第22話 面会
さて、ヒカリの要望を受けて彼女の義兄と会う事にしたユズキ達。昨日の夜8時に翌日午前10時に来いと急な予定を立ててみたが、相手はそれでも構わないと言ってきた。
「失礼な奴らだって向こうから断ってきてくれたら楽だったんだけどね」
「この急なセッティングで良しと言ってきた時点である程度本気度は伺えるね」
探索者協会渋谷支部の貸会議室。ユズキが「北の誓い」に在籍していた頃によくここを借りてミーティングをしていた。(※)
(※第1章2話)
「そういえば今更だけど私達も同席して良かったの?」
「さあ? ヒカリからは「お義兄さんがユズキに会いたがっている」しか聞いてないのよね。まあどうせ勧誘だしパーティメンバーが同席してても問題無いでしょ」
「もしも一目惚れしました!みたいな愛の告白だったらどうする?」
「それはそれでそれ以上話を聞かずに退席できるから、アリね」
「はは、確かに」
そんな話をしていると時計は10時を指す。時間ぴったりに会議室の戸が開き、ヒカリと1人の男性が入って来た。一応立ち上がり会釈をする柚子缶の3人。
ヒカリと相手の男性もその場で深く礼をする。さあ、面会開始だ。
「今日はありがとうございます。私、こういうものでして」
男がユズキ、イヨ、マフユに順番に名刺を渡してくる。
「Dungeon Dive Development
「超革新開発室」室長の八岐ジュンペイさん、ですか」
名刺に書かれた会社名と肩書きを見て眉を顰めるユズキ。まさかD3だったとは。
「とりあえずお話しましょうか」
ヒカリとジュンペイに着席を促すと、ユズキ達もテーブルの向かいに腰掛けた。
ジュンペイは笑顔を作りつつ思考を巡らせる。まず3人しか居ないことが予想外ではあった。それもカンナが不在である。
(パーティ相手の交渉が上手くいかなった場合、カンナだけでもと考えていたけれどそれは早速ダメになったな。)
であれば、パーティに対しての勧誘を成功させる必要がある。ジュンペイは背筋を伸ばすと真っ直ぐにユズキの目を見る。
「ではさっそく本題に入らせて頂きます。単刀直入に申しますと柚子缶の4人に是非我が社に来て頂きたいというご相談になります」
「お断りします」
即答だった。隣でヒカリが息を呑んだのが分かったが、ジュンペイとしては想定内の回答だ。
「……理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「D3には一度答えていますが」
ジュンペイは心の中で舌打ちした。どうやら何も考えていない人事部あたりが勝手にスカウトに動いていたらしい。どうせ相手の事も調べずに定型メールで上から目線の勧誘でもしたんだろう。全く、碌に仕事も出来ない癖に足を引っ張ることだけは一流な奴らだ。
とはいえ、これくらいは想定内だ。ジュンペイは笑顔を貼り付けたまま、用意していたセリフを吐く。
「ああ、おそらく弊社の人事部あたりからの勧誘があったという事ですね。社内の連携が取りきれていなくて、いやはや申し訳ない。
……参考までに、うちの者がどんな条件でご提案させて頂いたか聞いてもよろしいですか?」
「特に聞いてないです。D3以外の会社からもいくつかそういったメールを頂いていますが、基本的にはお話せずに断っているので」
取り付く島も無いと言った様子のユズキに、なかなか手強いなとジュンペイは思った。つまり交渉の場に引き出せたのは自分が最初ということか。
「まあ、個人探索者の方は皆さん企業に対して良い感情を持ってないですからね。お互いにライバルなので仕方ない部分は有りますが。なので企業に所属せずにフリーのままで居たいというお気持ちも分かります。ですが、まずは話だけでも聞いていただけますか?」
そう言ってジュンペイは頭を下げた。ユズキは、ヒカリの方をチラリと見てから「話を聞くだけなら」と返した。ここで問答無用で断って立ち去るも、この場を設けたヒカリの顔に泥を塗ると考えいるのだろうか。だとすればヒカリに感謝である。話さえ出来れば、こちらのフィールドに引き込める。
「ありがとうございます!」
ジュンペイはカバンから印刷してきた資料の冊子を取り出すとユズキ達3人に渡す。
「では今回私共が用意したプランを説明させて頂きます。資料の1ページですね……」
順番に資料を説明していくジュンペイ。15ページほどの冊子の前半半分ほどは「なぜ柚子缶に来て欲しいのか」という理由……これまでの探索での活躍と今後さらに実力を付けていくだろうという将来性、また配信の登録者数などから一般にも人気があるといった、当たり障りのない事由が並んでいた。
後半は雇用条件について。まず契約金。そして想定される入社後の立ち位置や扱い、給料などである。
柚子缶の4人はD3に入社後は一般の企業所属探索者としてでは無く、役員待遇とする予定とのことだ。
通常、企業所属探索者は会社からの指示で探索するダンジョンや採ってくる素材を指定される。「今日は桐生ダンジョンで蚕蛾種の魔石を20個と繭を10個採ってきてくれ」と言った具合だ。会社はそれぞれの探索者の実力を把握した上で十分に安全なダンジョンを割り当てる。
