幕間2 札幌支部長の暗躍(後編)
柚子缶とパートナーシップ契約を結ぶ事を約束した後、札幌支部長は大いに悩んだ。彼女達の要望を叶えようとしたら流石に札幌支部だけで完結することは出来ない。出来れば本部に居る人間で信頼できるものを抱き込みたい。
パソコンを操作して本部の組織図を確認する。
パートナーシップ契約の相談、素直に行くなら本部総務本部だ。しかしここの本部長はカタブツで融通が利かない……恐らく柚子缶の事を話したら協会全体で利用すべきと声を大にして言うだろう。彼の下に付いている地方総務課の課長も、本部長の太鼓持ちだからNGだな。広報の方から攻めるか? しかし広報部は普段関わりがない分、部長クラスの人間の人柄が分からない。探索者支援部はどうだろうか。ここの部長は……そういえば部下の手柄を自分のモノにするタイプだな。出世に使えると思えば柚子缶を良いように利用しようとする。そんな人間と組みたいとは思えないな。
「ふむ、中々どうして……」
一度モニタから目を離してコーヒーを飲む。その時ふと目に留まったのが技能部だった。
「技能部……協会のスキルを管理している部門か。本部の中では少し発言力は弱いが、ここは元探索者が多い部署だったな」
生憎、技能部の部長は数年前に営業部から転属されてきた人間で現場の上がりではない。できれば探索者の気持ちに寄り添える叩き上げの人間と話がしたい。
そう考えた札幌支部長が白羽の矢を立てたのが技能統括課の課長であった。
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「つまり日出カンナが『広域化』した武器スキルを適用した状態で身体の動かし方を覚え、スキルなしの状態でそれを再現しようと自力で身体を動かす。この繰り返しで実際にスキルが習得出来たというわけですか」
「そうですね。スキル習得にかかる時間は個人差があって10時間から30時間と言ったところです。探索者として経験が長く、身体ができている者ほど早い傾向がありました」
「なるほど……同時に『広域化』できるスキルの数と対象人数は?」
「一度に『広域化』出来るのは1つまでのようで、対象人数は13人迄は問題なかったですね」
「13人?……ああ、札幌支部の10人と、日出カンナ以外の柚子缶メンバーというわけか」
「前回のメニューがこちらになります」
「10分『広域化』、10分のインターバルという形を取れば魔力の枯渇は無し。インターバル無しだと流石に5時間半程で限界か……。人数の上限もあるが、それよりも本人のメンタルが懸念事項だな。7時間も押し込めてスキルを使わせ続けたら精神的な摩耗が大きい。恒常的に開催するにしても月に1回、3〜4日程度が限度になるだろうな……」
うんうんと頷きながら情報を整理する技能統括課長を見て、支部長は自分の人選が正しかったことを確信する。ここで月に20日の稼働を見積もるような人間ではお話にならない。とはいえ、そんな事を平気で言い出しそうなのが自分がNGと判断した本部の連中なのだが。
このスキル習得をするにあたって最も留意すべきはカンナのメンタルコントロールである。春に2週間を指定して来たのは柚子缶だが、あれは本人達もスキルの習得期間が読みきれずに長めに期間を挙げたのだろう。支部長が立ち会ったのは後半からであったが明らかに疲れの色が見えていたし、最終日に魔力が枯渇したのは連日の無理のせいもあるだろう。
「まあ一日中、スキルを10分おきに使い続けるなんて苦行にしかならないですからね」
「これ、スキルを使った訓練は1日の前半のみにして後半はそのスキルを持った人間による指導といった形にした方が良いかもしれませんね。素振りや型を確認する時間にうまくメリハリをつければそれでもほとんど同じ効果を得られるかもしれません」
「なるほど、そうすれば日出カンナの負担をかなり軽減出来る」
「はい。10代の女の子である事を考えると彼女を使い潰すような事をせずに長く良好な関係を築くことを最優先に考えるべきだ」
「それが協会に出来ると思いますか?」
支部長が訊ねると技能統括課長はむぅ、と考え込む。
「先に条件を固めて契約をしてから公にした方が良いでしょうね。ああなるほど、だからこんな秘密裏に動いているんですね」
理解が早くて助かる。探索者を駒としてしか見ていないような協会の上層部の、声のでかい連中に勘付かれる前にルールを固め切ってしまえば良い。
「はい。出来ればこの件をここだけの話にしつつ、パートナーシップ契約の締結まで持っていきたい。……なにかやりようはありますかね?」
「彼女とスキル習得がイコールにならない様に上手く誤認させつつもパートナーシップを結ぶ合理的な理由がないと難しいかもしれません。ちょっとストーリーが必要ですね」
「本人達とは連絡が取れるのでこちらの要望は伝えられます」
