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第28話 札幌支部との密約

 以前の柚子缶は2人であったが、今回解散した妖精譚のメンバーとその友人が正式に加入したとの事で4人になっている。


「お久しぶりです。本日はお時間を取って頂きましてありがとうございます。」


「やあ、息災で何より。事務所は気に入ってもらっているかね?」


「はい、お陰様で快適に過ごさせて頂いております。」


 挨拶を済ませた支部長とユズキは、早速本題に入る。


「それで、相談したい事というのは?」


「えっと、とりあえず私達の事って何処まで把握されておられますかね?」


 ユズキは鎌倉ダンジョンで妖精譚がコアを破壊した事やそれによってハルヒとナツキが損害賠償を請求されている事を簡潔に伝える。


「ああ、私もそこまでは把握している。君達が2人の損害賠償を肩代わりするつもりなのかい?」


「肩代わりと言うか……、請求されているのはハルヒさんとナツキさんですけど、そもそも私達全員で探索していたので当然私達が返すべきお金だと思ってます。」


 ほう、と支部長は感心する。八鏡マフユの場合は実の姉が請求されているので必死になるのも分かるが、天蔵ユズキと日出カンナの場合は所詮数ヶ月行動を共にしただけの他人である。長年連れ添ったパーティですら金で揉めて空中分裂する事も珍しく無いこの業界で、義理と責任を果たそうとする柚子缶の2人の態度には個人的に好感が持てる。……とはいえビジネスはビジネスであるので好感を持ったからといって依怙贔屓するような支部長でも無いのだが。


「それは殊勝な心掛けだ。」


「それでですね、鎌倉ダンジョンで得た戦利品の魔石とボスの残骸、それにダンジョンコアの破片を協会に買い取って貰って損害賠償の費用に充てたいと思っているんです。」


「いいんじゃないか。鎌倉支部管轄のダンジョンから算出した素材は基本的に鎌倉支部にしか売れない。そのルールさえ無ければ札幌支部でも買い取りたいくらいだ。」


「今日ご相談したいのは、まさにそこです。恐らくですが、鎌倉支部は賠償金に足りるだけの金額を提示して来ない。その5分の1……下手をすればもっと少ない買取価格になる可能性すらあると思っています。」


「なぜそう思うんだい?」


「魔石や素材の買取価格、ボスのそれが非常に高額になるのは、いわゆる暗黙のご祝儀価格が上乗せされるからですよね。市場価格プラスご祝儀価格でおおよそ探索者が納得する金額に調整している。」


「よく勉強しているな。」


「はい。そして問題なのはこのご祝儀価格です。……私達は今回、鎌倉ダンジョンを消失させてしまいました。鎌倉支部の方々が私達に良い感情を抱いていないのは想像に難くないです。つまりこのご祝儀価格が限りなく低く算出される可能性が高いと考えているんです。」


 支部長はまた一段階ユズキの評価をあげる。楽観的な想定に縋らず現実的に起こり得る未来を想定してそこに対して策を打とうとしている。一介の探索者がここまで気を回せるものか。


「金額交渉が不調に終われば民間企業に持ち込むしか無いのですが、鎌倉ダンジョンで稼いでいた企業にもダメージを与えてしまっているのでそこに持ち込んでも買って貰えないでしょうし、他の企業がトラブルの元を買ってくれるかと言えばそれも怪しいところで。このままだと希望金額(6000億円)に届かない可能性が高いと危惧しています。」


「鎌倉支部がどんな判断をするか、たとえ予想であっても私はこの場で口にすることは出来ないな。だが、仮に君たちの予想通り希望より相当安い額を提示されたらどうする?」


 ここまで予想した上で相談に来たと言うことは、逆転の手も考えてきているのだろう。果たしてこの若い探索者から出て来るのはどんな作戦か。支部長は少しワクワクしている自分に気が付く。


「「他地域支部への売却交渉」の承認を得ようと思っています。基本的には鎌倉支部にしか売れませんが、この承認を得れば他の支部に交渉が可能になります。

 この承認には探索者と当事者の協会以外に他の地域の協会員の立ち会いが必要なはずです。なので今回お願いしたいのはこの立ち会いになります。」


「驚いた。本当によく勉強している。」


 他地域支部への売却交渉の承認。一応決まりとして存在するが、過去に実際にこれを要求した探索者は居ないしもちろん認められた事もない。

 形骸化したルールと言っても過言ではなく、だからこそ支部長への昇級試験の筆記試験などではこう言った化石のようなルールについての問題が出るのであるが。

 そしてこんなマイナーなルールは探索者に渡している薄いガイドブックには書いておらず、探索者がこれを知ろうとしたら国語辞典並みの探索者協会法の法律書を協会から取り寄せて購入して隅々まで読み込まなければならない。


