Lo1.なんかどろどろの幼女に会いました
私の名前は地衣小糸。
幼女が大好きなだけのどこにでもいそうな普通の人間です。普段は会社員として働きながら、趣味で同人誌を描いています。
そんな私は特に色恋沙汰もなく、今年で独身のまま28歳になりました……
このままの人生で良いのかと疑問に思いながらも、会社と同人作家を兼務しながら慌ただしい毎日を過ごしています。
今日も会社から帰った後、倒れそうになりながらも、気力を振り絞って可愛い幼女の絵を描いていました。
何故なら……この乾ききった灰色の人生の中で唯一……可愛い幼女を描くことだけが私の全てだからです…………ぐふっ……
…………気が付いたらいつのまにか謎の白い空間の中にいました。
そして私の目の前には5歳ほどの年齢に見える美しい幼女がいます。
背中に羽根を生やした彼女は、まるで天使そのものでした。ただ、気になる点が一つ。
なんか体がどろどろに溶けてます。羽根も灰色のまだらのどろどろです。
固体と液体の中間、いうなればスライム娘のような存在でした。肌の色は普通の肌色に灰色の濃いところと薄いところが混じったまだらです。
……これは夢か何かでしょうか?
「……おまえは、勇者として選ばれた」
多少舌足らずの口がそう音を紡ぎます。不定形の推定幼女が、喋っています。
えと……私に向かって言っているのでしょうか?
この子、見た目ちょっとメルヘンホラーですけどそんなに怖くないです。
彼女の着ている服は、肌とどろどろに一体化してるみたいで、見方によれば裸にも見えて少しえっちですね。
正直ビジュアルは好き。かわいいです。
「この世界には、隣り合う別の世界があることを知っているか?
……『アガルタ』、『シャングリラ』、『ザナドゥ』、『ニライカナイ』、あるいは『幻想郷』……そう呼ばれる世界たち。総称して、人はそれを【異世界】と呼んだ」
その少女の独り言のような語りかけは続きます。
彼女はじっとこちらを見ていますが、その瞳は常に虚ろです。
目線は向いてるはずなのに、あまりに覇気が無いのでこっちを見ているのかわかりません。
「今、一つの世界が混沌の中にある。なぜなら【魔王】が現れたから。絶望と死をもたらす魔王があの世界を乱している」
彼女が何を言っているのか分かりません。私は彼女に喋ろうとしたけど、何故か声が出せません。
どうやら声の出し方を忘れてしまったようです。
「この世界とあの世界は近くて遠く、繋がっていて独立している……故に、あの世界の平和はこの世界の平和。あの世界の不和はこの世界の不和となる。
だからこそ、世を乱す魔王が現れた時、また世を正す勇者が必要となる」
意味はよく分かりませんが、なにか難しいことを言ってる気がします。
やがて彼女は、どろどろの腕を私に突きつけて言いました。
「だから今……おまえが勇者として選ばれた」
ふぁっ!? 私ですか!?
……意味が分かりません。私が勇者って何ですか?
「おまえ……さっきからなんで喋らない? 話聞いてた?」
いや、さっきから喋ろうとしてるんですけど、声が出ないんですよ。どうしてなのかは知らないですけど。
私は声が出ないので代わりにジェスチャーで伝えようとしたのですが……今、気付きました。身体の感覚がありません。
いや感覚が無いというより……
もしかして……私の身体が無い?
「ふむ、身体が無いと喋れない?……仕方がない。先におまえの身体を作ろう。たぶんそれで喋れるようになる」
そう言うと彼女のどろどろの羽根が、にょいーんと伸びて幾本もの細い触手になり、私に触れました。
不思議な感覚です。少しだけひやっこい感じはしますけど、悪い感触ではありません。彼女のスライムのような触手は思ったよりぷにぷにしています。
「……おまえは元の姿のイメージが希薄だ。ならば、おまえがより鮮明に覚えている姿を参考にしよう。たぶんそれでいいはず」
そういうと、ぷにぷにする触手で私をこねこねし始めました。まるで子供が粘土を丸めてるようです。
あれ? 私の身体って粘土でしたっけ?
こねこねこねこね……私の中のなにかをこねて身体が出来上がっていきます。適当に動かしてるようにも見えますが、意外にも繊細な手つきで何十本もの触手が触れていきます。
やがて作業が終わったのか、触手が退いていきました。
「ふむ。なんとなく……いい感じに出来た。ぐっじょぶ」
相変わらず虚ろなレイプ目で喋る幼女ですが、こころなしか得意気な感じがします。まるで一仕事を終えた職人のような顔です。
「どう? 新しいその身体は?」
「……どうって言われましても……あれ?」
あ、喋れます! 今まで声が出せなかったんですけど、今は喉からちゃんと音として声を出してる感覚がします!