さて、無事に指定された品を持ち帰ってきた企業所属の探索者から、会社は素材を買い取る。買取額から経費とある程度の手数料を引いた額が探索者の給与にプラスされるという流れだ。
ジュンペイの話によれば、柚子缶に対してはこのダンジョンと素材の指定はせずに、これまで通り好きなダンジョンの探索、配信をして構わないとの事だ。配信チャンネル名はD3と頭に付けて貰うが、チャンネルの管理・所有権は柚子缶のままで良いとのこと。また探索で収集した素材をD3で買いとる場合、経費は引かせて貰うが手数料は取らないし、その経費についてもこれまで通りのスタンスで柚子缶が負担するのであればD3から引かれる金額はゼロになるようにするとの事である。D3は大抵の素材を協会の倍程度の金額で買い取るので、単純に探索での収入が倍になるというわけだ。
これに役員報酬として年1000万円を個人に支払うと言っているので、この時点で金銭面の条件は破格である。
横で話を聞いていたヒカリは頭がクラクラしてきた。義兄が算出したユズキ達の想定年収は一人当たりでも億を軽く超えている。だと言うのに、当のユズキ達はこの提案を大した魅力でない様に受け止めている様に見える。
ジュンペイからしたらこの反応は当然だと思った。何故なら収入が倍になった所で、企業から給料として支払われると半分近く税金に持っていかれるからである。今は探索者法でパーティ資金として上手く運用しているはずなので、得た金に税金は殆どかかっていないだろう。もっともこれを個人の資産に換えた途端にガッツリ持っていかれるのだが。
つまり柚子缶を引き抜くためには、あえて資料では空欄としている契約金。ここにかかっているのである。
「さて、契約金ですが……」
ここについてはジュンペイは熟考を重ねた。安すぎても交渉にならないが、かと言って高過ぎても警戒される。
「5500億円。これで如何でしょう?」
めくったページには柚子缶がもたらす利益や広告効果などをそれらしく試算してあり、およそ10年で5000億円の利益が上がるとしている。そこには10%のお気持ちを乗せて5500億円というわけだ。
もちろんこんなものはジュンペイのでっち上げで、それらしい金額を算出しただけだ。彼は協会の内部資料から鎌倉ダンジョンを消失させたことで彼女達が協会に6000億円を――現物ではあるが――支払ったことを知っている。それを踏まえて、少し届かない程度が怪しまれずかつ彼女達にとって魅力的に映るであろう額だと見極めた。
「ご、ごせんごひゃくおく……!?」
声を上げたのはヒカリであった。もはや彼女からすれば「額が大きすぎてわけが分からない」といったところだろう。こんな大金を一度にもらった上、毎年数億円の収入を得ることが出来るなんて。ユズキに対して羨望の気持ちが膨らむ。
(ユズキをお義兄さんに紹介したのは私だし、ちょ、ちょっとくらいおこぼれ貰えるかな……?)
イヤらしい妄想が頭をもたげる。しかしユズキの返事はヒカリの、そしてジュンペイの予想と期待を裏切るものであった。
「お断りします」
「なっ……!?」
「ユズキッ! どうして!?」
思わず立ち上がりユズキに詰め寄ってしまったヒカリ。ジュンペイは顔を歪ませつつその手を引いて座らせた。
(まさか、狙いに気付かれたか?)
契約金についてはこの額を引っ張ってくるつもりはあったが、それ以外は正直プラン通りに行くとは微塵も思っていない。そもそも、『広域化』を手中に収めてスキル習得スキームを構築することが目的だ。探索などする暇があるわけもない。だから甘い言葉やそれらしいプランを示して会社に入れてしまう。所属させてしまえばこっちのもの、どうとでもなると考えていた。そんな裏に気付いたというのだろうか。
「……こちらの条件では不服でしたでしょうか?」
恐る恐るユズキに問いかけると、彼女は首を振った。
「条件とか、それ以前の問題です。私達はあなたを信用出来ない」
「……っ! 我が社が契約を反故にすると言う意味ですか!?」
「いえ、あなた個人の話です。義妹にお金を貸し付けて、返せなければ身体を使って稼いで来いなんて言う人を、信用できるわけないでしょう?」
何の事だ? 思わず隣に座るヒカリを見ると、顔を真っ青にしていた。
「ヒカリから聞きました。先日私達が渋谷ダンジョンでヒカリの救援費用として請求した30万円。あなたが立て替えたものの、返せなければ夜の店で働いてお金を作るように言ったそうですね?」
「そんな事、言うわけがっ……!」
「ではヒカリが嘘をついてこの場を設けたと?」
ヒカリはガタガタと震えている。そんなヒカリを見てユズキはやっぱりこの子の狂言だったかと理解する。しかしここは今後ジュンペイから接触されないためにも、またヒカリにお灸を据えるためにも、当初の予定通りのプランで行かせてもらおう。
カバンから封筒を取り出すと、ジュンペイの前に置いた。
「今日お会いしたのは、ヒカリの借金を代わりに返済しようと思ったからです。こちらはヒカリがあなたから借りた救援費用、利子として10万円ほど上乗せしてありますので、これでヒカリへの貸付けは返済したとして頂けると幸いです」