(または天蔵ユズキの家族に協会関係者がいるか、だな。)


 マイナーなルールだがそれ故に昇進試験では頻出する内容でもある。身内に協会関係者がいればそこからこのルールの話を聞いていたとしてもおかしくない。


「だが、他の地域への売却の承認を得たところでどこに売るつもりかね? 他の支部なら鎌倉支部が付けた価格を大きく超える金額で買い取ってくれるなんて保証はないだろう。」


「そうですね。……でもコアの方はともかく、ボスの魔石で2000億円と残骸で1000億円、ここまでなら何処かの支部で買い取ってくれるだろうと思うし、それを見越して鎌倉支部で3000億円で買うってところまでは引き出せるんじゃ無いかなと思います。」


「なるほどね。確かに他の支部の手柄にされるくらいなら感情を抑えて実利を取るだろう。

 そこまでは分かった。だけどコアはどうする? 知っていると思うがダンジョンコアは通常の魔石のようにエネルギーを取り出すことが出来ない。国の研究機関や、いくつかの企業がダンジョンシステムの解明のために欲しがってくれるかも知れないが、さすがに残りの3000億円を出してくれるところはそうそう無いだろう。希少なものではあるが、希少性だけで出せる額でも無い。」


 支部長の見立てでは協会に対しては100億円で売れれば万々歳といったところだし、他の企業にしても500億円以上出せるところは無いだろう。海外のオークションにかければ何処かの好事家な富豪がポンと買ってくれるかもしれないが、ダンジョンコアの国外持ち出しはそもそも法律で禁止されている。


「これは相談というよりもご提案なのですが……もしも札幌支部さんの方でコアの破片を3000億円で買い取って頂けるのであれば、おまけを付けさせて頂こうかと思っています。」


「うちに買い取れと来たか。……正直に言ってうちでもコアには100億円以上は出せない。残り2900億円、それだけの価値のあるおまけを付けてくれるのかね?」


 支部長が挑発的に問いかけると、ユズキはにっこりと笑った。


 ………………。

 

 柚子缶が用意したPCを手渡され、彼女達が作成したプレゼン資料を見た札幌支部長は頭を抱えた。


「……このプレゼン資料を観た者は他にいるのかい?」


「私たち以外にはまだ、誰も。」


「つまりここが初めてのプレゼンというわけか。」


 イヨが作成した資料は、「カンナの『広域化』を使って武器スキルを他の人間が使えるようにする、そこで覚えた身体の動かし方をスキル無しで再現・練習する事で武器スキルを発現出来る」という以前に柚子缶と妖精譚の話し合いで出た考えをわかりやすくまとめたものであった。


「紙に印刷しないのは情報漏洩に備えてか、さすがに準備がいい。」


「……申し訳ござません。」


「いや、いい。情報の重大さを考えれば当然の事だ。」


 このパワーポイントをデータで渡せばたちまち協会全体に広がることになるだろうし、紙で渡したところどこまで出回るか分かったものでは無い。この場で自分にだけ見せるのが一番情報漏洩リスクが低いということだ。


「いくつか質問させて貰えるかな。」


「はい。」


「習得にかかる期間は?」


 ユズキは内心驚く。支部長の最初の質問は「本当に実現出来るのか?」だと思っていたからだ。


「私達の場合、全くのゼロからでは無かったのであくまで参考になりますが、『剣術』の習得には私と日出のように普段から剣を使っていた場合は3、4時間、八鏡や高原のようにもともと探索者をしていたけれど魔法スキルしか持っていなかった場合で20時間程度かかりました。」