続いて身体を動かします。
手も足も動きます! 今までその場から動けなかったんですけど、急に動けるようになりました。
頭も段々スッキリしてきました! いままで受動的にぼやっとした夢を観てた気分だったんですが、すっかり意識が目覚めた感覚です。
身体もなんか軽いです!
えっ、軽っ! 軽すぎないですかこの身体? ぴょんぴょん跳ねられます! 私の身体はこんなに軽くなかったはず……
いつも寝不足だったり、同人誌描くときに姿勢が悪くなりすぎて肩こりとかしてました。こんな軽快に動けるはずが……
あ、胸が無い!?
私の無駄に脂肪の詰まった胸がすっきりと平坦な大草原になっている!? なんで!?
何か変だと思っていると、お尻のあたりに違和感を感じました。
……あれ!?
私、ふさふさの尻尾生えてる!?
なんで!?!?!?
着ている服も変です。さっきまで高校のときのジャージをそのまま部屋着にしていたはずなのに、妙に見覚えのある可愛いデザインのふわっとしたドレスみたいになってます。
……というかまんま私がデザインした服です。
はい、なんか私……
自分の描いたオリジナルキャラになってました!!!
この姿はまぎれもなく、私がSNSのアイコンにしてる自分の分身たる存在……可愛い獣人幼女、オリジナルキャラクターの『チーちゃん』でした!
説明しましょう!
私は『地衣』という自分の苗字をもじり、ネットではハンドルネーム『チーちゃん』として活動してます。そしてこのオリジナル幼女をSNSでアイコンにしてました!
つまりこれは私のネット名義です姿! 今の私は緑のロングヘアーの可愛い獣人幼女です!
この姿は獣人幼女なので、頭を触ったらケモ耳も生えてました。ふさふさです。ケモ耳と言っても犬耳か猫耳かは自分でもよく分かりません。そこらへんは設定してません!
自分でいうのもなんだけど、この姿……めちゃくちゃ可愛いですよね!
「ふぉおおおおおお……!?」
興奮して歓喜の声が出てしまいました。この口から出る声も私の声とは思えないほど可愛い声です。今なら……ロリ声の声優が出来ます!
今まで同人誌しか描いてませんでしたが、これならネットでロリ声のVtuberとしてデビューしてもいいかもしれません!!
幼女の声が出せるだけで夢が広がります。きっとこれだけ可愛ければ、ロリコンのお兄さんお姉さんが赤スパを喜んで投げまくってくれるでしょう。私も推しに対してめちゃくちゃよくやったので!
あ、そうだ! 今まで推しの絵をアップすることで推しと絡んでましたけど、私もVtuberとしてデビューすることで推しと直接コラボが出来るかもしれません!
こうしちゃいられません、今すぐ機材を買い集めねば!!!
ダッシュで!!!!!
「走るな。止まれ。わたしの言うこと聞け」
「あ、はい。すみません」
走り出そうとすると、なんかどろどろの羽根から生えたぷにぷにの触手が何本も体に絡まり、拘束されて動けなくなりました。とほほです。
でもあんまり痛くはなくて、ちょっと締め付けが気持ちいいです。
なんかこれはこれでいいですね。目覚めてしまいそうです。
「というか……どこ行こうとしてた?」
「ちょっと機材を買いに……いや、よく考えたらいつも買い物はネットでポチってるから走る必要ありませんでした。はて……なんで走ったんですかね、私?」
「しらん。そもそもここからはどこも行けない。ここはわたしの空間。おまえはわたしの許可なく出れない」
「あ、そうなんですか?」
そういえばさっきからずっとこの白い空間にいましたね。閉じ込められたんですか私。
というか何でこんなところにいるんですか?
「おまえは死んだからここにいる。覚えてないか?」
え、私死んだんですか? えと……いつ死んだのでしょう?
