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第27話 逆転とその裏側

「私共は以前から柚子缶(このパーティ)と懇意にしていてね。」


 札幌支部長は笑いながら会議室に入ってくると、椅子をひいて座った。柚子缶と鎌倉支部が向かい合って座っているその間にコの字の議長席の位置である。


「今日は来て頂いてありがとうございます。」


 ユズキが札幌支部長に頭を下げた。札幌支部長も軽く会釈すると、秘書から手渡された書類……鎌倉支部が柚子缶に渡したものと同じ、買取希望金額が書かれたものを見ながら鎌倉支部長に話しかける。


「柚子缶には先日事前に相談を受けていてね。「万が一、鎌倉支部側が不当に安い買取希望額を提示した場合、他の地域の支部に交渉をしたいからその承認立ち合いを頼みたい」と。

 出した金額は見させてもらったよ。一見筋は通っているけれど、些か彼女達に対して意地悪な額であるとも言える。彼女達が他の地域の支部に売りたいと言うのも仕方の無い値付けではあるね。

 ここで他地域交渉の承認をしてもいいんだけれどどうだろう、一度考え直してみる気は無いかい?」


 札幌支部長は鎌倉支部長に問い掛ける。


「……こちらとしては妥当な額だと判断している。価格交渉に応じる必要は無いという考えだ。」


「まあダンジョンの1つを潰された鎌倉さんの気持ちも分かるけれど、今後のことを考えるなら尚更ここは損して得とれなシチュエーションだと思うよ。」


 そもそもコアは兎も角、魔石と素材で3000億円までは協会側にとっても十分利益が出る額ではある。これを出来る限り安く買い叩く事で柚子缶に対する溜飲を下げようとしているのはこの場の誰からも明らかではある。


 だけど札幌支部長もユズキもそれを直接指摘しないのは、こういった場で感情に沿って動いている人間にそれを指摘すると余計にこじれて益々譲歩を引き出せなくなるからだ。


 だからこそ札幌支部長は利の話をしてまずは話を聞かせる空気を作る。


「……どういう事だ?」


 ユズキが言ってもダメだったが、同じ協会の立場である札幌支部長からの提言でようやく少しだけ態度が軟化した。札幌支部長は交渉の成功を確信しつつ話を続ける。


「探索者は我々以上に金にシビアだ。ボスの魔石や素材を不当に安く買い叩かれる支部で活動したいとは思わないだろう。」


「不当では無いと言っている。」


「それはあくまでルールの範疇だという話だ。だけど探索者と協会の間では暗黙の相場というものもある。そこから大きく離れている時点で彼らにとっては「不当な取引」になるんだ。」


「……札幌さんの言うことも一理あるが、別に我々がいつでもこのような額を付けていると探索者が皆そう思うわけでも無いだろう。」


「多くの探索者にそう思われるリスクが高いと判断したからアドバイスしている。この打ち合わせ、録画されているぞ。」


「なっ!?」


 目を見開いた鎌倉支部長は、柚子缶の4人を見る。特にカメラを構えている者は居ないし、荷物は隣の部屋に全て置いてきて貰ってある。


 ……と、リーダーの隣に座っている女がおもむろにメガネをクイっとあげた。


「……そのメガネ、まさか。」


 イヨは笑顔ではい、と頷いた。


「特に録画は禁止されていなかったので、初めからずっと回していましたけれど……不味かったでしょうか?」


 一本取られたと鎌倉支部長は唇を噛む。あれは眼鏡型のカメラだったのか。露骨にカメラを回していたら辞めさせていたが、その様子が無かったので油断してしまった。


「彼女達は探索者であると同時に配信者でもある。金額交渉の場を動画で撮って公開するなど普通はしないが、今回は金額が金額だから、こちらが全く譲歩しなかったなら最後の手段を取るだろう。

 その場合、動画を見た全ての人間から鎌倉支部は探索者から不当に利益を搾取する支部だと認識される。そうなれば鎌倉で活動する探索者は激減するだろう。長期的に見れば大きく利益を損なう結果に繋がるだろう。」


「だがそんな事をしても、一度決定した金額は覆らない。協会を敵に回すだけだ……。」


「そうだろうな。もしもそんな事をしたらお互いに敵対関係とならざるを得ない。今後柚子缶がどれだけ有用な魔石や素材をダンジョンで獲得しても協会で買い取ることは出来ないだろう。それはお互いに不幸でしか無い。