「それはありがたい。ちなみに今回スキルを習得した10人の口止めは大丈夫なのですか?」
「訓練の内容は口外しない様に言ってあります。彼らには「ダンジョンコアを利用してスキルを一時的に使える様にした装置が作られて、その試用に札幌支部が選出された」と伝えてあるので万が一口を滑らせても柚子缶の『広域化』だと喧伝する事はない」
尤も、状況などから推測は出来る可能性はある。しかし永遠に隠す必要も無く、柚子缶と札幌支部長達の企みが成就するまでの間でバレなければ問題ない。
「札幌支部長、一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「諸々の前提条件や協会の体制を考えてもなお、やはり支部長は少し柚子缶に肩入れしているように思えます。勿論支部の、ひいては協会全体の利益を取ってはいますがそれでももっと協会に有利な条件はいくらでも要求できる。
……何故柚子缶を重用するのか教えて頂けますか?」
そう。いくらユズキが協会のルールに詳しく、イヨが交渉事が得意とはいえ所詮は社会経験の無い小娘達とも言える。破格の条件で交渉に臨んできてはいるし、確かにスキル習得の機会が無くなるのは協会側としても惜しい。しかし実際に交渉が決裂すると困るのは柚子缶の方なのである。ならばそこを突いてより有利な条件を引き出せる……にも関わらず札幌支部長はそれをしていない。技能統括課長はそこが気になった。
支部長は応接室のソファに深く腰掛けると、ポツリポツリと話始めた。
「別に柚子缶だけを特別扱いするつもりは無いんですよ。他の探索者が同じ様に交渉してくれば私は余程協会側に損がなければ受け入れるつもりではある」
「『広域化』が使えるのは柚子缶……日出カンナだけでしょう?」
「そういう意味では無く、きちんと探索者法や協会の仕組みを勉強してお互いに利がある提案をしてくれればその気持ちは尊重したいという意味です。柚子缶ほど詳しく無くても、我々にだって組織としての立場があるとわかってくれるだけでいいんですよ。……残念ながらほとんどの探索者は自分の事ばかり、カネの事ばかり気にして協会を道具としてしか見ていない」
「ははは、「協会は探索者の事を道具としてしか見ていない」は一般的に言われますがその逆ですか」
課長は皮肉気に笑う。
「そういった側面もあるし、現にそういう考えの人間がいるのも否定できませんがね。私個人の考えとしては協会も探索者も、お互いの利を取りつつも根本では助けあうべきだと思うんですよ。そしてそういった姿勢を見せてくれる相手には最大限の敬意を持って接したい」
「柚子缶はそういう相手だという事ですか」
「もちろん彼女達にも拙い部分はありますけどね。それでも互いにウィンウィンな提案をしてくれる貴重な存在だ。彼女達の様な存在を重用し見限られない様にしていかないと、今のままでは協会は今後の世界の変化に耐えられないと思うんですよ」
「世界の変化?」
支部長はこくりと頷く。
「ダンジョンなんてこの世の理から外れたものが世界中に出現して半世紀。今でこそある程度は抱えつつも人類はダンジョンを上手く利用している。でもこう考えた事はないですか? 人類は都合良くダンジョンに利用されている、とも」
「一昔前に流行ったダンジョンに関するオカルトですか?」
「その内の一説に近いですかね。ダンジョンはもはや社会インフラとして無くてはならないほどに根付いてしまった。……しかし今後も同じ様にダンジョンからの恩恵を享受できる保証なんてない。その前提に対する備えが圧倒的に足りない。ある日急に、現れた時と同じようにダンジョンが消えてしまったら? 逆に今の倍の数のダンジョンが現れたら? それが起こらない事は誰も証明できない」
「……しかしそんな有るかどうかも分からないもしもに備えるわけにもいかないでしょう」
「ええ。だからこそ出来る範囲でやれる事をやらないと。その一つが、優秀な探索者の育成と彼らとの繋がりをきちんと持っておくことだと思ってます。予想も出来ないような事態になった時に切れるカードは1枚でも多い方がいい。とりわけ柚子缶のように「不測の事態をその場で解決出来る能力を持った探索者」は、強力な切り札になり得る」
「それが柚子缶を重用する理由ですか。なるほど、支部長の理念は理解しました。いずれにせよ彼女達とのパートナーシップ契約は結ぶべきですね。下手にガチガチに取り込もうとするよりはパートナーシップぐらいの立ち位置の方がお互いにとっても良いでしょう」
「ご理解いただけて幸いです」
「……それじゃあ協会のお偉いさん方に感づかれる前にささっとパートナーシップ契約を結ぶための作戦を考えましょうか」
「助かります」
支部長と課長はガッチリと握手を交わす。
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