第29話 さよならフェアリーテイル
「それでは無事に賠償金を払い終わった記念と、新生柚子缶の活躍祈念、ついでに姉さんたちの婚活の成功を祈って、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
元妖精譚と柚子缶のメンバーは少し高級な居酒屋で打ち上げを実施していた。無事に賠償金の支払いも終わったので、明日にはハルヒとナツキ、アキの3人は地元に帰る予定だった。
「なんだかんだ楽しかったよね。」
「待って、ナツキが既に締めモードに入ってる!?」
「そういうわけじゃないけどさ、色々あったなーって。最後に柚子缶の2人と色々できて良かったよ。」
「私達も妖精譚と一緒に探索できて楽しかったです!」
「ふふ、マフユとイヨはこれからも2人と居られるんだもんね。羨ましいよ。」
「そうだろそうだろー、SNSの鍵垢に4人で楽しくやってる写真上げまくるから、ナッちゃん達はしっかり羨んでくれ。」
「はははコヤツめ。」
話は主に妖精譚での思い出であった。当然だけどカンナとユズキには知らない話がたくさんあって、でもマフユとイヨが丁寧に細く説明してくれるお陰で疎外感を感じる事なく話を聞く事が出来た。
「アキは理想的な引退だよなぁ。探索者引退、即結婚だもん。」
「ふふ、理解がある相手だったからね。」
「私も婚活頑張らないと、姉としての威厳が……。でも相手がなぁ。いっそナツキ、私と結婚しない?」
「流石に私にも選ぶ権利はあるのよね。アキくらい生活しっかりできるなら考えるけど、ハルヒって私生活もアキに頼り切りじゃない。」
「できる妹と暮らしてるとどうしてもね。1人ぐらい時代はしっかりしてたじゃん。」
「えっ!?」
「えっ!?」
「ハルヒのあれが「しっかりしてた」なら、やっぱり私はハルヒと結婚できないわ。バスタオルを洗面所に干して1週間使う人とは暮らせないもん。ごめんね?」
「今は毎日洗ってるから!」
「アキが、でしょ。一人暮らしに戻ったらまた洗わなくなるんじゃないの?」
「今はドラム式の乾燥機付きのやつ買ったもん……。」
「だけど姉さん、乾燥が終わった洗濯物を取り出して畳んでくれないけどね。」
「け、結婚したら頑張るもん!」
「はいはい家事できない人はみんなそう言うんです。先に出来るようになってから婚活頑張りましょうねー。」
そんな掛け合いを皆でアハハと笑い合う中、カンナは1人こっそり「バスタオルって毎日洗わないといけないんだ……!」と衝撃を受けていた。ちなみに日出家は同じバスタオルを2日使う。カンナとカンナママで1枚ずつ使うので、今日はカンナのバスタオルを洗う日、明日はカンナママのバスタオルを洗う日……と言った具合のローテーションをしている。
(もしかしてユズキに汚い子って思われちゃってないかな?)
急に不安になったカンナ。とりあえず今日から自分のバスタオルは毎日洗おう、お気に入りのタオルの傷みが早くなっても仕方が無い……ユズキに汚いと思われる方がよっぽど嫌だった。
…………。
「そういえばイヨさ、なんでカンナちゃんの『広域化』で武器スキルが覚えられるって協会に開示したの? 前に危ないって脅してたのに。」
「私は選択肢を提示しただけだよ。スキル進化リングを売るか、カンナさんが身体で稼ぐか。」
「そういうのいいから。」
相変わらず誤解を招く言い方をするイヨをマフユが咎める。イヨは軽く肩をすくめると「改めて認識を合わせておいた方がいいかもね」と前置きをしてから語り出した。
「今回、ハルちゃんとナッちゃんの無実を証明、つまり人命を優先する為にコアを破壊せざるを得なかったって客観的に示す証拠として、鎌倉ダンジョンの探索の録画を協会本部に渡したの。」
「うん、それは知ってる。おかげさまで無事に不起訴になったからね。」
「それで、渡した動画は無編集でノーカット、それこそダンジョンに入る直前から救援が到着した瞬間までの動画をそのまま渡してるんだよね。編集やカット入れたりしたら「都合の悪い部分を切り取った」って見做されちゃうから。」
なるほどと頷くハルヒとナツキ。こちらに疚しい事が無いからこそ、その証拠として全ての証拠を渡さざるを得なかったということだ。
「当然私たちの会話や道中のゴーレムとの戦闘、当然ボスとの戦いの様子も全部録られている。つまりこの動画を見ると『広域化』と『一点集中』について、そのぶっ壊れっぷりや出来る事なんかがほとんど全部わかっちゃんだよね。」
「なるほどね。……でもさすがに武器スキルの習得については話してないと思うけど。」
ハルヒは鎌倉ダンジョンでの探索を思い出す。以前ホテルで『広域化』での武器スキル習得の可能性が漏れた際のリスクについて散々語ったので、それ以降はみんな敢えて口にしないようにしていたはずだ。
「うん。動画は提出前に見返したけど、流石にそこまでは語ってなかった。でもヒントになり得る会話はあったんだよね。例えば「みんなの分の短剣も揃えておこうか」とか。これって全員が『短剣術』を使えるようになるって示唆してるよね。」