「なるほど、ばらつきがあるな。1日何時間訓練した?」


「最大で6時間ほどです。」


「一度に何人まで訓練可能だった?」


「6人までは問題無く。それ以上は試せていません。」


「なるほど。今日これから1人、試させてもらうことは出来るだろうか?」


「今日中にスキル習得ができる保証はありませんが、それで良ければ。」


「問題ない、では行こう。」


 札幌支部長はさっと立ち上がると会議室の出口に向かう。柚子缶の4人は慌ててその後を追った。


---------------------------


 札幌ダンジョン一層。札幌支部長と柚子缶の5人は人気のない広場に来ていた。


「もしかして支部長さんが直々に試されるのですか……?」


「ああ。こういうのは自分が体験するのが一番早く、確実だ。こう見えて若い頃はこのダンジョンを中心に北海道中を飛び回っていたんだ。」


 そういうと札幌支部から借りてきたレンタルのショートソードを取り出した。


「私のスキルは『格闘術』だったからな、剣を振るのは初めてだ。今でも軽い運動くらいはしているがさて、どれほど振れるかな。」


 そういうと剣を片手に持ってブンブンと素振りを始める。


「じゃあ、始めますね。」


 カンナが『広域化』で、自身の『剣術』スキルを支部長にも適用させる。


 瞬間、支部長の素振りが力任せのものから、きちんと身体の軸を使って上手く剣に力を乗せる、綺麗な型に変わった。


「おお! これがスキルの恩恵か! なるほど素晴らしいな!」


 その後数分間、正しい型で素振りを行った支部長。


「一旦解除します。」


 カンナが『広域化』を解除する。支部長の素振りはまた我流に戻ったが、最初に比べれば明らかに精度の高いものに変わっていた。


「なるほど。身体を動かしてくれる補助が無くなった感じだな。だが正しい身体の動き自体は分かっているのでそれを思い出しながら振ればいいのか。」


「はい、これを数分おきに繰り返すと素振りの精度がどんどん上がっていきます。その後は打ち込み稽古や実際にモンスターと戦ってみたりとより実戦的な訓練をしていくうちにスキルを習得することができます。」


「スキルを習得する時はどんな感じなんだ? 頭の中でファンファーレが鳴るわけではないだろう?」


「支部長さんはボスを倒してスキルを得た事はありますか? 基本的にはその時のような感覚です。まるでそれが使えた事が当たり前であったようにふと、思い出すようなイメージといいますか。」


「あの感覚か。20年以上前に一度だけ味わった事がある。」


 そのまま素振りを続ける支部長。数分おきに『剣術』有りと無しの状態を繰り返す。30分ほど続けると、『剣術』無しの時の素振りで剣が空気を切る音が明らかに、変わった。


「お。」

「来ましたね。」


 側で見ていても違いがわかるのだから、当然振った本人も手応えが違う。


「私達の場合は次は打ち込み稽古をしました。」


 そう言って剣を構えるカンナ。支部長とお互いに『剣術』を発動した状態で剣を交える。剣の振り方を体に覚え込ませるのが目的なので、お互い怪我をさせないように気を付けつつ剣を振る。これも数分おきに『剣術』の有無を切り替える。これまた30分ほどで支部長の動きにキレが出てきた。


「……む、この感覚か。」


「もしかしてもう来ましたか?」


「ああ、『剣術』スキルが使えるようになった。」


「早いですね! 私達の場合は早くても3時間かかったのに。それにモンスターと戦わなくてもスキルを習得出来るなんて知らなかったです。」


「学生時代に剣道をやっていたことも影響しているのかもしれないな。検証は必要だと思うが予め剣の扱いに慣れているとその分習得が早まる可能性はあるのかもしれない。」


 言われてみれば、カンナとユズキはスキルこそ持っていなかったが探索ではずっと剣を使っていた。これがマフユとイヨよりも早くスキルを覚えた理由だったかもしれない。


「うむ、理解した。コアの破片を3000億円で買うと、このスキル習得を札幌支部所属の探索者に施してくれるというわけだな。」


「はい。」


「何人いける?」


「……2週間でどうでしょう?」


 そう来たか。人数で約束すると覚えの良し悪しで期間が大きくずれるが、期間を定めることで柚子缶としては拘束時間を確約できるし札幌支部としては覚えさえよければ相当数の人間にスキルを与える事が出来る。


 支部長は対象となりそうな人物を思い浮かべる。うむ、2週間あればいま思いついた10人ほどのメンバーにはスキルを習得させる事が出来るだろう。


「最後の質問だ。『剣術』以外の武器スキルも覚えられるのか?」


「はい。『広域化』で対象を広げられればいいので同じ理屈で別の武器スキルも行けます。私達は他には『短剣術』しか試していませんが。」


「それは重畳。……交渉成立だ。私の権限において札幌支部がダンジョンコアの破片を3000億円で買い取らせてもらう。あとは鎌倉支部が魔石とボスの残骸を合わせて3000億円で買い取るように説得もしよう。」


「……ありがとうございますっ!」


「なに、任意の人物に好きな武器スキルを習得させて貰える、その価値に比べたら安すぎるくらいだ。」


 札幌支部長が手を差し伸べる。ユズキは彼としっかり握手をした。


---------------------------


 その後支部の会議室に戻った5人は具体的なスケジュールを調整した。こうして柚子缶は武器スキルを札幌支部に所属している探索者に覚えさせる事を条件に、支部長から協力を引き出したのであった。

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