確かまだ同人誌描いてた途中だと思ってたんですが……
「おまえは無理をしすぎた。日頃の不摂生と過労と寝不足がたたって死んだ。寝ないのは体に良くない」
「あ、はい。ごめんなさい」
至極真っ当な理由でしたのでとりあえず謝りました。
ああ、そういえば最近ずっと短時間睡眠でしたね……同人活動と会社員の両立はあまりにも時間が足りなかったんです。
だから睡眠時間を削りました。絵一本で食えていけるなら会社を辞めたいと思っていましたが、同人活動の収入だけでは食べていけないから仕方なく働きました。
ちなみに会社の年収は500万円。普通に働くだけでざっと同人活動の5倍の年収です。
生きていくだけならむしろ絵の道を見限って、会社員として専念した方が良かったのかもしれないです。そうすれば過労で死ぬこともなかったのかもしれませんし。
最近はもう、忙しいから短時間睡眠になっているのではなく、自律神経イカれて寝れないから短時間睡眠になっていましたからね……末期です。
でも、どうしても絵を描くことはやめられなかったんです。それが私の人生であり生きる目的でしたから。可愛い幼女を描くのが好きでしたから。
後悔は先に立ちません。だが私はやりたいことをやって死ねました。それはそれで、幸せな人生だったのではないのでしょうか?
もはや未練なんて……
いや、未練めっちゃあります!!!
「もっともっと欲望のまま可愛い子のえっちな絵描きたかったああああああああ!!!」
私は叫んだ。魂の絶叫でした。
はい、可愛い子のえっちな絵描きたいです。何故かって?
それは可愛い子が好きだから。
美少女が!!!
かわいい幼女が!!!!
とてつもなく好きだからです!!!!!
「おまえ……煩悩がすごいな。本当にすごい」
「えっちですみません!!!」
私はとりあえず謝りました。なんとなく目の前の子に謝ろうと思ったのです。だって、目の前の子は幼女ですし。ちょっとどろどろしてるけど可愛い幼女ですし。
最初見たときから、なんか若干えっちだなって思ってました。ごめんなさい。本当にすみませんでした。私死んだ方がいいかも。あ、死んでましたね。
でも煩悩は消えません。だって可愛い子のえっちなやつ好きなんだもん……!!!
「でも、死んでしまったからどうすることも出来ないですね……」
私は泣きました。めちゃくちゃ泣きました。
死んだから可愛い子のえっちな絵も描けないし、推しにスパチャも出来ません。せっかく可愛い声になったのにVtuberデビューも出来ません。
もうおしまいなんだぁ……
「話聞いてた? おまえはこれから異世界にいく。死んだけど、そこでもう一回生きることになる。つまり生き返る」
「えっ、本当ですか!?やったー!!!」
私は生き返ると聞いて、泣くのを即座にやめて素直に喜びました。
やったー!!! これでえっちな絵描けるぞー!!!
……あれ? 異世界はペンタブあるんですか? パソコンとかも? はっ!? 推しの配信も見れないのでは!?!?
「あのー、異世界の文明とかは如何ほどでしょうか……?」
「よくある感じの中世ヨーロッパっぽいやつ。剣と魔法はあるけど電化製品は無い。そんな感じだった……気がする」
よくある感じの中世ヨーロッパっぽいやつ!? なろう系小説とかによくある感じの!?
いや分かるけど! 私もそういうの読んでるから分かりますけど!!
説明が! 雑っ!!!
「……なんでそんなよくある感じの異世界が都合よくあるんですか?」
「あの世界はこちらの世界の影響を受けている。みんなが想像する異世界の姿が、反映されたりされなかったりする。私にもよくわからん」
「そうなんですか?」
「あとは遊び心の問題。かつて私達があの世界を作るとき、色々と弄ってた。今はほぼ成り行きに任せてるが……」
「え、異世界を作ってたんですか!?」
「それくらい出来る。何故なら私は神様だから」
なんと目の前のどろどろ幼女天使さんは神様でした。失礼ながら、全然神様に見えません。
あんまり神々しくないし、むしろクリーチャー側の存在に見えます。クリーチャー娘ですね。可愛い感じの。
「えっと、あなたの他にも神様がいるんですか? 他の神様もどろどろなんですか?」
「神様はたくさんいる……というか失礼なやつだな。わたしは神様の中でもめちゃくちゃ偉い神様だ。どろどろとか言うな」
「そ、そうなんですか。それは失礼をば……あの、ご尊名を聞いてもよろしいでしょうか?」
「アワシマ」
「めっちゃ日本っぽい!?」
アワシマ……淡島さん?
なんか淡路島によく似た名前だけど関係あるんでしょうか? 微妙に聞いたことがあるような無いようなラインを突いた名前です。
彼女は日本の神様なんでしょうか? それにしては容姿が日本人離れしているというか、クリーチャー娘な感じの美少女ですけど。
「ばかめ。日本の神様に決まっている。そもそも今喋ってるの日本語だろう?」
「いやいやいや、異世界とか言うならもっとグローバルな感じの概念的な神様かと思ってました。中世ヨーロッパみたいな剣と魔法のファンタジー世界を作ってますし」
「ああいうのはむしろ日本人が好んでいる世界観。好きだろう? ドラゴンクエスト」
「あ、好きです」
ドラゴンクエストは日本の国民的RPGです。ああいった西洋ファンタジーな世界は日本人が大好物といえるものでしょう。それは実在する西洋とは似て非なるもの……アメリカ人の想像するトンデモジャパンと似たようなものです。
それにしても目の前のどろどろクリーチャー娘が、日本の神様だと聞いてちょっと親近感がわいてきました。
この神様、見た目と違って話通じそうな感じしますし、ちょっと相談してみますか。
「あのー、その中世ヨーロッパっぽい異世界って電化製品無いし不便なんですよね?