 ……報復のような真似をしてその時はスッキリしても、長期的な利益を損なうだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 札幌支部長はほんの少しだけ語気を強める。鎌倉支部長はハッとした顔で顔を上げる。最後の言葉は柚子缶に向けてだけでは無く、自分達にも告げられているのだ。ここで私怨に囚われても結果的に自分達の首を絞めるだけだぞと。


 ブルブルと震える鎌倉支部長を見て、札幌支部長は手を差し伸べる。


「とはいえただでさえ主力のダンジョンをひとつ消失した鎌倉さんが6000億円を捻出するのは難しいでしょう。だからここはひとつ、妥協案でどうかと。」


「妥協案?」


「はい。ダンジョンコアの破片については札幌支部が鎌倉支部から3000億円で買い取りましょう。研究費としては少々高いが鎌倉ダンジョン規模のコアが産出されるのは十数年ぶりだし、北海道で産出された他の小規模ダンジョンのコアと比較するためと言えば来年度予算から3000億円、引っ張ってくることもできる。

 魔石と素材については合わせて3000億円で鎌倉さんが負担することになるけれどこの額であればうちも十二分に利益を得る事ができるでしょう。それで手打ちにしては?」


「……その提案を断ると、札幌さんが他地域支部売買の承認をした上で、柚子缶から6000億円で素材とコアを買い取るというわけですね?」


 悔しそうに呟く鎌倉支部長に対して、札幌支部長はアルカイックスマイルを見せた。


 

「では鎌倉支部としてはミスリルナイトの魔石を2000億円、ボスの残骸を1000億円、鎌倉ダンジョンのコアの破片を3000億円で柚子缶から買い取る。柚子缶は現金での支払いでは無く草薙(くさなぎ)ハルヒと八鏡(やかがみ)ナツキに対する損害賠償との相殺を希望。間違いなければここにサインを。」


 結局鎌倉支部が折れる事となった。柚子缶側の希望が100%叶えられた形である。


 ユズキは渡された書類を慎重に確認する。念のため隣に座るイヨにも問題無さそうか訊いたらOKサインを作ってくれたので、サインをした。


「はい、これでお願いします。」


「確かに。あとはうちと札幌支部の話なので柚子缶との取引きはこれにて完了となります。他に何かありますか?」


「……いいえ、特にありません。」


 ユズキは一瞬、改めてダンジョンコアを破壊した事を謝罪するべきかと思った。しかしここで口にしてもイヤミになる気がしたので辞めておく。退席を促されたので部屋を出る柚子缶のメンバー達。


「札幌支部長さん、今日はありがとうございました。」


 ユズキは会議室を出る前、最後に改めて札幌支部長にお礼を言った。


「こちらこそありがとうございました。それでは柚子缶の皆さん、今後とも宜しくお願いします。」


 札幌支部長はニッコリと含みのある笑顔で返すのだった。



 …………。


「おかえり、お疲れさま!」


「その表情はうまくいったって事かしら。」


 鎌倉支部の近くにあるカフェ。ハルヒとナツキ、アキの3人は鎌倉支部(戦場)から帰還した4人を出迎えた。


「うん。無事にハルヒさんとお姉の借金はチャラ。おめでとう。」


「ホント!? 良かったぁー!」


「大丈夫だとは思ってたけど、実際解放されるとホッとするわね!」


 嬉しそうに笑い合うハルヒとナツキ。


「でも、お二人のライセンス剥奪についてはどうしようもなかったです……。」


 済まなさそうに頭を下げるユズキ。ハルヒはカラカラと笑って手を振った。


「いいのいいの、それはもともと覚悟しての事だったし。3000億円の借金をチャラにしてくれただけでユズキちゃんとカンナちゃんには一生頭が上がらないわ。マフユとイヨの事も柚子缶に迎えてくれたしね。これで心置き無く卒業出来るわ。」


「卒業って、アイドルかよ。」


「あらアキ、知らなかったの? 妖精譚(フェアリーテイル)ってアイドルユニットだったのよ。」


「マジ? じゃあ私も卒業って事か。」


「いや、アキの場合は寿退社だからアイドルだったらスキャンダルでのクビかしら?」


「何それ、理不尽にもほどがある!」


 あははと笑う一行。賠償金という心配事が取り除かれて久しぶりに心の底から笑い合うことが出来た。


 解散した妖精譚。ハルヒとナツキは探索者ライセンスを剥奪されたのでこのまま探索者を引退、しばらく充電しつつ、次の仕事を探す事にしている。アキはもともと恋人が探索者を辞めて欲しがっていた事もあり、丁度いいタイミングと考えて自主的に探索者を引退する事にした。引退を告げると翌日にはプロポーズされてそれを承諾、ある意味で理想的な探索者引退の流れである。