ジュンペイは動けない。予想外の展開に頭が付いてこないのだ。
「それでは、私達の用は済んだので失礼します。この貸会議室は12時までは使えますので、それまでご自由に」
そう言って席を立つユズキ達3人。部屋を出ようとしたユズキの背中にヒカリは縋るように声をかける。
「ユズキ、待って! あの、私……」
ユズキは振り返るとヒカリに近寄り、優しく声を掛ける。
「これでお義兄さんへの借金はチャラだから、もう無理しちゃダメよ? もう都合よく私達が助けに行くなんてことは絶対にないんだから」
「え……?」
「それと、もう私に付き纏わないで。メッセージもブロックするわね。正直迷惑なの。こんな風にされたくも無い勧誘をされたり、あなたを助けた救援費用も結局利子を付けてマイナスだしね。あのお金は手切れ金だと思って頂戴」
そう言うと、踵を返して会議室を後にする。
「あ……、あ……」
「…………」
後には呆然とするヒカリとジュンペイが残された。
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会議室を出たユズキ達はそのまま廊下を進み、エレベーターに乗り込む。エレベーターの扉が閉まると、はぁーっと大きく息を吐いた。
「お疲れさま」
「ユズキちゃん、よく言った!」
イヨとマフユが労ってくれる。
「あれで良かったかしら。……多分ヒカリ、お義兄さんに怒られるわよね」
「またそんな優しさ見せてる。いいんだよ、ああいうタイプはガッツリ後悔させないといつまでも自分に都合良く物事が進むと思っちゃうんだから」
「私はユズキさんを見直したよ。ビシッと言い切ってくれて良かった」
「うん……、まあ仕方ないよね」
「そうそう、切り替えよう。ところで高原、どう思った?」
「フユちゃん先輩ごめん、その話は事務所に戻ったらしようか。ユズキさんもそれでいいよね?」
イヨが険しい表情で告げる。マフユとユズキは頷いた。
事務所に戻った3人。カンナには先ほど「無事にプラン通りお断りしたよ」とメッセージを送っておいた。
「それでイヨ。つまりそう言う事よね」
「うん。多分だけどあの人は気付いてる。それらしい理由と金額を出してきたけどね」
「条件が良すぎた? 契約金とか好き勝手に探索していい話とか」
「フユちゃん先輩、あんな三味線に騙されちゃダメだよ? あの場で調子いいこと言ってても契約書に書かれてなかったら何の保証も無いんだから。私としては契約金が高いのも契約時にそちらに注意を向かせて入社後の部分を曖昧にするためだとすら感じたね」
「じゃあ高原は何が理由だと思ったの?」
「まあ他の企業とは必死さが違うって言うのもあったけど、確信したのは契約金の丁度良さだね」
「丁度良さ?」
「うん。あれより安いと私達のメリットが薄くなるし、高いと裏があるんじゃ無いかって警戒する。その絶妙なラインを突いてきたと思った。でもね、そのラインは私達が鎌倉支部に6000億円払った事を知っていてこその絶妙さだったんだよ」
「あっ」
「ミスリルナイトの魔石や素材、ダンジョンコアの破片の現物で清算したことは配信動画で公開してるけど、具体的な金額は言ってないでしょ。だからあの人はなんらかの方法で6000億円って数字を知っていたことになる」
「でも協会の情報セキュリティってガバガバじゃん」
「うん。ガバガバセキュリティで6000億円って数字を知った人が、それも5500億円なんて契約を結ぼうとする人が、協会に提出した無編集動画を観ていないと思う?」
「そりゃあ観てるだろうねえ」
「そう。鎌倉ダンジョンのプライベート化っていう何千億円もの取引をご破産にした、D3にとって憎き相手である私達にさらに何千億円も払って勧誘する理由って考えると」
「『広域化』によるスキル習得、少なくともその可能性までは辿り着いていると思った方が良いっていうわけね」
ユズキが出した結論にイヨは頷いた。
「どの程度確信してるかは分からないけどね」
「そうなると早いところ協会とのパートナーシップ契約を締結したいところだね。今どうなってるんだっけ?」
「まだ札幌支部長さんが内部で色々としてくれるところだと思うんだけど……」
「じゃあ今出来ることは引き続き警戒するって事か!」
「そうなるね。カンナちゃんにも注意するように言っておかないと」
ここ最近はヒカリに振り回されたものの、結果としてD3への警戒をさらに引き上げることが出来たのである意味で結果オーライではあった。とはいえ先程宣言した通りもう関わりたく無いというのも正直なところである。
(少なくとも協会と無事にパートナーシップ契約が結べてある程度の安全が確保できるまではあの子の事は考えたく無いわね。)
とはいえヒカリが義兄に恨まれて二人の仲は険悪になったりしてはいないだろうか……と、ここでまた無意識にヒカリを心配している事に気付き、ユズキはぶんぶんと首を振った。
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