさんが呆気に取られたような様子で言いました。
「なかなか……恥ずかしいものだな。そこまで手放しで褒められるとは」
「言ったでよ? 兄ちゃはめっちゃ強いって」
「だがあれは必殺技でも魔法でも何でもない、ただの技術だぞ?」
ええ? なんですかその低評価は。どうみてもあれは『奥義』ですよ!
「兄ちゃは褒められて照れてるでよ。騎士やってるときはあの技、めっちゃ評判悪かったでね」
「え、そうなんですか?」
「……騎士団は見映えを重視するようなところがあってな。魔力を使った派手な技、威力や範囲重視の見映えのいい技ばかり好まれて、見映えの良くない俺の技は『地味な技』『卑怯な技』と言われていた」
技に『映え』を求めるとか、騎士団ってインスタグラムかなんかですか!?
まったく、わび・さびが分かってないですね。あの『無拍子』は決まるとめちゃくちゃかっこいいのに!
「『卑怯な技』なんてとんでもない! ガイナスさんのやったことは、私の国では『達人』の『奥義』って呼ばれます! ガイナスさんめちゃくちゃカッコいいです!!!」
「うん! めちゃくちゃカッコいいと思う! お母ちゃんみたいだった!!」
「そ、そうか?」
「でへへ、照れるでよー」
うんうん、ユーくんもそう言ってます。っていうかサラッと言ってますけど、ユナさんも同じこと出来るんですかね?……出来そうですね、あの人は。
「ねぇ! ボクにもあのムビョーシっての教えて! プレゼントしてくれるんでしょ!?」
「あれは『敗北をプレゼントしてやろう』の遠回しな言い方で『技をプレゼントする』とは言ったつもりが無かったんだが……」
「ケチくさいでよ、兄ちゃ」
「はぁ……分かった。教えよう。身に付けられるかはお前次第だが……お前が本物の勇者なら出来るだろう?」
「うん! ありがとう!!」
おお、ユーくんに新技伝授イベントきましたね! 良かったです!!
私の国で『霊長類最強』と呼ばれた女子レスラーが使ってた奥義……きっと会得したらめちゃくちゃパワーアップすることでしょう!
「チーちゃんは自分は関係なさそうな顔しとるけど、せっかくだしチーちゃんも一緒にやるでよ?」
……え? 私もですか!?
あの、私こういうの全くセンス無いんですけど……?




