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第17話 ギスギス渋谷ダンジョン

「どうしてこんな所に?」


 ユズキはヒカリに訊ねる。向こうではカンナとマフユが周囲を警戒しつつ、イヨが協会に無事に救援対象を発見できた事を電話で報告している。


 ユズキは顔馴染みという事もあり、自然な流れでヒカリから事情を聞く事になった。


「そもそも何でヒカリがダンジョンにいるのよ」


「うーん、一言で言えばガクチカなんだけど」


「ガクチカ?」


「「学生時代に力を入れたこと」の略。就活でエントリーシートに書かないといけないのよ」


「それってこれ迄の3年間、大学でやってきた事を書けばいいんじゃないの?」


「サークル活動やボランティアなどの社会貢献、語学留学をした人なんかはそういう事を書けば良いかもね。でも真面目に勉強を頑張って全ての単位で「A評価」を取りましたっていうのは残念ながらアピールポイントにはならないらしいのよね」


「それで慌てて探索者をやる事にしたってわけ?」


 就活のために慌ててダンジョンに潜ったくらいで何がアピールできるでも無いんじゃないかとユズキは思う。ヒカリもそんなユズキの考えに気付いて話を続けた。

  

「そんな本腰を入れてやるつもりも無いけど、ダンジョンを探索しましたって経験が少しは売りになったらなって思ったのよ。ユズキには分からないだろうけど、就活って戦争なのよ。ここで大企業の内定が取れるかどうかで人生設計が変わってくるんだから」


「それはそうかも知れないけど……でも初めての探索でしょ? こんな所にまで来るなんて明らかにやりすぎよ」


「私も最初は一層を少し回って帰る予定だったのよ。でも初探索で得たスキルが思いのほか当たりでね、行けるところまで行ってみようと思ったの」


「当たりスキル? 何だったの?」


「えー、他の探索者に軽々しくスキルを教えるなって習ったんだよねー」


 わざとらしく勿体ぶるヒカリ。ユズキははぁ、と息を吐いた。


「じゃあ別に知らなくていいわ」


「ええ!? うそうそ、教えるからそんな冷たい態度取らないでよー!」


 そう言ってユズキの腕にしがみついてくるヒカリ。そのままユズキの耳に顔を近付けて小声でこっそりスキルを伝える。


「私のスキルは『気配察知』だったよ」


「……それってモンスターの場所が分かるってスキルよね?」


「そう! どの方向、何m先に何体いるか、それがハッキリと分かっちゃうの」


 汎用スキルなので当然ユズキも知っている。『気配察知』は今ヒカリが言ったようにダンジョン内でモンスターの居場所が分かるようになるというスキルだ。探索者が怪我や死亡する事故の半分は索敵漏れによるモンスターの奇襲と言われており、それをほぼ確実に防ぐ事が出来る『気配察知』はあれば確実にパーティの生存率を上げる大当たりのスキルである。


 さらに一言で『気配察知』と言っても性能に差があるようで、「なんとなくこっちの方向にいる、やや遠いかな」ぐらいの精度――それでも十分重宝される――の人から、ヒカリが言ったように方向も距離も数までぴったり分かる人まで居る。つまりヒカリは大当たりの中でもとりわけ高性能なスキルをゲットしたというわけだ。


「そんな大当たりなスキルを引いたなら、尚更そのまま帰って履歴書に書けば良いじゃ無い」


「エントリーシートね。だから、スキルがあったってそれだけじゃダメなのよ。それを以て何を成したかが重要なんだから。それで私は考えたの。初めての探索、それもソロ探索で渋谷ダンジョンの最下層まで降りたら、それはかなりのアピールなるんじゃ無いかって」


「はぁ!? 最下層!?」


 もはやユズキは呆れるしかなかった。いくらモンスターの場所がわかるとはいえ、二層以降で一度でも向こうに気付かれたら命は無い。そんな事もわからない子だっただろうか。


「まぁ、流石にそれは無謀だったって反省してる。でも二層までは本当に安全に突破できちゃったのよ」


 バツが悪そうにするヒカリ。運が良くてか悪くてか、二層までは全く危険を感じる事なく突破できてしまった。そのまま三層に降り立ち暫く進むとどの方向にもモンスターの気配を感じるようになる。これは不味いかもと思った時には既に背後……つまり二層への階段付近にも群れの気配を感じるようになり、後戻りできなくなってしまった。前にも後ろにも進めなくなってしまったが、この場で立ち尽くしていてもモンスターに見つかってしまう。仕方なく気配がしない方、しない方へとひたすら歩き付けてモンスターの気配から逃げ続けていたが、30cm程の段差に気が付かずそこで転げ落ちてしまった。ケガは大した事ないが、足首を捻ってしまって歩くのは難しい。仕方なく救援要請を出したという事であった。そのあとは先ほどの穴に身を隠して息を潜めていたというわけだ。