なんかこう、私みたいな体力無しのクソザコナメクジはすぐ死にそうな感じがするんですが……」
「たぶんなんとかなる」
いや、なんともなりませんが? サバイバル知識ゼロですよ私?
「あ、でも勇者ですし、大体こういうのって神様からチートとか貰えるんですよね?」
「ん? なんで?」
「えっと、貰えないんですか? 転生特典とか……
こう、『無限に入るアイテムボックス』とか、『瞬間移動する能力』とか、『時間停止』とか、『催眠』とかえっちなのとか、そういう物語によくあるやつですけど……」
あ、最後願望入っちゃいました。『時間停止』と『催眠』、結構好きなシチュなんです……
目の前のどろどろ幼女は「んー」と声を出し、虚ろなレイプ目で少し悩む仕草をした後、言いました。
「……自力で」
「はい?」
「お前が勇者なら、自力でチート能力を獲得しよう」
「え、何言ってるんですか!?」
「たぶん出来る気がする。魔法とか神秘のある世界だから」
「いやいやいや、私は現代のなまっちょろい一般人ですよ???」
「人間は……与えられすぎると成長しなくなる。トマトも水をあげすぎると美味しくならない」
「だから私は一般人なんですって! しかも28歳ですよ!? 成長期過ぎたアラサーに今さら成長とか無いですよ!!」
「頑張れ勇者よ」
このどろどろ幼女、すごく無責任な神様でした!
というか人間をトマトと一緒にしないでください!! 厳しくしても美味しくならないです!!!
「一つ法則を教える。おまえの生きていた現世とは違う、異世界のルール」
「異世界のルール……ですか?」
「異世界は現世より強くなりやすい。それは魔物を倒したら、その魔物のエネルギーを得ることが出来るから。分かりやすく言うと『経験値』というやつ」
「経験値……えっと、やっぱりいるんですか?……魔物」
「魔物は世界の生み出した混沌の一部。生物のように見えるが、成り立ち自体が違う。どちらかというと台風に近い」
それって、自然現象的なものってことでしょうか?
生物ではないと割りきれば、確かに殺生の罪悪感は無くなりますが……
「魔物をどんどん倒して、エネルギーを吸収したら色んなことが出来るようになる……と思う」
「えっと、それってゲーム的に表現すると、『経験値を得てレベルアップ』ってことでしょうか?」
「そゆこと」
本当にゲームみたいな異世界ですね。つまり強くなりたければ魔物をどんどん倒すべしと……
いやいやいや、この私が戦闘とか。本当にゲームみたいなドラゴンが出てきたら軽く死にますし、なんならツキノワグマやイノシシでも余裕で死ねますよ!?
見てくださいこのぷにぷにの可愛い腕を! このオリジナルキャラ『チーちゃん』の身体は、設定上身長108cmしか無いんですよ!!
108cmって言えば5歳の女児の平均身長と同じですよ!! そんな幼女が戦えるわけないじゃないですか!!!
……え? 5歳女児の平均身長知ってるのキモいですか?
すみません、キモくて本当にすみません。
と、ともかく、これほど戦いに適さない身体があるものですか!?
私にはもっと優遇とかチート的なものがあってもいいと思います!
「というわけで魔王倒す為にがんばれ勇者」
「うええええ!? だから私は勇者じゃなくてただの一般人ですって!!!」
私は叫んだが、目の前のどろどろ幼女はレイプ目のまま特に話を聞いてくれずにマイペースに言いました。
「……今日はめっちゃ喋った。私はおしゃべり好きだけどそろそろ疲れた。もう今から異世界に飛ばす」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!! まだ心の準備が!?」
「待たない」
そう言っているうちに私の身体が光に包まれて、しゅわしゅわ消えていきます。重力が無くなり、まるで宙に浮いているような感覚になっていきます。
「まだ全然説明不足なんですけど! チートとか何も貰ってないんですけどーーーーー!!!」
私の心からの絶叫が響き渡る中、無情にも私は異世界に飛ばされていくのでした。