「確かにそう受け取れなくも無いけれど、それって答えを知ってるからこそって気もするなぁ。」
「もちろんそれはあるけど。でも可能性がある以上、誰かが気付く前提でいた方がいいと思う。」
「協会の人がそこまで細かく確認する?」
「ハルちゃん、協会のセキュリティを信用しちゃダメだよ。あの組織に渡った情報は大企業ならなんらかの方法で得ているとしておいた方がいい。」
「ああ、そういうことか。」
協会の探索者に関するデータのお漏らしは悪い意味で有名だ。委託業者の社員が探索者の名簿を企業に売っていたなんてニュースは世間に「またか」と思われる程度の頻度で起こるし、それすら氷山の一角だと思う。大企業病とお役所気質の悪いところをミックスしている、それが世間の認識であった。……もちろん、協会の全員が全員そうだというわけではない。今回協力を取り付けた札幌支部長などはその辺りがしっかりしてそうだ。
「今回は鎌倉ダンジョンのボスの初見討伐、そこからのコア破壊だからね。提出した動画は間違いなく漏洩していて、大企業は戦闘データの解析をしていると思うよ。」
「その中で『広域化』と『一点集中』についても色々と解析、考察されると考えておいた方がいいって事ね。」
「そそ。警戒はし過ぎるに越した事ないってね。」
「それで、どうせバレてるなら協会に対する交渉のカードにしようって考え?」
イヨは頷いた。
「支部長とパイプが作れたのは大きい。札幌支部である程度武器スキル持ちが増えるまでは協会内で吹聴するような事も無いだろうし。
ユズキさんとカンナさんがエルダートレントの一件で札幌支部長の連絡先を知ってたのはラッキーだったね。」
「札幌支部で武器スキル持ちが増えて協会の中で『広域化』の有用性が浸透すれば、大企業が強引な勧誘をしてきても協会に護って貰えるだろうし、一応の安全は確保出来るって算段か……。」
「それもあるけど、あわよくばこっちも手札を増やしたい。こっちが『広域化』で武器スキルの習得を手伝っている間に並行して向こうの持ってるスキルを習得出来ないかなってこと。」
「ああ! 教えるだけで無くて勝手に相手のスキルも覚えてやろうって事ね!?」
「うん。結局のところカンナさんとユズキさんは自分の身を自分で守れるようにならないといけない。差し当たって『格闘術』は絶対欲しいよね。武器が無くても動けるっていうのはいざという時に便利だし。そんなわけで2人の……あわよくば私とフユちゃん先輩を含めた柚子缶全員の、戦闘能力の底上げを図れるこっちのプランの方がリターンが大きいって判断したわけ。」
「だからスキル覚醒リングも手放さなかったんだね。」
「ご明察。これは存在自体が外に漏れてない柚子缶のアドバンテージだからね。ユズキさんにつけて貰えば『上級剣術』や『上級身体強化』を『一点集中』で更に強化出来るし、それを『広域化』すれば私達全員の戦闘力を大きく底上げ出来る。これだけで余程の相手であっても正面からのガチンコなら負けないよ。」
「奇襲や搦手は?」
「そういうのに対抗できる力をつけるのが当面の課題だね。」
イヨは苦笑いした。
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「アキさんの彼氏さんってどんな人なんですか? イケメンですか?」
「うーん、私はかっこいいと思うけどみんなに言わせると微妙らしいわね。」
カンナの質問に曖昧に笑って答えるアキ。
「どこで出会ったんですか?」
「高校時代の同級生ね。かれこれ10年の付き合いになるかも。」
「長い付き合いなんですね、素敵です!」
「ふふ、ありがとう。」
「お仕事は何をされてる人なんですか?」
「大学出て、地元で公務員してるわよ。」
「もしかして探索者協会の人ですか?」
「残念ながら違うかな。普通にお役所にお勤めしてます。」
「そうなんですか。てっきり探索者と協会職員の禁断の恋……とかかと思っちゃった。」
カンナの発言に思わず吹き出すアキ。
「なんで探索者と協会職員で禁断の恋になるのよ。むしろ協力できるじゃない。……どっちかって言うと今の彼の職場の方が探索者と相性悪いわ。」
「そうなんですか?」
「うん。公務員ってお給料はそんなに多く無いけど安定してるでしょ? 逆に探索者はハイリスクハイリターンな家業だからね。彼にはずっと探索者を辞めて欲しいって言われていたしね。」
「あ、そうだったんですね。それなのにどうしてアキさんは探索者を?」
「うーん、前のお仕事がブラック企業で辞めたいと思ってるタイミングで姉さんとナツキさんに誘われたのよね。お金は稼げるって聞いてたし、悪く無いかなって。」
「もう探索者は良いんですか?」
「うん、なんだかんだで5人で遊ぶのが楽しかったんだよね。でもそろそろ良いタイミングだなって自分の中で思っちゃったんだ。最後にカンナちゃん達と大冒険出来て楽しかったし、退職金代わりにすごい額貰っちゃったし。」
