第23話 沼矛リコ
探索者協会本部の一室。ここではある会議が行われていた。
「それでは今年の夏の探索者応援キャンペーンを北海道にて実施、その際に柚子缶とコラボレーションをしつつパートナーシップ契約を結ぶと言うことで」
「はい、ありがとうございます」
この場でひとつの施策が実施される事が無事に決定された。
― 上手くいきましたよ。
メッセージを受け取った技能統括課長は協会本部を出て向かいのビルの1階にあるカフェに入った。奥の席には既に札幌支部長が座っていた。
「どうでした?」
「なんとか企画を通せたようです。沼矛に感謝しておかないと。企画書の作成だけでなく、事前に広報部内で根回ししてくれていたらしいので」
コーヒーを飲んで一息ついていると、1人の女性が入店、そのまま支部長と課長の元へ歩み寄って来た。
「いたいた。長瀬課長、お疲れ様です」
「おう、沼矛。ご苦労さん。上手く行ったって事だけどそのあと怪しまれなかったか?」
「特に何も。柚子缶とのキャンペーンの実施とそれに伴う事務手続きは私が担当になりましたから、あとは粛々と進めるだけです」
「流石、課長さんが推すだけあって有能ですね」
札幌支部長が褒めると沼矛と呼ばれた女性は肩をすくめた。
「長瀬課長は探索者時代から、人使いが荒いんですよ。まあそれ以上にご自分で動くので下としてはやらざるを得ないんですけどね」
彼女は長瀬……技能統括課長が探索者をしていた頃の直属の部下だった。今回、柚子缶とパートナーシップを結ぶにあたって、技能部から話を持ち出すと『広域化』によるスキル習得に言及される可能性が高い。それであれば全く別のキャンペーンでコラボする、その際の費用削減のためにパートナーシップ契約を結ぶという話の流れで進めれば通りやすいのではないかと考えた長瀬は、優秀な部下だった沼矛が今は広報部にいる事を思い出したのだ。
「夏の探索者応援キャンペーンなんて、毎年適当な所属探索者にPRビデオに出てもらってホームページにひっそりと公開してるだけですからね。でも本当に良いんですか? 出演者に払う報酬はゼロでいいなんて」
「そうでも言わないと個人探索者を使うってところに許可が下りないだろ? 柚子缶は動画配信もしているから、彼女達は知名度を上げてもっと多くの人にチャンネルを知って貰いたい。そのための投資として協会とパートナーシップを結び、無償でPR動画に出演する。
協会は若くて勢いのある個人探索者との繋がりをアピールできる。おまけに柚子缶は美人揃いで華もある。ウィンウィンの関係じゃ無いか」
「そこでたまたま柚子缶と懇意にしている札幌支部が橋渡しになってくれてる、と。正直出来過ぎですよ。まあ広報部長も面倒くさがりなので、お金も手間もかからない案をお膳立てしたら二つ返事でOKしてくれたんですけどね」
「さすが手際がいい。俺が鍛えてやっただけの事はあるな」
「課長に鍛えられたのはダンジョンで立ち回りだけですけどね。……それで、そろそろ本当のところを教えて頂けますか?」
沼矛が問いかける。これまで彼女は長瀬課長に言われた通り、あくまで表向きの理由でのパートナーシップ契約を結ぶ計画を実現できる様に動いて来た。当然、この不自然な動きに裏があることには気付いている。しかし課長に素直に聞いても答えてくれないであろう事は分かっていた。まあこの人は無茶振りは多いが間違った事をする人物では無い。だからきちんと共犯者としてやるべき事をやった後に改めて聞こうと思っていたのだ。
長瀬課長は札幌支部長に目配せした。札幌支部長も頷く。彼が信用している人物なら大丈夫だろうと判断した。
「こんな周りに人が多い場所で話す様なことでも無いし、じゃあ昼飯でも食べながら話そうか」
3人は席を立ってカフェを後にした。
---------------------------
「――そんなヤバいことに私を巻き込んだんですか?」
「だからこうやって昼から焼肉奢ってやってるだろ?」
個室の焼肉店で昼食をとりながら、『広域化』によるスキル習得の話を聞いた沼矛は思い切り顔をしかめた。
「それ、黙っていたことがバレたら私まで悪者になるやつじゃないですか」
「パートナーシップ契約の話は既に広報部で承認されてるんだろう。だったらあとはそのまま企画を進めてくれればいい。なんだ、事情を知る前と変わらないじゃ無いか」