 マフユとイヨについては、本人達の希望もあり柚子缶のパーティメンバーとして正式に加わった。カンナとユズキも心から歓迎し、新生柚子缶として4人でやっていく事となったのである。


「でも4人はこれから大変ね。配信は再開できそう?」


「そうですね。暫く休んじゃいましたし、マフユさんとイヨさんの事も紹介したいしで今月中には1つ動画をあげたいなって。今後しばらくは妖精譚みたいなスタイルで編集動画を上げるスタイルと生配信と、半々でやってみようかなって思います。」


「うんうん、変化をつけるのはいい事だ。」


「イヨちゃんの動画編集の腕は間違いないからね。……でも今後はイヨちゃんも探索者やるんでしょ? 忙しくなるわね。」


「柚子缶は週末探索者だからそこまでキツく無いかな。冷静に考えて週4で探索してた妖精譚が頭おかしかった気はするんだけど。」


「あはは、なんだかんだマネジメントまでやってもらってたからね。今までありがとう。」


 アキが真面目か顔でイヨに礼を言うと、イヨは「よせやい」と言いつつ照れる。


「北海道にはいつからいつまで?」


「とりあえず来月、カンナが春休みになる3月中旬から4月初旬までですね。期間としては2週間とちょっとです。その先はまだ決まって無いですが、この子の学業を優先でって事で納得はして貰ってます。」


「そっか。大変だろうけど頑張ってね。マフユとイヨも2人をしっかりサポートするんだよ!」


 ナツキの激励を受けたマフユとイヨは、グッとサムズアップした。


---------------------------


 札幌支部長がなぜ柚子缶にああも協力的だったのか。話は2週間ほど遡る。


 その日札幌支部長は探索者協会札幌支部にて客人を待っていた。言うまでもなく柚子缶の4人である。先日彼女達のリーダーである天蔵ユズキから相談があると連絡を受けていた。


 柚子缶に対しては半年ほど前にエルダートレントの素材の買い取りで便宜を図った。実際には協会側にだいぶ有利な形での決着となり、その際「何かあればまた連絡をしてくれて良い」とは言っていた。しかし本当に頼ってくるとは思いもしておらず、電話を受けた際は正直驚いた。


 相談したい事があるので札幌支部に伺いたいという要望を受け、何事かと秘書に調べさせて見れば彼女達はなんと鎌倉ダンジョンのコアを破壊していたと来たモノだ。相変わらず破天荒な娘達だ笑ってしまったが、鎌倉支部側からすれば堪ったものでは無いだろう。事実、鎌倉支部は妖精譚のリーダーとサブリーダーに6000億円もの損害賠償を請求している。


 ダンジョンボスの魔石や素材をまだ手放していない事から、コレを売って賠償金に充てるつもりなのは明らかだ。軽く見積もった限り、魔石で2000億円、素材で1000億円といったところか。ダンジョンコアの破片は値付けが難しいところだが、自分が柚子缶の立場であればこれを3000億円で売りたいところだ。その口添えを……という相談だろうと思われるが、残念ながら柚子缶と鎌倉支部の交渉はうまくいかないだろう。


 ダンジョン協会が作る見積もりは基本的に出来る限り安く、である。基本的には市場価格の最低値がベースだ。だが当然それでは探索者側は不満を持つ。だからそこからある程度支部ごとの裁量でご祝儀価格を載せて、相場に近づけるのである。


 先ほど札幌支部長がざっくりと見積もった価格は「札幌支部で買い取るなら」というご祝儀価格を上乗せている。しかしこの上乗せはあくまで支部毎の好意なのだ。元々地域に貢献してたならいざ知らず、気まぐれで鎌倉ダンジョンに挑み、コアを破壊して貴重な資源を消失させた柚子缶に対して鎌倉支部が好意を返すはずがない。コア以外の魔石と素材はあわせて最低値の400〜500億程度での買取を提案、コアに至っては捨て値を付けるだろう。


 そんな思考を巡らせていると、約束の時間になり柚子缶のメンバーが入室してきた。さて、楽しい交渉の始まりだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 生き死に掛かってアタックする探索者かつドロップ品で経済回してもいる側面もあってコア壊したら賠償がウン千億はあたおかが過ぎる なら協会がコアを保護する措置をするなりしないとダメよね 壊れ…
[気になる点] ダンジョンコアの騒動にカマクラバクフが関わってこないことに少しモヤッとしました。 重傷者も含んだ救助目的であること。 ボスに挑むことになったの要因がカマクラバクフ側にあること。 要救助…
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