へへ、と笑うアキ。カンナとしてはマフユやイヨと一緒にアキにも柚子缶に来て欲しかったけれど、本人がもう探索者を続ける気がないと言うのであれば仕方ないだろう。
だからせめて、これまでのお礼をしっかりと伝える事にする。
「私、アキさんと一緒に探索できて楽しかったです。ハルヒさんと喧嘩してるときはちょっと困っちゃいましたけど。……短い間でしたけど、一緒に探索してくれてありがとうございました!」
「こちらこそありがとう。最後の探索がカンナちゃん達と一緒で良かったわ。」
ふんわりと笑うアキは、綺麗だった。
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「だからもう謝らなくていいってば。」
「そうそう、私達もこうなる事を納得してやったわけだし。」
「……どうしても、あの時私が怪我しなければ2人はコアを破壊せずに済んだんじゃ無いかって考えちゃうんです。」
ユズキは今でもハルヒとナツキに申し訳ないと言う気持ちが拭いきれなかった。いっそ恨み言のひとつもぶつけてくれればとすら思うが、2人は一切そんな言葉を吐かないこともまた、ユズキの罪悪感を助長する。
「アキが言ったでしょ? カマクラバクフのモブ男2人が危なかったしどっちみちコアを壊していたと思うって。」
「それにユズキちゃんのスーパー一点集中パンチが無ければボスを倒せてなかったんだもん、「怪我しなければ」は意味のないタラレバでしかないよ。」
「でも、せっかくこれからもみんなで探索者を続けられると思っていたのに……。」
思わず吐露する本音。ハルヒとナツキは目を丸くして顔を見合わせる。
「それってもしかして、私達の勧誘を受けてくれるつもりだったの!?」
「あ、はい……。カンナとも何回も話し合って、柚子缶って名前に勿論こだわりも思い入れもあるけど、でも妖精譚のみんなが私達とこれからも一緒に探索者をやって行こうって言ってくれてるのを断る事の方が嫌だねって事でほとんど気持ちは固まってたんです。」
ついでに言えば、カンナは「妖精譚の一員になったって私とユズキで「柚子缶」なのは変わらないよ」と笑ってくれて、ユズキはそれがとても嬉しかったのだが、そこは黙っておく。
「だから鎌倉ダンジョンの探索が終わったら、正式にお返事するつもりだったんです。これからもよろしくお願いしますって。それがこんな事になってしまって……せめてもっと早く答えを出しておけばハルヒさんとナツキさんにコアを壊す選択をさせずに済んだかもって。」
後悔はいくらしてもし足りない。ああしていたら、こうしていたらという思いはユズキの中から際限無く湧き上がる。
「ユズキちゃん、ちょっと外に出ようか?」
「はい?」
「いいから。」
ハルヒはユズキを連れて店から出る。
「少し歩きながら話そっか。」
「……はい。」
冬の夜の澄んだ星空の下、のんびりと歩くハルヒとユズキ。
「さっき、ちょっと嬉しかった。2人が私達と一緒にやりたいと思ってくれてたって聞いて。なんかごめんね、誘った側が探索者辞めちゃって。」
「ハルヒさん達は悪くないです。」
「そう言ってくれると嬉しいんだけど。でも正直ちょっとだけホッとしてる部分もあるんだよね。」
「ホッとしてる?」
「うん。正直探索者を続けるのがちょっとだけしんどくなって来てたし、良い機会でもあったかなって。」
「…………。」
「なんというか「これ以上成長できないな」って閉塞感があって。個人としても妖精譚としてもね。ナツキやアキも同じ様な事を感じていたと思う。みんな口には出してなかったけど、そろそろ潮時かなって思ってはいたんだ。」
ハルヒはちょっとだけ済まなそうにする。
「そんな時に柚子缶の快進撃を知って、2人が加わってくれれば、妖精譚をいい意味で変えてくれるかなって思ったの。だからもしも2人に断られてたらそう遠くない内に解散はしていたと思う。そういうタイミングだったんだよ。」
「でも、私達がさっさと返事をしていれば……!」
「うん、そういう未来があったのかなって思うとちょっとだけ残念。でも、やる気があった2人は柚子缶に入れて貰えたし、上手いこと収まったなって考えてる部分もあるの。残念が7と、ホッとしたのが3くらいかな。だからほんとにユズキちゃんが責任を感じる事はないんだけど、……それでも私達の事を思うなら、一つだけお願いしちゃおうかな。」
「お願い、ですか?」
ハルヒは悪戯っぽく笑う。
「柚子缶の4人には、日本一のパーティを目指して欲しい。」
「日本一、ですか?」
「うん。いつか一番になったみんなを見て「こんなすごい子と一緒に探索したんだ」って周りに自慢できる様に。」
ほら、と小指をだすハルヒ。ユズキもそこに小指を絡めた。
「私……頑張ります。ハルヒさん達の分まで頑張って、必ず柚子缶を日本一のパーティにします!」
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