はははと笑う課長に、沼矛はため息をついた。そういえばこんな人だった。
「それじゃあ好きにやらせて貰いますけど。柚子缶の4人には私からアポイントをとって良いんですね?」
「ああ、丁度夏休みに札幌でスキル習得するらしいからそれまでには全部終わらせてくれると助かるな」
「その話も今初めて聞いたんですけど。というか今の状況でそれやったら確実に柚子缶さんがスキル習得に関わってるって自白してるようなものじゃないですか……。
わかりました、早速柚子缶さんに会って詳しい話を聞いてみます。札幌支部長さんもそれでいいですか?」
「ああ。彼女達には君から連絡が行くと伝えておこう」
「ありがとうございます」
「沼矛、面白い仕事に関われて良かったな!」
「課長は私に丸投げですか?」
沼矛は長瀬を睨む。
「いやいや、俺は技能統括課としてスキル習得スキームを確立させないといけないだろ」
「ああ、そっちはそっちで大騒ぎなんでしたっけ」
「なんとか札幌支部長さんが誤魔化してくれてるけどな。だけど協会内で柚子缶とスキル習得の関係がバレたらパートナーシップどころの話じゃなくなるだろ? だから先に契約を結んでから種明かしするんだよ」
「それって絶対あとでバレるし滅茶苦茶怒られません?」
「怒られるで済めばいいけど、最悪左遷で飛ばされる可能性もあるかもな。強引に囲い込もうとして愛想を尽かされるよりマシだっただろ? って論法で押し通すつもりではあるけど。まあそういう役は俺がやってやるから、沼矛は何も知らない顔で自分の仕事をしてくれればいいよ」
「左遷で飛ばされた時は札幌支部に席を用意しておきますよ」
あははと笑う課長と支部長。やはりこの人は変わっていないなと沼矛は思った。探索者として現場に居た頃から部下を大切にして責任は自分が取るというタイプの人間であり、そのため部下からの信頼は厚く、逆に上からは扱いにくいやつという評価だった。
昔と変わらない元上司の期待に応えるためにも頑張ろうと沼矛は決意を固めた。
------------------------------
6月も中旬、相変わらず日々の訓練、探索、配信とスケジュールをこなすユズキたち。
あれからヒカリからは連絡も来なくなり、また『広域化』によるスキル習得に気付いたと思われるD3も特に動きを見せていなかった。
「こう何も無いとそれはそれで不安になるね」
「何もなくは無いわよ。企業から話をしたいってメールはたまに来てるし、なんならCM出演のオファーまである。ほら」
カンナにPCのメールボックスを見せるユズキ。テレビCMでよく聞く企業からコラボの打診も来ていた。
「うちの会社に来いじゃなくて、こういうコラボしてみませんかだったら出演ってあり?」
「無し。そのままなし崩し的に勧誘されるのも嫌だし、そもそも「一緒に仕事をした事がある」って中途半端な縁を作りたく無いからね」
「なるほどね」
「そういえばユズキさん、昨日札幌支部長さんから電話があったって?」
「ええ。パートナーシップ契約について、窓口として別の担当の人から連絡が来るよっていう連絡だったわ」
「別の担当? 札幌支部とパートナーシップ契約を結ぶんじゃないんだっけ?」
「なんか、札幌支部が勝手に契約するのは難しいみたいで色々と協会内で調整してくれていたらしいのよね」
「ユズキ、丁度メールが来たよ」
企業からのメールに目を通していたカンナが協会からのメールが来たことを告げる。ユズキ達はカンナの横からノートパソコンの画面を覗き込んだ。
「沼矛リコさん……この人が新しい担当だって。女の人かな? えっーと、柚子缶と探索者協会の間でパートナーシップ契約を結ぶにあたっていくつか確認したい事があるから連絡したいって」
「電話番号ある? こっちからかけちゃおうか」
「うん、メールの最後の署名欄に沼矛さんの電話番号書いてあるよ」
ユズキはスマホを取り出すと、カンナが指差した番号に電話をかける。1コール目で相手が出てくれた。
― はい、沼矛です。
「失礼します。私、柚子缶というパーティのリーダーの天蔵ユズキと言います」
― ああ! お世話になってます! メール見て頂いたんですね?