「さっきはすぐ近くまで群れが迫ってきていてもうダメかと思ったんだけど、急に全ての気配が消えたの。あれってユズキ達が倒してくれたのよね?」


 マフユが一斉に氷漬けにしたあの群れの事だろう。同時に気配が消えたとそこまで分かるのであればかなりの精度の『気配察知』だとユズキは舌を巻く。……と、それよりも。


「それってたまたま私達が間に合わなければ、ヒカリはあの群れに見つかって殺されてたって事じゃない!?」


 なんと、かなりギリギリのところだったらしい。


「ほんと、ラッキーだったよ」


 悪びれずに笑うヒカリだが、もうユズキは叱る気にもならなかった。


 そこへ電話を終えたイヨ達が戻って来る。


「まだ協会の救援隊は出発してなくて、可能なら私達に地上まで連れてきて欲しいって言われたんだけど」


「……仕方ないか。置いていくわけには行かないし、かといって救援隊が来るまでここで一緒に待つのもそれはそれで危険だし」


「うん、そういうと思って了承しておいた。じゃあ帰ろうか。ヒカリ嬢は歩けるの?」


「……ごめんなさい、足を挫いていて……」


「あ、そう。じゃあユズキさんがおんぶして行くしかないかな。私達が先導するね」


 ひょいひょいとユズキとヒカリの荷物を持つと、カンナとマフユに手渡すイヨ。


「じゃあ行こうか」


 一番身軽なイヨが前を歩きながらモンスターを警戒し、カンナとマフユがサポートする。ユズキはヒカリの足を庇いながらも最後尾をついて行く。


「あの、私の『気配察知』でモンスターの場所なら分かりますので……、」


「ああ、救助対象さんは余計な口出ししないで大人しくしてて下さい。私達ならここから地上までは何の問題も無いので」


 ヒカリの申し出をバッサリと断るイヨ。宣言通りヒカリに頼る事なくずんずん進んでいくし、モンスターを見つけたらマフユに声を掛けて『広域化』した『氷魔法』でさっさと群ごと氷漬けにしてしまう。


「ねぇ、ユズキ。あの人感じ悪くない?」


 ヒカリは小声でユズキに問いかける。


「そんな事ないよ。今はヒカリに何かあると困るって事でちょっとピリピリしてるだけ」


 そう答えつつ、ユズキもイヨの態度は気になっている。いつものイヨなら同じ事を伝えるにしてもこんなキツイ言い方はしないはずだ。ヒカリが何か失礼な態度をとったか? いや、ほとんど会話すらしていなかった筈だ。あとで聞いてみようと考えた。


------------------------------

 

 1時間ほどで一層に到着する。ここから地上までは10分ほどだし、一層には弱いゴブリンがたまに湧いて出るだけなので索敵が漏れて強襲される心配もほぼ無い。やっと緊張を解いた一同。


「なんとか戻ってきたね」


「地上に着くまでが探索だよ」


「カンナちゃん、それ遠足のやつ」


 前を歩いていた3人は三層からここまで緊張しっぱなしだったし、度々遭遇したウルフの群は片っ端から『氷魔法+広域化』で凍らせて来たのでマフユとカンナは魔力の消費による精神的な疲労も見える。それでも安全圏に入って冗談を言い合う余裕が出てきたというわけだ。


「私に任せてくれたらモンスターを避けて通れるルートを提示できたのに……」


 ユズキの背中でヒカリが呟く。彼女は『気配察知』で遭遇した全てのモンスターの接近をかなり早い段階から察知していた。だが一度「あっちの方から15体の群れが来ます!」とイヨに声を掛けたら「余計な事はしないでって言いましたよね?」と釘を刺され、その後は黙って前の3人がシルバーウルフやワイルドウルフと戦うのを見ていたのだった。自分の言葉に従ってくれれば、ウルフ達との遭遇を半分以下……もしかしたらゼロに出来たかもしれないのに。


 イヨはヒカリの呟きが聞こえたが、あえて無視をする。マフユはイヨが何に腹を立てているか分かっているし、カンナはそこまでは分からずとも空気を読んで口を出さない。結果的にユズキがヒカリにフォローする事になる。

 

「別に群れと戦うのが危険ってわけじゃ無いのよ、私達にとっては。むしろ予定外のルートを通る方が危ないってだけ」


「それでも、私の索敵があればずっと緊張しっぱなしでいる必要は無いじゃない」


 ユズキはイヨの不機嫌の理由は分かっていないが、ヒカリの索敵に頼らなかった理由は想像がついている。要は「信用ならないやつの索敵に頼る事がリスク」だと判断しているのだろう。発言も索敵能力も初めから信用していないので、ヒカリの進言は索敵のノイズにしかならない。この先に群れが居ると言われればどうしてもそちらに意識が割かれ、他に対する警戒が疎かになる。だったら初めからフラットな意識で全方位を警戒した方が結果的に安全だと考えて居たのだろう。


「……ヒカリは怪我もしてるからね。無理をさせないためよ」


 流石に本人に「お前を信用していない」とは言えず、適当な理由で宥めたユズキであった。


「ぶー。……じゃあさ、怪我が治ったら汚名を返上させて。今度一緒に探索しようよ」


 無邪気にユズキに笑いかけ、共に探索しようと持ちかけるヒカリ。


「えっと……」

「お断りします」


 何と答えたら良いか悩むユズキの言葉を待たずに、きっぱりと断ったのはイヨだった。


「えっ……?」


「こっちは遊び半分のアナタと違って真剣に探索してるので、部外者を混ぜる余裕は有りません。ユズキさんもリーダーなんだから変な誘いは断って下さい」


 明らかな敵意をヒカリに向けるイヨ。ヒカリは気後れしながらも言葉を返す。


「部外者なんて……。私とユズキは幼馴染だし、今はちょっと離れてたけど、またこれから仲良くするし、もしかしたらユズキのパーティに入れて貰うかも知れないし……」


「ユズキさん、この子パーティに入れるの? そんな話したの?」


「してないよ! ヒカリ、何言ってるの!?」


 慌てて否定するユズキ。


「だって、ユズキ達すごく仲良さそうだし私もそこに混ぜてもらえたらなって……」


「ああ、良かった。ユズキさんが勝手に了承してたなら私が代わりにパーティを抜けなければならないところでした。……その子を入れるくらいなら私は柚子缶辞めるので」


「……っ!? 何でそんな事言うんですか!?」


 詰め寄るヒカリにイヨははっきりと答える。 


「だって私、あなたのことが嫌いですもん」

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