「はい。それで連絡したいってあったので電話させて頂いたんですが」
― さっそくありがとうございます。通話料かかるので一度こちらから折り返しますよ。今かけて頂いた番号でいいですかね?
「あ、ありがとうございます。この番号で大丈夫です」
― では一旦失礼しますね。
そう言って沼矛は電話切った。すぐにユズキのスマホが着信を告げる。
「はい、天蔵です」
― 沼矛です。あらためて、よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。それで、パートナーシップについて細かい話をしたいって事でしたけど」
― そうですね。一応こちらでプランは作成したので説明したいと思います。直接お会いして話した方がいいと思いますが、ご都合はいかがでしょう?
「こちらはいつでも大丈夫です、合わせます」
― 早い方がいいと思うので、例えば今日これからでも大丈夫ですか?
「これからですか!? まあ大丈夫ですが、どこに行けば良いですかね?」
― えーっと、話を周りに聞かれたく無いので柚子缶さんの事務所に伺っても大丈夫ですか?
「あ、ここに来るんですか? 大丈夫ですけど、場所は分かりますか?」
― はい、協会所有の渋谷のタワーマンションですよね? 場所と部屋番号は分かるので近くに着いたらまた電話しますね。1時間くらいで到着します。
「分かりました、お待ちしています」
電話を切ったユズキはカンナ達3人に向き直る。
「1時間後にここに来るって」
「うん、そんな会話だったね。フットワーク軽い人だね。そう言う人って大抵は仕事が出来るから安心だ」
マフユが感心したように頷いた。
「さすが、札幌支部長の推薦する人だ」
イヨも今からの訪問に異論はないらしい。
「お出しするお茶とお菓子あったかな?」
台所に移動するカンナ。戸棚を開けるとお茶はあったが、お菓子は先日の麻雀の時につまんだポテチとスルメの残りぐらいしか無かった。
「やっぱり何も無いや。ちょっと買ってくるね」
ユズキ達にスルメの袋をふりふりと振ってみせると再び戸棚にしまう。そのままお財布とスマホポーチを手に取り外に向かう。
「私も行くよ」
「ユズキさんはリーダーだし向こうから何か連絡があった時のために待機してなきゃ。私が代わりに行くからフユちゃん先輩とお留守番してて」
「高原、自分も食べられるからって高いお菓子を買おうとしてるだろ?」
「そそそ、そんなんじゃないし! カンナさん、行こっ!」
マフユの鋭い指摘に慌てつつ、カンナの手を取り家を出るイヨ。マフユは「あいつデパ地下行くつもりだな」とイヨの狙いをしっかり見抜いていた。
「まあそのくらいは経費にするから全然いいけどね。流石にスルメを出すわけにいかないし」
「流石に初対面でお茶請けにスルメ出したら一生忘れられない思い出になるよね。……私達の事を印象付けるなら一周回ってありじゃない?」
「「スルメの柚子缶」って一生思われるのよ? マフユは本当にそれでいいの?」
本気で嫌そうな顔をするユズキをみてマフユはカラカラと笑った。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!




